第34話 ジャーラル帝国訪問

 俺と、シーダルイ伯爵家の嫡子のジャラシンは、ジャーラル帝国の首都のジャーラに来ている。ジャーラは5千万の人口を抱える帝国の首都だけのことはあって、100万人もの人口の大都市である。


 ジャラシンは、父の辺境伯と共に選択肢を広げておくべきという俺の説得に結局応じたのだ。これは、彼の父、辺境伯であるポロフル・ミル・シーダルイが、国を壟断する者達の陰謀で適切な治療を受けていなかったことがわかったことも大きな要因になっている。


 俺がそのことを告げたので、父の主治医をしていた国の医学の最高権威者である王立病院のバラスーニを問い詰めた。その結果、彼が王太子妃の岳父であるミザラス公爵による脅迫で、適切な治療薬を投薬していなかったことが判ったことによる。


 そのミザラス公爵は、王太子とともに国政を好きなように操り、弟が軍務大臣であるため国軍も完全に掌握している。その中で、明らかに領地持ちの貴族の力を削ぎ、領地を持たない法衣貴族の力を増そうとしている。


 客観的に見て、王政府が力を得ることは、そのことで平民を含めた国民の生活の質を上げることを目指すのであれば悪くはない。だが、ミザラス一派はいたずらに王室と法衣貴族が贅沢をして税を上げる方向にある。


 さらに、10万人の国軍を倍にしようとしている。しかし、大国ジャーラル帝国からは貧乏国として相手にされず、隣接する共和国と王国はさらに弱小国であり、対外的な脅威は存在しない。


 だから、この増強は対領主貴族であると見做されている。すでに王国に入り込んでいる、ハウリンガ通商の力を借りて入手した様々な情報を総合して。俺はこのイミーデル王国政府の目論見をまとめた。


 これについては、ジャラシンと共に父ポロフル辺境伯とその盟友であるカリューム侯爵の前で説明した。ちなみに辺境伯は、今では領に帰っており、地球から持ち込んだ薬ですっかり快方に向かい、半日程度の政務は行っている。


 カリューム侯爵には、しつこく強請られて飛翔艇を売ったので、彼がシーダルイ領に来ての説明だ。俺は、この世界ハウリンガの衛星写真を彼らに示したよ。ほぼ地球に等しい大きさの惑星で、太陽からの距離は少し遠いが放射熱量が大きいために若干地球より温暖である。


 さらに、イミーデル王国のあるこのアミア亜大陸は概ね2000×1600ケラド(km)の大きさだが、その半分をジャーラル帝国が占めていることも示した。彼らは、自分の国のちっぽけさに驚いていた。


 そして、ジャーラル帝国の圧倒的な大きさにもね。さらには、その帝国が半分を占めるアミア亜大陸が、世界全体からすれば、ちっぽけな存在であることには尚更衝撃を受けていた。また、ハウリンガ最大の大陸には巨大な帝国があって、周辺世界を侵しつつあるという情報は大きな距離もあってピンとこないようだ。


「このアジラン帝国はやばいですよ。率直に言って、武器の性能の差でイミーデル王国の10万の軍では彼らの千の兵に負けるでしょう。さらに、船による輸送力を舐めてはいけません。

 私の世界の歴史でも、アジラン帝国位の技術の国が1万ケラド以上の距離を超えて、諸世界を征服しましたからね。たぶん、5年以内には彼らは大々的に海に乗り出します。


 彼らの支配下に入るということは、何の権利もない奴隷になるということです。彼らの宗教は、彼等黒い肌の人々は神の子で、肌の色の薄い者、さらに獣人は“人”ではないと認めていますからね。実際に彼らに征服された人々は、実質的に奴隷になっています」


「うーむ。だが、そのような大陸があることは、このような“写真”を撮っているので判る。しかし、なんでそのような国があり、そしてそれらの国がそのようなことになっていることが判るのか?」

 カリューム侯爵が聞く。流石に鋭いと思いながら写真を示しながら答えた。


「私は、ハウリンガの上空に、写真を取れて電波を捕らえることの出来るこのような球体を20個飛ばしています。アジラン帝国とその周辺では、原始的ですが無線機を使っていて、部分的にラジオ放送もあるので情報が取れるのです」


