第3話 見栄ハリヤー
見栄ハリヤー
朋有、遠方より「クルマを買ったので見に来い」という。亦楽しからずや。
というわけでこの忙しい中を80kmも離れた隣の県までわざわざ見に行くことになりました。ワシも好きですからねえ。クルマに関することなら、まったく苦にならないのです。
サンデードライバーたちの危ないクルマをかき分けかき分け、やっと着いたのが昼過ぎでした。ワシは腹をすかせたまま、さっそくヤツのガレージをのぞきました。
「よっ久しぶり。元気じゃったか。」
「おお、来たか。」
そこに鎮座していた真っ黒い巨体は、ピカピカの「ハリヤー」でありました。
まあなんちゅうか立派で高そうでエラそうなクルマじゃなあと思いました。
「これ、なんぼうしたんか?(これはいくらだったのですか)」
「なんぼうと思う?(いくらだったと思いますか)」
「500万円ぐらい?」
「そう見えるじゃろう。」
「ようお金があったのう。(よくお金がありましたね)」
ヤツはニヤニヤしながらワシの方を見て、それからぽつんと言ったのでした。
「300ちょっと。」
「ウソじゃろう。」
「だってこれ、2000(2000cc)のFF(前輪駆動)じゃけえ。」
「・・・・・」
ようするにハリヤーの格好はしとるけど、メカの部分はショボショボということか。つまり「狼の皮を着た羊」ということじゃのう。
「この巨体で2000じゃったら走らんじゃろうが。」
「ええんよ。もう還暦過ぎて飛ばすことなんかないけえ。安全運転第一。この歳で事故でもやったらシャレにならんけえのう。」
「バカなヤツがあおってきたらどうするんか?」
「そのときは黙って道を譲ったらええやんか。」
平成が始まったころ、開通したばかりの山陽道をすっ飛んでいた銀色のスープラ
直線だけは異常に速かった80スープラ。フロントが浮いてあたふたしていたワシのカレラ2の横を法定速度の2倍以上でぶち抜いていったスープラ。そのドライバーというか張本人がしゃあしゃあと話しているこのじいちゃんです。自分より速いクルマは絶対に許さんかった狂気のドライバー。それがこいつですよ、お巡りさん。どの口が言っとるんかい。どの口が。ワシは思わず突っ込みたくなりました。
「でものう。」
「はっ。」
「内装はレザーパッケージ本革仕様じゃし、もちろん純正ナビもつけたし、外装も純正オプションでギンギラ銀にしたし、とどめは希望ナンバーの「1」で決めたし。ようするにメカはしょぼいかもしれんけど、見えるところはしっかり金をかけて見栄えをよくしたんよ。」
たしかに、いろいろあしらってあって、ぱっと見高級そうに見えるちゃあ見える。下品だけど。
でもよく見たら、タイヤホイールがしょぼかったり、だいいち四駆じゃあないハリヤーがあるなんて知らんかったので、トヨタって何でも売るんじゃなあとその商魂に戦慄を憶えました。
「ええんよ。一般人には絶対にわからんから。特にワシが乗せる姉ちゃんたちには絶対にバレん。バレたことがないので大丈夫じゃから。女なんてハリヤーの形だけあったらええんよ。絶対のわからんし、そんなに飛ばさんし。」
この年寄りは、このジェンダーフリーのご時世に、超問題発言を平気でしながら、メシも食わせずに、いかにこの「見栄ハリヤー」を仕上げたかを熱弁するのでした。
たしかに、このクルマは「見栄ハリヤー」です。
そしてたしかにこの年寄りは、ぱっと見高級車に見えて、高そうで偉そうに見えて、ギンギラ銀で希望ナンバーで、見栄さえ張れて他車を見下せさえすれば、中身というか見えないところなんかどうでもいいと典型的なトヨタ車のオーナーです。
トヨタ車のオーナーは不思議なことに「羊の皮を着た狼」的なクルマとは真逆のクルマを好む方が多いようです。こいつはまさにそうですなあ。いい歳こいて。
そういえ若いころからずっとマークⅡとかソアラとかクラウンとか、ずっとトヨタ車に乗っ取るのう。知り合ったころは銀色の80スープラ。あれは渋かったのう。
でも悪い奴じゃあない。
人当たりが良くて優しくて、面倒見がいいのでいつも誰かに頼られていたのう。
もちろんワシはこいつが好きじゃし、一緒につるんでいたら面白いし、運転もそれなりに、いやかなり上手じゃし。でもね、歳を重ねるにつれてだんだん典型的なトヨタ車乗りになっているちゅうことに気づいていないところがのう。
「おまえはまだZを持っとるんか?」
「うん。でも最近は車庫で寝ていることが多いのう。」
「そうじゃろう。Zも渋いけどお姉ちゃんはもう乗ってくれんと思うで。」
「たしかに。最近のお姉ちゃんはZに乗ってくれんちゅうか、Zの良さがわからんみたいじゃのう。」
「じゃろう。最近の若い子は、スポーツカなんかダメ。ゆったり豪勢、豪華でリッチで静かで、そんなクルマでないとだめなんじゃあ。」
「運転下手でもええんか。」
「いかにお姉ちゃんたちを快適にする運転ができるか、それが上手い運転じゃろう。」
「おまえそれでも奥さ・・・。」
といいかけて、こいつが数年前に奥さんを亡くしたことを思い出して、ワシは口を噤みました。
それから一緒に見栄ハリヤーに乗って飯を食べに行きました。
助手席に乗って思ったことは、やっぱりこいつは運転が上手。スムーズというか安心感があるというか、クルマに無理な動きをさせんというか、まるで黒沢元治さんみたいです。
「おねえちゃんとは順調か?」
「まあまあのう。このクルマのおかげかも知れんのう。おばちゃんじゃけどのう。」
照れたようにボソッと言った最後の言葉が妙に耳について、ワシはなぜかおかしくなりました。
ワシは見栄ハリヤーについて、
「やっぱりつまらんかった。」
と書くつもりでしたが、こいつと話していて、こういうクルマもやっぱり必要なんだと思いました。自分が楽しくて満足出来て、自分の生活スタイルを豊かにしてくれるならそれでもいいと思いました。
「見栄ハリヤー」
典型的なワシの嫌いなトヨタ車ですが、こいつなら大事に乗って大事に扱って、大事に有意義に使ってくれると思いました。
ワシはそんなことを考えながら、夕暮れの山口を後にしました。
(追伸) 決して焼き肉をおごってもらったからではありませんので。あしからず。
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