第32話 ㈱ハウリンガ通商、ある社員の手記2
㈱ハウリンガ通商の新入社員である俺、狭山弘樹はRG2種試験の試験合宿所に来ている。これは、毎週月曜日に始まり、連続6日間の土曜日まであるコースであり、現状のところ社団法人RG試験協会が運営している。
この協会は㈱RGエンジニアリングが中心になって、飛翔機の製造を準備している自動車メーカーが出資して設立したものであり、教習場は現状のところでは埼玉と名古屋、茨木にしかない。
しかし。全国175カ所で開設を準備中であり、2ヶ月後にはそのうちの77ヶ所で開所の予定である。ちなみに現状では、ハヤブサと一般に呼ばれる強化型飛翔機(SRGF機:Strengthen RG Flyer)のみが、救難ヘリの代替として公的機関に向けに販売されており、すでに国内で410機、国外で720台が売れている。
そして、ハヤブサ機は基本的にその飛行場所およびコースの制限はなく、全国に5カ所ある監視センターの指示にのみ従う。救難ヘリの代替であれば当然のことであり、このような使い方をする場合にはRG2種の免許が必要になる。それに対して、決められたコースのみを飛行できる免許はRG1類免許である。
一般に売られるべく準備されている飛翔機は、自家用車の代替となるべきもので、1類の免許を持った者が決められたコースのみを通行できるものである。これは基本的には、既存の道路上を階層に分かれて通行するものであるが、川や池または海の上についてもこれも指定されたコースではあるが、通行が可能である。
だからこの場合には、空間の有効利用によって交通渋滞が解消される利点と、交差点は立体に交叉するために停止の必要がない。さらには、飛翔機そのものの制限速度は120km/時以下に設定されていて、実際の街中でもこの速度で通行可能にする予定になっている。
また、川、水域、山岳地など障害を跳び越すことで、走行経路を大幅にショートカットできるので、走行距離を大幅に縮めることができる場合が多い。無論、このためには走行コースの沿線のセンサー設備の整備と、飛翔機の検出器と操縦システムを結んだ情報コントロールシステムの構築が必要である。
そのため、現在日本全国ですでにコースの選定が終わってセンサーの取り付け、さらに情報を集約して監視・指令を出すコントロールセンタ―の建設が行われている。
これらのシステムの完全な形の完成は3年後であり、当面は日本において限定的なシステムができるのが、7ヵ月後とされている。
そして、その地域内では先に述べた速度での通行が可能ということだ。また、完全なシステムが完成した時には制限速度は倍の240km/時になることになっている。
通常型飛翔機(CRGF機:Conventional RG Flyer)は、日本の場合、交通に利用することに関して国交省の承認は下りているが、現在は限定的が交通管制システムの完成を待っている段階である。
従って、日本では大手のT社、N社、H社の他、数社が連合を組んだ㈱RG自動車がすでに試作車を作って試験を繰り返しながら、生産工場を建設しているが、販売は1年後とされている。
地上を高速で自在に走行できる自動車は、間違いなく世界を変えた。3次元を自動車より安価かつ高速で運動できる飛翔機は、一段と世界を変えるだろう。交通渋滞はなくなるし、高速道路でなくとも100kmもの距離を近い将来1時間、交通システム完成時には30分あれば移動できる。だから、100km圏内は十分に通勤圏になる。
その上にインターネットを始めとした通信技術の発達は、ビジネスの在り方を変えている。とりわけきっかけになったのは新型コロナ騒ぎによるテレワークの活用であり、結果として対面の必然性が疑わしくなってきた。
だから、各地方にビジネスの中核都市を設けて、人々はその100km圏内に住むという選択をすれば、国土をもっと有効に使えるだろう。また、重力エンジン機は容易に成層圏に昇ることができ、大気圏とは比較にならない速度で移動できる。そして、そのコストは段違いに航空機に比べて安い。
