第31話 あるハウリンガ通商社員の手記1
俺は、ある日社長の山下から、A4ファイルを渡された。
「何だよ、山下。これが何だと言うんだ?」
「まあ、見てみてくだいよ、面白いですよ。まあ、いきなり外に出されると困りますが、その気はなくて、俺に読んで欲しいということですから、記録としてはいいんじゃないですかね」
ファイルをめくると『私的ハウリンガ通商の物語』という題名になっており、A4の用紙に縦書き2段にびっしりと文章がつづってある。作者は狭山弘樹だから、俺も面接して入社を認めた奴だ。
なかなか感じのいい奴だったと思う。ハウリンガについて当分は秘密にしたいので、ハウリンガ通商の社員は信用できる奴で無いと困る。だから、俺も面接には立ち会ってバトラにその点を確認させている。
そもそも、社員はあえて異世界に興味の大きいオタクを集めている、だからその種の中心人物を山下が探してきて、その伝手で手繰り寄せている段階だ。そういう奴らはケモミミオタクが多いので、当分は現地に出入りする奴らは男限定にする。
彼らは、大事な異世界に関しては必死に秘密を守ろうとするはずだから特にいい。狭山とその紹介者である吉村はその典型であるようだ。俺は狭山の手記を読んでみた。
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俺は24歳、大学を卒業してから入った会社がブラックな会社で、上司はアホばかリで馬鹿らしくなって半年で辞めた。若いと言っても、すぐに会社を辞める俺のような奴には再就職先は同じくブラックそうな会社しかなく、仕方がなく学生時代以来の夜のバイトや、コンビニの店員で食いつないでいたら、2年が経っていた。
俺は九州の田舎の出身で、両親はいるが俺に関心は薄く、故郷の公務員になった兄貴ばかりをかわいがっている。大学の入学金は出してもらって、授業料も払ってくれたが、後は自分でやれと放り出された。だから当然必要最小限の大学の授業の他はバイト漬けの4年間だった。
当然成績はかろうじて留年しない程度で十分というスタンスであったが、留年だけはしないように頑張ってきた。その結果として無事に4年で卒業できたが、就職先はもっと慎重に選ぶべきであったと悔やんでももう遅い。
その後今度こそはとあちこち履歴書を出してみたが、まともなところはやはり半年で会社を辞めた履歴が邪魔をする。その俺の楽しみは異世界のラノベの世界であり、その愛好者のブログで語り合うのが殆ど唯一の楽しみであった。
そのブログ仲間の一人が、俺と同じく大学を卒業して就職したが辞めてバイト漬けの生活をおくっている奴だ。偶然その吉村と同じバイトで知り合って、よくブログ上で語り合っている本人と知ったのだ。
その後、ちょくちょくラインやメールでやりとりしていたのだが、彼からラインで知らせがあったのだ。
『いい知らせ!H社社員募集、TEL03-〇〇〇〇-〇〇〇〇、待遇良し、異世界可能性!』
『何だよ?どういうこと?』
『俺はある人の紹介で試験を受けて来た。秘密を守るように言われていて怪しげだが、給料は凄くよくて、週休2日で祝日は休みだと。面接で異世界という言葉が出て来た。ケモミミに会えるかも!』
その返事を読んで俺はすぐに面接を受けるのを決心したな。今のままだとどうにもならない。吉村の言うようにメールで履歴書を送って面接の日取りを決めた。
「はい、株式会社ハウリンガ通商です。はい、狭山弘樹様ですね、履歴書を頂いています。面接の日取りのお問い合わせですね。ええと、それでは明後日6日の水曜日、13時から13時30分までにおいでください。面接等で、15時まで塞がる予定でお願いします。よろしいですか?」
電話の声は若くはないが、魅力的な女性のものであった。
当日、俺はリクルートスーツに身を包んで面接に出かけた。面接官は、山下社長と岸田総務部長に、俺と変わらない年恰好の三嶋という相談役であった。面接は最初、社長と総務部長のみから、今までの経歴などを聞かれていたが、やがて三嶋相談役が口を出した。
「あなたのお友達の吉村君から聞きましたが、異世界の本がお好きなようですね?」
「え、ええ、好きですね。残念ながら実際にはそんな世界はないのでしょうが………。でも、あればよいと思っています。吉村君は同好の士で、直接会うことはあまりありませんが、ネットでよくやり取りしています」
「なるほど。だったら会社に入れば、いい事があると思いますよ」
彼はそう言ってその後は口を出さなかった。面接もその後は終わった雰囲気で、給料とか条件の話に終始した。
月給は諸手当込みで50万円、年2回の賞与は最低2ヶ月分、ただし月30時間の残業代込みということだから、年収は最低800万円になるということだ。
