第38話 俺とシャイラの日本旅行

 俺はシャイラを連れて東京に来た。ジャーラル帝国から帰った後で、それまで連れて帰ろうとは思っていたが、日本では俺も忙しいために延び延びになっていたものだ。滞在1週間の予定であるが、結婚して3ヵ月後で、新婚旅行としてはやや遅れているが、日本ではあまり付き合えないのを承知しての日本行きだ。


 ただ、途中の土日は休みをとって、彼女を連れて歩くことにしている。東京へ繋がっているのは、彼女の実家の離れの地下からハウリンガ通商ビルの地下のゲートであり、そこに俺が到着したのは午後の3時であった。


 ゲートは守衛室からカメラで監視されており、俺が出現すると、スピーカーからの声がかかる。

「あ!三嶋相談役、お帰りなさい。えーと、そのお方は?」


「ああ、僕の奥さんだ。シャイラというのでよく覚えておいて欲しい。彼女にIDカードは後で渡すので、今後は、それから情報が読みとれることになる」


 俺もIDカードを持っており、ゲートをくぐる時や会社に入った時には俺の個人番号、名前などを読み取り、更にAIにより個人確認がされる。個人確認とはカードを持っているものが、その個人としての持ち主であることを確認するものだ。


 これは身長、顔や体の輪郭、瞳孔などをAIで走査して個人確認をするものなので、カードと所有者が一致することをチェック可能である。俺は、最初に総務部に行って、居合わせた5人ほどの社員にシャイラを紹介してカード作成を頼んだ。


 カードそのものは備蓄されており、名前などの必要な情報はインプットすればよいが、生体情報の取得が必要であるため、それは、多数のカメラが備えられている隣の小部屋で薄着で1回転すればよい。


 カードが出来るのを待つ間、俺とシャイラは社長室で山下社長と岸田総務部長に彼女を紹介の方々雑談だ。

「三嶋さん。ジャーラル帝国に行かれたそうですが、印象はどうでした?」


 彼女の紹介と挨拶の言葉の後に山下が俺に聞く。

「うん、地球で言えば、18世紀の欧州といった感じだな。しかし、国としてはなかなか効率的かつ合理的で地球の欧州のように征服欲はないな。貧しい国を征服しても碌なことはないと思っているようで、それより内政を充実させて自分の国民を豊かにしたほうが良いということかな」


「まあ、そうですよね。日本が朝鮮を併合したのが良い例で、完全に持ち出しだったですからね」


「ああ、ただあの場合は、なまじ相手を自分と同じレベルまで豊かにしようとしたせいだよ。自国の東北など貧しい地域を放っておいてね。欧州の連中のように割り切って、搾取することに集中すれば利益は出るよ。

 そういう意味ではそのような道を取らなかったジャーラル帝国は、人道的で現在の地球に通じるものがある。一方で、最近その尖兵がやって来た、アジラン帝国は欧州の連中を更に凶悪にしたような連中でだからな」


「そうそう、そのアジラン帝国の艦船2隻を沈められたようですが、ライフル銃、爆裂弾を使う大砲を持っているとか。さらに、本国ではすでに無線機が使われているらしいですね」


 岸田が口を挟む。

「うん、彼らが大量に艦船を送り込んでくるまでもう時間がないな。まだ、ジャーラル帝国は俺が沈めた船をサルベージしている段階のようなので、まだ情報は入手していない。

 だけど、アジラン帝国の小銃の射程は200m位あるから、それなりの軍勢が上陸したらジャーラル帝国では勝ち目は薄い。ただ、アジラン帝国も早合で効率化はしているが、まだ火縄銃だし爆裂砲弾も火縄だから、原始的と言えば原始的だ。


 ジャーラル帝国の体力と人材があれば、我々の助けで防衛することは容易だよ。あとは、大半の国民に残酷な圧政を布いているアジラン帝国をどうするかだな。まあ、我々が主体になることはないから、ジャーラル帝国などハウリンガ世界の人々の決めることだ。

