第36話 ジェーラル帝国にて2
その後、帝国との話し合いは順調に進んだ。主としてドナス第1次官が、こちらの確かめたいシーダルイ領などが帝国に加わった場合の条件について、てきぱき決めていく。
話によると、彼女は皇帝の妹ということで、実質的に大臣以上の力があるらしく、つまりは自分で帝国の上層部を説得出来る自身があるからこそであろう。
一方で、ミマーシャル第2皇子は政策的なことには無頓着で、俺達から得られる技術にひたすら興味があるようで、質問はその辺りに集中している。とは言え、彼が会議に出席することになったお陰で、ドナス第1次官が出席してくれて話が早く進んだのであるから、彼には出来るだけ便宜を図ろうと思う。
彼のことを奇矯と言うが、人並外れて新しいこと、技術的なことに興味があるせいであろうと考えた次第だ。2時間くらいのやり取りの結果、大筋の話として以下の線でまとまった。
1) シーダルイ領と、カリューム侯爵領およびロリヤーク領などについては旧帝国本土領並みの待遇で迎える
2) これらの領が帝国に合同する場合には、帝国が安全保障を与えるが守られる方も半分程度の負担をする
3) 軍事技術については、帝国軍務府の協議・承認のうえで実用化する
4) 地球から持ち込む技術の一部については、帝国に存在する特許制度の適用を受ける
この中で、4)については地球の汎用的な技術について、俺は特許料を取るべきでないという考えだ。ただ、地球でも特許料を取っているような技術や、ハウリンガ通商が開発したような物は応分の料金を徴集するものとした。
そして、帝国の特許制度は特許料が高すぎて普及を妨げているなど、相当に問題があるので、この改善についてはアドバイスをするつもりであった。そうやって、会議も終わろうとするときに俺は重要な知らせを受けた。
俺が持っていたスマホ型が鳴る。これは、スマホであるが、バトラ提供の高性能タイプだ。実は、ハウリンガのアミア亜大陸の上空には静止衛星が浮かんでいて、それを通じた通信もGPSも使える。この点は、ロケットで無く重力エンジンで宇宙に移動できることで、極めて低コストで可能だ。
だから、俺のスマホはアミア亜大陸から5千kmの範囲では通信が可能であるし、地球との次元ゲートに設置したターミナルによって、地球のインターネットにも繋ぐことが可能である。
その通信は、ハウリンガ通商のジャーラ皇都支部の責任者である塚田からのもので、丁度ジャーラから千㎞ほどの大陸の反対の海岸沿いのカミラム王国での事件の報告であった。
「もしもし、三嶋さん。突然申し訳ありません。重大なご報告があります」
「うん、塚田さんか。どうぞ報告をお願いします」
俺は、大きめの呼び出し音に応えて言う。ちょうど、会議での話が一段落した時だったので、部屋の皆が俺を見守っている。重要な会議ではあるが、俺はこの連絡は重要という感が働いたので、遠慮なく答えた。
「では、私は今カミラム王国の王都カミランにおりますが、こちらの商会の者と商談をしていました。そこに、たった今入った報告ですが、カミランから50㎞ほど離れた四国ほどの島の街が、砲撃されて一部占領されたようなのです」
スマホから日本語が聞こえる。俺は俺を聞いてとっさに『早かったな』と思ったが、塚田に指示した。
「うーん、解った。今ここにジャーラル帝国の幹部の方がおられる。今の話を日本語で繰り返してくれ。翻訳してスピーカーで皆に聞かせる」
そして、部屋の皆に「皆さん、今からのこの話を聞いて下さい」そう言って、塚田が話す言葉を翻訳させてスピーカーで拡声し、部屋じゅうで聞こえるようにする。
その指示のあと、俺はスピーカーをONのまま先ほどと同じ内容の話を聞く、指示を追加する。
「塚田さん、さらに判っていることを教えてください」
「はい、今のところ、船は2隻でジャーラル帝国の最大の商船程度の大きな船で最初はボートで上陸したそうです。その連中は20人ばかりだったそうですが、銃を持っていたそうで、応対した王国の役人を脅して金(きん)を要求したらしいです。
