第35話 ジャーラル帝国にて
帝都ジャーラでの夜明けは快適だった。泊まったホテルの設備はアンティークであり、ベッドのクッションも良くなかったがイミーデル王国の同種の施設よりましであり、なかなか豪華な内装である。部屋自体も日当たりが良く、シャイラに起こされた時は、気持ちよく起きることができた。
シャイラは、俺の目が覚めた時にはいつもすでに起きており、すでに着替えも済ませている。新婚としては、すこし物足りない思いもあるが、そういうきちんとしているところが好ましくもある。ホテルの朝食は、ナンのようなパンにスープと肉と野菜の炒め物で、香辛料も効いていてなかなかうまい。
朝は2の鐘(午前8時)に狭山と、現地で雇用している者の責任者のダノパ・ミランという名の42歳の灰色の髪の細身の男がホテルのロビーにきた。この男の経歴は、履歴の書類を調べて承知している。彼は、帝国に隣接する王国の出身で、大手の商会の跡取りだったのだが、その国の政変に巻き込まれて逃げてきたらしい。
少なくとも、ジャーラ皇都支部の責任者の塚田の判断では有能であり、ジャーラでの人脈もそれなりに築いている。塚田は今現在、この亜大陸の反対の国に行っており、俺が急に来ると聞いてジャーラに帰ると言ったのだが、俺がその必要がないと止めたのだ。
「それで、帝国側のメンバーは報告の通りかな?」
「はい、まずは最初から予定に入っていた外交府の第3次官ミルト・ジョナス氏、それに商務省のイスル・ジーサエル氏が出席されます。さらに、急遽外交府の第1次官ミシュレーネ・ドナス閣下も出席されることになりました。
これは、前から話のあった第2皇子ミマーシャルが出席されることになったためのようです。それに加えて無論皇子殿下の侍従や事務方が出席されます」
ミランが報告するのに、俺が言葉を返す。まだ、狭山は翻訳機を使っての会話しかできないでの、この大陸語での会話である。
「俺たちの今日の話は、交易をもっと広げたいというのはあるけど、第一は、もしシーダルイ領が帝国に合流したいと決断した場合の条件の探り出しだ。シーダルイの開発や進みつつある産業革命の話、さらに使われている機器の話は伝わっているから、それなりの条件は出すとは思うが、その点はミランの考えはどうかな?」
「そうですね、はっきり言って最近200年で対等に近い立場で帝国に併合されたのは、パキラン領となったパキラン共和国のみでしょう。この場合は、領主は元の共和国の支配者ですし、帝国に劣らないほど豊かだった領民は平均的な帝国民と同等に豊かです。
この場合は、隣国のギガラス王国から侵略されそうになって併合を求めたもので、製鉄と鍛冶に長けていたパキランにメリットがあるということで、そのような形になったようです。帝国は、その侵略しようとしたギガラス王国の王族と主だった貴族を滅ぼしましたから、その王国は今では帝国の総督に支配される完全な属国ですね。
他は、頼み込んで併合してもらったりはしていますが、帝国にメリットのない場合は 断っているようですね。帝国に併合した場合、通常はしばらく兵も派遣して総督を置いて監視するようですね。パキラン領が対等に近かったというのは、連絡官という管理役を数年つけただけということで言われています。
それに、パキラン領の領主のクガールシ伯爵は、今では帝国でも結構な名士らしいですよ。シーダルイ領の場合には、帝国を超える技術を持っていますし、急激に豊かになっているようですから、結構良い条件で受け入れはされるでしょうね。
帝国は皇室の直轄領、さらに貴族の領に分かれますが、基本的には貴族領からはその収入の15%の徴税を行っています。その代わり、領主である貴族は、基本的に治安維持の戦力のみを備えれば良く、対外戦争に狩りだされることはありません。ただ領内の道路など、洪水防除や用水路の整備などは領の責任です。
そして、その領主貴族などは、帝国本土言われる領と、後に併合された領では明確に扱いが違うそうです。また、結構な数の王国や共和国が帝国に併合されましたが、特に武力で逆らった国などのその支配者は、平民に落ちたり位の低い貴族に落とされたりしています。ただそれは、治政がひどかった場合と言っていますがね」
「なるほど、普通はそうだろうな。併合された領はその本土の領に比べて差別されているのかな?税が高いとか」
俺が聞くとミランが考えながら答える。
「税とかは変わらないようですから、併合した国だった地区を搾取することもないようですね。ただ、豊かになるための特段の援助もしないようですから、そうした領は豊かな帝国の中では貧しいままになりと言います。まあ、それとどうしても、帝国生え抜きの領主に比べると立場は弱いようですね」
「ふーん。まあ合理的ではあるな。税を余分に取られないなら上等だろう。まあ、シーダルイ領とその頼子、カリューム領とその頼子、無論ロリヤーク領も含むが、それくらいは最初から帝国と同じ扱いを要求すればいいな?」