 それから、これはまだ報告していないが、その船の撃沈から帰る途中で、大陸中央の大森林地帯で大きな飛竜に襲われたよ」


 俺の言葉に、岸田が座ったソファから身を乗り出す。

「ええ!飛竜、やっぱりいるんですか?それにしても、よくご無事で」


 岸田も異世界おたくなのだ。

「ああ、羽根を広げると10mを超えるな。3匹に追いかけられたよ。胴体は太さが1m位で、長さが5mほどだったから重量は1トン以上あっただろうな。空力的には、あの羽根の面積であの重量を飛ばせるとは思えんし、それに凄く動きが俊敏で素早い。

 その上にブレスを吐くんだ。飛翔機に皇族を乗せていたし、尻尾を巻いて逃げて来たよ」


 俺は、飛翔機を追いかけてきた3匹の飛竜を思い出していた。それは、丁度アミア亜大陸の中央部の高地に差し掛かった時であった。100㎞四方はあるそのアミラン高原の標高は3000mを超え、その中央にそびえる最高峰ザラス山は標高9千mを超える。


 俺は、飛翔機の高度を4500mにして、巨大なザラス山を右手に見て時速300kmで飛行していた。少しのんびり飛んでいたのは、景色をゆっくり見たいと皇子からの要望があったのだ。そこにレーダーに反応があり、前方から3つの光点が近づいてくるのが検知された。


「うん、なにか飛んでくる。早い、この機と同等の速度のようだが、生き物か?」

 俺の声に、皇子が応じる。


「このアミラン高原には飛竜がいると言われており、目撃の情報が数多い。近くの村落で家畜が攫われることもあるという。わが帝国では直接の被害はないがな」


「飛竜! ほお、聞いたことはあるな。しかし、生き物が半刻に300ケラド(km)も飛ぶとは信じられん」


「確かに、普通の生き物であればそうですが、魔獣であれば十分あり得ます。それに、飛竜はブレスを吐くと言われていますし、目撃例もあります。非常に危険な魔獣です」


 俺の言葉に皇子の叔母のドナス第1次官が応じるが、俺は言葉を返す。

「ほお、ブレスねえ。それは興味深い。すこし近くから見てみたい」


 そして、速度・高度を変えずにそのまま飛行する。近づいてくる飛竜を見て慌てた護衛の一人が、緊迫した声で言う。

「ミ、ミシマ殿。皇子殿下と第1次官殿下がお乗りになっているこの機に万が一のことがあっては……」


 命に代えても守るべき対象と、同じ機に同乗する彼の気持ちは良くわかるので、彼の気持ちを宥めるように俺は言った。


「無謀なことはしませんよ。この機は、簡単に壊されるほど脆弱ではありません。またブレスは私の魔法で防げますから大丈夫です。でも、もう少し近寄ってきたら、安全のために離れるように機動します」


 俺は、500mほどの距離に近づいて、はっきり形が見える飛竜に余り近づかないように、上昇角1/20で上昇にかかったが、3匹の飛竜の内で最も大きな1匹は他の2匹を引き離して、同様に上昇してくる。


 相対速度が600km/時に達する両者はたちまち近づき、その1匹とは100mほどの距離になって、その大きな凶悪な目と、少し開けた口にずらりと並んだ剥き出しの牙がはっきり見える。

 羽根は皮のような光沢で差し渡し15mほどもあるだろうが、あまり羽ばたいていないところを見るとやはり魔力で飛んでいるのだろう。


 さらに使づいてくるその飛竜は口を大きく開ける。

「ブ、ブレスが来るぞ!」


 護衛の兵士が叫び、俺は魔力を掻きたて、さらに機位を下方に向け、全加速度を下向きにかけた。最接近距離は50mほどであったろう。飛竜が火を吐いたが、俺の巡らせた風のバリヤーに遮られたもののその効果は完全ではなかった。