断ると、突然銃を撃って数人の役人を殺したそうで、それから続々とボートが押し寄せてきて、近くの建物の住民を追い出して占領したと言います。
それに対して、王国は弓と剣に槍を持つ兵を100人ほど出動させたのですが、強力な魔法と銃で迎え打たれ、さらに街の教会の塔が砲撃されて破壊されたそうです。
それで、なんともならなくなったために、近くの別の港の快速船が逃げ出して王都に助けを求めに来たということです。そして連中は旗を持っており、掃討の鷲の文様だったそうですから、アジラン帝国ですね」
「それは何時のことですか?」
「3日前です。彼らの上陸は3日前の正午頃のことだそうです」
「解りました。では、乗って行った飛翔艇で偵察して来てください。私もそちらに行きます。ただ相手の銃の性能が解りませんので、あまり近づかないように。偵察が必要ならドローンを使って下さい」
「ええ、そうですね。了解しました。では出来るだけ早く出発します」
塚田の回答が部屋に響く。俺は、緊張した顔で俺の方をじっと見ている人々を見回した。
「アジラン帝国!もう来たのか?」
沈黙を破って皇子が言った。俺は思わずニヤリと笑って答えた。
「そのようですね。なかなかの乱暴な連中のようですな。多少技術が進んでいるようですが、まさに野蛮人の所業です。後悔させてやる必要がありますな」
「ところで、先ほど銃と言われたが、わが帝国でもだいぶ前に開発されたものの、魔法に比べて威力に劣るので軍に装備はされていません。また、大砲とも言われたが、射程が長いので実用できる見込みはあるもののまだ研究中です。ただ、魔法を使えない者もこれらは使えるので研究中です。
それにその材料の多くを占める、硝石を魔法で作っているのですがこれの効率が悪いのです」
商務府のイスル・ジーサエル第2次官が言う。商務省は、工業も担当しているので軍備の知識もあるのだろう。
「ほう。銃はもう作られているのですか。確かに、魔法があるこの世界ではまだまだその性能は中途半端でしょうな。しかし、それを発達させて魔法と組み合わせれば相当な威力がありますよ。材料の多くを占める硝石という白い粉を魔法で作っているのですね?」
俺が聞くのにジーサエル次官が答える。
「やはり、ご存知ですか。硝石は薬として古くから使われていたのですが、木炭の粉などと混ぜると爆発させることができるのが解って、研究されていたのです。魔法でそれなりに作れますが、一人の土魔法使いで作れる量が少ないのです。それに、弓などに魔法を乗せた方がはるかに射程も長く強力です。
まあ、大きな音を立てるので、人や馬を驚かす効果はあります。しかし、そのアジラン帝国は実際に使っているようですね」
「魔法のない私たちの世界では、火薬を使った武器は主要兵器になっています。この世界は魔法があり、それは威力はありますが射程が短いですよね。だから、私達の世界の兵器である射程の長い銃や大砲のようなものがあれば、遠くから一方的に蹂躙されますよ。だから、アジラン帝国は多分火薬を使った兵器で周辺を侵略できたのでしょうね。
船というものは大量の物を載せられますから、その火薬を使った兵器を多量に乗せてくることができます。私の世界でも銃や大砲、そして船の技術が発達した国が、船を使ってそれらの技術に遅れた国を次々に征服していったのです。さっき聞いた相手の、持っている武器との戦いでは貴帝国も大いに苦戦するでしょう。
しかし、ご心配なく。アジラン帝国がさっき聞いたように見境なく残虐に侵略することが判った以上、彼らに勝てる方法をお教えしますよ」
「おお、それは有難い。その意味では今日の話は誠に有意義なものでした。ところで、ミシマ殿。先ほどツカダという者に、そのアジラン帝国の船を“飛翔艇”とやらで見にいくように言われていたようだが、それは飛んでいくものであろうか?」
ドナス第1次官が聞く。流石に彼女は物事の本質を掴んでいる。俺は答えたよ。
