第15話 幼い彼女

「これは……ゆゆしきじたい……」


 私は低くなった目線でポツリと呟いた。

 帰宅途中、人気のない道路の隅。

 へたり込む私の目前には、唖然呆然とした千田くんがいる。姿だと彼はとても大きく見えた。

 まぁ仕方ない、幼児化しちゃったんだし。


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 只今由々しき事態が発生している。共に帰路を辿っていた女子高生が、幼児化してしまった。

 原因は勿論、魔女狩りの奴らに襲撃されたからだ。今回は複数人で掛かってきたため上手く捌ききれず肝が冷えた。しかし彼女の回避のお陰で、魔法の直撃は避けられたのだが……。


「ちだくん?」


 見事に五歳児サイズに縮んでしまったのだった。


 狩人が使った攻撃魔法は大凡おおよそ、時間を巻き戻す魔法だろう。それなりの実力がなくては使えない魔法だから、相手は上級者であることに違いない。もし泉が直撃してしまっていたら幼児化だけでは済まなかった筈だ。

 とは言え、無事ではある彼女の体がこれでは色々と不便である。


「他に怪我はねぇか?」

「だいじょうぶ。びっくりしたけど」


 俺が腰を下ろし目線を合わせると、彼女は拙い口調で返した。応答は普段通りの泉だ。

 しかし彼女の服の大きさは変わらず、本当に体だけが縮んでしまっているため制服に包まれた幼女のようだった。いくら男子高校生でも、この状況では事案確定である。何よりまずは服だ……。


 取り敢えず迷彩魔法で人目を避ける。気休めでしかないが、彼女が着ていたセーラー服、スカート、靴に縮小魔法をかけ着せた。その他のスクールバッグや下着は一旦、異空間に転送する。荷物は少ない方が良いからな。

 とはいえ縮小魔法には時間制限がある。あまりのんびりはしていられない。


「子供用の服を探す。店、どっか知らね?」


 問いかけに彼女は一度、愛らしく小首を傾げる。少し唸ってから視線をこちらへ向けると、舌足らずな口調で「駅前」だと答えた。

 人通りの多い場所は避けたいが背に腹は代えられない。知り合いがいないことを願うしかないか。


 箒で一飛と行きたいが、幼児を乗せるのは流石に危険だと思われる。シートベルトが欲しいところだ。

 俺は右手を差し出すと、彼女に手を繋ぐように言う。泉は何度か瞬きをした後、てしっと小さな手を重ねてくれた。か、可愛い……じゃねぇ、早くちゃんとした服を与えねぇと。

 ていうか泉とこんな形で手を繋ぐなんて思っていなかったな。ちょっと不服だ。


 駅までかなりの距離がある。どう考えても五歳児が歩くのは至難だ。

 当然、五歳児化した彼女も体力を激しく消耗していた。足がもつれ始めた泉に、俺は腰を下ろして声を掛ける。


「その姿で歩くの疲れたろ」

「まぁ……でもまだ、だいじょうぶだよ」


 涼しい顔をしているがローファーが痛むらしい。片足をもう一方の足に擦り付けていた。

 軽く溜息を吐くと、不慣れながらも彼女を抱きかかえた。驚いたのか泉は名を呼んだが、俺は気にせずそのまま歩みを再開する。


 秋の入口に差し掛かった今日この頃。風はすっかり冷たさを帯びている。肌寒く思っていた為、彼女の体温はとても温かく感じられた。

 例の駅前の店に辿り着く。幸いにも顔見知りはいなかったのでセーフだ。


 僅かに躊躇ってから入店する。泉を下ろすと、彼女は駆け足で子供服売り場へと向かった。客はほとんど居ない。店員に声を掛けられる前に、さっさと買ってしまおう。

 すぐに服を決め試着したまま会計を済ませる。彼女は動きやすいように丈の短いズボンと、薄手の長袖Tシャツを選んだ。流石に子供用の小さい靴は取り扱っていなかったため、出先は俺が抱えることに決まった。こいつ何着ても似合うんだな……。


「あら、可愛い妹さんですね! お兄ちゃんと一緒にお買い物?」


 レジの向こう側、若い女性が甲高い声で言う。

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした俺の代わりに、泉がそれを首肯した。彼女の事だ、面倒事にならないよう察してくれたのだろう。