俺はジャラシンを見たら、彼は首を傾げて言う。
「うーん、確かに王国での我らの立場は良くないが、生まれた時から王国の辺境領だからな。そう簡単に割り切れないぞ。その点は俺より父上の方が乗り気かも」
「ただ、今日の帝国への説明でエンジンのことも言うよな。その場合は燃料としての石油が必須だ。この大陸の石油資源の多くを埋蔵するシーダルイ辺境領は、帝国にとって必須のものになるだろうな。
一方で、今の王国を牛耳っている連中がそれを知ったら、間違いなく辺境伯を潰して奪いにくるだろうな。普通に言えば、お前の領の戦力で独立を保つのは難しいぞ」
「うーん。ここに来たということは、後戻りできないところまで来たということか……」
ジャラシンが頭を抱えるのに、俺は笑って言う。
「まあ、相手の出方次第ではあるがな。様々な技術、必須の資源などこっちは優位にあるわけだから、相手が高圧的に出るようだと、席を蹴って立つぞ」
「だけど、相手には王国全体だって捻り潰すだけの軍事力がある。今までは価値がないと見逃されてきただけだ。帝国がその気になれば、王国が逆らっても俺達を武力で侵略することは簡単だろう」
「まあ、その時は、やりようはあるぞ。帝国が傾く位の被害を与えることはできる。ただ、まあ間違いなくイミーデル王国を支配している連中は、気に入らないお前たちにちょっかいをかけて来るな。だんだん知られてきたお前らの領の繁栄を考えれば奪いに来るよ。
一方で、帝国はその利害関係からすれば、少なくともシーダルイ領を優遇はするな。帝国では法治が基本的に根付いているようだから、不当な扱いをされる可能性はほぼないと思う。ただ、油田は精々帝国政府と共同管理位が落としどころだろうな」
「うーん。まあ、相手の出方次第だけどな」
ジャラシンが最後に言って、一行は指定された帝国政府の外交府に出かける。
こちら側は、俺とジャラシンと秘書のキーラス、それにハウリンガ通商の代表になっているキーラムに加え、帝国への紹介者である、帝都ジャーラ最大のキズライ商会の商会長であるピームル・キズライとその随員が出席している。
キズライ商会は今ではシーダルイ領に定期的に船を出して、帝国のセンスの良いものを売って、逆にシーダルイ領の進んだ様々なものを買いつけている。その中で、子の商会は領の官僚やハウリンガ通商とも親しくなり、さらにハウリンガ通商からの様々なものを提示されて、帝国政府への仲立ちを引き受けたのだ。
今日会長が出て来たのは、帝国側に皇族が出てくるということを聞いてのことである。なお、シャイラはハウリンガ通商の者をつけて、皇都の見物をしている。
キズライ商会長から、今日の帝国側の出席者の事を聞くことができた。
今日出席するミマーシャル第2皇子は、その行動が奇矯であると言われており、その抑え役として外交府の第1次官ミシュレーネ・ドナス閣下が出席することになったという。
彼女は、皇族で皇子の叔母に当たる人物で、若くから官僚として働いてきた人物で、極めて有能であるため外交府の大臣以上の力を持つと言われている。だから、実質今日の協議は彼女が仕切ることになるはずだということだ。
立派な机を囲んだ椅子の部屋通されて待っていると、相手側が部屋に入ってくる。先頭は中年の官僚タイプで、その後似たようなタイプが数人続いて向かいの席に座る。彼らから自己紹介があったが、主たるメンバーは第3次官ミルト・ジョナスと商務省のイスル・ジーサエル第2次官で後は3人に秘書及び事務官であった。
「本日は、ミマーシャル第2皇子殿下が御本人のたってのご要望で出席されます。殿下は外交府の第1次官ミシュレーネ・ドナス閣下と共に来られますので、皆様も失礼の無いようにお願いします。
具体的には先導の係官が案内しますので、起立をして、深く一礼下さい」
ジョナス次官の話に、俺は中世に近い世界としては、土下座位はさせられると思ったが、なかなか開明的であるなと正直に思った。
「ミマーシャル皇子殿下のお成りです」
若い制服を着た前触れの従者が、ノックの上で扉を開いて大声で告げる。その声に部屋にいた者達が立ち上がる。そこに、中年の地味ではあるが高級感のある服を着た中年の女性に先導されて、軍服を着た背の高い若い男が入ってくる。
なるほど皇子という名にふさわしい美貌と気品である。部屋の中の者は、頭を下げた状態でそれを上目使いに見る。
両者が席の前に立った時に、従者が「皆さま、お顔を挙げて一礼下さい」そう言う言葉に合わせて、顔を上げて2人を見て再度深く一礼する。その後、2人が着席し、さらに従者が言う。
「それでは、皆さまもご着席ください」
皆が着席した所で、司会役のジョナス次官から開会の話があった。
