(下)
「落ち着いた?」
「うん……」
落ち着いたらお腹空いてきちゃった、と。
ほんのり赤い眼をした亜麻髪の少女。
現在の時刻は十二時四十七分。
元々は、駅前でお昼ご飯を食べてからこちらに来るという予定であったが、例の彼のせいで先にこちらに来てしまった。結局、また駅前に戻らなくてはいけない。
「そういえば、まだ場所決めてなかったね。愛莉はどっか行きたいところある?」
「近くに『maruco cafe』っていうランチもやってるカフェがあるんだけど、どう?」
「異議なし」
決まりね。
亜麻髪の少女は語気を強めて言う。
「ようし。それじゃあ、私についてこい新入り! 戦場の歩き方を教えてやる!」
「はいはい」
どうやら、最近は洋画の鑑賞に御執心である様子。その芸風は面白くて好きなのだが、喫茶店の扉に背を預けて、目配せとハンドサインで私に指示を出してから突入――もとい入店するのは本当にやめて欲しい。普通に迷惑だ。
店内に入った私たちは、店員に導かれるまま、窓辺のテーブル席に向かい合って腰を下ろした。すると、別の店員がすぐさまお冷を運んでくる。
てきぱき。
店員が去っていくと、早速、愛莉が席にひとつしかないメニュー表とにらめっこを始めてしまったので、私は否応なしに逆さ文字の読解に挑戦させられる。
まあ、いつものことなので、今更気にしない。
「私、トマトクリームソースパスタのランチセットにしようかな」
「え、もう決めたの!? むむむ……」
ふたりの間では「どちらかが注文を決めたらすぐに店員を呼び、決まってない方は店員が席に来るまでの時間――アディショナルタイムのうちに決める」という謎ルールが存在する。ちなみに、発布したのは愛莉だ。自分に厳しいタイプなのである。
そうして、アディショナルタイムも時間いっぱい、ぎりぎりまで悩んでいた愛莉だったが、結局、私と同じ注文を店員に告げた。
サラちゃんが美味しそうに自分のと違うのを食べてたら、嫉妬でこの店を焼いてしまうから。
と、そんなことを言っていた。
全くもって、意味がわからない。せめて、焼くのは自分の身だけにして欲しい。
店内はそれほど混んではおらず、丁度いい静けさ、丁度いい賑やかさでまったりとした時間が流れていた。先の事件のお陰で変に胸いっぱいだった私は、先程まであまり空腹を感じていなかったのだが、注文を済ませて、これから料理が運ばれてくることが決まると、思い出したかのように急激にお腹が空いてくるのだった。恥ずかしいぐらいに単純で素直な身体だ。パブロフさん家のワンちゃんもびっくりの反応である。
「ワンちゃんと言えばさ、愛莉は何で――」
「え、待って。『ワンちゃんと言えばさ』ってなに? 何の話をしているの?」
「なにって、愛莉はやっぱり犬っぽいよねって話だけど」
「だから、何で犬の話になってるの?」
「あれ?」
なんでだっけ。
「まあ、いいや…… それで?」
「そうそう、愛莉は何でその髪色にしたの? ゴールデンレトリバーっぽくて好きなんだけどさ、ほら、それにするまではしょっちゅう変えてたじゃん」
すると、彼女は事も無げに、実にあっけらかんとした様子で――「何を今更」と言わんばかりにこう言った。
「サラちゃんが好きって言ってくれたからだよ?」
「え、そんな理由だったの?」
「だって、あのときのサラちゃん凄かったもん。狂ったようにずっと褒めてくれて――終いには泣きながら求婚されてさ」
「マジで!?」
やばい。全然覚えてない。
「マジマジ。『今の愛莉を等身大フィギュアにして観賞用と保存用と実用用の三体買わせてくれ!』って咽び泣いてたよ?」
「嘘つけ! ダウトだ! ……えっ、待って、それは流石に嘘だよね? 嘘だよね!?」
ふふふ。さて、どうかなあ。
と、憎たらしく口角を吊り上げる亜麻髪の少女。
うわあ。腹立つ~。
いや、しかし。もし本当だとしたらセクハラどころの問題じゃない。私を困らせるためのいつもの冗談だと信じたい。信じたいが――困ったことにありえなくないんだよな……。
