九話 食後の談話

 食事を終えたナナは何とも言えない充実感に浸っていた。


 ヒシメ……非常に美味しかった。魚を食べられなかった香花の前で無作為に食すのは気が引けた。しかし、香花が「どうしても食べないのなら無理矢理口に押し込むわよ」と脅すからどうしようもなかった。


 ヒシメは鮭を細くしたような魚で、色はカレイに似ていた。一抹の抵抗を持ちながらも箸を動かした。


 でも外見とは似つかない程、ヒシメは絶品だった。細身なのに脂がしっかり乗っている。にも関わらず、さっぱりともしていて、ナナがこれまでに食したことがない新たな味わいだ。


 ナナはヒシメの虜になり、その箸が止まることはなかった。


 他のお味噌汁、野菜炒めも大変おいしかった。気がついたらヒシメは完食していた。


「ね? 美味しかったでしょ?」


 ナナに気を使ったのか、香花はあまりおかずには手を付けず、茶碗をシンクへと運んでいた。


 恥知らずに自分ばかりムシャムシャと食べていたことにナナは羞恥心を覚えた。


「す、すみません! 自分ばっかり……」


「私はいいのよ、いつだって食べれるし。それにあんたの間抜けな心の底から美味いって顔、中々面白かったわ」


「……そんなに無邪気でした?」


「そうね、バカみたいだった」


 香花の笑みに、ナナは頬を赤く染める。


 香花がヒシメをナナに譲ったのはナナと同じ心境だったからなのかもしれない。香花もナナ同様、食べられない人の前でヒシメを頬張るのは気が引けたのではないだろうか。そう考えると、ナナから香花は自分に似た存在に見えた。


「……私と香花さんって意外と似ているのかも」


 顔を隠し、モジモジしながら自然と言葉に出ていた。


「はあ? どこが?」


「あ」


 声に出ちゃってた。思わず口を塞ぐナナ。


「い、今のは……言葉の綾と言いますか……」


 顔を伺うように近づき、香花は問う。


「勢いで口から出たってことは思うところがあったからでしょ? なら言いなさいよ」


「は、はぁ……香花さんって……控えめじゃないですか、結局私がヒシメ食べちゃいましたけど……私も譲る気でしたし……食べれない人の前で口にするの……気が引けちゃって……多分、香花さんもそういう理由込みで譲ったんじゃないかなって。あ! 『初めてだから食べてみて』っていう気持ちが主だとは思うんですけど!」


 失礼にならないよう、不慣れながらも説明した。


 香花は「ふーん、なるほどね……」と納得しつつ、反論した。


「決してナナの前で食べるのが嫌だったわけじゃないわ。ヒシメを食べたことがないから譲っただけよ」


「そ、それは分かります。ただ、気が引けたっていうのは……」


「ないわよ。そんなに人の視線気にして生きてないわ。あんたが一度でもヒシメを食べていたとしたら、遠慮せずにバクバク食べていたわ。私が買ったヒシメだからね」


「本当ですか、それ? 香花さん優しいからそんなことしないと思うんですけど……」


「や! 優しくなんかないわよ! 利己主義者よ! 私は!」


 声のトーンが一段上がる。香花にしては珍しく焦っていた。額から汗が垂れる。クールな香花が動揺した瞬間だった。


「利己主義者はそもそも魚を譲らないと思うんですけど……」


「う! うるさいわね! バカ!」


 苦し紛れの暴言には香花特有の恐怖はなかった。


 ナナには香花がどうして慌てているのか分からなかった。変なところで鈍感なのだ。


「香花さん? 大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫よ……!」


 そうには見えない……顔赤いし、ちょっとあたふたしてるし……また何か触れてはいけないものにでも触れたのかな、私。


「クックックッ」


 嘲笑う声が聞こえたので振り返ってみると、四八目だった。どうやら目が覚めたらしい。


「お楽しみ中に申し訳ねえなぁ」


「……誰も楽しんでなんかないわよ」


 四八目のいやらしい微笑みに屈辱を感じながらも、香花は「取り乱したわね」と汗を手で払った。


「ったく、人が生と死を彷徨ってる間にイチャイチャとしやがって……お前ら、結構お似合いなんだしそのまま付き合っちゃえよ。香花もいい年なんだしよぉ」


 四八目が効果の肩に手を乗せ「な?」と嘲笑う。あくどい。


 香花はそれを早々に払う。


「冗談言わないでよ、私とお似合いな相手なんていないに決まってるでしょ。余計なお世話よ」


「その前に女同士だから結婚できないんじゃ……」


 冷静なツッコミがナナから入る。


「え……?」


「は……?」


 鳩が豆鉄砲を食ったように二人はキョトンとした。ナナの言った内容がイマイチ整理できてないといった顔であった。


 ? 私また何か言っちゃったかな……?


 脳裏で思い返しても、変なところはない。至極全うな正論を言い放ったとしか考えられなかった。またナナの知らないこの世界特有の文化でもあるのだろうか。


「あ、そっか」


 四八目の開きっぱなしになっていた口が動き出した。左手の平に右手のグーを「ポン」と当てた。ナナと二人の見解の違いを理解したらしい。


「ナナよぉ、この世界にはな、性別っつーもんが存在しねえんだよ。つまり、お前がいた世界で言う“女”しかいねえわけだ」


 …………………………は?


「えええええぇぇ!」


 掟破りな発言と軽い説明のギャップに理解が追いつかない。顎が外れそうな程に叫んだ。それもそのはずだ、そんな重大発表……今日はこんなリアクションばかりなナナだった。


「女って何よ?」


「ああ、香花は分かんねぇのか。俺たちのことだよ、女って」


「私達以外にも地人みたいな奴がいるの? 地球には」


「いや、あそこまで極端じゃねぇんだけどよ。何って言うんだろうなぁ、性別……つってもピンとこねぇだろうし、まあ違う種族がいて、そいつらは俺らと体の作りが違うって思っとけ」


「やっぱり地人じゃない」


「だから違うんだって、あんなツノとかはねぇんだよ。ん? でもまあ、下半身に似たようなもんが――」


「ちょ! 四八目さん! そんな話しなくていいですから!」


 顔を真っ赤にして四八目のトークを遮った。恥ずかしいなんてものじゃない。羞恥心とはかけ離れた存在である四八目が何を話出すか分からない。だからナナは早めに手を打った。


「なんで止めたのよ」


 が、しかし、香花は本筋から離れようとしなかった。この話題を水に流してくれはしない。


 その後、香花にどう話そうか戸惑いつつも、なんとかして言い回し、事をオブラートに包んだ。四八目がいちいち直球に……例のモノを言おうとするからそのたびに誤魔化すので必死だった。


 こうしてナナの慌ただしい1日は終わりへと向かい、四八目は日が沈む前に香花の家を出た。

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