そのようなことは語られるようになって、CRGF機の発売を今や遅しと待っている人が数1千万人を超えている。だから、RG1種免許の受験申込者はすでに1千万人を超えているし、いきなり2種の免許を受けようという人も100万人以上になっているらしい。
その意味で、わが社の社員が、未だ一般に開放されていないRG2種の免許合宿を受けられるのは特別扱いであることは間違いないが、これはRGエンジン開発者の三嶋相談役のお陰らしい。俺達個人にとっても、大人気のために普通だったら長期間待たされるはずの、50万円を要する試験合宿に参加させてもらえるのは有難い。
それだけでも、会社に入った値打ちがある位だ。ちなみに、合宿には全部で40人が参加しており、会社からは俺を除き4人が参加している。俺から2日遅れて入社した俺の会社への紹介者の吉村、寮で一緒の瀬崎、河辺に高野である。
合宿は厳しかった。朝は6時起床、15分からラジオ体操の後3㎞の速歩の散歩、7時から8時まで朝食と着かえで、8時から座学の開始だ。1時間の講義、10分の休憩、さらに1時間の講義でその後習った内容の試験がある。
そして、この試験は習った内容の中身のみなので60点以下のものはやる気がないとみて、退所になるとはっきり言われている。1日目と2日目で退所になったものには半額受験料を返すが、その後のものは返却しないと受験要領にも書いている。
だから、受験者は真剣であるが、試験そのものはちゃんと聞いていれば80点は取れるレベルのものである。
「誰か落ちた人はいるのですか?」
結局俺たちの組の受験者には退所になった者がおらず、最後の日に聞いた者がいたがそれに対して教官の答えだ。
「ああ、3回のコースに一人くらいは出るぞ。まあ、この試験に通らないようだと飛翔機の運転は止めた方がいいな。知能というより集中力の問題だからな」
最初の日は座学の後で視力、視野、遠視視力、眼球運動、色覚などの目の検査と、手足の動作の試験などを行ったが、立ち会った教官は笑って言った。
「この免許では、基本的には普通免許を取れる程度の目の機能と、手足の機能があれば問題はない。自衛隊のパイロットなどは、少しでも早く相手を見つけるとかのことがあるから、そうはいかんがな。また、乗ってみればわかるが重力エンジン機は基本的にセットした重力値から変わらないので、重力に耐える必要もない。
ただ、視覚的に3次元運動をするので、その感覚に慣れる必要があるので、それで簡単に目が回って何もできないようだと問題だ。しかし、今のところそう言うものは出ていないな」
実技の最初は、シミュレータを使う。これは実機を模した指示機器、ハンドルとペダルのある座席にシートベルトを締めて座るようになっており、前面に円形の窓があるが、これは外の景色を模したスクリーンとなっている。操縦装置を操ると景色が操縦に従って動いていく。
無論、加速は感じないが、重力エンジン機は実機もその点は同じであるから、違和感を持たないようにと指導されている。アナウンスに従って、座学で習ったように操縦装置を操作する。
操縦桿を持ちあげながら自動車と同じようにアクセルを踏むと、景色が飛んでいくので、シミュレータとは感じられないが、加速を感じないので嘘っぽく感じる。
しかし、実機に乗ればまさに加速を感じないのでシミュレータの通りであり、何度かシミュレータを使い、実機を使うと慣れてきて、シミュレータで実機の運転そのものの訓練を行うことができた。
シミュレータは訓練生の数の半分、20機しかないから、危険性の高い操作は初期はシミュレータで、危険性が低い操作は最初から実機で訓練できる。
訓練機は実機とほぼ同じものであるが、助手席でも操縦ができるようになっていて、教官が座って危険時にはそれを避ける操作をする。ハヤブサは飛行するが、重力エンジン駆動なので無論翼はなく、丸みを帯びた乗用車のような形である。
それは、小さい4輪がついているので余計そう思えるが、この4輪は地上走行も可能であるが、動力部とのつながりはなく、走行は重力エンジンの駆動によるものである。この車輪はあくまで、着地のためのものであって、原則として走行のためのものではない。
だから、基本的には舗装道路以外では使わず、長距離を走るものでもない。
