二話 ツノ
手を握っていることからの落ち着きか、少女の体感では目的地までつくのにそう長くもなかった。香花はそこで足を止めた。それに遅れて気づき、少女の足を止める。
いつの間にか、横に広がっていた海が目の前にもあった。海岸側には売店? のようなものがいくつも見える。市場のようだ。
「ここから先は一言も口にしないで。いいわね」
「え、は、はぁ」
何のことやら、分からずじまいの少女は、進んだ香花に合わせるよう、歩幅を調整した。
一歩一歩進むにつれ、人の笑い声のようなものが聞こえ出してくる。市場の方からだ。香花が真剣な顔で忠告をしたため、身構えていた少女であったが、その声色にあまり警戒心を抱かなかった。
段々と賑わっているのが伝わり、少女が思っていた危ないスラム街みたいな場所でもないことは分かった。
何故自分が一言も話してはいけないのか。不思議に思いながらも、香花はその市場にある一つの店に立ち止まった。
魚の独特な生臭さから嗅覚が感じるに、ここは魚屋……だろうか。目の前にある魚を眺め、少女は疑問に感じた。どれひとつ、自分の記憶にあるような魚がないのだ。自分が魚類に疎いだけなのだろうか。
あまり気にはしなかったが、そこから少し視界を上げた時、少女は息を呑んだ。
「あーら! 香花ちゃんじゃない! いらっしゃい!」
「こんにちは、今日は何があるのかしら」
「今朝は生きのいい『ヒシメ』が手に入ったわよ! ほーら、これ! 良いと思わない!」
「そうも自信満々に見せつけられちゃあ、断りづらいわね。買ったわ、それ二匹」
「毎度ー! って二匹? 香花ちゃん一人暮らしよね?」
「今日は友達と一緒にご飯を食べるの。だから二匹よ」
「はえー、一人好きそうな香花ちゃんが珍しいこともあるもんねぇ……おまけでもう一匹つけておくわね!」
「あら、ありがとう」
「良いのよ、香花ちゃんにはお世話になってるからねぇ!」
会話を聞けば、主婦とおばさんそのものだ。だが実際に目の前には……。
「n――!」
感情が昂り、つい叫び出しそうになった少女の口を咄嗟に香花は押さえた。魚屋の女は魚を袋に詰めるため、目を離していた。
「何か言った? 香花ちゃん」
「ちょっと咳をね……今朝から喉の調子が悪いの」
「そうなのかい? 最近は冷え込んでいるからねぇ、暖かくして寝なきゃダメだよ」
「そうね、注意するわ」
軽く咳払いをする香花に、女は魚を詰めた袋を渡した。
「はい! これヒシメね!」
女から袋を受け取り、お金を渡す。「じゃあね」と香花は店を去り、その後ろから女は「お大事にねー!」と手を振った。
離れた後に少女は女を見た。幻覚じゃない。女には確かにツノが二本、頭から生えていた。
魚屋の後に、八百屋へ行き、買い物済ませると香花は三十代ほどの主婦三人に声をかけられ、軽く話した。
話の内容は「夫の帰りが遅い」や「最近、不作で食費がかかって仕方がない」といった少女には関係のないものばかりだった。
そんな時でもあるものが気になってしまう。魚屋の女だけではない。八百屋さんには羽が生えていて、主婦達にも牙が生えてたり、一本角があったり、右肩に手がある者もいた。その光景は実に不気味だった。
それと少女が不可解に思った点は他にもある。さっきから会う人、全てと目が合わないのだ。と、言うよりもここに自分がいる事に気づいていないようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます