新・クルマについてのエトセトラ

詩川貴彦

第1話 動物クラウン

第1話 動物クラウン(クロスオーバー)


 前にも登場しましたが、ワシの先輩であり大親友の「動物おじさん」は、何の疑問も持たずにトヨタ車に乗ってアイフォンを愛用している典型的なS根県人です。

 その動物おじさんが珍しく気に入ったクルマを見つけたというので、一緒に見に行かないかというので、ワシも一緒にトヨタに行くことになりました。おじさんが現在の愛車のSAIを買ったというトヨペットです。

 よく考えて見たら、ワシはトヨタのディーラに行くのは久しぶりです。昭和55年にTE71のカローラを買って以来のことです。あれから多少クルマのことが詳しくなってトヨタのクルマに嫌気がさしたワシは、トヨタからすっかり遠のいていました。  その間に日産、ホンダ、スバル、スズキ、三菱、フォルクスワーゲン等々のクルマを買い続けてきたのですが、トヨタ車は買ったことがありませんし、欲しいと思ったことも「ええのう」と思ったことも全くありません。トヨタにクルマに乗らなくても十分に楽しく生きていけるという証でもあります。


 9月のさわやかな日曜日の10時におじさんが迎えに来てくれたので、SAIの助手席に乗せてもらって川向うの緑色のトヨペットにいざ出陣であります。

 日曜日と言うこともあり、またかわいい犬のシエンタが発売されたこともあってか、とてもにぎわっています。ワシが通っている日産はこの頃は閑古鳥が鳴きそうだというのに景気が良さそうです。さっそくテーブルに案内してもらって、商談をはじめました。

 ワシは「日産と違ってコーヒーが出んのう。」と思っていたら、店長さんが

「あそこの機械でご自由にお飲みください。」

と言われたのでそちらを見てみると、なんとあらゆる飲み物が無料飲み放題のネスカフェの自販機があるではありませんか。ワシはこの太っ腹な自販機をどっかで見たことがあるのうと思って記憶を探ってみたら、献血センターにあったのを思い出しました。献血もしないのに飲み放題とは・・・。ワシはトヨタの太っ腹さというか底力みたいなものを感じて背筋が寒くなりました。

 動物おじさんがいきなりワシのことを

「この人はZとかいろんなクルマを持っているクルマ好きじゃけど、トヨタのクルマは大嫌いだといつも言っているワシの友達です。」

 と空気を読まずに店長さんに紹介しました。ワシはびっくりしてモゴモゴしていたら、その店長はさわやかな笑顔で

「ジャイアンツが嫌いでしょう。」

とワシに振ってきたので

「ワシはそもそも野球に興味がありません。」

とビビりながら答えました。

 それにしてもいきなりジャイアンツが出て驚きました。自社のクルマのことをいきなりジャイアンツに例えるなんてなかなか侮れないし、トヨタの自信や傲慢さが出ているように感じてしまいました。またトヨタ以外のクルマはしょせん二軍以下だと言われているような気がして戦慄を憶えました。

 そいでもって、すでにクラウンの試乗車がありましたので、試乗させてもらうことになりました。

 実物を見るのはもちろん初めてでしたが、Gのアドバンスレザーパッケージというけっこう高級グレードでした。モノトーンの濃いグレーの外装が細い四灯のLEDライトと相まってとても精悍に見えました。特にCピラーからトランクにかけてのラインがいわゆるファストバックになっていて、クラウンの面影は微塵も感じられません。レクサスの何とかいうスポーツカーのようで、これはもうクラウンじゃあなくてクラウンのクロスオーバーというまったく違う車種なんじゃなあと思いました。5m近い全長と1500mmオーバーの車高と1840mmの車幅、そういう巨体を全く感じさせないそれはそれは引き締まって見えるけっこうええデザインじゃなあと本気で思ってしまいました。ただしクラウンと思って見なかったらという条件付きですが。

 行きは動物おじさんの運転しました。ワシは助手席で店長さんが後部座席に乗られました。すべてのメーター類は機械式ではなくてパネルですよ。パネル。そこにいろいろな情報を自在に映して運転者に提供する仕組みでとても今風です。動物おじさんは緊張気味に慎重に運転しています。何もかもが目新しくてスイッチがいっぱいあって、知らないと操作不能で、でも乗り心地がいいことや思ったよりも速くて自在に動くのうと感じました。

 空港まで行って交代して、いよいよワシが運転させてもらうことになりました。ワシは運転席に座って、まずミラーを合わせました。おじさんは舞い上がっていてまったくやらなかったことに一抹の不安を覚えつつ、ドライブ系の操作を確認しました。

 おじさんのSAIについているいかにも誤操作してコンビニに飛び込みそうな小さな小さなシフトレバーはあっさりと姿を消し、コンソールの上にわりとまともな形になってちょこんと乗っていました。ワシはドライブレンジに入れてからサイドブレーキが自動で解除されことを確認してそっとアクセルを踏みました。