「そうです。飛翔艇は私達もシーダルイ領から乗って飛んで来た乗り物です。それを使って、私も今からアジラン帝国の船を見に行く予定です。貴帝国からも、そうですね、数人であればお連れしますよ。但し、半刻以内に出発したいと思っています」
「よし、行くぞ。余も行く!軍人だったジーサエルも一緒に行こう。すぐ行くぞ」
若い皇子が顔を紅潮させて立ち上がり、ジーサエルを手で招きながら俺の方に駆け寄ってくる。知り合いらしいジーサエルは苦笑いをしてそれでもついて来る。
俺は、少し驚いてそれを見て立ち上がった。普通に考えれば、皇子が得体の知れない相手と、何を使っていくのか解らないのに同行出来る訳はない。
しかし、ドナス第1次官も苦笑いをして、止める様子が無いところを見ると、このスタンスがこの皇子の標準なのだろう。俺がとりあえず連れて行きたのいは、ジャラシンとミランだが、皇子も行くなら護衛を連れて行くべきだろうな。
「じゃあ、ジャラシンとミランは一緒に行こう。それから、皇子殿下。護衛は2名のみにしてください」
俺が言うと意外そうに皇子が反問し、ジーサエルがほっとした顔をする。
「良いのか?2人追加して」
「ええ、席に余裕がありますから。では外へ、そこで飛翔艇をお見せします」
そう言って、部屋にいた人々を従えて、俺は部屋を出て廊下を玄関に向かう。そして、建物の馬車の車寄せでマジックバッグから飛翔艇を出す。
「おお!」
突然現れた、大型乗用車の大きさの飛翔艇にどよめきが起きる。曲線で構成された灰色のメタリックの焼き付け塗装の機体はこの世界にはないものだ。
「これは………、飛ぶのね、何人乗りなの?それからそのくらい時間はかかるの?」
ドナス次官が、目を輝かせて機体に駆け寄りそれを触りながら、俺を振り返って聞く。
「前席に2人、中央席と後部席に最大3人、だけど少し狭いですよ。だから、前部に俺とミマーシャル皇子、中央にジャラシンとジーサエル、後部にミランと護衛2人で合計7人ですな、行きに1刻(2時間)、現地で半刻から1刻、帰りに1刻です。皇子は明るいうちに返しますよ」
「じゃあ、護衛は一人、中央はジャラシン殿と私。ジーサエルは後部に。それからミシマ殿、ミマーシャル皇子と私を返してくれますね?」
彼女は俺の目を見つめて聞く。引くつもりは無いようだ
『なるほど、彼女と皇子は血縁だ』俺は思って周囲を見渡すが、外務府のジョナス第3次官が止めようと手を挙げかけたが、途中で諦めたようで誰も止めない。『皇帝の妹だからな』俺は思いながら答える。
「はい、大丈夫です。私自身が運転しますから。それに、これには十分な運用実績があります。あなた方と同様に私も自分が大事です。ではお乗りください」
俺は中央部ハッチを空けて、深緑色のパンツスーツルックの彼女を招いて座らせる。助手席にはジャラシンが皇子を誘導している。
座った後に、ドナス次官は皇子の座る前部窓に面している助手席が羨ましそうだが、流石にそれについては何も言わない。
皆が座って、シートベルトを締めて落ち着いたところで、俺は声をかけてまず垂直上昇する。
「では出発します。馬車より揺れないので安心してください」
「うわ、浮いた、本当に殆ど揺れない!凄い、どんどん昇る!」
皇子が助手席で騒ぐので、『お前は子供か!』と思うが考えたら相手は19歳の子供だった。中央座席の女性次官も騒いでいるが、お陰で他の連中は静かにしている。
皇子を助手席に座らせたのは、強度上の問題から窓が小さい飛翔艇では、圧倒的に見晴らしがよいからであるが、皇族を味方にするという意味では叔母さんの方が良かったかなと思う俺だった。
俺は100m垂直上昇して、それから2Gの加速で1/20の角度で目的地に向けて前進する。そうして出発してすぐに、塚田から映像が入ったので、俺はすぐに中部・後部座席用の16インチの液晶スクリーンを下してその映像を映した。助手席は、操縦席のスクリーンを見ることができる。
