三話 早上がり

「それでこの店で働いてんのか?」


 先の展開を予測した四八目は話の途中で口を挟んだ。ナナはコクリと静かに頷いた。


「初めは反対されたんです……自分の周りも知らないのに働くのは無謀だって……でもどうしても自分のせいで体壊して欲しくなくて……」


「私も急に香花が来て、人間雇えっていうもんだから驚いちゃったわぁ」


 人間二人がこの店で働くことができる理由は臭いにあった。地人達は臭いで相手の生態を判別するため、カフェのあちこちに地人特有の芳香剤が炊かれている。便利ではあるが、癖の強い臭いなため、慣れるまで時間がかかる。


「しかしなぁ、なんで香花はこのカフェに決めたんだぁ? もっとマシなとこあっただろ」


「それはぁ、この私がいざって時頼れるからでしょぉ」


 ドヤ顔で胸を張る珈々。普段、猫背なこともあってか、いつも以上に胸が大きく見えた。


「はいはい」


「なによぉ、その態度ぉ」


「頼れるっつったって、おめぇただのわがままグータラおばさんじゃねぇか。ちょっと体つきが良いからってすぐ人に指図するしよぉ。俺はこんな奴の下で働くなんて御免だぜ」


「誰がグータラおばさんよぉ、四八目そういうとこあるわよぉ、口数が少なければ可愛い女の子なのにぃ、もうちょっと身なりと言葉遣いを覚えることねぇ、ナナちゃんみたいにぃ」


「い、いえ、そんな私なんか……」


 照れながらも遠慮するナナ。それをみて四八目はケッとつまらなさそうな顔をした。


「誰がなるかよ、ボケ。ナナみてぇに控えめに生きてちゃあ人生の三分の一も楽しめずに野垂れ死んでしまうわ!」


「四八目さんそういうところが口数多いって言われるんですよ」


「うるせぇ! 貧乳!」


 珈々さん、四八目さんに出す飲み物に爪垢でも入れておきましょう。


「ナナちゃん、大丈夫よぉ」


 透かさず、フォローに入る珈々。優しく肩に手を置き、慰めてくれた。


「私は貧乳も大好きよぉ」


 全然フォローになってない……。


「はい四八目、いつものぉ」


 ようやく作業が一段落し、四八目の前にドリンクが置かれた。少し慣れる程度にはこの店で働いている自覚はあるが、飲み物についてはナナもまだあまり熟知していない。


「おお! これこれ! これだぜぇ!」


 前に置かれた緑色の謎の飲み物を口いっぱいに入れる四八目。見た目が理由でか、あまり美味しそうには見えないが、その飲みっぷりは凄まじかった。


「ふふっ、四八目の無邪気に飲む姿はいつ見ても微笑ましいわねぇ」


 カウンターに肘をつけ、ヘラヘラとその様子を珈々は伺う。まるで小動物でも眺めているかのようだった。


 そんなことはお構いなしに四八目はそのままの勢いで飲み物をズズズッと飲み干した。


「っぷ、ごちそーさんと」


「それでぇ?」


「ん?」


「四八目は何用でここにぃ?」


「んー」


 四八目はグラスを傾け、氷1つを口に入れながら用件を思い出す。氷を右左、右左と口の中で動かしながら目を瞑り、「んー」とだけ唸る。


「どおしへっへ、べふはんようへんははっへほほにひははへはあ――ひは、ほうへんはっはあ(どうしてって、別段要件があってここにきたわけじゃあ――いや、用件はあったわ)」


 氷を頬張りながら話された言葉はギリギリ理解可能なものだった。四八目は氷をガリガリと噛み砕き、口の中をサッパリさせた。


「それでぇ、用件はぁ?」


「……集会だ。一週間後の夜に……出られる奴は全員来いってリーダーからの命令でな。ま、おめえはほぼ強制だろうがな」


「そりゃぁ、毎回集会の場所ここだもんねぇ。うーん……ナナちゃん、今日はもうあがって良いわよぉ」


「えっ!」


 ナナは驚愕した。あの残業代を出すわけでもなしに人をメイドのようにこき使う珈々が、定時より先にナナを上がらせることなど一度もなかったからだ。無論、これからもないと思っていた。


「なぁにぃ、ナナちゃん。もっと珈々お姉ちゃんの下でお仕事していくぅ?」


 珈々は微笑みながら問いかける。普段から笑顔絶やさない珈々であったが、これはどこか違う裏のある笑みだ。もの凄く不気味である。


 ナナは危険を察知し、すぐさま挨拶をした。


「い! いえ! お先に失礼します!」


 体が勝手に反応し、軽く会釈したのちに支度の準備が終わるや否や、ナナはそそくさとカフェを後にした。


 そのナナの慌て具合に四八目は腹を抱えた。


「はっはっはっ! やっぱ、おもれえわあいつ! だから珈々のカフェなんかで働くもんじゃねえんだ!」


「言い過ぎよぉ、四八目ぇ。優しく笑顔で訴えかけただけなのにぃ、なんであんなに猛スピードで帰っちゃうのかしらぁ」


「……まあ、優しさが仇になる時だってある。そう落ち込むなよ。どうせ、おめえの事だ。しばらくはコキ使ってたんだろ」


「そんなにこき使ってたわけじゃないわよぉ。ちょっと家事をしてもらってただけだわぁ」


「従業員に私生活の面倒みてもらう時点で常識から外れてりゃあ」


「うるさいわねぇ、この集会だって急すぎよぉ。これこそ非常識だわぁ」


「色々と都合っつうもんがあるんだろうがよ、あいつだって焦ってるんだろ。長えこと、張り詰めてたし」


「確かにぃ、地人達と人とのいざこざはもう長い歴史になるものねぇ。それに終止符を打とうとしてるんだからぁ、よっぽどの覚悟なのかもねぇ」


「そうだ」


 四八目は目を瞑り、机の上に肘をつきながら、何かを念じた。


「あいつが一番背負ってるんだ。俺らも少しは手貸さねぇと可哀想だろ。ダチだからな、もっと俺らを頼って欲しいもんだぜ」


 四八目が念じた時、両側の席に煙が上がった。そして、その中に黒い人影が現れた。


「「「ダチってそういうもんだろ?」」」


 四八目の言葉と連動するように黒い人影から声が聞こえた。それも四八目と同じ声調で。そうして、煙が消え、その場には――。


「「「香花」」」


 別の四八目が姿を現した。

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