第30話 ㈱ハウリンガ通商

 ㈱ハウリンガ通商は、俺がオーナーで社長を友人の山下慎太郎にやらしている。山下は年齢は45歳であり、俺の若い友人であると言っても微妙な関係で、イルラエルのテルアビブの飲み屋で会って意気投合したのだ。得体の知れない奴で、会社を経営しており一緒に飲んではおごりおごられの関係だった。


 俺は彼のことを怪しげではあるが、なかなかの商売のセンスはあると思っていたが、その頃は自分の会社ではパレスチナへの日本の援助関係で日本企業を相手に商売をしていた。俺がイスラエルにいたのは、パレスチナへの援助の関係で技術者として働いていたのだ。


 彼については、接触のある日本企業にその評判を聞いてみたが、仕事は誠実にやるそうで、なかなか信用はあるみたいだった。その後、10年を経て日本で会ったのだが、長く連絡を取っていなかったメールに突然連絡があったのがきっかけだ。


 どうも、コロナ騒ぎでプロジェクトが止まって会社が回らなくなって帰ってきたらしい。当然職を探しているが、日本だってそれほど景気が良くはないが、海外の経験を生かして2つほど再就職の話があるらしい。


 俺は、その頃丁度会社を立ち上げようと思って、RGエンジアリングが契約している弁護士事務所と会計事務所に頼んで準備をしていたところだった。一つにはマジックバッグの販売益と、ACバッテリーの技術料の受け皿が個人では困るので会社が欲しかったのだ。


 また、ハウリンガ世界へ地球の物を持ち込み代わりにその産物を地球に持ち込むに際して、個人ではとても手が回らない。特に、シャイラの実家の領を豊かにする開発を急ぎたいと思っていて、そのためには人を送り込む必要があると思ったのだ。


 だがその場合は、出来るだけ秘密は守りたいので、会社組織が必要と思ったのだ。

その意味で、信用できる人を探していたのだが、あまり堅物でも困るので、なかなか適当な人物がいなかった。だから、久しぶりに山下にあって飲んでいるうちに、『こいつだったら』と思った次第だ。


「山下よ。さっきも言ったように俺は今、㈱RGエンジニアリングという会社に居るんだ。なんでかと言うとな………」俺は、かの『異星人』に会って以来のことをつらつらと説明した。


 山下も最初は信じていなかったが、一旦飲み屋を出て、認識障害を解き若い体を見せて探らせたことで信じざるを得なくなった。その上で店を変えて再度説明を始めたが、その際にはすでに認識障害は解いている。


「それでな、そのハウリンガという世界を俺は気に入ってな。そこの貧しさを何とかしたいわけよ。そのためには、地球から知識だけでなく物も持ち込んで商売をしたいわけよ。

 それに、そこで気に入った娘ができてなあ。その結婚することになったんだが、その貴族で領をもっているが貧しい実家を何とかしたいと思ってね」


「うーん。なんかとんでもない話で、まだ半信半疑ですなあ。でも、特に三嶋さんが若くなったというのが、まだピンと来ないよ。俺よりうんと若いものな。まあ、それでもあんたはそういう冗談は言わない人だからなあ。それで、三嶋さんは俺をどういう形でそのハウリンガに係わらせたいんだ?」


「ああ、言った通りハウリンガ世界との交易ということで、㈱ハウリンガ交易という会社を立ち上げているところだ。それで、お前に社長になって欲しいということだ。ただ、俺が金を出すのでオーナーは俺な。お前にはそうだな、株の20%と、年俸3千万円と言う所でどうだ?」


「ええ!俺が社長!」

 山下は数秒固まっていたが、やがて再起動して言った。

「すこし、詳しく教えてくださいよ」


「ああ、まず商売の種というのは、とりあえず大きいのはマジックバッグの販売。これはハウリンガ交易が権利を握っている。だから、軍や政府関係のものは、RGエンジから販売するのでうちは卸すわけだ。

 ただ、民間で売る場合は直接売ることになるだろうな。今のところはないけど。というより、その余力がない。


 その他にはAEE発電関係の権利料だ。俺個人に入るのは大いに問題がありそうなので、この会社を通すことにしている。ただ、これもなあ、AEE発電所の建設とそこで作る電力にパテント料を課すということが決まっているが、これが建設では㎾当りが1000円、電力では㎾時当たり0.1円位で考えている。

 日本だけで発電所の能力は2.7億㎾、発電量は年間1兆㎾時を超える。だから、全部がこの技術を使ったものになったら数千億円になるのは判るだろう?もっとも権利は半分だけどな」


「あ、ああ。だけど、どうもピンと来ねえな、そんな額の金。それに、そんないいとこばかりの発電設備だったら、日本だけじゃないだろう?」


「その通り、だけど最初はそれほどでもない。多分年間数千億というところだ。それより、俺はハウリンガに集中したい。特に嫁さんの実家だな。ハウリンガとの交易と言っても、地球から持って行って金になるものはいくらもあるが、逆はいまのところマジックバッグのみだ。