 俺は苦笑を浮かべてそそくさと店を後にする。表情の変わらない彼女を抱き上げると、新品の服の独特な匂いが鼻先を掠めた。

 泉は腕の中で大人しくしていたが、五分後に何の前触れもなく口を開ける。


「わたしとちだくんって、にてるのかな」

「は? どうして」

「きょうだいだって、みまちがえられたから」


 彼女の髪が首に触れる。くすぐったさを感じつつ抱え直し、彼女へ言葉を返す。


「似てねぇと思うけど」

「……」


 返答がないことに違和を感じ、顔を向ける。彼女と視線がぶつかった。

 泉は真顔でこちらをじっと見つめていた。

 反射的に顔を逸らすと、彼女は抑揚のない声で「あー」と言って残念がった。


「何じろじろ見てんだよ」

「にてるところないのかなーっておもって」

「いや探してもぇから」


 彼女の髪と視線がくすぐったくて仕方ない。摩擦と早まる鼓動で発火してしまいそうだ。

 ふと腕の中の幼女が、あっと零す。今度は何だと思いながらも視線は向けられずにいた。彼女は舌足らずに言う。


「のろいのこくいんは、いろもかたちもおなじだね」

「当たりめーだろ」


 珍しくお喋りモードな泉は、それからも目に入ったものを口にした。俺の耳の側面にあるホクロだとか、赤みがかった髪が綺麗だとか、とにかく俺の話ばかりする。


 至近距離で気になってる女子(それも幼女の姿)に、自分の外見的な特徴を上げられるなど堪ったものでない。それも向こうは何も感じていない風だ。何も思っていない、つまり彼女は俺に対して特別な感情は抱いていないということ。


 少し前から薄々勘づいてはいたが、やはりこの好意は一方的なのだろう。彼女が鈍感なだけか、はたまた俺の好意に気付いていての反応なのか。ただ確実なのが、彼女は無意識に思わせぶりな行動をとるということだけだ。

 落胆に近い安堵。俺は視線を前に戻した。


 瞬間、額に何かが駆ける。咄嗟にしゃがむと頭上に火の刃が空を斬った。


「不意打ちか。流石だな、根腐り狩人」

「幼女を抱えて言われてもさまにならないね、抜け駆け魔女」


 低い体勢のまま上空へ顔を向けると、そこにはこちらを見下ろし浮遊する影が一つ。泉に時を巻き戻す魔法をかけた奴だ。

 魔法使いの狩人を相手にするのは久しい。その上、相手は並み以上の実力を持つと見た。今回は本気で片づけた方が良いな。


 泉を下ろすと、手早く彼女に魔法をかけた。


「――キープケイス」


 彼女の小さな体は、辺がオレンジ色の透明な箱へと収められる。驚いた泉は目を見開いたが俺の説明を大人しく聞いた。


 キープケイスという魔法の効果は以下の通り。

 箱の中のものは箱の外の影響を一切受けない。例に上げるなら気温や慣性の法則などだ。そして魔法をかけた者(この場合は俺)に一定の距離を自動的に維持してくれる。追尾機能と言ったところだ。

 通常、この魔法は荷物が多い時に使われるもので人間にかけるものではない。しかし今回は彼女の体が小さいこともあり、少し応用して使うことにしたのだ。


 これなら思い切り戦える。泉に危害が及ぶ心配もない。


「んじゃ、殺り合いといこうぜ――コールっ」


 真横に突き出した右手に呼ばれた箒が出現する。浮かぶ狩人を見据えると、エンジン全開で俺は相手の懐へと飛び込んだ。


 力の塊を胸に押し込もうとしたがヒラリと身を返される。相手はその勢いのまま魔法を唱え攻撃を仕掛けた。


「――クリエイトナイト」


 目前に無数の針が浮かぶ。狩人の一声を合図に、それらは俺へと牙を向けた。すぐさま箒を降下させ、やり過ごすも相手は再び同じ手を使う。霞んでしまいそうなほど細かな針を避けつつ間合いを詰めていった。