 アクセルやハンドルや操作系が異常に軽くて1トン以上の物体を動かしている感覚が異常に希薄でコンビニに突っ込みやすいのが典型的なトヨタ車だと認識しているワシですが、このクラウンは意外とまともな運転感覚じゃなあと感じました。今までに乗ったり試乗したりしたあらゆるトヨタ車よりもはるかにまともで運転しやすい。ワシはまずそう感じました。何よりもハンドルが落ち着いている(ような気がする)。これまでのトヨタ車の指一本でクルクル回って以上に軽くて、速度上げると重くなるだけで、路面からの戻しも希薄で、そういう船舶的なハンドリングとは比べ物にならないほど落ち着いている(ように感じる)こりゃあけっこうええかも知れんなあと思いました。


 店長さんが「スポーツモード」に入れてもいいとおっしゃるので、手探りの操作性が最悪のスイッチを横目で探してやっと切り替えを完了し、バイパス入り口の270°旋回の進入路に入ります。

「おおっ。よく曲がる。」重さを感じさせることなく、わりと自然にすっと曲がります。これはええです。ワシはとてもええと思いました。これはe四駆ですので、おそらくそういう電子的な制御によってこんなに見事に仕上げているのでしょう。「やるじゃあないか。トヨタ。」とワシはそう思いました。

 なんでも聞いた話では、モリゾー社長が

「売れるクルマだけじゃあなくて、こらからはいいクルマを作ろう。」

と大号令をかけたことに、社員全員が戸惑いを隠しきれなかったそうですが、その成果が少しは現れ始めているのではないかとワシは思いました。

 短い試乗でしたので何とも言えませんが、正直言って、普通の人が普通に乗って普通にデートしたり遠出したり冠婚葬祭や通勤に使ったり見栄を張ったりするにはとてもいいクルマだと思いました。たぶん8割の人はいいと思うと思います。8割バッター。あの大谷翔平よりもずいぶんとすごいことだとは思います。

 でもわしは、このクラウンに関しては、あんまり「すごい」とは思わんかったですねえ。なしてかというと、車検の代車で二日ほど乗り回したノートe-powerの動力ユニットがあまりにも凄すぎてその出来があまりにもワシの運転感覚にぴったり合っていて、その感動というか驚きがまだ冷めやらぬ状況だったからであります。あれに比べたら、言っちゃあ悪いけど普通でした。普通。よくできた普通でしたねえ・


 試乗を終えて店に帰って、もう一度クラウンをまじまじと観察しました。

正面から見ると、薄いボンネットと細いライトが精悍な感じを与え、その下の台形のブラックアウトされたグリルが安定感と精悍さを強調し、なかなかいいデザインです。

 ワシは近寄ってその黒いグリルに触って見ました。材質はなんじゃろうかと思ったからです。鉄かアルミかあるいは強化プラスチックか。そん時に何か違和感を覚えたのでまじまじと見てみたのです。そしたらそれはグリルではなくて立体の絵でした。どういうことかというと、グリルとしての機能をもたないただのデコレーション。つまりまったく穴がない。空気を導入してラジエーターやインタークーラーやエアコンのコンプレッサーを冷やす機能がないただの壁なのでした。つまり「カッコだけ」という非常にトヨタらしい設計になっていたのでワシは「やっぱり」と思いました。

 ついでに自慢の21インチのホイールは、それはそれでカッコいいと思うのですが、なんと18インチのホイールが取り付け可能で冬用タイヤの値段が節約できますよと言われる。

 ブレーキローターは干渉しないんですかと聞いたら「大丈夫ですよ。」とさわやかに言われる。つまり21インチのホイールに45扁平のタイヤを無理してつける必要なんかまったくなくて、はっきり言って「カッコだけ」ということが分かりました。

 クラウンクロスオーバー。まあいいクルマだとは思いますよ。思いましたよ。でもワシの好みじゃあない。やっぱりワシの好みじゃあない。でもくれると言ったら喜んで貰うに決まっていますが、600万円も出して買おうとは微塵も思いませんでした。


「トヨタのクルマのどこが嫌いなんですか。」

とよく聞かれます。

ワシはこのことに関しては、どんなに説明しても、どうせ8割の人には理解されないことを知っていますので

「自分に合わないからです。」

と答えることにしています。

 でも本当は「そういうとこ」が大嫌いなんです。



追伸 動物おじさんの白のクラウンクロスオーバーGアドバンスレザーパッケージ(名前が長いのう)は、来年の四月に納車されるそうです。

ドライブに連れて行ってくれるというので、ワシは助手席で食べるポテトチップスやフライドチキンを買って、粉をこぼして食べながら、油のついた指でその辺をべたべた触りながら来年の春の景色を満喫したいと思っています。

 楽しみじゃのう。そういえば昔、ワシのZの中で堂々とマカロンを食った女性がおったことを思い出しました。

 



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