一章
一話 その手
香花の後をつけて、もう10分は経つのだろうか。少女は、一向に目的地を知ることなく歩み続けていた。
どこに向かっているのか、二回は聞いた。が、しかし、香花は「ついてくれば分かるわ」と見向きもせずに答え、二回目については何も返答しなくなっていた。
ここがどこなのか、それすらも分からない。やけに自然が豊かで、左側には林が生い茂っており、右側にはどこまでも続いていそうな海が広がっている。そんな風景をバックに重い足取りで歩く。
ここは自分が住んでいた場所ではないのだろう。そう、少女は薄々感づいていた。住所も分からない少女であったが、通信機器などを用いて生活していたことはほんわかと覚えている。
だが、しかし、この地方にはどうもそう言った文明の利器といったものが無い。せいぜい、さっきの家にガスコンロと電球があったくらいだ。どうも、田舎くさい。
一体、何がどうなってここに居るのか。何故、記憶がないのか。謎ばかり深まり、少女は少し心細くなる。
香花が信頼できる人物の保証もない。もしかしたら、このまま見ず知らずの場所へ売り払われるのかも知れない。よろしくない方向へと思考は進んでいた。
「あんまり深く考えるものじゃないわよ」
「えっ……」
後ろに目でもついているかのようだった。香花は少女をフォローしようとしたのか、前を見ながらも言葉を口にした。
「何も記憶がないし、ここがどこなのかすらも分からない……さぞ、心細いだろうけど私が手助けするわ。だから、困ったら何でも言いなさい」
「ど、どうして、そこまでしてくれるんですか? 私と香花さんって……何か関係があったんですか?」
「……さっきも言った通り、私とあなたは初対面よ」
「じゃ、じゃあどうして……」
「……なんだっていいじゃない。私を頼るのが嫌なの?」
「い、いえ! そういう訳では!」
信用できない。なんて言えなかった。選択肢のない少女にとって、香花は地獄に垂らされた一本の糸だった。仲をこじらせることだけは避けたかった。
誤魔化そうにも上手く口が回らない。言い淀んでいるうちに、香花は少女のすぐ近くまで戻ってきていた。
「ど……どうして戻ってきたんですか?」
表情を変えない香花は少女の右手を左手で握った。
「一人じゃ不安だろうから、近くにいるわ。さ、先へ進むわよ」
香花は少女の手を少し引っ張り、再び足を運び出した。「え、ああ……」と戸惑う少女も香花に並ぼうと足を動かした。
そして、香花の隣を歩いた。香花の手はひんやりとしていた。そのため、人肌は感じられなかったが、何故か体の内側があつくなった。その安心感が少女には不思議で仕方がなかった。
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