 ただ、すでに俺たちの飛翔機は下方45度の角度で全速降下中で、重力エンジンの2Gの加速度に重力が味方してどんどん加速していた。だから、ブレスが部分的に機体に当たったが殆ど影響はなく、後でチェックすると塗装が部分的に焦げていたのみであった。


 飛翔機の速度はたちまち公称の全速である時速500kmを超えて、水平飛行に戻してジャーラに向かった。飛竜にはすでに追ってくる力は無い。

 冷や汗をかく思いで俺は謝ったよ。

「いや、すこし危なかったですね。折角忠告頂いたのに申し訳ない。それにしても、凄いものですな」


 そういうことを山下達に説明した。シャイラは、その飛行に連れて行っていなかったことから、後で拗ねられたが、それを聞いている今も横で少しおかんむりある。

「知らない場所に行くときは、飛翔機にも機関砲位の武装が欲しいな。それに、小銃と無反動砲位はハウリンガに持ち込んでおきたいな。ただ、日本でオフィシャルには無理だから、そこをどうするかだ」


 俺が言うのに山下が応じる。

「うーん。私に伝手がありますよ。金さえだせば、小銃と無反動砲はもちろん大抵のものは手に入ります。中東の某国ですけど。そこにゲートを設置して、ハウリンガに繋げば非合法もなにもないですよね。

 それにそこには工場もありますから、飛翔機に機関砲を装備する位のことはできますよ」


「おお、なるほど、そうだな。考えたら武器購入が実質非合法で無い国で買えばいいのか。要は日本に持ち込まなければいいんだよな。よし、念のためだ。山下さん、リストアップして買っておいてくれ。

 ゲートは必要になったら繋ぐよ。それに、考えたら荒事のために傭兵を雇ってハウリンガに配置しておくか。日本の若者には商売はできても荒事は無理だもんな。どうだろ、山下さん?」


「そうですね。傭兵の件は私の提案しようと思っていたのですよ。探してはいましたから、当てはあります」


 そこにシャイラが口を挟む。

「なるほど、チキュウにも傭兵がいるのね。ハウリンガ商会の人は、ある意味有能だと思うけど、武器を乗って戦う争いは無理なようね。その点は専門家に任せるのはいいと思う」


 彼女は、ハウリンガ商会が動かせる金のことは知っているので、資金調達の懸念は口にしなかった。

 そういう話をしているうちに彼女のIDカードが出来上がり、俺達は自分のマンションに帰った。すでに夕刻で辺りはすこし薄暗くなっているが、多くの人が行き交う道から地下鉄に乗って3駅目で降り途中スーパーに寄って直近のマンションに入る。


 その道すがら、また地下鉄の車内で、赤毛の彼女は人目を引いた。服装は、出来るだけ日本でも違和感のないワンピースを誂えさせて着せているが、それを着た彼女は見とれるほど魅力的である。


 肢体のバランスと容貌は白人にそのままであるが、赤毛の髪と日焼けして健康的でキラキラ光る緑の目は人目を惹かずにはいない。そして、その横で彼女が腕にすがっている俺は変凡な方で、男からは嫉妬の目で見られるのが快感ではある。


 シャイラの東京での最初の晩に、外に食べに行こうかとは思ったが、周囲の目があつまる外では疲れるだろうと、俺は自分で料理をすることにしていた。ハウリンガでもたまに料理はしていたのだが、調理用具は一応揃えたが、料理をしやすくした食材が少ないあちらではなかなか難しかった。


 その点では、システムキッチンのある自分の部屋を使え、食材も豊富なこちらだとうんと楽だ。だから、途中でスーパーに寄ったのだが、これはシャイラの大興奮の種になった。なにしろ、彼女にとっては見たことにない大面積を埋め尽くす品物の棚の列で、それらを夢中になって見ていた。