 資源として、石油や鉱物資源は豊富なのだが、大々的に運ぶ方法がなあ。そもそも、70億近い地球人口に対して多分、ハウリンガは全部でせいぜい5億くらいだと思う。さらに当然モータリゼーションも起きてないので、資源の使い方が違う。地球の需要に対応しようとするとハウリンガが大混乱になる。


 俺はそれを望んではないけど、豊かにはしてやりたいとは思っている。だから、ある程度の科学技術を取り入れた生産・流通を確立して、かつ魔法が普通に使える社会の構築というところかな。いずれにせよ、金は多分好きなだけ使えるから、利益などは度外視して今言ったようなことを進めていきたい」


「うーん。何と言っても金はいくらでも使えるというのはいいね。解ったよ、引き受ける。俺も精々楽しませてもらうよ」


山下はそう言って話は決まった。その夜は、久しぶりに2人で痛飲して、翌日は山下に俺の住むマンションの一部屋の契約をさせた。山下には家族がいた。40歳の妻と中2の娘に中一の息子だが、職が決まるまではということで、まだホテル住まいだったようだ。


 ちなみに、俺は杉並の3DKのマンションに住んでいるが、そこで同じ間取りの空きがあるのを知っていたので、3DKあれば十分だろうということでそこを紹介したんだ。


 この住居は社宅ということにして、25万円の家賃と敷金他の金はすでに口座はある㈱ハウリンガ通商の口座から払うことにした。会社を潰して帰って来た山下が、十分な資金をもっているはずはないのだ。とりあえず寝具だけは買って運び込ませて寝ることができるようにして、俺の1階下のフロアに移って来た山下一家が俺の部屋に挨拶に来た。


 山下の沙耶という名の奥さんは、長身で痩せぎすの鋭い顔立ちの山下本人と対象的で、中背のふっくらした優し気な美人であった。見たところ、どこかシャイラと似た感じで俺にも好みの女性だ。


 長女は杏奈という名のどちらかと言えば父親似の容貌で、すでに母親より背が高くスタイルが良く賢そうですでに十分美人の女の子だ。息子の賢一は明らかに母親似で、母親より10cmほども背は低く子供らしく無邪気に見える。


 俺は、山下の家族の前では認識障害は解いているので、彼らには俺は20歳台前半に見えるだろう。山下には俺のことはあらいざらい話しているので、山下から家族には説明しているらしく、特段山下への言葉使いや態度などでは怪訝な顔はされなかった。

 俺が、せめてお茶でもと思って、もたもたお茶を入れようとすると、沙耶さんが代わって、てきぱきと入れてくれた。


「沙耶さんも今度は大変でしたね。杏奈ちゃんも賢一君も友達と離れて寂しかったかな?」

 俺の問いかけにまず沙耶が答えた。


「ええ、あちらでは主人の仕事がある程度軌道に乗りかけていたので少し残念でしたねえ。それに、日本でどうなるかの不安はありました。でも、昨夜の三嶋さんからのお話で主人もすっかり張り切って……。それが嬉しいです。それに、正直に言ってお金に余裕が無くて、住むところをどうしようかと悩んでいました。

 だから、社宅としてこんな立派なマンションに住ませて頂けるのは本当に有難いです。それと子供たちですが、イスラエルの学校に行っていました。でも、在学証明書をもらってきましたので、9月からの転校ということで、明日以降手続きをするつもりです」


 それから、彼女は子供たちに眼で促す。

「私と賢一は、テルアビブのインターナショナルスクールに通っていました。授業は英語でやっていましたが、もう5年間は通っていましたのでそれほど不自由はなかったですね。親しい友人もいましたので、別れるのは悲しいけど、また会えると思っています。久しぶりの日本ですが、やっぱりイスラエルより日本の方が馴染みますね」


 杏奈がそう言ってニコリと笑うと、表情が柔らかくなって母親に似ている。また、彼女の話ぶりはまったく訛りもなく、帰国子女とは思えない。

「ぼ、ぼくも姉さんと一緒の学校でした。学校ではクラブがあってサッカーをしていました。あまりうまくはないので試合には余り出られませんでした。友達は、いたけどそれほど仲良くはなかったかな。僕は、英語の授業は最初の間は随分困りました。だいぶ慣れましたが。だけど、成績はあまり良くなかったです……」


 賢一は、すこししゃべり方がたどたどしいが、小学校低学年で渡ったのではやむを得ないだろう。山下は普通に言っても変人だと思うが、家族は奥さんの影響もあって至って普通のようだ。


 俺はシャイラを日本にちょくちょく連れてこようと思っているので、同じマンションに沙耶さんのような事情の判った同性の指導役がいるのは大変助かる。山下一家を同じマンションに住まわせたのでその狙いもあったのだ。


