第33話 ロリヤーク領の開発
俺は、カロンでシャイラと結婚式を挙げた。実は、俺は30歳の頃結婚して、その妻の佐代子と10年程一緒に暮らしていた。その頃俺は、国内で建設設計コンサルタントとして忙しく働いていた。
佐代子は、体の弱い女だったが優しかった。忙しいがそれなりにやりがいのある仕事をこなす毎日に、帰ったアパートでの優しい妻、俺は満足していたよ。ただ、子供は出来なかったので、佐代子は随分気に病んでいた。
けれど、俺は彼女との生活に満足していたので、そのことは別段気にしていなかった。彼女に悪性のがんが見つかったのは、10年目の結婚記念日の前だったな。その後3ヵ月で彼女は死んでしまった。握っていた手が冷たくなっていったのを未だに覚えているよ。
落ち込んだ俺を見て、会社は海外業務のポジションを勧めて来て、俺も心機一転ということでそれに乗った。任地を数カ月〜数年単位で転々とする生活は、結婚生活には不向きだった。その中で、あちこちで女はできたが、しょせん金の繋がりなので結婚しようとは思わなかった。
シャイラに魅かれたのは、彼女に佐代子を思わせる雰囲気があったからだな。物静かであるが、必要に迫られたとは言え、冒険者という危険の多い職を選び、盗賊を殺すのにも躊躇わないところは、実際のところは佐代子とは大違いなのだが、容貌としぐさが似ているような気がするのだ。
俺については実質係累がいないが、シャイラは親と弟妹がいるし、親類もかなりいるらしい。その親類も、いずれも下級貴族か豪農という所らしいので、彼女の家はさほどの名門ではない。とはいえ、母親から教育されて基本的な貴族としての振る舞いと教養は身につけてはいて、それが其処ここに出てくるのも魅力の一つだ。
俺については、義父のゼンダ・デラ・ロリヤーク騎士爵と義母のナタリア夫人は、経済力と頼りになるということで、認めてくれているようだ。しかし、13歳の弟のカミールと10歳の妹のメランダは、俺のことは余りお気に召さなかったらしい。
シャイラが笑いながら言った言葉によると、『平らな顔』の義兄にショックだったらしい。確かに、俺は日本人としては平均的な顔だから、この世界のいわゆるバタ臭い顔とは顔の凹凸にだいぶ差がある。
それでも、獣人がいるこの世界ではさほど気にするほどもこともないと思うけどな。シャイラは、冒険者としていろんな奴に出会っているから、要は中身が大事なのでその点は気にしなかったようだ。
まあ、『私は貴方の顔が好きよ』と慰めてくれたけど、もともと嫌悪感は無かったんだろうが、最初から好きということはなかったと思う。
カミールの場合は俺がマルガイ伯爵家の乱暴者のパトラスクを叩のめすのを見てすっかり“尊敬”してくれたらしい。それに加えて、俺が渡したマジックバックを含めたお土産で、さらに評価を変えたようだ。
そして、メランダは日本から持ってきた女の子向けの数々のお土産などで、俺の有用さに気が付き、好意を持つようになったそうだ。どっちもちょろいと言えばちょろいが、人間はそんなものだよな。
結婚式を、この世界としては大都市のカロンにしたのは、ロリヤーク騎士爵家の縁戚への見栄だ。まあ、それ以上にシャイラにもちゃんとした結婚式を挙げたいという気持ちはあったからな。式場はカロンでその種の催しに使われる最高級の会場を使ったけど、式そのものに金は掛けたが小規模なものだった。
かっこつけに、式にはカロンの領主であるカリューム侯爵自身とシーダルイ辺境伯家の嫡子ジャラシンに出席してもらった。ジャラシンは自ら進んで出席したし、カリューム侯爵だって国宝級のマジックバッグを俺から巻き上げたんだからいいよね。だから、ロリヤーク騎士爵家の縁戚への見栄には十分だったようだよ。
こちらもウェディングドレスはあって、やっぱり白なんだよね。それを身にまとったシャイラは綺麗だったよ。その後初夜の、なにも身にまとっていない彼女もね。
そういうことで、彼女の実家のロリヤーク領の開発は、㈱ハウリンガ通商の重要なプロジェクトの一つだ。当分は全くの持ち出しだから、ハウリンガ社会の中小領の開発事例としての開発ということになっている。
まあ、3年で30億円程度の予算なので、全体としてはそれほどのものではないし、実質的には俺が私費で埋めることにしている。
ロリヤーク領は開けた土地が10㎢、森林が75㎢あって十分広い。その割に人口は2200人に過ぎないのに、農業主体の領は貧しい。これは要するに生産性が低いからであり、逆に言えば生産性を上げることができれば、豊かになることは十分可能であるわけだ。
