第2話 私の巻きずし

 大阪にいた時の話だ。近くに「アニヨン」という居酒屋があった。店は何の飾りもなく、イスやテーブルは寄せ集めの不揃いなものだ。ママは美人ではない。声もガラガラ声だ。おまけに料理は下手と来ている。ついつい、お客は料理ナシのものを頼む。夏なら、トマト、冷奴、モロキュウ、かまぼこ、冬なら湯豆腐が一番メニューだ。

 それでも繁盛している。ママの人柄もあるが、客がいい。話がご馳走ということがあるが、ここのご馳走は何より客同士の会話のやり取りだ。こんな店で澄ましていても始まらない。本音のぶっちゃけトークの炸裂だ。店の前を通る時、必ず笑い声が店の前まで聴こえてくる。ついつい入ってしまうことになる。

 

 そこの飲み友達と近所の公園で、ママも入れて花見をすることになった。バーベキューをするらしい。私は術後で油物に弱くなっていた。海苔巻きを持って行こうと思ったのだ。友達の分も持って行けば喜ぶだろうと思った。妻に巻いてくれと頼んだ。

 何という返事!「めんどくさい、スーパーで売っているでしょう」だった。私は愛妻の巻きずしが食べたいのだ。母は遠足の時は必ず、私の祝い事にも母は巻いてくれた。そこで発奮して自分で巻くことにした。10本は巻いて行こう。酢飯の冷ますのに団扇係は僕だった。よく見ていたから段取りは分かる。

 

 苦労したのは干瓢である。水に戻すのにかなりな時間がかかった。そこから味付けして煮るのに苦労。それでも10本巻き上げた。持って行くと、「ホンマにお前が巻いたのか?中々美味いやないか」と好評だった。そのことを妻に喋った。

「干瓢は味付けして煮たの売ってるよ。10本ではないよ、9本。1本は私が頂いたわ。中々なお味だったわ。良かったね」

 何という、時々来ては「頑張っているね」なんて、見ていただろうに・・。なぜ干瓢の件はそう云わない、おまけに1本くすねておいて、どうりで頼んでもいないのに「切って包んでおいたわよ」と渡してくれた訳だ。


 個展をやった時、大阪からママを筆頭に一個連隊が来てくれた。お祝いだと絵を買ってくれた。その年度市民展に入選した『戦場のシリア』という破壊された街に人々が帰って来たところを描いた50号の大作だ。二人展をした時はこれも入選した『ソーシャルディタンス』と、マスクをした女性3人の絵を買ってくれた。それが今飾られている。装飾の足しにはなっているだろうが、居酒屋に戦争とコロナである。何だか申し訳ない思いである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る