 俺はそれを宥めながら、夕食としての総菜として、サラダや煮物さらに揚げ物をある程度買って、メインとして国産牛のステーキを買った。シャイラは肉が好きなのだが、ハウリンガの肉の味は悪くないが全般に筋っぽくて固い。


 そのように買ったものの袋は、人目を確認してマジックバッグに入れて自分のマンションに向かう。シャイラは来るのが初めてのそのマンションには、同じ棟に山下の家もあるが、最初は賃貸だったそれらをすでに会社が購入している。


 シャイラは、地上25階のそのマンションの建物にまず驚き、自動ロックの玄関、さらに部屋のある10階にあがる高速エレベータに驚き、部屋に入って驚いた。

 そして3LDKの部屋に入ってからは、大はしゃぎで台所を含めて全ての部屋を覗き、クローゼットを開けてみた。そこは、主婦である自分の家なのだ。

「わー、すごい。こんなところに住めるなんて、うれしい!」


 俺も普段は落ち着いている彼女がこのようにはしゃいだ様子を見るのは初めてだ。そう言えば、最近彼女は感情を素直に面に出すようになったし、俺に対してはけっこう我儘を言うようになった。俺にとってはその様が、今までに増して可愛い。


 たぶん、冒険者の彼女は家の借金のこともあって気が張っていたのだろうし、その問題が解決して、自分を素直にだせるようになったのだろう。また、俺と一緒であることに慣れて遠慮がなくなってきたのだろうと思う。いずれにせよ俺にとっては好ましい変化だ。


 しかし、彼女が日本のこの部屋で問題なく暮らすには、東京での彼女の服をひとそろい買う必要があるし、家具・炊事道具・食器にしても彼女のためのものを揃える必要がある。


 俺は、それを山下の奥さんに頼んでいる。ちなみに、俺のこのマンションの部屋には概ね半分しか住んでいないが、維持管理をハウスキーピングの会社に委託している。その契約は、俺がいる時は朝食と毎日の掃除・洗濯、いない時は3日に一度の清掃である。


 こっちに住んでいる時、俺は昼食を大抵会社の社員食堂で食べるが、夕食は2日に1回ほど自分で作る。これは、田舎に住んでいた時は否応なくそうしていたので、特に苦にならないし、大抵晩酌として酒を飲む俺の場合には酒場に一人で飲みに行くのも苦痛なのだ。


 それに、都会ではいくらでも店があるから、総菜を手に入れるのは簡単だ。部屋に入ってくつろいだ服装になって、俺は食事の準備にかかる。台所にシャイラを呼んで、棚を開けてみせ、食器などのあり場所を教え、冷蔵庫を開けてそこに買ってきたものを入れる。


 俺はハウリンガでも冷蔵庫は彼女の実家やシーダルの自分の家に持ち込んでいるので、彼女もその存在と使い方は知っているし、水栓、ガスコンロも俺が持ち込んでいるので使い方は知っている。ただ、システムキッチンのように統合されたものは見たことが無く、「いいわねえ」とそれを触ってみて感心している。


 俺は彼女にも手伝ってもらい食器を出して、4人駆けのテーブルに並べ、買ってきた総菜をそれに盛り、250gのステーキを手早く焼く。焼けた鉄板でじゅうじゅうと音を立てるステーキを前に、ビールを冷蔵庫から出して彼女のコップに注ぎ、彼女も俺のコップに注ぐ、これらはハウリンガでも慣れた儀式である。


 声を合わせての「乾杯!」の声にコップの半分ほどを一気に飲んで、ステーキに取り掛かる。

 それをナイフで切り取って、フォークで取り口に運び、目を丸くしてもぐもぐしていた彼女が「柔らかい!美味しい!」と飲み込んだ後叫ぶのに、俺は言った。


「そうだろう。これは和牛と言ってね。凄く手間がかかっているから値段が高いけど、評判の肉だよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る