第37話 アジラン帝国先遣隊出現
「沈める?あのような巨大な船を?」
ミマーシャル第2皇子が驚いて言うのに俺は答えた。
「空を自由に飛べるということは、極めて有利ですよ。相手がこの場合のように初歩的な銃器しか持っていない場合にはね」
「初歩的?あの銃と爆裂弾を飛ばせる大砲が?」
再度言う皇子に応える。
「ええ、初歩的です。あの銃器が発達すると、1ケラド(km)だとこの機の速さ程度であれば、殆ど確実に命中するほどの精度になります。しかも、この飛翔機だと完全に破壊される程度の威力はあります。
もっとも、大分先の話ですがね。この飛翔機は、この世界では相当に時代に先駆けていますが、私の世界では脆弱過ぎて戦闘には使えません」
「なるほど、貴君の世界のそのようなものを見てみたいものです。とは言え、あの船を沈めるというのはどうやってですか」
今度はジーサエル次官が問うのに答える。
「例えば、直径2ラド(m)の岩を1ケラド(km)の上空から船の上に落とせば、底までぶち抜きますから簡単に沈みますよ。もっとも木造の船ですから、完全に沈むことはないでしょうな。
ただ、その後は水上に頭を出すのは1〜3ラドでしょうから、船としては使い物になりません。私はマジックバッグを持っていますからそのようなことが可能です。
あるいは、これは船を沈める訳ではないですが、催涙弾というものがあります。これは、小さな弾を破裂させると、煙を出して、その煙を吸うと涙や咳が止まらなくなって、嘔吐までするというもので、人は無力化されます。これを10発ほど船上に落とせば船全体を無力化できますが、乗り込む人が要りますね」
「しかし、そのようなことをしなくても、ミシマ殿の世界の進んだ銃機を使えば、簡単に制圧できるだろう?」
皇子が言うが俺は反論した。
「そのような威力のある武器を持って使えるのは、国の正式な軍隊のみなのです。不法に買うことはできるが、それは重大な犯罪なのです。私は国の機関との取引をしているので、その方法は選べません。先ほど言った、催涙弾などは非殺傷の武器なので入手も可能なので持ってきているのです」
「ふーむ、そうすると、出来ればあの船と乗っている大砲や銃は手に入れたいな。私は、座礁した船を修理したと聞いたことがある。岩を落として沈めたら、浮かして引き上げて修理ができるだろう。
伯母上、カミラム王国とは話をつけられますよね?」
「ええ、問題はありません。王国には3年前の飢饉では援助して、今は帝国統合の話が出ているところです。つまり、我々にはない技術を持つ船を手に入れたいということね?」
「ええ、その通りです。しかし、すでに多くの兵が上陸しているというのは厄介だな」
皇子が言うのに俺が応じた。
「ミマーシャル皇子、その点は心配ないと思いますよ。結局陸の彼らは籠城しているのと同じで、籠城は外からの物資の補給、増援の当てがないと続きません。この場合、その補給の源は2隻の大型船であるわけで、それが機能しなくなれば彼等は最終的に降伏するしかありません」
「ふむ、であればどのように実際に船を撃沈するか是非見せてほしい」
俺は、皇子のその言葉に応じて、ちょうど亜大陸のカミラム王国側の海岸線に出たところで、海岸線に沿って飛び、適当な岩を見つけてマジックバッグに収納していく。ジャーラル帝国でもマジックバッグは出回っており、皇子以下の彼らはそれを使うことには驚かなかった。
だが、飛翔機で岩に近づくとそれが、バッグに収納されて消えてしまうのには驚いていた。マジックバッグの収納には、通常は対象に触れないと収納できないので驚くのも当然である。
皇子などは、自分でも使っているらしく「そ、それはどうやってやるんだ?」と聞いてきて、後で教えることを約束させられた。