 実際は俺がバトラに頼んで情報を収集してもらっているのだが、衛星は彼がどこからか出してきて打ち上げたのだろう。打ち上げと言っても、重力エンジンだから昇って行ったというのが正しい。


 俺は話を続けた。

「こういうことですから、多分、私が干渉しなければこのハウリンガ世界はアジラン帝国が征服するでしょうね。はっきり言って、このちっぽけなイミーデル王国の内部で争っている時ではないのです」


「うむ、話の趣旨は分かったが、ミシマ殿、我らにそのような話をする貴殿の意図は何だ?」

 辺境伯は考え込んで俺の話を聞いていたが、やがて俺に尋ねた。


「はい。私ははっきり言って、アジラン帝国の征服を許したくはない。彼らは余りに残虐だ。そして、この国を牛耳っている奴らであるミザラス公爵とその一派では、この帝国に抵抗することができない。それに連中は俺の気にいらない。

 であれば、まあ真面な施政をしており、それなりに大きな存在であるジャーラル帝国と組むというのが私の気持ちです」


 俺の答えに侯爵が反問する。

「そうであれば、最初から、シーダルイ領などにいかずにジャーラル帝国にいけばよいではないか?」


「うん、そこはね。シーダルイ領はちょっと悲惨だったからね。そこを直せば、どうなるかやってみたかったということかな。それと、シーダルイ領には重要な資源が眠っているのですよ」


「「なに、重要な資源!そ、それは?」」

 ジャラシンと辺境伯がせき込む。


「ああ、ジャラシンにも言ってなかったな。それは『石油』という燃える水だ。ほら、俺がエンジンの燃料として油を入れているだろう。あれの原料だ。あのままでは使えんがな。魔の大森林の海側に臭い水が少し湧いているところがあるだろう?」


「あ、ああ。あそこは、変な水があって本当に何の役にも立たんところだが。あそこに……」


「そうだ。まあ、調べた限りでは、ジャーラル帝国は悪い相手ではないですよ。まず国に収める領からの負担は減りますね。それに、ジャーラル帝国領でも石油は出ますが、シーダルイに比べると僅かです。帝国も今は石油の価値に気が付いていませんが、間もなく認識しますから、シーダルイ領の立場はより良くなります。

 それから、カロンの繊維は染色と織りが帝国から見ても水準は高いですから、私の会社の持ち込む技術を導入すれば、帝国にとって十分価値のある領になります」


 辺境伯と侯爵は顔を見合わせて頷いた。そして、辺境伯が話し始める。

「うむ、ミシマ君の言うことは了解した。しかし、我々はイミーデル王国の貴族であり領主であるから、今は寝込まれていられるが、国王陛下に任命されたものだ。それを、軽々にそちらに利があるからそちらに鞍替えするという訳には参らん。

 しかし、一方で我らは領主として、領に住むものたちの暮らしを守るのが責務でもある。その意味で、ミシマ殿のお陰で領民の暮らしはずいぶん良くなったし、今後も良くなると思っておる。


 一方で、ミシマ殿が言われたように我らに入った情報でも、我が領とカリューム侯爵の発展の秘密を取り上げようという動きがある。また、同時にその発展の源に選択的に税を課すという動きもある。

 そして、それは我らが反旗を翻すのを待つ口実であり、それを口実に我らを叩き潰して他の領持ち貴族への警告にしようとしているという情報もある」


 その言葉に俺も頷いた。

「そうですね。やや不確実なので、先ほどは申しませんでしたが、そういう情報は入っています」


「そういうことで、座して待つのは愚か者のすることだ。とは言え、ジャーラル帝国が受け入れるか否かも判らぬのにそのような議論をするのも、これまた愚かなことだ。その点は、その貴殿の『ハウリンガ通商』が何らかの道をつけて頂いているのかな?」


「はい、その通りです。近年は帝国の商人が、シーダルとカロンに様々な産物を買い付けに来ていますので、難しい事ではありませんでした。帝国の首都ジャーラで、帝国政府の幹部それに多分皇族の誰かと会えることになっています。それにすでに、わがハウリンガ通商も、ジャーラに店を出すべく準備中です」