だって、推しが自分好みの格好をしてきたのだ。感涙しながら、ありとあらゆる言葉を用いて賞賛し、その勢いのまま変なことを言ってしまったとしてもなんら不思議ではない。むしろ正常な反応だ。
車とキモオタは急には止まれないのである。
「全くけしからんな〜サラちゃんは。実用用って何に使うつもりなのかな〜」
と、にやにやとした表情を浮かべながら煽ってくる愛莉。
うざい。うざ可愛い。
「何って……。それは当然、太腿から鼠径部にかけてをぺろぺろす――」
がしゃん。
「す、すすすすすすすみません!」
声の聞こえた方を見ると、床にへたり込む店員と注文したアイスティーと思われる液体が床にぶちまけられている光景が視界に映った。
ありゃ。
愛莉にかかっていないこととグラスが割れていないことを確認して、店員に優しく声をかける。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「わ、わわわわわわわ私! 何も! 何も聞いていないです!」
いや、話を聞いて。
でも、とりあえず怪我は無さそうだ。よかった。
雑巾取ってきます、と言いながら、わたわたとバックヤードへと戻っていく店員を横目で見届け、視線を正面に引き戻すと、顔を真っ赤に染めて口をぱくぱくとしている少女の姿があった。
ん?
何だ?
ぴよぴよタイムか?
アプォロチョコなら今日は持っていないのだけれど。
「こ、この、ならず者っ!」
「ならず者!?」
なんだ、その昔話でしか聞かないような誹謗の仕方は!
「ぺ……舐めるなんてありえない! 馬鹿! 変態!」
「いや、まだしてないじゃん!」
「『まだ』ってことはするつもりってことでしょ!」
「それは言葉の綾だ!」
というか、そんなフィギュアをどうやって作るんだよ。作れるならもう作ってるわ。
「まったく、大袈裟だよ大袈裟。それともなに? そんな覚悟もなく煽ってきたの? それは些かペロリストの私を舐め過ぎなんじゃないかな。舐めるのは私だっての」
「いや、待って、聞き慣れない単語が出てきたんだけど! ペロリストってなに!?」
「そのままだよ、そのまま。まあ、兎に角さ、私といるときは常に狙われている――油断したら全身を隅々まで舐め回されるかもしれないという覚悟を――」
がしゃん。
音のした方を見ると、床にへたり込む店員と代品のアイスティーと思われる液体が床にぶちまけられている光景が視界に映った。
タイムスリップしたのかと思ったが、先程と全く同じ光景が再び繰り広げられただけだった。
わずか三分足らずで再放送。
とりあえず、店員に声をかける。
「えっと……大丈夫ですか?」
「はわわわわわわ、私なんか食べたって美味しくないですから!」
いや、だから話を聞いて。
生贄として捧げられたんか、お前は。
目に涙を浮かべながら、逃げるようにしてバックヤードへと駆けていく店員を横目で見届け、視線を正面に引き戻す。すると、そこには真っ赤な顔で口をぽっかりと開けて、わなわなと身体を震わしている少女の姿があった。
バリエーションが豊富だ。
「こ、この、不束者っ!」
「不束者!? ペロリストとして未熟ってことですか!?」
「やめて! きもい! 喋りかけないで! 変態が
「変態は感染らねえよ!」
変態が病気なのだとしたら伝染病ではなく基礎疾患だ。
「あー! あー! 聞きたくない! 変態の言うことなんて聞きたくない!」
「愛莉、落ち着いて! 他のお客さんもいるから、ね?」
ほら、怖くない。おびえていただけなんだよね。
私は、何やら既視感のある台詞で優しく語り掛けながら、深呼吸をするように身振り手振りで促す。
ふしゅー。ふしゅー。ふしゅー。
なんだか妙にフォースを感じる深呼吸だ。
そして、ちょうどいいタイミングで三杯目の――と言ってもまだ一杯も飲んでない――アイスティーが届けられた。愛莉はそれを一気に半分ほど飲んで、大きく息をつく。
「どう、落ち着いた?」
「あ? 誰だお前」
「記憶から消されたー!」
しかも、口調が初対面のときと同じだ!
