第12話
必死で努力してきた人間からは努力の香りがする。
アタクチの下僕からもするもの。
アタクチは知っている。
アランだってそうだった。剣を握ったこともないのに急にユーシャにされて、マジューやマオウとの闘いを余儀なくされたって。最初こそ苦しんでいたけど、後はカラリと笑っていた。「これで故郷の人たちに胸が張れるな」なんて言って。太陽みたいな笑顔だった。
怖がりで夜に用を足しに一人で行けなくて、アタクチをいつもたたき起こしてたくせに。マジュー相手に戦う時は震えもしていなかった。それはアランが人一倍努力したから。
夜の用足しだけは最後まで一人で行けなかったわね。
それにもう一人。もう一人、印象に残っている女がいるわ。
懐かしい。長い黒髪の踊り子の女よ。妾として強引に囲われて、産んだ息子を嫡男として本家に取り上げられていた。
それでも、アタクチはあの女を美しいと思ったわ。長い手足、綺麗な髪、しなやかな体。でも、外見だけじゃない。あの女の内から溢れる生命力にアタクチは美しさを感じたのよ。
「ねぇ、シャンタル。死ぬこと以外はね、大したことないのよ」
それがあの女の口癖だった。アタクチの毛をその長い指で撫でながら。あら、あの時はアタクチ、シャンタルって名前だったのねぇ。
さすがのあの女も息子の誕生日には息子を思い出して泣いていた。その涙は美しかった。努力した人間の涙は美しい。
って、シャンタルって何よ! アタクチはジョゼフィーヌよ!
何なのよ、この存在しないはずの記憶は! なんでこんなに懐かしいのよ! 年とったみたいで腹立つわね!
まぁいいわ。この目の前でメソメソしてる芋女。
こいつはずっと流されてきただけの人間よ。自分で努力もせず、楽な方に流れ、文句だけは立派に言う。
あんたは知人や教師や下僕に泣きついた? 本当に困っていたらなんかアクション起こすでしょ。
こいつからは努力の香りがしないわ。涙が汚いわ。媚びるため、同情を得るため、自分を哀れむための涙は美しくない。
「こいつ、どうするよォ」
ボスカラスはハリネズミ達が外した宝石をくわえている。黒にピンクの輝きがよく映えている。やっぱり、ピンク×ピンクは駄目よね。というか人を選ぶわよね。
「何も努力せずに泣いてるだけの芋女に用はないわ。メソメソして構ってちゃんっぽいし、こういうのは放置が一番効くのよ。それに、オーケが処分するんでしょ?」
「一ヵ月もすれば処分ガァ決まってるだろォ。この宝石とカァ、弁償させられるんじゃないカァ? 仲間に聞いたらオージに言い寄られて満更でもなさそうだったってよォ。いろいろ買って貰ってたらしいィ」
「ふん。じゃあオーケ任せにしましょ。さ、メインディッシュの第一オージのとこに行くわよ。あんた達も復讐したいでしょ」
ボスカラスは作業を続けるハリネズミ達のところへ行って何か話すと戻って来た。
「もう死んでやる! さっき死のうとしたらニャンコ降って来たけど! もうこんな人生やだよお!」
「ほっとくのか、あれェ?」
「この高さじゃ死ねないわよ。それにオーケとしても逃亡を図ってくれた方がいいんじゃないの? ドレスがなくなっててしかも窓から逃げてたら罰与えやすいでしょ」
ボスカラスがバルコニーに宝石を置くと、他のカラスたちが煌めきに呼ばれてバサバサ集まってくる。下品なドレスの布地は嘴で破かれて巣の一部になるらしい。なるほど、ドレスがドレ巣になるわけね。
「そういえば、あんた名前は?」
「今更ァ!?」
「だってボスカラスって長いんだもの」
「そう呼んでりゃあいいだろうガァ」
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
「お前ェ、絶対笑うカァら言いたくないィ」
「え、そんな変な名前を飼い主か親からつけられたわけ?」
「主カァらつけられた名前だァ」
「いいじゃない、教えなさいよ。ボスカラスって呼びづらいのよ」
「…………ボスコ……」
「は?」
「だカァらァ、ボスコだってのォ!」
「えぇ~、なにそれ」
アタクチは呆れた。なによ、ボスコって。お菓子かなんかのメーカーの名前かしら。
「だカァら言いたくなカァったんだよォ!」
「ふぅ~ん、あんた主からつけられた名前をカッコ悪いと思ってるわけね。じゃあ、アタクチが特別にあんたに名前をつけてあげるわよ!」
「やめろォ!」
「何が良いかしらね~」
アランはなんか違うし。
「じゃあ、あんたの名前はゼノンよ! 今日からあんたはゼノンね!」
ゼノンって我ながら良い名前じゃない。
ボスカラス改めゼノンは何とも言えない表情をしている。あら、嬉しくって感動しているのかしら?
「さっさと行くわよ。ゼノン!」
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