 そのような議論の末に、次期辺境伯であるジャラシンが瀬踏みとしてジャーラに来ているわけだ。俺はシャイラを伴って、ジャラシンとその秘書パライン・ディ・キーラスと共に、ジャーラの近郊に飛翔艇で降りた。


 そしてハウリンガ通商の派遣した馬車を待ったのだ。シャイラは、俺がシャーラに行くと聞くと一緒に行くと言い出したのだ。だから、場合によっては宿で待ってもらうことを条件に連れてきた。


 港湾都市から発達したジャーラは、港を中心に陸側に10㎞、海沿いに30㎞の広がりを持ち、海から距離5㎞の宮殿を取り込んで20㎢の城郭がある。その中城郭の中は広大な宮殿とその外の大部分が石とレンガ作りの建物に埋め尽くされている街路になっている。


 馬車に乗って迎えに来たのは、ジャーラ帝都支所に配属された狭山浩紀であった。彼は馬車の御者席の横に座ってやって来たが、その馬車はシーダルイ製である。それは、走行部を地球の技術で改造したもので、乗り心地が大きく改善されている。


 御者は猫の獣人であり女性である。なかなか可愛い彼ので、狭山は大いに自分の好みを発揮しているなと内心ニヤリとする。

 この馬車は、巻いたスプリングとボールベアリングを使って、振動と車軸の走行抵抗を減らし、乗り心地、速度、最荷重が大きく改善されている。しかも、帝都ジャーラ近郊では、シーダル市内と周辺主要道と同様に土魔法による舗装がなされている。


「快適ねえ。シーダル付近と一緒だわ。昔と大違いだわね」

 シャイラが言うと、ジャラシンが同意する。


「ああ、ガタガタ道にキーキーいう音に、ガクガクする椅子だな。馬も心地いいとは言えないが、馬車よりは増しだったな。今の馬車は長時間乗ってもそれほど苦痛ではないぞ」


「そうですよ、おかげで、舗装が出来たカロンとの馬車による定期便は、2割多く荷を乗せて馬を変えて3日で着くようになりました。ですから、最速便で8日かかっていた時からすれば、輸送費も半分になっています。でも何と言っても船ですよ。

 最近できた鉄船は馬車などとは比べものにならない量の荷を一度に運べますし、時間もむしろ早い。なにしろ夜間も関係なく進めますから。ただ。カロンは港から20ケラド(km)ありますが。その点で、港に面しているジャーラは良い交易相手ですよね」

 ジャラシンが言う言葉に応じて経済担当でもあるキーラスが言う。


「そうだね。基本的には船による輸送は、陸上交通に比べ単価的に圧倒的に有利だよ。ただ、人の移動については時間がかかりすぎるがね」

 俺が言うとキーラスが怪訝そうに言う。

「ええ?馬車に比べると、蒸気船はずっと早いから有利でしょう?」


「いや。いずれ、鉄道とか自動車が当たり前になると陸上の方が早い。それにこの飛翔機艇が当たり前になればずっと早いだろう?」

「うーむ、なるほど。それはそうですね。でもそのためにはこれを作れるようにならなければ……」


 そのような話をしているうちに、皇都に入り高さ15mの城郭の城門も抜けて、2階建て〜5階建ての建物の間を縫って進んでいく。街路は馬車がすれ違うことができる広さで、少なくとも片側に歩道があり、良く清掃されている。


 最初は空き地や緑地が多かったが、だんだん両側を建物が立ち並ぶようになってきたが、それらの建物は全体にあまり新しくはないが、みすぼらしい建物はない。また道行く人の服装も、大分服装が良くなってきたシーダルに比べても一段上であり、統治がうまくいって経済が良い証拠のようだ。


 馬車は、宮殿の傍を通っていく、1㎞を超える宮殿の塀は堀の向こうにあって意外に低く、街路から緑を配された華麗な宮殿がはっきり見える。

「サービスで宮殿の前を通ります。どうですか、良い感じでしょう?」

 そう狭山が指さして言う。


 実際は彼が日本語でしゃべった言葉が、大陸共通語で胸にかけたマイクから流れ出る形だ。


 シーダルで落ち着いたのは、宮殿からほど近く、電気こそないがガス灯による照明、風呂付の高級ホテルである。着いた荷を置いたら夕刻であった。飛翔艇を使ったためにわずか3時間程度の旅で、それほど疲れてもいないので、狭山も誘って近場をぶらついてレストランに入った。