「いやいや、ほら、よく見て! あなたの友達のサラだよ!」
「人違いじゃないですか? 私の唯一の友達だったサラちゃんは去年の冬に深爪で死にました」
「悲しすぎる! 登場人物みんな悲しすぎる!」
というか、私の死因があまりにもしょぼい。
深爪って……。
そうして、愛莉は、つんとした表情を浮かべて窓の外を眺め始めてしまう。私とは目も合わせたくないという意思表示のようだ。
「お待たせ致しました。『トマトクリームソースの生パスタ』です」
「あ、ありがとうございます」
ごゆっくりどうぞ、と。
先程とは別の妙齢の店員。
「美味しそうだね……」
「…………」
私の問いかけにも反応はくれず、愛莉は黙ったままフォークで麺を絡め取り、口へと運ぶ。相変わらずこちらには目も向けない。
どうしてこんなことに……。
私はどうしようもなく、同じパスタを口へと運んでいく。
美味しい。悲しいぐらいに美味しい。
こうして、厳かにランチタイムは開始された。
しばらくして、私より先に食べ終わった彼女は、心無しか晴れやかな表情を浮かべていらした。もしかしたら、空腹でいらいらしていただけだったのかもしれないな。
そう都合よく解釈した私は、試しに暇そうにしている彼女に質問を投げかけてみる。
「この後、どうする?」
「うーん。交番でお茶とか、どう?」
全然そんなことはなかった。
出頭させる気満々だった。
時計を確認すると、現在の時刻は十三時三十分。ちょうど、本日観る予定だったコンサートの開演時間だった。入場料は無料でチケットもないし、途中入場も可能なのだが――
「私、このままコンサート行ったら多分寝ちゃうな。結構自信ある」
「うん、私も寝ちゃうかも。今日は色々ありすぎた」
その『色々』には私も含まれているのだろうか。
「じゃあ、コンサートは今度にして、もう少しここでゆっくりしよっか」
「そうする」
愛莉は店員を呼び、追加のドリンクを注文した後、ついでに空いた皿を下げてもらった。
私はまだ食べ終わらない。
程無くして、ドリンクが運ばれてきた。
オレンジジュース。
愛莉は、店員がそれをテーブルに置いてから去っていくのを見届けると、そのまま口をつけることなく、再び窓の外を眺め始める。
「何を見てるの?」
つい気になってしまって、私がそう問い掛けると、彼女は何も言わずに中空(なかそら)を指さした。その指が示す方向に視線を向けると、青白い空に月が浮かんでいた。
上弦の月だろうか。
まるで薄雲をクッキー型でくり抜いたような綺麗な半月だった。
しばらく呆然とそれを眺めていると、愛莉が不意に口を開く。
「月が綺麗ですね」
「…………」
したり顔である。
うーん。
いざ、こうして言われてみると、大してロマンチックな感じはしない。まあ、雰囲気の問題だろうけれど。
「えっと……『死んでもいいわ』――だっけ」
「センスのない人はそう返すらしいね」
「それはまた、物凄い言い草だな」
結構な数の人を侮辱してたけど大丈夫か?
「だってさ、普通に考えて支離滅裂じゃない? 月の話をしてたら突然死んでもいいとか言い出すんだよ? そんなの怖いよ。心配になっちゃうよ」
「まあ、そう言われるとたしかにそうだけどさ……。そこはそれ、奥床しさを美徳とする日本人の性格を上手に表現してるとは思うけどね」
「だとしても突飛過ぎるよ。月の話を振られてるんだから月になぞらえて返した方がよくない?」
そうかもしれないけど……。
「そこまで言うならさ、愛莉はなんて返すの?」
「じゃあ、サラちゃんが漱石の役やって。私が漱石をめろめろにしてみせるから」
「いや、夏目漱石が告白したっていう話ではないと思うけど……」
まあ、いいか。
「じゃあ、いくよ――」
私は窓の外にある月を見上げて、ぽつりと口を衝く。
「月が綺麗ですね」
それを聞いて、愛莉はつられるようにして月を見上げる。
妙に堂に入った演技だ。
そして少女は、ためるように少し間を開けて、淑やかにこう言った。
「でも――ここからでは、裏側は見えませんね」
「――――っ!」
思わず驚きの表情を浮かべてしまう私を見て、少女はくすっと、控え目に小さく笑う。それから、反応を窺うように上目がちにこちらを見つめて、悪戯っぽい表情を浮かべるのだった。
「惚れてまうやろぉおおおおおおーっ!」
漱石撃沈。
ふふふ、と。
得意げな表情を満面に浮かべる亜麻髪の少女。
「どう?」
「ボイスドラマCDにして売ってくれ! 観賞用と保存用と実用用の三枚買わせてくれ!」
私は咽び泣いた。
「いや、実用用のCDって何……? 投げるの……?」
「わがんなぃいい……」
目の前で呻くキモオタに愛莉はどん引きしていたが、私はそれどころじゃなかった。
なんだこいつ! 天才かよ!