なお、俺がそのような作業をしている間、塚田の飛翔機はあまり船に近づかないように、廻りを周回させている。その作業をしながら、ちらちら塚田からの映像と音声に注意していたが、船の1隻では大砲の周りで何やら活動していたが、弾込めして遂には塚田の飛翔機に向けて大砲を撃ってきた。
拡大された映像に見られる弾は椎の実形で、径は10cmほど、砲身長は2m余なので20口径であるから、多分射程は5kmを超えるだろう。ただ、現在の距離2㎞であれば、2Gの加速ができる飛翔機であれば撃たれてから避けることが可能だ。
1隻の船からは片舷の砲5基で断続的に撃ってきた。だが、2㎞先のちっぽけな飛翔機に向けて人が目見当で撃つ弾の狙いはひどいもので、当たる気配はなくその内諦めて撃つのを止めてしまった。
その間に俺の乗った飛翔機は島を越えて、さらに港と、港町の町並みに破壊された塔を越えて停泊している2隻の船が見えるところまで来た。高度は500mほどであるので、その高度で岩を落とした場合、海面での速度は秒速100mである。
また、ほぼ球形の岩の直径は2mほどであるので重量は10トンほど、その運動量は木造の帆船の甲板と船底をぶち抜くには十分だろう。
俺は腹を決めて機内の皆に言う。
「いくぞ。この高度で急接近して岩を落とします。なかなかない経験だからよく見ておいてください」
そして、そのままの速度で2隻の船に近づき急減速し、その内1隻のほぼ上空で停止する。小銃が届いても威力が無く、大砲もその仰角外の真上は、船からの攻撃からは安全な位置である。
俺は、まず狙いをつけた船の真上に移動する。宙空機“まもる”でミサイル攻撃する時の、ランチャーにミサイルをマジックバッグの中からセットする練習で、正確な制御を身につけたのだ。
塚田の飛翔機は少し近づいてきて、やはり周回している。俺は、マジックバッグの岩を“掴んで”狙いを定め、スマホをオンした状態で塚田にも聞こえるように叫んだ。
「落とすぞ、3,2,1、今!」
頭に描いた軌道通りに岩は異空間から現れ落下する。ハウリンガの重力加速度は10.1m/秒^2であるため、1秒間で10.1mずつ早くなるのだ。最初はゆっくりであるが、ごつごつして球に近い岩は、どんどん加速する。船では船員が真上にある飛翔機に気が付いて騒いでいるが、突然現れた巨岩に絶叫している。
岩は、幅12mの船の前甲板のほぼ中央に落ちた。ドガンという音と共に、甲板の厚み5cmのリブ材に支えられた板を軽々と突破して、中甲板のより薄い板材も貫き、最も厚い底の甲板をも殆ど抵抗無しに打ち破って水中に潜り込み、その下5mの海底の岩に打ち当たって止まった。
船員は岩に見ていたので、甲板上の者達は落下する岩から逃げて惑っており、5人ほどは海に飛び込んだ。岩が通過した後の甲板と中甲板、底板には、岩の圧倒的な速度のためにほぼ円形の穴が開いている。船を貫き、海水を押しのけて潜った岩のために生じた水の空洞に水が押し寄せる。
このために、船に生じた穴にその水が噴き出し、甲板から大量の水が5mほども吹き上がり、甲板と船員を洗う。また、大穴から流れ込む水のために、水面上5mほどに甲板のあった船はどんどん沈む。
さらに、甲板の高さは水面すれすれまで下がり、今度は浮き上がる。そして、最終的には船の幅方向に大きく傾いて、片側は水面上3m、片側は水面下で落ち着く。
この点は木造船の強さで、船材そのものに浮力があるために、沈没することはないのだ。これはしかし、鉄など比重の大きいものを多く積んでいる場合は別で、沈まないのはそうしたものを多く積んでいない証拠でもある。
その事態に数十人が海に飛び込んだが、完全に沈まないのを見て再度船に戻っている。この状態であれば、残った船に降伏勧告すれば応じたかもしれないが、こちらには手勢がないので接収はできない。
