第9話
ちょっとぉ、アタクチ寝不足なんだけど。
なんか昨日から気持ち悪いのよね。頭の中が。おかげであんまり眠れなかったわ。
アタクチは欠伸をする。高貴なるアタクチは欠伸をしていても尊いのである。
「ジョゼフィーヌ、大丈夫?」
下僕がアタクチを大層心配して切ったリンゴを置いてくれる。
そうそう、これがアタクチの大好物。リンゴにもいろいろ品種やランクがあるのよ。
アタクチが好きなのは、蜜がたっぷりのこのコーシャク領で採れるリンゴよ。
何? 普通のネコはリンゴを過剰摂取すると良くない? それは普通のネコの話でしょ! アタクチはジョゼフィーヌよ!
食べさせろと口を開けると、下僕は嬉しそうにアタクチの口にリンゴを入れてくれる。
うむ、苦しゅうない。出来が良いリンゴねぇ、まるであそこの庭で食べたのと同じような味だわ……ん? んん? あそこの庭ってどこかしら? はぁ、やっぱり寝不足ねぇ。
まぁいいわ。それにしても、あの薄気味悪い牡鹿。何なのかしら。アタクチを寝不足にするなんていい度胸じゃない。
ぼんやりしていると、下僕が口を開いた。
「あのね、ジョゼフィーヌ。昨日あれからいろいろ調べたんだけど。祝福は確かに良い面ばっかりではないのね」
「ふぅん?」
あんた、本ばっかり読んでたわね。ちゃんと休みなさいよ。それかアタクチと遊びなさいよ。あの執事、新しいボール買ってきてくれたのよ。
「鹿の神獣様によって祝福を与えられた人々のいる国はその後、なくなってたの。近隣諸国に戦争を仕掛け過ぎたことが原因で滅亡したみたい」
「あら、そうなのねぇ」
まぁ、アタクチには関係ないけど。
下僕はアタクチの方を何かまだ言いたげに見ていたが結局何も言わなかった。
またもや、廊下が騒がしくなったからだ。
「またセンスの悪いカツラ親父かしら?」
「様子を見てくるわ」
「ダメよ、あんたは部屋にいなさい。アタクチが行ってみるわ。食後の運動よ」
立ち上がろうとする下僕をアタクチの美しい手で押しとどめて、ぴょんと床に下りる。
玄関前で下僕2番が昨日とは違う人物が揉めていた。てゆーか、加齢臭親父はどこよ? オシゴト?
下僕2番、なんだか最近大変ねぇ。そういえばあれからネズミ達に会わないけど、元気なのかしら。あんなまずいものアタクチは食べないから出てきても良いわよ。
「神獣様!」
あら、眼鏡のイケオジがアタクチを見て跪いているわ。よく弁えているじゃない。苦しゅうない。
加齢臭もしないし、カツラでもないみたいだし。でも、下僕2番が嫌そうな顔してるからどうなのかしら。
「ジョゼフィーヌ。出てこない方がいい。王宮からの使者だ」
「オーキュー?」
「王族が住んでいるところだ。王子とか」
「あら、そうなの。それでオーキューから何の用なの? イシャリョーとかいうお金もらえたの?」
「神獣様を王宮で接待するからと迎えに来たんだ。わざわざ宰相が」
サイショーって偉いのかしら。でもこの眼鏡イケオジ偉そうよね。下っ端とはオーラが違うもの。オーラがあるアタクチが見ればすぐわかるのよ。
「絶対に何か企んでいる。きっとジョゼフィーヌを囲い込む気だ。宰相も良心がある方だから嫌々来たそうだが……どうやらこれを断ると娘を無理矢理王子の婚約者にされそうなんだそうだ。何かいい案があればいいんだが」
こんなに高貴で美しいアタクチを囲い込みたい気持ちを持つのは当然だわ。よく分かってよ。それにしてもアタクチの下僕にあれだけやらかしといて、まだコンヤクシャが持てるなんていいご身分よね。そもそもどっちのオージのコンヤクシャよ。
「王族は子孫を残すことも必要だからな。最悪、一緒に幽閉されるかもしれない」
おえー。それって何よ、子供だけは産めって? やらかしといてオージをギロチンにかけないわけ? この国終わってるわ。大体、オーゾクってそんな足りないの??
「ねぇ。第一オージも第二オージもオーキューにいるのかしら?」
「あぁ。第一王子は幽閉されるはずだったが第二王子がやらかして判断が保留になり、王宮の自室に軟禁されているはずだ。浮気相手のご令嬢もだな」
あら、チャンスじゃない。
「アタクチ、オーキューで接待されてあげても良くってよ。さぁ、そこの眼鏡親父、案内なさい」
「ジョゼフィーヌ!?」
「ふふん。これで昨日みたいなカツラ親父が来たら言えばいいわ。『シンジュ―様はここにはいない。オーケが無理矢理連れて行った』って。そうしたらこのコーシャク家に『シンジュ―を独占してる』なんてクレームは来ないわよ」
「しかし!」
「アタクチはシンジュ―じゃないけど。でも、大事な下僕を傷つけられて黙ってるただのネコ様じゃないのよ」
あの時いろいろやったけれども。ほとんどはカラスやハチやネズミ頼みだったものねぇ。それではアタクチの名が廃るわ。
「ジョゼフィーヌが神獣だろうとなかろうと。うちの公爵家にはジョゼフィーヌが必要だ。ヴィクトリアにだって、もちろん私にだって」
「あら、当たり前でしょう? こんなに高貴で美しいアタクチなんだもの。ま、すぐ帰ってくるから安心して待ってなさいよ」
「いや、私も王宮に行く!」
はぁ、下僕2番。その忠誠心は素晴らしいわ。でもあんたがいると動きにくいのよね。
「あんたは下僕の側にいなさいよ。あの子、まだ落ち着いてないわよ」
「神獣様だけお連れするようにと……あの王妃殿下が」
サイショ―は悔しそうに手を握りしめている。なんか他に弱みでも握られてるのかしらね。
「ちょっと行ってくるわ。アタクチの屋敷の留守は頼んだわよ」
「ジョゼフィーヌ!!」
下僕2番の制止など聞かず、アタクチはサイショ―に促されてなかなかに立派な馬車に乗る。うーん、このクッション固いわよ、気が利かないわね。
下僕2番は納得できないのか、馬車のすぐそばまで付いてきた。
「ローズヴェルト公爵令息。神獣様が国の危機に現れるという話はご存知か?」
「それは知っている」
「歴史上、神獣様が現れた国は栄光を取り戻すか滅亡するかのどちらかだ」
なんかサイショ―と下僕2番が話してるけど、アタクチは知らないわよ。二人が見ていない隙にボスカラスがスィーとやってきて馬車の屋根にとまった。そうそう、あんたも復讐したかったんだものね。
ふふ。アタクチ、一回ギョクザってやつに座ってみたかったのよ!
「おそらく、わが国は今が分岐点なのだろう」
眉間に皺を寄せた下僕2番を置いて、こちらもまた難しい顔をしたサイショ―が乗り込み馬車は走り出した。高貴なるアタクチと屋根にボスカラスを乗せて。
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