まず、返答が自然だ。
会話が成立している。
それだけ言うと、なんてことの無いように聞こえるが、とんでもない。
字面が本来意味するものとそこに隠された真意。いわば文章の表と裏。その両方を受け止め、どちらにも穏当に返事をした秀逸な一文だ。
つまり『月が綺麗である』という表と『あなたを愛している』という裏に対して、『月の裏側は見えない』という表と『まだ見せていない一面がある』という裏で返答している。たったの二言で月を話題にした会話と恋の駆け引きが同時になされているというわけである。
もう、なんなの?
漱石なの?
ご本人登場サプライズなの?
文学的すぎる……。
そして、何より――なんか……えっちだ。
内容としては「月はいつも同じ面を地球に向けながら回っているため裏側は見えない」という、一般に知られ過ぎて蘊蓄と言うには若干物足りない知識を披露しただけなのに、そこはかとなく淫靡で艶めかしい響きを感じてしまう。
これぞ大人の女性!
ああ、くそっ!
月の裏側とは一体何を指しているんだ!
ここからじゃあ見えないなら、どこからなら見えると言うんだ!
想像力が否応にも掻き立てられてしまう。
いや、掻き立てられているのは劣情か?
私の脳裏に自然と浮かび上がる、ネオンランプの煌めきと四角いお城の情景。
そういうことだよね……?
いやはや、こんなにも上品で奥ゆかしい、洒落た誘い受けの文句があったとは……。
芹澤愛莉。
恐ろしい女だ。
「まさか『死んでもいいわ』を超える名文が出てくるとは思わなかった……」
「これなら漱石もめろめろでしょ?」
「うん。もう、めろめろどころかでろでろって感じだよ」
「なにそれ、きもい」
そうですよね。
まあ、でも『ぺろぺろ』って言わなかっただけ褒めて欲しいところではある。
愛莉はそんな私を白い眼で睨みながらようやくオレンジジュースに口を付ける。
私も、そこでようやくパスタを食べ終えた。店員を呼んで、追加のドリンクの注文と、空いた皿を下げてもらうようお願いする。
そこまで混み合ってないということもあってか、先程と同様、すぐに注文したドリンクが運ばれてきた。
自家製ジンジャーエール。
メニュー名の響きの良さにつられて注文してしまったが、よく考えたら炭酸が得意ではなかった。
阿保過ぎて自分にどん引きした。
まあ、しょうがない。炭酸が抜けるまで待つか。
ストローで軽くかき混ぜ、ぱちぱちとはじける泡沫をまったりと眺める。
月の裏側は見えない、か。
ふと、華憐ちゃんのことが思い浮かぶ。
たしかに見えないな。
とか。
まあ、裏側どころか顔すらまともに見えないけれど。
いや、そうじゃないな。
見せてくれない――の方が正しいかもしれない。
見ることを拒まれた。
突き放された。
最後に聞いた彼女の言葉が胸中に響く。
――もう嫌なんだ。
「はあ……」
「ん、どうしたの?」
「えっ、いや……」
「まさか、他の女のことを考えていたの?」
「もう愛莉のキャラがわからないよ!」
と、腕白に誤魔化してみたが、鋭すぎる指摘に内心焦りまくりな私であった。
「否定しないってことは……」
「いやいや! あの……なんというか、その……。月って遠いなあって」
ふうん、と。
亜麻髪の少女は言う。
「まあ、たしかに?」
「小さい頃に思わなかった? いくら追いかけても、どんなに走って追いかけても追いつけないなーとかさ」
「ああ、あったかも」
「いや、まあ……。だからと言って、何が言いたいわけでもないんだけどさ……」
「うん?」
愛莉はきょとんとした表情を浮かべてこちらを見つめている。