 流石に100万都市であり、舗装の道路はひっきりなしに馬車が走り、人力車・人が引いた荷車も通る。これらの労務者はきちんとしているとは言えないが、スボンにシャツの清潔な服を着ている。


 また、町ゆく人々の服装も女性は華やかな色のワンピース的な服、男性はスボンにシャツで上着のようなものを着ている人がいる。

 夕刻になって暗くなると、建物に取り付けたガス灯の街灯に灯がともり、商店やレストランにも明かりがつく。通りには多くの買い物客がいて人通りは殆ど減る様子がない。


 シャイラは俺の腕に自分の手をかけて、辺りを見回しながら大きな声でジャラシンに言う。

「わー、綺麗ねえ。イミーデル王国の王都とは大違い。ロリヤーク領にもこんな商店街がほしいわ。うーん、ちょっとロリヤーク領では無理かな。ねえ、ジャラシン様、シーダルに作りましょうよ、こんな商店街」


「ああ、ケンジの商会から売り込まれている。シーダルのあの中央街の商店街の1ケラド(km)位をこういう感じにする計画がある。そこではこのような街灯は建てるが、独立のもので、明かりは電気だぞ。だから、ここより進んでいる」


 ジャラシンが自慢そうに言うが、すこし残念そうに付け加える。

「とはいえ、シーダルの人口は7万足らず。残念ながら100万の人口のこことは規模が違う」


「うーん。でも日々暮らす街にこんな商店街があるのはいいわ。それに今は美味しいレストランも何軒かできたし。商店もいろんなものを置き始めているわ」

 シャイラは当分シーダルまたは東京で暮らすつもりだ。


 狭山のお勧めのレストランは、中華料理店のようにテーブルを囲んで食べる料理であり、料理も中華料理風であった。酒はエールにワイン、それとワインを蒸留したスピリッツであり、ワインはなかなか美味かった。

 料理は美味くはあったが、何か足りないという感じであり、香辛料の売り込みの余地を考えさせた。


「狭山君、明日のアポは予定通りだね。出席者はどうなっている?」


「ええ、お伝えしたように、午前3の鐘(10時)で、宮城内の外交府内です。外交府の第3次官ほか何人かがお会い頂けるという見込みです。ただ、繋いでくれたミスライ商会によると、やんどころないお方が出席されるという可能性が高いと言います」

「やんどころない?」


「ええ、多分皇室のどなたかが出席なさる可能性があるかと。その場合は第2皇子殿下ではないかということです。いくつか売り込みたいもののカラー写真と模型を渡しましたから」


「ふーん。それはジャラシンの目的である帝国への併合の可否と条件にはあまり関係ないだろう。ただ、俺たちに付き合うメリットを知らしめるにはいいかもな。条件が緩くなる。それで、ミスライ商店からの第3次官への打診の結果は、前向きだったという報告の通りだな?」


「ええ、馬車、蒸気機関、鉄の船とかシーダルイ領で作られ始めた色んな道具に、製鉄の高炉を紹介した上での話ですからね。それで、反応を示さないのはおかしいと思いますよ。かなり、帝国側も気合が入っています。その皇族の他にも相当の人数がでてくるでしょう」


「おいおい。あまり帝国が乗り気になると、こっちも引っ込みがつかなくなるぞ。なにしろ、相手は軍事力ではこっちより遥かに勝っているのだからな。最終的に断ったら、帝国に攻め込まれる」

 ジャラシンが言うが俺が宥める。


「まあ、心配するな。帝国とは険しい地峡と海で隔てられている。守る事はできるさ。俺としては、ジャラシンは帝国にくっついた方がいいと思うようになると思うぜ。まあ、カリューム侯爵領は最終的にどうするか判らんが、帝国が欲しがるのはシーダルイ領だ。お前の親父さんは、王国に対して怒っているんだろう?」


「ああ、結構根深い。どっちかといえば親父の方がその気が強いよ」

 

その日はそれなりに飲んでホテルに帰った。狭山は社員寮として借りている家に帰ったし、新婚の俺とシャイラは、結構アンティークなダブルベッドの部屋を有効に利用したよ。


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