名無しのナナ

本名田中

一巻 人権獲得編

序章

 窓から差し込む太陽の日差しが瞼を刺激する。その光で少女は起きた。


「んっ……」


 短く唸り、邪魔が入ったと毛布を頭に被り、外敵からの攻撃を遮断した。布団から出てたまるものか。


 布団の中では母胎のような安心感があった。暖かく圧迫感のない布団の中、馴染みのある匂いに包まれて……。


「ん……んー?」


 少女は起きた。匂いに違和感を覚えたからだ。毛布を嗅いでみると、どうも自分の家とは一味違う匂いがした。


 変に感じた少女は、毛布を退け、室内を見渡した。見覚え……のない引き戸、タンス、台所、縁側、それにちゃぶ台。なにから何まで既視感を感じない。


 辺りを一通り見渡しな後に、また別の気持ち悪さが少女を襲う。


 昨日、いや、それ以前の記憶も思い出せなかった。昨日食べた食事、出来事はもちろんのこと、名前、年齢、住所など個人情報までもが少女の記憶からなくなっていた。


 ただ、これまで習ってきたであろう知識や一般常識などは頭の中に入っていた。


 妙な感覚に少女は動揺する。


「変……だ……」


 戸惑いながらも、このままではダメだ。と、少女はこの部屋を捜索することにした。


 まずは、1番目に留まった押し入れからだ。引き戸に手を添え、引っ張る。が、しかし、建て付けが悪いのか、思ったようにスムーズにはいかなかった。


 ガガゴゴ……と、やっとの思いで開けた押し入れの中には、全身が映る程の縦長い鏡があった。


 その鏡から少女は初めて自分がセーラー服を着ていることに気づいた。


「セーラー服……ってことは私は高校生なの――」


「なに、人の部屋、勝手に漁ってんのよ」


「ヒッ!」


 夢中に捜索していた少女は、玄関から入ってきた女に気付かなかった。女は軽くふーっとため息をついて、こう言った。


「全く、せっかく助けてあげた奴が万引き犯だったなんて。世も末ね」


 え? 助けた? ってことは私、何かトラブルにでも巻き込まれてたって事?


 急な展開について行けない少女を置いていくように、女は外へ出ようとしていた。


「ま、待ってください! 助けたって、私、何かトラブルにでも巻き込まれていたんですか……? 記憶がなくて! 何もわからないんです! お、教えてください!」


 口籠もりながらも、必死に現状を伝える少女。女はその言葉にピクリと反応した。そして、少女の方を向き「そう、あなたもなのね……」と短く、返した。


「えっ……」


 硬直している少女を目掛けて、女は玄関の横にかかっていたコートを投げ渡した。


「わっ! とっと……」


 急なことに驚きながらも、少女はコートを受け取る。


「私はあんたが倒れていたのを助けただけよ。何で倒れていたのかは知らないわ。もちろん、名前もね。とにかく、ここがどこなのかはあんたの目で見てもらった方が分かりやすいだろうから、ついてきなさい」


 せっせと、外へと出る女に追いつこうと、少女は忙しなく、後を追う。


「わ、分かりました! じゃ、じゃあ、名前! あなたの名前だけでも聞かせてください!」


 息を切らしながら、支度をして家を出る少女の質問に女はこう答えた。


「不死川香花(しなずがわこうか)」

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