うわあ。なんか、凄く恥ずかしくなってきた……。
「あはは。ごめんごめん、今のは忘れて」
私はそう言って、この場面をなんとか切り抜けるためにジンジャーエールを口に含む。が、まだ炭酸が抜けきっていなかった。
「ん……っ!」
駄目だ、咽喉が痛い……。
「けほっ、けほっ」
まったく、私は何しているんだ……。
そんな私の奇行を不思議そうに見ていた愛莉。
そして、彼女は、私をじっと見つめたまま不意に口を開く――どこか平坦で静かな口調だった。
「いいこと教えてあげよっか?」
「いいこと?」
「そう、イイコト……」
「何故、蠱惑的なお姉さん風に言い直す」
耐性が無いくせになんでそっち方面のボケをするんだろう。
まあ、いいや。
普通に気になってしまった私は、とりあえず先を促す。
「じゃあ、聞かせて?」
すると、愛莉はジンジャーエールをひと口飲んで、口を潤してから言葉を紡ぐ。
しれっと私のジンジャーエールを飲んだのはこの際見逃すこととする。
「月はね、いつも綺麗なんだよ」
「えっ?」
突拍子もないひとことに戸惑う私。
それを見て、なんだか楽しそうな愛莉。
「月はさ、形とか大きさとか色とかがいつも違って見えるでしょ? でも、月はいつも同じ形で、同じ大きさで、同じ色で、いつだって綺麗なの」
「ん、んん……? どういうこと? いつも違って見えるんじゃないの?」
「うん。でも、それは、観る角度とか気候条件とか大気中に含まれる塵とかに影響されて――結果的にそう見えてるだけで月は何も変わってないの」
「ああ、たしかに低い位置にある月は赤く見えたりするね」
夕陽が赤いのと同じ原理だ。
そうそう、それ。
と、愛莉は嬉しそうに言う。
「或いは、観測者がそう見えて欲しいって思うから、そう見えるっていうのもあるかもね」
「…………?」
私は首を傾げる。
「ほら、月の模様の見え方が文化圏によって兎だったり、蟹だったり、女の人だったりするでしょ?」
「あー、聞いたことある」
モンゴルでは犬に見える。
とか。
「要するにさ、結局は観る側の問題なんだよ」
「観る側の問題……」
「そう。変わっているのは月じゃなくて観測する側。見方が変われば見え方も変わるってことだね。まあ、月は太陽に照らされて光っている、というか反射しているだけだから当然と言えば当然なんだけどさ」
亜麻髪の少女は言う。
「つまり、月はいつも綺麗なんだよ」
「ふうん……。そっか」
「だから――」
だから?
愛莉はストローでグラスの氷をからからと回しながら、ぽつりと呟いた。
「今日の月は綺麗かな」
「…………」
私はもう一度、窓の外へ視線を向ける。
するとそこには、相変わらず、切り分けた果実のようにきっちりと半分の月が、白々しい青空にぽつねんと浮かんでいた。その光景は、下手っぴな合成写真のように、それとなく不自然で、そこはかとなく空虚で、何処となく曖昧で、何となく茫然としていて。
まあ――
「綺麗なんじゃないかな、きっと」
私はそう答えた。
そして「そっか」と。小さく笑う亜麻髪の少女。
つられて私も笑った。
これが、私と愛莉の距離感。関係性。間柄。
たまたま興味のある分野が同じで、たまたま同じぐらいの学力で、たまたま同じ大学を志望した――愛してやまない、私の大切な友人である。
「あ~あ。困っちゃうなあ」
「……困ったのは私だよ」
困ってしまって、わんわんわんわーん。
である。
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