第8話

「ジョゼフィーヌ、門番は脅されただけだ。国で三本の指に入る金持ちのガーライル侯爵に脅されて逆らえる者はほとんどいない。人脈もすごいからね。門番をクビにするのはかわいそうだよ」


そう、なら仕方ないわね。でも、アタクチの屋敷の門番を脅したナントカコーシャクはムカつくわ。

アタクチは下僕の部屋で下僕に肉球のマッサージをしてもらっているところだ。アタクチも気持ちいいし、下僕も嬉しそうだし、これがウィンウィンの関係ってやつよね。

下僕2番もなぜか当然のように一緒にいて、下僕の髪を愛おしそうに撫でている。ちょっとうざったいわ。


ボスカラスはどっかへ行ったわ。ヤギもツリショの山を食べ終えて帰ったし。あのヤギ、よく食べたわよね。


「そもそもシンジューってなんなのよ」


「本で読んだだけだけど神獣様は神様からの使いで、神獣様のいらっしゃる国は栄えると言われているの。神獣様は魔法みたいにいろんな不思議な現象を起こすことができるのよ」


下僕が本の内容を思い出してなぞるように説明する。


「ふぅん、嘘くさいわね」


「っでも、ジョゼフィーヌが私を助けてくれた時。あの時は神獣様みたいだったわ。体が大きくなって、尻尾が12本になってて……。本で見た神獣様によく似てたもの。それに神様に関連するものはすべてに12が入ってるわ。だから神獣様よ」


下僕がうっとりとアタクチを見てくる。ふん、美しいアタクチにいくらでも見惚れなさいな。

てゆーかあんた、あの状況でよくアタクチの尻尾の数まで数えたわね。


「アタクチはシンジューじゃないわよ。気のせいよ、気のせい。あんたショックで見間違えたのよ」


「でも……あの時ほんとに……」


「あんたはゆっくり休むのよ。ほら、アタクチの肉球マッサージがお留守になってるわよ。あんたのマッサージ気持ちよくて気に入ってるのよ。マッサージが終わったら存分に休みなさい」


「あ、うん……」


「それにあのカツラ親父が言ってた祝福って何よ、嘘くさいわね」


カツラ親父というワードで下僕2番が吹き出している。誰よ、こいつのこと「氷の次期公爵」ってあだ名つけた奴は。どこが氷なのよ。


「神獣様が人間に祝福を与えると、与えられた人間は幸せな人生を送れると言われているわ。確か、500年前くらいに鹿の姿をした神獣様が多くの人間に祝福を与えたとか」


「あー、鹿の姿ならハルモニアだわ。あいつ、最低よ。あいつがホイホイ祝福を与えたせいで祝福を与えられた赤ん坊が成長するにつれて『自分は特別だ。何をしてもいい』って増長したのよ。最初はチヤホヤされて幸せだったかもしれないけど、それで国が混乱して酷いことに…………ん?」


アタクチ、今一体何を口走っていたのかしら?

何なのよ、ハルモニアって。何でアタクチ、シンジューの祝福どうのこうのの話を知ってるのよ?


「ジョゼフィーヌ?」

「大丈夫か?」


急に言葉を止めて固まったアタクチを下僕二人が心配そうにのぞき込む。


「……大丈夫よ。アタクチ、とっても賢いから何かでそんな話を聞いたのを覚えていたのよ」


「まぁ、そうなのね。じゃあ祝福を与えられるのも良い面だけではないのね」


「そうみたいだな……。でもジョゼフィーヌが知っていた内容まで知らないと、祝福を求めてやってくる者達がいるかもしれないな」


表には出さないが、アタクチは混乱の中にいて下僕二人の会話はスルーしていた。

目を閉じると、脳裏に白い美しい牡鹿が軽い身のこなしで現れる。そいつはアタクチの方を振り返るとニヤッと笑ったのだった。

その牡鹿の角は両方合わせると12に枝分かれしていたのだった。

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