四話 夕日を背に

 いつもと同じ道を帰っているのに、その景色は新鮮に思えた。なにせ、いつもは日が暮れた後に帰ることが多く、ランタンの灯りを頼りに足元を照らしている。こうも陽を目の前にするのも、朝以外だと珍しい。


 ナナが辿っているこの砂道を他の人が通ることはほぼない。人影がまずなく、朝通ったナナの足跡がまだくっきりと残っていた。


 香花の家から珈々のカフェまでの通勤時間は40分ほどで近いわけではないが、この人通りのなさとあまり客が来ないという点を買って、香花はあの店にナナを頼んだのかもしれない。


 ナナは自分のその足跡を消し、また新しいものを残す。明日の朝、そしてその日の帰りも、同じことを繰り返すだろう。


 そんな簡単に想定される未来より、ナナは過去の記憶を脳裏に蘇らせる。特とした意味もなく、なんとなく。頭の中では一日目の香花と四八目が映し出されていた。


 あれから幾度と時が経ったという現実に、ナナは唖然としていた。置かれている現状は好ましくなく、ただがむしゃらと呼べる程に切羽は詰まってなかった。


 自分がもう少し頼りになれば、香花を楽にさせることができたのだろうか。やけに現実味を帯びていない疑問がふと脳裏をよぎった。


 表情や感情が表に出ない香花から、ナナのことをどう思っているのか、なんて事は想定がつかなかった。


 そのどうしようもなさが相まってか、ナナは香花からの評価を他人からの評価以上に気にしていた。朝起きた時に見る香花も慰め時に見る香花も本物の香花なのだろうか。どこか取り繕ってはいないだろうか。それが仕方なく気になった。


 もちろんそれが気になるのは、家主だからと言う理由ではあるが、それ以外にもあるような……それが何なのか、ナナには分からなかった。


 噂をすれば影が刺す。


 誰も通らないこの道の先に見覚えのある人物が目に映った。


「あ、香花さんだ」


 そう遠くもない距離に香花はいた。


 いつもは無人で座られる日は来るのだろうか。と思われていた通勤途中にあるベンチで香花は腰を据えていた。


「香花さーん」とナナが手を振ると、声に気が付いたのか香花もナナへ手を振りかえした。


 思いもしない場所に香花がいて嬉しかったのだろう。ナナは香花目掛けて駆け出した。一分一秒早く香花に会いたかった。


 駆け出した足はさほど速くなかったが、それでも一生懸命だった。

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