「本日の会合は、キズライ商会より申し入れがあって開いたものです。これは発展著しい、イミーデル王国シーダルイ領の様々な技術を我が国に提供するという話であり、その主要なものはすでに皇子殿下を始め皆さんも書類にてご報告の通りです。
私は、これらの技術の提供はわが帝国にとっては、大きな利益があるものであると思っております。さて、まずそちらのイミーデル王国からおいで頂いた出席者の紹介を頂いて、次にこの場に皆さんに、今日の協議の意図を説明して頂きます」
その言葉に、ミランからこちらの出席者の紹介がされたが、最初に皇子が口を開いた。
「うん、余もそれを聞きたかった。何故に、イミーデル王国全体にも広がっていないのに、そのような技術を帝国にもたらして良いと思ったかだな。それに、良く正体がわからないのは、ハウリンガ通商の代表という、ミシマと言う名の貴殿だ、直答を許すので答えて欲しい」
皇子は俺の顔を見て言うのに、俺は受けて立ったよ。
「では、お言葉に甘えて答えさせて頂きましょう。まず、私はこの世界の者ではありません。私の世界は魔法こそはないが、社会の仕組み、知識や技術的には大きく進んだ社会です。
だから、あなた方が多分最も興味を示しただろうエンジンなどは、ごく普通のものとして使われている世界です。更に、地上を機械による自動走行、空を乗り物が飛ぶのも普通に行われています。
私はこの世界との間を渡る手段を持っており、そのために私達の世界、チキュウとの間の商売をするために、ハウリンガ通商という商会を作りました。私がイミーデル王国のシーダルイ伯爵領でその活動始めたのはそれなりの理由があってのことです。
したがって、私のこの世界への係わりは今後もシーダルイ領を中心に行いたいと思っています。商売としてはその人口規模から言っても帝国との方が大きくなりそうですがね」
俺はちらっと笑って話を続ける。
「シーダルイ辺境伯爵家は、現状のイミーデル王国を支配する者達に対してあまり立場は良くない。というより敵対勢力とみなされています。だから、私が伯爵といつくかの有効領主に帝国への鞍替えを勧めました。
その結果が、今回のこの訪問ですよ。それと、あなた方はアジラン帝国のことはご存知でしょうか?」
帝国側の出席者は顔を見合わせたが、明らかに皇子と外務府の連中は知っている様子だ。俺の質問については、ジョナス次官が答える。
「う、うむ。我々と付き合いのある海洋国家から話は入っている。巨大な国家で、どんどん征服した地域を広げているとか。はっきりしたことは判らんが、巨大な船を持ち、我々より兵器も進んでいるという」
「ええ、ご存知でしたか、流石はジャーラル帝国。しかし、今のまま行けば、この帝国もアジラン帝国に飲み込まれるでしょう。私としてはアジラン帝国の収奪体質はこの世界にとっては不幸なことだと思っています。
その面でも、できたらこのアミア亜大陸がジャーラル帝国を中心に一体になって欲しいと思っています」
そこでジャラシンが割り込んだ。
「ちょっと待って頂きたい。ジャーラル帝国でもアジラン帝国をご存知でしたか?」
「ええ。どんどん周辺国・地域を侵略して、その住民を奴隷同然にしているとか。わが帝国でも大きな脅威として捉えています。ただ、距離が大きいのでまだまだ時間はあると思っていますが」
ジョナスの答えにシャラシンが応じる。
「いや、ミシマの話では、大型の船を使えばその程度の距離は大きな障害にならないとか……」
「そうです。途中に全く陸がなければ別ですが、寄港先は沢山あるので、その距離の1万ケラド(km)位の距離は大型船の移動には大きな困難はありません。私の世界の歴史でも、技術が進んだ国が遅れた国々を侵略して残虐に支配したのは数多い例があります」
次いで俺が付け加えるが、皇子が反論した。
「待って欲しい。アジラン帝国も重要な問題ではあるが、ミシマ、貴殿が別に世界から来て、自由に行き来が出来るというのは俄かに信じられん。その証拠はどこにある?」
「証拠は、ジャーラル帝国より明らかに社会制度も知識も劣っているシーダルイ領に、貴帝国より優れた技術の産物が多く生まれたことです。まあ、これらは今後お付き合い頂ければいくらでもお見せできます。
でも、そんなことより、進んだ技術・知識の産物である、エンジンなど様々なものが貴帝国にもたれされる方が重要ではないですか?」
「ええ。確かにそれによって、帝国の知識と経済が大きく発展することは確かです。さらに、先ほどの話からは、それを受け入れれば、アジラン帝国の侵略を跳ね返せるほどの兵器の知識も提供されるのでしょう?」
ニッコリ笑って俺の言葉に応じたのは、まだ美しいドナス第1次官の女性としては低い声であった。
「もちろん、進んだ兵器は進んだ工業基盤が必要なのです」
俺もニッコリ笑って答えた。
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