しかも、独身寮があってワンルームで台所はないが、各部屋にバストイレ付に8畳の部屋で寮の食堂で朝食込み月に3万円という。お陰で月2万円、木造・共同便所の幽霊アパートから引っ越しが出来る。ちょっと条件が良すぎて信じらいない思いだ。
「ちょっと条件が良すぎて怪しげに聞こえるかもしれんが、わが社はまだできたばかりだけど、大きな収入源がある。君も知っているだろう、AEE発電の話を?」
「ええ、もちろん。燃料無しに発電できるという夢のシステムと騒がれていますね。今後はすべての発電はその方式になるとか」
「あの技術の権利はM大学とこの三嶋相談役が持っている。そして、その権利料の半分はこの会社に入ることになっているんだ。だから、少なくともわが社には金の面は全く心配ないから、がつがつ働かせるつもりはない。君は不幸にしてそのような経験があるようだけど、わが社はブラック企業ではないからね」
めでたく合格して入社した結果は、最後に山下社長の言った通りであった。
俺の場合は、その時はコンビニだけのバイトだったので、その週で終わることを認めてもらった。そして週末に独身寮に引っ越して、翌週から会社に出勤した。
吉村は、すぐにやめられないバイトなので、1週間ほど後にやはり独身寮に入るらしい。寮は夕食も頼めば作ってくれるので最初の夜に頼んでみると実に美味い。しかも、一食千円である。これを頼まない奴は馬鹿だ。
俺に彼女はいない。酔って、おばちゃんホステスに犯されたから、女を知らない訳ではないが、心のつながりのないそのような行為がそれほど良いものとも思えない。俺の目標はケモミミ彼女であるのだ。その意味では、俺は三嶋相談役の言葉をよく覚えており希望に燃えている。
その晩、俺は寮の食堂で5人の先輩社員に会って、いろいろ情報を仕入れることができた。この会社は俺のような、現場の仕事のある総合職(?)は今のところ男ばかりらしい。女性社員もいるが、本社や、名古屋にあるという倉庫の事務所勤務のみらしい。
これらの先輩と言っても、長い人でまだ半月の勤務のようだが、まずはRG免許の2類を取らされるらしい。RG免許は、未だ一般には市販されていない重力エンジン駆動の飛翔艇の免許であり、2類は基本的にはどこでも飛べるというものだ。
現状では、この免許はハヤブサを買っている機関である消防庁とか海上保安庁や自衛隊にしか意味がないために、一般では講習や試験は受けられないはずだ。なぜ、わが社の者が受けられるのか謎だが、今や2か月後の一般の受験可能になる前に、すでに大人気になっているこの免許を取らしてくれるのなら有難い。
基本的には、決められたコースしか飛行できない1種をとって2種を受けるのだが、自動車の免許を持っていれば6日間の合宿コースでいきなり2種を受けることもできる。ただ、このコースの費用は50万円だから通常はそう簡単に受けられないが、費用は会社持ちで受験できるのだ。
すでに、免許を取ったという2人の先輩である、中背・小太り色白の小柳と浅黒く長身やせ型の南であるが、小柳が食堂の6人で集まったテーブルで俺に話しかける。小柳がみたところ30歳位で、残りは俺と似たり寄ったりの年齢のようだ。
「きみ。〇×△サイトの常連らしいな?」
「え、ええ、そうです。小柳さんも?」
「ああ、サイトを開いてからの常連だ、ハンドルネームは『隣の困ったちゃん』だ」
「ええ!あの常連の……。そうすると小柳さんはケモナーですね?」
「ああ、筋金入りだぞ。おれはサイト主の盟友でもある。この南君、それと瀬崎君も常連だ」
「おお、そうすると、皆その道の………」
小柳がそれに応じて言う。
「うん、この河辺君、高野君はまだ浅いが、今徐々に深くはまり込んでいるところだ、なにより、現地で本物を見て付き合うようになったら、必ず我々の仲間になると信じている」
すでに深い仲間である3人が深く頷き、言われた2人は少し躊躇いがちに頷く。
「おお、なんということだ、理想の職場だ!」
俺は叫んだよ。そうすると、小柳先輩が声を潜めて尚も言う。
「そう理想のな。研修が予定されているが、場所は異世界、ハウリンガだぞ。そこには犬人、猫人、ドワーフ、エルフもいるという」
「な、なんと!獣人が!もふもふが!」
俺は絶叫したよ。そうすると先輩が炊事場を見て、突然の声に除いている炊事場のおばちゃんを見て愛想笑いをしてから、「シ!」と口に指をあてて俺に言う。
「ここの寮の炊事のおばちゃんは普通の人だから気をつけろ。秘密を知られてはならん」
俺は慌てて手を当てて口を塞いだよ。その夕刻は和気あいあいと軽く飲んだが楽しい夜だった。
翌日は本社に出勤して、岸田総務部長に迎えられた。案内された部屋に集まったのは5人だった。一緒に面接を受けたのは15人余りだったから、合格率は1/3程度のようだ。現場要員は大卒、男子が応募条件だったから、当然皆男であって、一番年上が30歳台の前半、他は20歳台に見える。