俺の構想では、まず小麦主体の農業の生産性を地球並みに上げて、その部分でハウリンガの水準を抜いたレベルまで一人当たりの収入を上げる。また、現在の主力産物の小麦に加え、牧草を栽培して飼料として、肥料のためにも牧畜・酪農を行う。さらに、森林資源を生かして木工品の製作を目論んでいる。
農業については水の確保が問題であるが、流域の広さからすれば領で用いるに十分な水量は得られると考えていた。探査の魔法で探ったところでは、地下に豊富な流れがあるが、その上を硬岩の厚い層が覆っているために井戸も掘り抜けなかった。
しかし、この点は徹底した探査によって、領の標高の高い地点で殆ど地表に近い深さでの地下の流れを見つけたので、そこに取水井戸を作ることで解決できた。
この世界では、魔法で水脈を探ること等は考えられていなかったため見逃されたものであり、義父のゼンダ・デラ・ロリヤーク騎士爵も「あれほど苦労したのは何だったんだ」と拍子抜けしていた。
そういう方向で方針を立てて、俺は日本で専門家を雇って計画を策定させた。調査と計画を専門のコンサルタント会社に委託した方が手間がかからないが、当分は秘密にしておくつもりなので、人を雇ってハウリンガ通商の扱いにしている。
最初に訪れて後、すぐに着手させたのは領主館の建設である。現在の領主館の隣接地で、カロンの最大の工務店に依頼して、超特急で2階建て延べ床面積600㎡の館を作らせた。無論、上下水・電力供給完備で風呂付きであり、俺達新婚夫婦の寝室とリビング付きである。
この世界の建築は、魔法を使うので地球とは大きく違っている。まず、1階までの基礎工事、壁工事が土魔法を使うために極めて効率的である。まずは、家の部分に周辺から土を魔法で集めてくる。その際に地下地盤を地質に応じて土魔法で固めるので、少々地盤が緩くても後に傾いたりすることはない。
さらに、床になる硬化させる20cm余厚部分の下は、ポーラスにして通気性を良くすることで湿り難くし、さらにその下は遮水のための粘土層となっている。厚み25cm〜30㎝の壁は床から直に立ち上がり2階の床まで一体に整形する。
日本で言えば壁式構造であり、柱は必要ない。ここでは、扉や窓については立ち上がりの途中でくりぬかれている。階段などは、一体とはいかないので、1階の構造が出来てから付け加えられるが、魔法の利点で完全に壁と一体になる。
だから、後に庇などが必要になった場合、追加で開口部が必要になった場合などは、問題なく追加の工事が可能である。このように土魔法で作られた部材は、内部は低強度コンクリート程度であるが、表層5cmほどは引っ張りにも耐えられる強度特性を持つ。
そのため、全体としては鉄筋コンクリートと同等な強度があり、コンクリートと違ってひび割れがなく、近年コンクリートで問題になっている劣化もごく少ない。
このことを知って、日本から来た土木技術者が『理想の構造部材だ!』と叫んだけど、マナの濃度の低い地球じゃできないからね。
また横道に入ったけど、1階の外側と部屋の仕切り壁はこのように土魔法で作られるが、2階は木構造になる。これもまた、魔法で作られるツーバイフォーのような壁式であり、形が出来るのは本当に早い。
結局、領主館が住めるようになったのは、着工後2ヶ月半で、そのうち半月は地球式の上下水、電気などの設備工事に要したものだ。だから、結婚式後に俺とシャイラはすぐに新しい屋敷に入ったので、初夜は屋敷の自分たちの部屋だったよ。新婚旅行は地球に行くことにしている。
開発計画の中で、ロリヤーク領は農場地域、住宅地域、工場地域、商店街などとゾーン分けされて、道路計画がなされ、上水道・灌漑用水道の管渠、開渠や処理場が配置された。集落は既存の本村、南村、北村のままで、商店街は本村に、工場地域は森林近くに設定されている。
ちなみに、屋敷の建設費は日本円として2千万位で、マジックバックを2つ売る程度で済んでしまった。このことから、すでにレイアウトが決まっている工場と、建物のみを先に建設する商店街の建物については、同じ工務店に任せることにした。
また、住民の住戸のうち、2〜3割は家とも言えないあばら家なので、150戸の家を新築する予定になっているので、これも任せることになった。なお、最終的には、村の住民の家はすべて建て替えが必要になると考えられている。その程度には貧しかったこの領の各家はぼろい。
だから、その内でも程度がひどい家の住民に、代替に新築の家を与えた場合には、間違いなくトラブルになる。そうしたあばら家に住んでいた人々は、集落でも虐げられてきた人々であるから、彼らが新しい家を与えられた場合には嫉妬が凄まじい。