またハヤブサ機は、高度3万m程度は上昇することを考えているので、気密構造になっている。だから、操縦席、助手席、後部座席2つの4つのドアは幅60cm高さ80cmの丸みを帯びた長方形であり、窓は径50cmの円形、前部のフロント窓は径60cmが2つである。
これらの透明部分は高強度ポリカーボネートであり、大気圧すなわち10mの水圧に耐えられる。だから、あまり内部からの視界は良くないが、その代わりにカメラやレーダーによる外部の監視手段が充実している。
俺の実機による訓練は、シミュレータによる訓練を混ぜながら、2日目に地上走行及び低空でのゆっくりした機動を慣れるまで行い、3日目から垂直上昇・下降に加え、ゆっくりした旋回を含めた機動を行った。
4日目からは徐々にスピードを上げていき、5日目には最高速度500km/時での直性飛行、6日目には3万mの高空飛行を行った。この間は、教官は助手席にいたが、彼が操縦に割り込むことはなかった。6日目の16時に簡単な修了式が行われた。
ここで、男1人、女2人の受験生が1日の追加訓練を要求されたが、他は無事に免許を取得できた。幸いわが社の社員に追加訓練を要求された者はいなかった。
6泊の厳しい訓練から解放された5人の社員は、寮への帰り道に居酒屋に寄って祝杯を挙げた。合宿所はアルコール禁止ではなかったが、持ち込み禁止であり、食堂にはビールと酎ハイの自動販売機があった。さらに、翌日にアルコールが残ると退所の可能性があるということで、精々受験者は缶ビールを飲む程度であったのだ。
「まずは、良かったな。滅多に落ちる者はいないようだけど、追加講習が必要にならなくてよかった。この分の講習代は自己負担と言われていたからな。じゃあ乾杯!」「「「「乾杯」」」」
瀬崎が音頭をとって乾杯する。
「で、どう思った、あのハヤブサの操縦は?」
俺が皆に聞くと吉村が答える。
「うん、ものすごく運転しやすい機であることは間違いない。とにかく振動はないし、アクセル、ブレーキ殆どハンドルの操縦桿だろう。
指示も14インチの前面、後部・両側部のカメラを監視できるスクリーンに、レーダースクリーン、さらに加速度、速度、高度、地図上の位置、重力エンジンモニター、バッテリーの電力くらいか。まあ監視事項が多いから真面目に指示を読んでいると混乱するけど、運転そのものは簡単だよな」
「ただ、最初は画面がぎゅんぎゅん動くのに、加速感がないのが気色わるかったぞ。車の運電でも加速すればはっきりそれを感じるのにな」
河辺が口を出して、吉村が応じる。
「ああ、その気色悪さは俺も感じた。しかし、逆にいえば、最大加速の2Gでも全く感じないんだから、運転は加速度に影響されず出来るというのは楽だぞ。それに、加速感がないということは単純な構造のシミュレータと実際の運転がまったくずれがないのだから訓練は楽だよな。
シミュレータは動きが必要ないので凄く安くできるらしいぞ。もし、あの教習所でジェット戦闘機並みのシミュレータを備えたら講習料は2倍ではすまないと思う」
「うん。でも考えてみろよ。あのハヤブサで地球上で違う国に行けると思っても楽しみだけど、異世界のハウリンガである惑星をあれで飛んで廻れるんだぜ。フロンティアと言えばこれ以上のところはないよ。それに、あの機体のなによりの特徴と利点は、散々練習させられた垂直上昇・下降ができることだ。
つまり、半径数千kmの範囲で5m×10m四方の平らなところがあればどこでも降りられる。しかも、容量300㎥以上のマジックバッグを供えられているんだ。こんなに探検というか調査に適している乗り物はないぞ」
俺は、ハヤブサを異世界ハウリンガで使うことのすばらしさについて熱弁したよ。実際に俺は、実機による訓練中、日本の上空を飛びながら、これをハウリンガという世界で飛ばす自分を想像してわくわく感が抑えられなかった。
「うん、そうだ!本当にいい会社に入ったなあ。3日後だったけ。ハウリンガに行くのは。楽しみだな」
俺を会社に紹介した吉村がしみじみ言ったが、俺は『ほんと、お前のお陰だ』そう思ったよ。