画面は、なだらかな山を覆った森の上空からの映像であり、前方に海が見える。やがて、海が近づき、奥行きのある湾があってその奥に町並みがあるが、僅かに石作りの3階ほどの建物が見える他は、1階建ての木造がほとんで雑然とした街並みだ。
教会らしい建物の塔が無残に壊れているので、これが砲撃された塔だろう。
湾には小さな桟橋が10本以上あって、中小規模の船が舫われている。そして、その1㎞ほどの沖に明らかに存在感の違う2隻の艦が係留されている。まだ距離が3〜4㎞あるので詳細は判らないが、明らかに3本マストの同じ型の帆船であり、帆を今は下している。
「艦が見えました。ええと、時速100kmで上空を通過して、長さ幅などスペックを測ります」
塚田の声が聞こえる。
「判った。銃はライフルである可能性もあるので、200m以上近づくな。大砲を向けてきたら1km以上離れろよ」
俺のアドバイスに塚田が答える。
「ええ、了解。その程度は距離は考えていました。細かくはドローンを使います」
塚田の言葉の後すぐに、画面は500mほどの間隔で錨を下して停泊している2隻の船の上空を通過する。
「長さ95mで幅は12m、マスト高さ16mです。多分総トン数1千トン、積載量は6百トンを超えますね。兵装は防盾を備え大砲たです。口径12か15cmでしょう。12門かな、結構な長砲身ですから性能はいいですよ」
上空通過後に再度反転しながらの塚田の解説である。そう言えば、あいつは海軍オタクだった。
飛翔艇の乗客は夢中でスクリーンを見ている。それはそうだろう。ジャラシンとミランは見たことがあるが、帝国の者は、白黒写真は出回り始めたので知っているものの、動画は初めて見るのだから。
「どうですか。ジャーラル帝国の海軍に比べてあの軍艦は?」
「うーむ。わが軍の最大のもので、あの半分の長さ程度だ。2本マストで幅は余り変わらんがな。ということは、これらの船の方が早い。それに、我々の軍艦の武装はバリスタだ。あの大砲というものがどの程度の性能かは知らんが、バリスタよりは威力はありそうだね」
皇子が言うのに俺が応じる。
「大砲の弾は教会の塔の残骸の様子から言えばさく裂弾ですね。魔法のあるこの世界でも炸裂弾では、バリスタとは威力が桁違いですよ」
「炸裂弾というのは、弾が当たった時に爆発するものなのかな?そのような物が可能なのですか?」
今度はジーサエル次官が問い、俺が答える。
「ええ、可能です。私達の世界ではそれが標準ですが、技術的にはなかなか難しい部分があります。しかし、魔法と魔道具のあるこの世界では、魔法具の技術で実用化している可能性がありますね」
俺はそう言ったときに、塚田が叫ぶように言う声がスピーカーに入る。
「ああ、銃を構えています。現在海面高度200mですが念のために50m上げます」
確かに、画面では10名ほどの紺の制服の兵が銃を画面に向けて構えている。
「時速100kmに増速、通過します!あ、撃った」
それは見事な一斉射撃であった。
パパパ!とほぼ一斉に煙が巻き上がり、火箭が伸びてくる。しかし、250mの高さ、等速とは言え時速200kmで飛ぶ幅3m高さ2mの物体に当てるのはなかなか困難であった。
コンマ数秒タイミングが遅れ、弾は飛翔機が通過したのちに空しく空中に消えた。
「ふーん。なかなかの練度だし、初速も大きい。有効射程は200mを超えるな。あの銃を装備した部隊に魔法では太刀打ちできんな。塚田さん、大砲で撃たれると危ないから十分離れておいてください」
俺は船から遠ざかっている飛翔機を操縦している塚田に言い、彼は了承した。
「これから言って、アジラン帝国はなかなか侮れないことが判りましたね。距離はありますが、彼らが攻め込んで来ればなかなか厄介です。しかし、よその国に予告無しに攻め込んで占領しようとするなど、人間として国として最低ですな。よし、あの2隻は沈めましょう」
俺が、そのように言うと、機内の皆はぎょっとした顔で俺を見る。
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