このため、一定の水準以下の家は値打ちゼロとして、使える家は評価価格をつけて、新しい家に入る場合、あるいは違う家に入る場合にはローン制度はあるが、持ち家と差し引きして費用負担が必要とした。そのことで、玉突き現象で多数の家の引っ越しが起きた。
つまり、比較的良い家に住んでいた者達が新築の家に入り、その家には比較的ぼろな家に住んでいた者が入り、値打ちゼロの家に住んでいたものは、残った家ということになった。いずれの家にも大した家具などはないから、引っ越し自体は大した手間では無い。
一方で、道路や管きょの敷設、あるいは圃場整備などについては魔法の使用も考えたが、建築ほどにこれらに魔法を使っての事例が無いらしく、日本から重機と資材を持ち込んで施工することになった。
重機はブルドーザ、バックホウ、トラクター、ダンプトラック、スクレーパ、ローラ―などを主として、ロリヤーク領のゲートを開いて持ちこんだ。もちろん、燃料・潤滑油に運転指導員も込みであるが、彼らは㈱ハウリンガ通商の社員である。
水源になるところは、領のほぼ中央部の谷部分の地下10mである。バックホウとダイナマイトで掘って、土魔法で固めて取水場をつくり、農地と集落迄地下管きょによって自然流下で導水する。
水は地下伏流水なので清澄であり浄化の必要はないが、使用時の汚染を考えて集落、工場、商店街に給水する水は塩素滅菌を行う。し尿を含めて集落など人が使った後の汚染水は、小規模下水道施設で処理しているので、放流する水は清澄である。
少なくともイミーデル王国では初の下水処理場であろう。また、道路・街区は、重機で整形して転圧した後に土魔法で舗装しているので、施工速度は極めて速い。
農場については、ブルドーザ、バックホウなどで成型後にトラクターで鋤き返すことで、圃場整備を行っていく。
農場では3年毎に小麦を栽培することにして、大豆、マメ科の牧草を栽培して放牧地として使うなどで三圃農業を行い、主たる産物は小麦と肉牛及び乳製品を見込んでいる。現状の農民の数からいえば十分な収入が見込めるだろう。
工業としては、林産資源を見込んで家具生産を目論んでいる。イミーデル王国では、家具について貴族はそれなりのものを注文生産で作らせているが、一般家庭では家具と呼べるようなものは出回っていない。
今後、俺の持ち込んだ知識で大幅に豊かになるはずのこの国において、家具は間違いなく一大産業になるであろう。また、これら製品の輸送はマジックバッグがあれば問題はない。10年後の人口が5千人と計画されている、ロリヤーク領の産業としてはこの程度で十分であると考えられている。
「そういう目論見で、今進めていますが、よろしいでしょうか?」
この俺の言葉に、何度か計画を見直して、工事が半分進んだ段階での資料を見ながら、義父のゼンダ騎士爵は頷いた。新築の領主館の広い居間での会話である。
「いいも悪いもないぞ。私も承知の上で始めた開発だ。家具や、酪農は判らんが、小麦については正直に言って、これだけの収量が得られるとは信じられんが、そのチキュウで事実それだけ得られているのだったら、そうなんだろう。
それに、その小麦の収入を遥かに上回る領としての収入が家具や、酪農で得られるというのもよく理解はできん。しかし、いずれにせよ今までの我が領の収入は、ここに上げている小麦だけの収入以下だったのだから、文句の言いようもないぞ。
我が家は長く貧しい生活をしてきたが、今後少しは安楽に暮らせるということだな?」
「ええ、生産高が計画の値になるまでは、5年以上位かかりますが、来年になれば目に見えて良くなります。計画通りいけば、この領の収入はなまじの伯爵領を超えるでしょうね。それに、人口も知れていますから領民は国内でも最高に豊かになるでしょう。移住したがる者を断るのに苦労しますよ」
この俺の言葉に義母のナタリア夫人が口を挟む。
「確かに素晴らしい将来だけど、これも皆ケンジさんの援助あってのことですからね。この屋敷は結局シャイラの負担だし。シャイラには王都の教育すら受けさせられなかったのに」
それに対してシャイラが応じる。
「いいのよ、母様。家を出るまでは一杯愛情を注いてもらったわ。それに、我が家と領に降りかかった災難は、出来る者が皆で力を合わせて解決しなきゃあ。私はそうしただけよ。それに、ケンジには私がお返しするから大丈夫よ」
「そうですよ。僕も無理なく出来るから、やっているだけですよ。気にする必要はありません。僕も係累が殆どなく、寂しい生活を送って来てこうして家族が出来て嬉しいのです。今後も遠慮する必要はありませんから」
本音のところそう思っていたので、俺はそう言ったよ。
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