船を無力化して陸の連中への補給を断つしかないのだ。だから、大きな穴を明けられた船が浮き沈みして、船員が右往左往している間に、俺は次の船の料理にかかった。
無論、その船も様子をずっと黙って見ていたわけではなく、銃を持った船員が20人ほど甲板にでてきて飛翔機に向けて射撃している。彼らの小銃であれば、初速は300m/秒程度だろうから500mの高度には無論届くが、飛翔機の特殊鋼板を貫く威力はない。また、彼らの大砲は構造上、45度以上の仰角では撃てない。
だから、彼らは小銃を必死に撃っているが、時々カチン、カチンと音がするだけで、被害はない。『塗装は剥げるかな』と俺は思ったが、気にせず岩を落とす作業に集中する。
次の岩を落とす前に同じように機内と塚田に声をかけるが、彼らも前の状況を見ているので、岩の出現、落下、船の破壊状況に眼をこらす。
銃を撃っていた連中も岩が出現して、落下してくると銃を放り出して逃げ出すが、10秒ほどの落下時間では下からはどこに岩が落ちるか判らないので、半数ほどが海に飛び込む。今度命中したのは、やはり前甲板であり、結果もほぼ同様であった。
「さて、今度はボートだな。ボートが残っていると、銃を持ったままで上陸する」
下を見おろすと、陸に船員を送ったボートが各大型船につき5艘が船から繋がれており、船員が乗り込もうとしている。さらには傾いた甲板上に20人ほどの船員が銃を持って上空を睨んでいる。
この場合には、どうしても手勢が必要である。だから、俺は塚田に港に行って、現地の人々を動員するように命じた。現地には当然多くの人が住んでおり、港には小舟が多数舫っている。住民は当然現れた侵略者には怒っているはずだ。そして、飛翔機はその悪い船を沈めた正義の味方として捉えられているはずだ。
塚田が、ジャーラル帝国人の従業員を2名乗せてきているので、彼らが現地の人々と交渉した。幸いその女性従業員、アミューはすぐに港に出張っていた町長をつかまえることができた。
町長、ジバク・カーラムは怒っているが、それ以上に恐れ気をもんでいた。なにしろ、突然現れた大型船から、ボートがやってきて、火を吐く棒で人々を打ち倒して、町一番の大きさの新しい3階建ての建物を占領してしまったのだ。
そこには、多分50人位の荒くれ男たちが立てこもっており、時折外に出て来ては略奪してさらに悪辣なことに若い女を20人程もさらって籠ってしまった。
彼女らがどんな目に合っているかは、聞こえてくる悲鳴からも伺いしれる。そうやって、女を攫い店から商品を強奪する過程で、多くの町民を傷つけ殺しており、現在の集計では38人が殺されている。
無論、首都に向けて救援要請の船を出したが、まだ着いたばかりだろう。
何とも手の打ちようがなく、焦燥の日々を送っていたところに、町の上空を越えて船に迫るちっぽけな飛ぶものの知らせがあった。そして、それに対して。船から轟音を立てて火箭を吹き出すが、それは平気で大きな距離を置いて周回を始める。
カーラムは重大なことが起きる予感がして、ずっとそれを見ていた。やがて別の空飛ぶものが高い空から飛んでくるが、明らかに最初のものと同じものに見える。それが船の上空に止まり、突然岩を船めがけて落とす。たちまちにして船は2隻とも撃沈され、浮いてはいるものの傾いて廃船状態になっている。
そして、その傾いた船上には多くの火を吐く棒を持った者達がおり、廻りには多くのボートが遊弋していて、それにも少数だが同じ棒を持った者達が乗っている。
「おい、あいつら沈められたぞ。今から、船で行って奴らをやっつけるぞ」
血の気の多い漁師の逞しい若い男が叫ぶが、カーラムが反論する。
「馬鹿を言うな、あいつらはあの棒を持っているぞ。あれを使われると殺されるぞ!」