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今日はいよいよハウリンガへの出発日だ。すでに、ハウリンガについては、解っている限りの情報は教えられている。惑星としてのハウリンガは、ほぼ地球に近い大きさで重力も殆ど同じであり、自転速度は23時間30分、大気成分はほぼ同じであるということで、人が住むには問題はない。
ただ、地球とは自転速度も少しであるが違うので当然地球と時間はずれる。だから、現地時間を意識しつつハウリンガとのゲートをくぐる必要がある。現状では安全に行き来ができるのは、イミーデル王国のシーダルイ領とロリヤーク領のみなので、タイミングにもよるが時差の解消も必要になってくる。
そして、今日の時点ではその時差は5時間だから比較的小さい。これが毎日30分ずつ時差を縮小するようにずれてくるので、10日後に時差はゼロになることになる。ハウリンガに行くときは、全員が腕時計をしていくが、それは23.5時間を24時間として示すものである。現在の時計は電子式なので、指示時間の変更は容易である。
また、現状のところ疫学的に危険な病原菌やウィルスは無いようで、不衛生な水による下痢などの病気はあるが深刻な伝染病はないとされている。
『このことは、専門家を入れてバトラの力も借りて本格的に調べているので、問題はないはずだ。三嶋談』
逆に地球の側から持ち込む病原菌が危険であるが、これもハウリンガに行く連中は徹底した検査をして、危険な保菌者はいないということになっている。
現在、ハウリンガの地上500㎞には、ハヤブサを改造した衛星が3機周回している。全てがシーダルイ領上空を通るその衛星は、シーダルのモニタリング装置に調査結果を送り込んでいる。その結果、すでにハウリンガの衛星写真はでき上っており、資源探査も同時に進められている。
ハウリンガの陸の面積割合は約3割で他は海洋なのでこれまた地球とほぼ同じである。その中で、イミーデル王国のあるアミア亜大陸は面積1600万㎢なので大陸としては小さい。その亜大陸の最大の国は隣国になるジャーラル帝国であり、この帝国は亜大陸の半分の面積を占めて、人口で10倍の規模である。
その高い文化を誇るジャーラル帝国とて、この世界最大の大陸に覇を唱える最大のアジラン帝国に比べると人口で半分以下であり、戦争に係わる技術力においても大幅に劣る。
つまり、現在の商会の商圏であるシーダルイ領などはハウリンガにおいて、真にちっぽけな存在であることになる。しかし、アジラン帝国の文明レベルは地球で言うと中世を脱した程度なので、ハウリンガ通商の存在はこの世界において、大きな存在になることは間違いない。
会社の会議室で、一応壮行会があった。メンバーは社長、総務部長の他事務方2人に出発する者達は、試験合宿に参加した5人に加え他に5人がいる。その内3人は、日に焼けていかにも鍛えた感じの者達だった。後で聞くと彼らは自衛隊を一旦退職して会社に入ったという経歴らしく、俺たちの護衛という位置づけらしい。
その後、俺たちは社長を先頭に地下室に案内されて、社長がカギを差し込んで明けた部屋に入った。そこには、幅が2m高さ2.5mほどの、いかにもゲート言う感じのものがあったが、『ゲート』という名らしい。
社長が電源ボックスのような盤を開いて何やら操作すると『ぶーん』というかすかな音がして、そのゲートの面が幕のように淡い白色に光った。
「では一人ずつ、ハウリンガに行ってくれ」
社長の声に、先頭の自衛隊出身者が決然とその膜に突っ込むと少し抵抗があったようだが中に消えて行った。
俺は6番目だが、思わす手を広げて先に突き出して進むと結構な抵抗があるが、推し進むとするりと抜けた。そこには、美しい女性が待っていた。
「ようこそハウリンガへ。そしてようこそシーダルへ」
その女性は穏やかな声で言った。そして、爽やかな草色のワンピースのその女性の耳は頭にあり、その形は明らかに犬のものであった。
また、全体に整った目鼻立ちはどことなく可愛い犬を思わせる。目を釘付けで彼女の脇を通り過ぎる時に、見えたスカートの臀部にはしっぽがあった!
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