 その後、会社として契約しようと思っている弁護士と会計士事務所を呼んで、山下を社長として紹介して会社設立の協議をした。大手事務所の弁護士2人と会計士2人は「親しい友人」という新社長に戸惑ったが、話を進めていくうちに山下に十分な能力があることが判ったようだ。


 社屋は、三鷹で倒産した中小企業の社屋を買った。敷地500㎡で築12年の3階建延べ600㎡の社屋付きで15億円であった。また、船など大物をハウリンガに移送するのに便利なように、名古屋港に床面積2000㎡の倉庫付きの2haの土地を20億円で買った。

 ㈱ハウリンガ通商の当面の商売はマジックバッグの販売であるが、サーダルイ領に行って、魔道具他の地球に持ち込める商品の開拓と、俺が個人で持ち込んだ商品の販売等をしているシーダル・アース商会への地球製品の卸売りも担当する。


 会社には今のところマジックバッグの販売で22億円、AEE発電所からみの権利料で30億円の収入があったので、余裕で本社や土地を買った費用を払える。だが、AEE発電の権利料収入は今年中にさらに100億円を超える見込みだ。


 この収入は原価が受け取り手続に要する費用のみなので、税務上の処理が問題になるだろうと今から憂鬱だ。㈱ハウリンガ通商は、基本的にはイミーデル王国のみならず、大陸イミライを含めて全ハウリンガと地球の通商に係わるものと定款に書いている。


 ただ、外部に見せる表向きは違う内容にしているが、そもそもが「ハウリンガって何?」と言われることになるだろう。この会社の名前にしたということは、将来ハウリンガの存在が知れても良いという俺の決意の表れだ。


 当面、俺が山下に与えた会社としての命題は、以下のようなものになる。なおシーダル・アース商会はハウリンガ側の兄弟会社として扱うものとすることにした。

① ハウリンガとの交易による利益は別として、AEE発電の莫大な技術料収入の使い方を決める。

② シーダルイ領の開発を手助けしながら通商の促進

③ イミーデル王国及びジャーラル帝国との通商の促進

④ シャイラの実家のロリヤーク領の早急な開発の手助け

⑤ ハウリンガの地理把握と全イミライ大陸及び他大陸との通商の模索


 そして、上記②〜⑤のためには地球側から人員を送り込む必要があるので、当面はその人員の確保が山下の仕事になるだろう。


 こうして、会社は設立されたが、絶対に必要なものがある。それはハウリンガと日本を繋ぐ通路だ。俺はその必要性は判っていたので、バトラと相談の上で準備は進めていた。まず、必要な条件として完全に俺が認めた者しか使えないようにすること、 それにできれば船程度の大きなものも通過できるようにしたい。


 その条件で、本社に社長の山下と俺しか鍵を持っていない部屋をつくり、そこにシーダルの俺の屋敷とロリヤーク家の離れの2ヶ所に繋がるゲートを設置した。大型のゲートは名古屋港の倉庫に作る予定であるが、実際に必要が生じてから設置する予定である。


 山下については、早々にシーダルに連れて行って、シーダルイ伯爵家嫡子のジャラシン、シーダル・アース商会の会長をさせているサーシャ、カムライ商店の主人のケソンなどに会わせた。


 無論、領の主だったところを飛翔機に乗せて見せているし、さらにロリヤーク領でシャイラとシャイラの家族に会わせて領の視察をさせている。

 山下は、その後精力的に活動し始めている。まずは人集めであるが、必要な各部署の幹部をどこからか集めてきてどんどん組織を固め始めている。


 なにしろ、金はあるのだ。俺が日本に居る時は随時報告があり、ハウリンガに行っている時は、メールでシーダルの俺の屋敷に連絡があるようにしている。ちなみに、俺はバトラの手を借りて、イミライ大陸共通語と、日本語及び英語の通訳器を作った。


 これはスマホを媒介して、相手のしゃべったことはスマホで翻訳が聞こえ、自分のしゃべることは胸に下げたスピーカーから拡声して発することができる。無論俺は、すでにイミライ語の会話に不自由はなくなっているので、俺のためにはこの翻訳機は要らない。


 ただ、イミライ語の文字は、出来るだけ時間を作って度習ってきているが、まだ中途半端だ。しかし、一緒に学んだ形のバトラはすでにほぼ完全に習得している。だから、翻訳機で読み取ったイミライ語の文章を一旦英語にして、それから日本語に翻訳するという形と逆にも翻訳ができるようになっている。


 このように、一応言葉の面では㈱ハウリンガ通商が活動できる素地は整ったと言えよう。俺は、これらの機器については、重力エンジンの電気・電子部と同様に、大手の電機メーカーに依頼して作らせているが、需要が限られて量産化できないので1台当りは高いものについている。


 しかし、当該メーカーはバトラから提供されたその技術は、ずっと値打ちがあるということで、製作費を請求するどころか、逆に技術料を払ってくれた。俺はそれをとりあえず会話の翻訳機を100基、文章の翻訳機を30基作って山下に渡した。


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