第二章
第4話 「お心が変わられたら、戻られるがいい」
修道院長は時間どおりに礼拝堂の裏で待っていた。小さなランタンを足元に置き、何か包みを持っていた。中身は重そうだ。
――『秘密』を入れた瓶か?
イグネイは一瞬そう思ったが、すぐに首を振った。修道院と村は、おとといからイグネイ率いる王軍が取り囲んでいる。村人は家から出られず、誰も修道院へ入ることすらできない。まして、告解などできるはずがない。
イグネイを見ると修道院長はランタンを持ち、ゆっくりと歩きはじめた。イグネイもゆっくりと、後ろを歩く。
それにしても、あの包みはなんだろう?
灰色の石で作った礼拝堂を回りこみ、背後の暗い森へ入っていく。イグネイは真っ黒な森に入る前にマントを体に巻きつけた。夏とはいえ、夜は冷える。このあたりは高地に近いのだ。
森の中は、驚くほどの音に満ちていた。フクロウがなく声、夜に動く動物たちがエサを求めて走り回る音。土を踏みしめて先を行く修道院長の足音。
細い道が続いていく。イグネイは世慣れた軍人の眼で森を確認した。
伏兵がいる様子はない。聞こえるのは、自然の音だけだ。
自然の音は、見方だ。イグネイはなるべく足音を立てずに小道を歩いた。道は案外と歩きやすい。道の周りだけ、とがった木々が生えていないのだ。少し放置すれば、すぐにはびこるイバラの群生がない。
つまり、この道は何者かによって定期的に、こまかく手入れされているのだ。
修道院長が告解で得た『秘密』を運ぶために。
ぽきり、という枝を踏み折る音が聞こえたあと、修道院長の足音は止まった。
だまってランタンで巨木をしめす。修道院長が明かりをかかげたあたり、ちょうどイグネイの胸のあたりに、大きなうろがあった。
「ここに、瓶を入れるのか」
「そうです」
そういうと、修道院長は持ってきた包みを入れた。
「それはなんだ」
「供物です」
「『秘密の番人』への供物か?」
修道院長が半分陰になった顔でうなずいた。
「——中を見る」
イグネイはうろに手を入れ、包みを出した。ズシリと重い。外側の布をほどくと、木の枝で編んだカゴがでてきた。
「堅パン、干し魚……変わった供物だな」
「われらは殺生を禁じられております。かわりに堅パンと魚を奉じるのです」
「ふん」
というと、イグネイはカゴを包みなおした。うろに突っ込む。
「つまり、ここで待っていれば、『秘密の番人』がこれを取りに来るわけだな」
「そうです。しかし、いつ来るかはわかりません。一晩中待っても、何も起きないかもしれません」
「何も起きなくても、一晩中待つさ――修道院長、いっていいぞ」
ほう、と修道院長はため息をついた。
「見かけによらず、強情な方だ」
「意志が強いと言ってくれ。軍人には必要なことだ」
そういうと、イグネイは再び、しっかりとマントを体に巻き付けた。修道院長はランタンを持って、
「明かりは持っていきますぞ。『番人』は明かりを嫌うといいます」
そのまま歩き出したかとおもうと、ランタンが止まり、老人の声だけが聞こえた。
「この道を、まっすぐ南にくだれば修道院です。お心が変わられたら、戻られるがいい」
それを最後に、足音がゆっくりと遠のいていった。イグネイの周りと真っ黒な闇が取り巻いた。頭上を見上げる。
夏の大鹿座が、えものを追う姿で輝いていた。
俺も『番人』をとらえられますように、とイグネイは思った。星に願いをかけるなんて、やったことはないが。
今回探り取りたい母の秘密には、イグネイの輝ける未来がかかっている。
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