そこに、空を飛ぶ乗り物の一つが飛んできて港の広場に降りてくる。皆驚くが、少なくとも憎いあの船を沈めた仲間だ。カーラムは意識して腹に力を入れ、その丸みを帯びた乗り物の横腹が開いて男と女が降りてくるのを待ち受ける。
どちらも若いが、女の方が年上らしく彼女がカーラムに呼びかける。彼女の言うには、彼らは『帝国』相手に商売をしている者達だそうで、王都でこの事態を知って飛んで来たと言う。
彼女の話の要点は、今から水魔法で船の連中を海に叩き落すので、相手を無力化しろということだった。
「無力化?それは殺せということか?」
「まあ、殺してもいいですが、海に落ちて、泳いでいる連中とか、ずぶぬれであの上にいる連中とか相手ですから、こん棒で頭でもぶん殴って捕まえたらどうですか?」
「犯罪奴隷にして売ってもいいのか?」
「構いませんよ。船に乗ってあそこまで行って下さい。少なくとも船が30隻位は欲しいですね」
アミューが一旦言って言葉を切り、持っていた携帯から流れる声を聴いてカーラムにさらに告げる。
「それ、今から水魔法であの船が水浸しになりますから、見ていてください」
そのタイミングで、俺は水魔法で最初に沈めた船を洗い流しにかかる。連中の銃は火縄銃だから、まだ雷管は発明されていないらしいのでその銃は水を被ると使えない。岩を落とした段階で、そのために穴から噴き出した水で船員のかなりの人数はずぶぬれになっているため、銃の相当数はすでに使えないだろう。
海の上というのは水魔法を使うには甚だ都合が良い。俺は、シャイラに習って磨いた水魔法を使う。魔力を練って、海中から持ち上がって半沈没状態の船の上空5m程度まで繋がった径1mの管をイメージする。魔力をさらに練ってイメージした管内に水を押し込む。
海面から水が持ち上がり、イメージの通りに甲板上にぶちまけられる。1mの太さの秒速3m以上でぶちまけられる水は、人間をあっという間に押し流す。俺がその吐き出し口を振り回したので、1分もたたず甲板上の船員は洗い流され海に流れ出す。また、周辺を遊弋しているボートにもその水流をぶつけて転覆させる。
次には別の船の船上を洗い流しにかかるが、漸く港からわらわらと漁船が漕ぎ出してくる。やがて現場に到着した船の漁師はなかなら手際良く、海で泳いでいる連中の頭をこん棒でぶん殴って引き上げている。半沈没した船によじ登っている者もいるが、追いかけてこん棒で叩きのめしている。
「ここは、これで良いでしょう。では帰りますか」
俺が言うと皇子が応じる。
「いいものを見ることができました。ただ、あの船と銃に大砲は手に入れたい。ジーサエル、カミランで降りて、カミラム王国と話をつけて欲しい」
「はい、殿下畏まりました。では、申し訳ありませんがミシマ殿、わが帝国の大使館迄送って頂けますか。それと、後にツカダ殿に拾って頂いて皇都迄送って頂ければ幸いです」
ジーサエルの言葉だ。流石に出来る官僚は違うね。
俺は無論O.K.したよ。それに、塚田にはカーラム町長に催眠ガス弾と発射機を貸すように言っておいた。女性が捕まっているということなので、催涙弾を使うのは可哀そうだということだ。
催眠ガス弾を使って、その夜に占領されていた建物は解放され、立てこもっていた船員45人が殺されまたは捕まった。捕まっていた21人の女性も解放されたが、5人はすでに殺されていた。
このために、立てこもっていて生き残った28人の船員は縛り首の死刑になった。ちなみに、船の付近で捕まった船員は123人で、23人は抵抗して殺された。
沈船状態になった船2隻は、やがて帝国から魔法使いと共に派遣された帝国海軍によって曳きあげられた。その結果、帝国は進んだ帆船の建造技術と大砲とライフルを刻んだ小銃の技術を手に入れた。
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