 しかし相手の飛行魔法の技術も相当らしい。緩急のある移動について行くのに精一杯だ。


 これ以上逃げ回られては、こちらの魔力消費が大きくなるな。それに遠距離戦より近距離戦の方が性に合う。ちょっと乱暴な手だが仕方ない。


「ちょこまか動くな、うざい――エスパイアっ」


 左手を遠くの狩人に重ね、力強く握る。握った拳を思い切りこちらへ引くと、それに呼応するように相手の体が俺の元へと引き付けられた。

 自由が効かなくなった狩人は苦悶の表情になる。咄嗟の判断なのか、珍しい魔法を口にした。


「ぅぐっ――レインティア!」


 その刹那、右目に何かが飛び込んできた。雨だ。

 反射的に顔を背ける。エスパイアが切れ、俺は自ら後退した。

 随分と姑息な手を使う奴だな。反応を見るに相手は近距離戦が不得意らしい。ならば尚更近づかねぇとな。


 一瞬だけ目を離してしまったため狩人は次の魔法を唱えている。高度な射撃魔法ときた。


「――ロックショットっ 逃げられるかな!?」


 初耳の魔法名だ。これはちょっとまずい。

 直撃する寸前に回避してみせるも、急カーブして迎撃してくる。自然のことわりガン無視だな。

 避けるのは得策でない。簡易的なバリアを張って防いだが、それを解くと相手はすぐに同じ攻撃をした。

 この状況は良くねぇ。防御魔法も中々の魔力を欲する。こちらも攻めと行きたいところだが……。


「さすが抜け駆け魔女。逃げることしか頭にないみたいだね」


 抜け目ない攻撃、そして底知れない魔力の強さと量。攻める側に転身する隙がない。


 うッ、背に腹は代えられない。こっちも遠距離戦で行くしかねぇか。


「――サンダウピット・セット」


 背後に暗雲が立ち込める。唸る獣のようにゴロゴロと雲から低い音が鳴いた。

 狩人もまた射撃の準備に回るのに魔法を口にする。


「撃ち合いか、良いね――フレイアロー!」


 炎の矢が相手の周囲に創り出される。揺らめく熱が風向きでこちらにも伝わってきた。

 鎖で繋がれていた猛獣が放たれるように、相手の矢が発射する。俺は向こうに焦点を合わせて指を弾いた。


「一斉射撃ッ」


 轟音が後頭部を殴る。暗雲から放たれた雷の矢たちは一直線に狩人へと向かったが、それを炎の熱風が阻む。やっぱり向こうの方が精巧だな。


 残った熱い矢が噛み付いてくるが、無駄な体力を使いたくない。俺は箒の上に立ち上がった。

 矢の先が触れる直前、俺は力の限りで不安定な足場を蹴る。


 身体は前方へと飛翔し、箒はその場から落下する。そしてもう一度名を呼んだ。


「――コール」


 意識を一時的に失った箒は、目を覚ましてあるじの足元へと飛んでくる。に着地した状態で、勢いを殺さずに狩人へと突っ込む。狙い通り、攻撃直後は僅かに隙が生まれるようだ。


 左掌に魔力を溜める。その塊を相手の腹に叩きつけた。


「――パワーマスっ」


 直撃。狩人は受け身をとる前に意識を手放した。


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 ・

 ・


 千田くんが魔女狩りの男性を縛り上げる。相手は気を飛ばしたまま項垂れていた。


 オレンジに光る透明な箱から出ると、私は低い目線で彼を見上げた。


 先程の戦闘はかなりの迫力があった。

 箱の中では慣性の法則が存在しないらしく、ひたすら酔いそうになっていた。360°全てが画面の部屋でスピードの凄い映像を見せられていたようなものである。うぅ、思い出しただけでも吐き気が……。


「すまねぇ泉、結構手こずった。大丈夫か」


 しゃがんでこちらの表情を覗き込む千田くんに、私は変わらぬ拙い口調で返す。


「ちょっときもちわるいけど、きにしないで」

「いや顔青いけど」


 視界の隅で影が動く。

 あ、と声を出すと彼は落ち着いた様子で振り返った。

 狩人の気がついたのだ。


 千田くんは腰を上げ声を掛ける。相手はビクリと反応し、頭をもたげた。彼は数秒の後力なく笑ってみせる。


「……はっ、他の魔女と比にならないね。君は強いな」

「あんたも中々の手練れだったけどな」


 少年の口角は上がっていなかった。ただ冷たく言葉を述べる。

 狩人は苦い笑みを浮かべ吐いた。


「僕の負け。殺せばいい」

「いや、人を殺すなとコイツから言われてるからできない。それより彼女を元の姿に戻せ」


 彼に指さされ私はぺこっと控えめに頭を下げる。すると魔女狩りの男性は、あぁと言って快諾してくれた。

 指示通り近くに寄ると、彼は一言「すまないね」と言い呪文を唱える。眩い光と共にふっと体内が熱くなり、指先や爪先は冷たくなった。目を開けると地面が遠くに見える。

 身長が元に戻った。千田くんも合わせて魔法を使ってくれたお陰で制服姿だ。


「はい、これで良し。趣味の悪い魔法だとか思わないでくれよ、これでも上級者向けの魔法なんだから」


 男性は戦闘時とは異なって優しげな目をしていた。なんだか戦人とは思えない。

 千田くんも気になったのか彼の出自について尋ねた。狩人は、命を奪われるよりマシかと呟いて説明する。


 彼は元々ただの魔法使いだったらしい。

 しかし魔女狩りの者たちに家族を人質にされ、脅迫され、仕方なく狩人になったそうだ。私達を殺すつもりなど更々なく、タイミングを見て家族を救出し離脱するつもりだったと言った。


「君らが血も涙もない奴らじゃなくて良かった。まだ家族あいつらを助けられる可能性がある」


 安堵の吐息。彼の言葉に偽りはないように聞こえた。


 話を聞き終えた千田くんは考える仕草をした後、男性と目線を合わせた。ぎょっとする彼に構わず、少年は提案する。


「その救出、俺も手伝う」


 予想だにしない台詞に、私も狩人も目を瞬かせた。


「貴男は強い、だからこそ単独で敵陣に突っ込むのは惜しい」


 彼は曇りのない瞳で訴えた。


「ここは取引だ。今回の件を水に流す代わり魔女俺たちに協力してくれ」

「それじゃ君たちに利潤がないじゃないかっ」


 男性は驚きを隠せず怪訝そうな表情になる。だがそれに対する声は相変わらずだ。


「ゼロって訳でもない。今魔女狩りたちの動静についての情報が欲しいんだ。でも下手に近づけば返り討ちに遭うからな、情報収集のついでだと思ってくれ」


 それから数分、魔法使いの男性は考え込んだ後に頷いてくれた。


「僕はハヤト。隼人・グリークだ」


 男性――隼人さんは穏やかに自己紹介すると、心底嬉しそうに笑った。


 こうして千田くんは新たに魔法使いの仲間を手に入れたのだった。

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