その日は、社則の説明などがあって雇用契約書の説明と署名などで終わり、次の日から合宿入りである。
月給、賞与の保証額は面接で言われた額がきちんと書いてある。それに、出張費がA地、B地の別になっており、いずれも交通費は実費、宿泊費はA地が1万円でそれ以上の場合は実費、B地では全部実費とある。日当はA地B地とも日当たり2千円になっている。
俺は聞いたよ。前のブラック企業の出張旅費はひどかったからな。
「すみません。このA地・B地というのは、どういう区分けでしょうか?」
小太り中背で50年配の岸田部長はにやりと笑って答える。
「A地は地球上だ。B地はわが社の社名になっているハウリンガ上だ」
「ハ、ハウリンガというのはどこにあるのですか?」
俺の横に座っていた小柄だが筋肉質の横田がせき込んで聞く。岸田は真面目になった顔で言う。
「それを言う前に、君らの契約書をもう一度見直してもらいたい。そこに、会社の秘密を洩らしたものは、それに応じて処罰するとある。その処罰は別則にあるが基本的には馘首、つまり首だ。そして、ハウリンガの事を社員以外に漏らすこともそれにあたる。それを承知の上で聞いて欲しい、いいかな?」
俺以外の小柳を除いた4人は、驚いたような顔でそれでも頷く。無論俺も驚いたけど文句はなかったな。
「ハウリンガは異世界で、概ね地球と同じ大きさです。いまのところ、ある王国のいくつかの貴族と付き合いがあるだけで、全体の様子はわかっていませんが、接触している王国の文明のレベルは中世のヨーロッパ程度です。また、そこには犬と猫の獣人、いわゆるドワーフやエルフというような亜人というか、人と少し違う人々が住んでいます。また、そこには魔法があります」
岸田の言葉に「「「「おおー!」」」」とどよめきが起きた。
それが静まるのを待って、岸田部長は話を続ける。
「そういうことで、わが社はハウリンガと取引をするということを目的にしていますので、当然皆さんには現地に行ってもらうことになります。それが、B地への出張です。RG免許の2種の取得はその為でもあります。なにしろ、現地では陸は馬車、海は帆船が最も早い移動手段ですから」
その言葉に「「「おおー!」」」という更にひと際大きな歓声が沸いたよ。俺も無論思わず歓声を上げざるを得なかった。
「君たちは、多かれ少なかれ異世界に大きな興味がある、まあ、オタクとも言うがね。それを優先して選ばれた。だから、何人かの筋金入りの異世界、ケモナーのオタク繋がりで入ってきたものが多い。君等であれば、異世界に実際に行ける、そこと商売をするという値打ちが解る。それがひいてはわが社の社員になるという価値を解ってもらえると思う。
そして、言っておくが、わが社はその特殊な成り立ちと財務体質から、利益を上げることにはさほど関心がない。ハウリンガは、まさに中世の世界だ。封建制のレベルにもいかず、飢えが蔓延し、身分性があって不公正が普通にある。とりわけ、獣人は差別されて苦しい立場にある。
わが社はこの世界の状態を改善したい。進んだ農業技術を持ち込んで、飢えをなくし、その農業を含めて地球の技術を持ち込むことで生産性をあげて人々を豊かにする。その中で社会システムを変革して、獣人を含めて人権意識を持たせ、努力すれば報われる世界にするんだ。
ただ、ずっと一方的に地球の側から援助になるのはまずい。その点で考慮すべき点は、まずハウリンガは人口が少ない。多分人口は数億だろう。また基本的に鉱物資源、燃料になる資源の量は地球を上回るようだ。そして、地球と大いに違うのは、魔法を使う為の肝になるマナの濃度が大幅に高い。
つまり、魔法の存在があって、現実に魔法使いもいる。その魔法の活用は、地球の科学がカバーしきれてないので大きな可能性がある。すでに、その点は実用化されているものもある。わが社の販売項目にも入っているマジックバッグがそれだ。
これは、異空間に物を収納できるというもので、すでに自衛隊と米軍にいくつかが売れている。まあ、今のところ作れる魔法使いは少ないが、今後現地でわが社主導で増やしていくことになる。これの他にも、現在の技術では作れない魔法具がハウリンガで作れる可能性が大いにある。さらに、これはだいぶ将来になると思うが観光だって大きな可能性がある。
というように、いろんな可能性があるが、まずはそのような商売をしながら、ハウリンガの事を調べる必要がある。この点では、実際に現地を調査の上でデータベースを作る作業をするが、これにはM大学が主体となってやることになっていて、わが社はそのアシストだな。
どうだ、やりがいがあると思わんか?」
岸田部長の言葉に俺は心から頷いた。本当にいい会社に入れたと思ったよ。
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