第27話 王都にて
俺は、シーダルイ辺境伯王都屋敷にいる。昨日、飛翔艇で飛んできたのだが、親友である辺境泊を是非見舞いたいという、カリューム侯爵とジャラシンの婚約者であるアデリーナも乗ってきた。
当然侯爵が動くので、秘書兼護衛オペル・カジュルとアデリーナの女性護衛カーラ・パペルが乗っている。
俺とジャラシンが前部座席、侯爵と娘が中部座席、ジャラシンの秘書と侯爵家の護衛2人が後部座席である。侯爵が一緒に来たのは、本音のところは王都まで1時間で行ける飛翔艇に乗りたかったからだろう。
ただ、一方で侯爵ともなれば、王都に来る用事は沢山あるだろうから、便利に来られる機会を狙ったという面もある。
なにしろ、馬で飛ばしても5日はかかる行程を、翌日には帰れるというのは大きい。俺も翌日にはシャイラの実家に彼女に会いに行くので、ついでに送ることができるのだ。
辺境伯、ポロフル・ミル・シーダルイは、寝床に横たわっていたが、痩せこけて顔色は悪い。ただ、召使がちゃんと世話をしているようで、髭もキチンと剃って見苦しくないようにしている。やはり親子で、ジャラシンに似た顔で流石に目力があって眼光はするどく、声は深く力がある。
「うむ、経過はよくないな。どちらかというと、少しづつ悪くなっている。お前の友人というミシマ殿が診てくれるというなら、お願いしたい」
苦しそうに召使に半身を起こさせ、俺の顔をみてしっかり言う。
「はい、まずお聞きしますが、血を吐かれたということですが、どの程度の頻度で……」
俺は辺境伯からいろいろ聞きながら、触診と魔力で体内を調べてバトラに診断を任せる。
『典型的な結核だな。かなり悪いが、幸い肺の深刻な欠損は起きていないから、持ってきているリファンピシンで治るよ。ただ全快までは9ヵ月ほどだが、3ヵ月もすればある程度動ける。
しかし、おかしい。この国でも結核はリアリジとして知られていて、それにある程度効く薬もあるはずだ。その処方をした様子がない』
バトラの念話であるが、俺は彼の提言に従って、この世界で使えそうな薬は一通り持ってきている。ちなみに、この世界に来る前に一通り疫病に関してはバトラに調べさせているが、少なくともこのイミーデル王国では、たちの悪い疫病の菌はないことが判っている。
俺は、バトラの言った通りの診断結果を告げて言った。
「そういうことで、伯爵閣下の御病気はリアリジです。幸い私の世界にも全く同じ病気があり、その特効薬をもってきていますので、これを最初の1ヵ月は毎日、その後は5日に1度ほどの投与で全快します」
おれは収納から、バトラの指示通り薬のボックスを取り出して、リファンピシンの梱包を取り出した。さらに注射器を取り出して見せ、実際に薬液を注射器に吸い込ませる。
「これが薬でして、これだけあれば完治まで十分な量があります。そして、これでこのように薬の液を吸い上げて、この針を血管に刺して注射します。では伯爵閣下、腕を出してください」
俺は、躊躇いながらも差し出される腕をまくり上げ、アルコールで消毒して薬液を注射する。針を刺したとき伯爵は少し眉をひそめたが、それほど痛そうではなかった。彼は有名な武人だそうだから、痛みには慣れているのだろう。
「多少効果が実感できるのは、多分10日くらいの後だと思いますよ。ところで……」
俺は部屋にいる、息子のジャラシン、婚約者のアデリーナ、カリューム侯爵、王都屋敷の執事長と召使を見回して言った。
「どうも、伯爵閣下を治療している医者は、しかるべき薬を処方していないようなのですが、信用のおける医者なのでしょうか?」
「な、なに!そ、そのようなことが……」
ジャラシン、侯爵他の皆も驚いて目を剥いているが、伯爵本人は考え込んでいる様子だ。なにやら察するものがあるのかもしれない。
「伯爵閣下はなにか、お心当たりは?」
俺が言うのに、躊躇いながら答える。
「うーむ。儂のかかっている医者は、王族をも治療する王国医にも指定されている王立病院のバラスーニ殿なのだ。しかし、何度も診察を受けて、治療として薬を飲まされてきた。
だが、どうも後ろめたそうというか、自信がなさそうというか、安心感が持てなかったのだ。ただ、王国最高の医者であることは確かなので、儂がもう手遅れで治らんので、そのような態度なのかなと思っていたのだが……」
「御前、いずれにしても、明日出来るだけ早くバラスーニ様をお呼びしましょう」
しばしの沈黙の後に執事長が言った。
「うむ、それしか無かろう。相手も王国医じゃ、予定外では容易には呼べない。だから容態が急変したということで呼んでくれ」
「はい、畏まりました。早速使者を送ります」
執事の返事に被せてジャラシンが言う。
「父上、この際は領に帰りましょう。どうも王都は物騒です。どの道この薬で治るものなら、ここにいる意味がないし、まともな治療をしない医者など却って危ない」
「ただ、坊ちゃま、午前は領までの長距離の旅が問題だと思われますので、少し症状が改善するまでは待った方がよろしいと思いますが」
執事長が口を挟むと、ジャラシンが応じる。
「普通であれば、その通りだ。しかし我々は飛翔艇で今日カロンからわずか半刻でやってきた。その飛翔艇を使えば、父上も疲労することなく、領まで帰ることができる」そう言って俺の顔を見るので、俺も頷いて言う。
「いいですよ。お送りします」
「それがいい。私も乗せてもらったが、時間が極端に短い上に馬車とはまったく疲れが違う。私も是非領に帰った方が良いと思う」カリューム侯爵も言うと伯爵が応じる。
「そうだの。儂も20日もの馬車の旅に耐えられるかどうかは自信がないが、真に1刻足らずで帰れるなら発展著しいという領に是非帰りたい。ただ、その前に、バラスーニには会っておきたい」
その夕刻は、疲れた伯爵は寝てしまい、カリューム侯爵と秘書は王都の屋敷に帰っていき、ジャラシンと婚約者のアデリーナ嬢は王都の豪華レストランに食事に行った。
ジャラシンが気を遣って一緒に食事をと誘ったのだが、俺が2人で行くように勧めたのだ。彼らには無論伯爵家、侯爵家の両方から各3人の護衛がついている。街に食事に行く俺には、シーダルイ家の王都屋敷から、若いガストンという兵士が案内役についている。
「ガストン君すまんな、案内役で。それで、見物がてら食事が出来るような夜の繁華街に案内してくれ」
歩きながら俺が彼に言う。彼は細身の剣を腰にさげ、俺も短めの剣を腰に下げているが、武器を持っている方がかれまれにくいのだそうだ。王都の夜は余り治安が良くないそうで、その原因はごろつきも多少はいるが、むしろ国軍兵士、貴族の私兵に柄の悪いものが多いせいらしい。
「私も余り夜外には出ないので詳しいわけでなないのですが、ではこっちに参りましょう」
彼の案内で歩く道すがら、彼はシーダル出身らしく領の様子を知りたいようで尋ねかけてくる。
「ミシマ様、最近ではシーダルタ領内が随分発展していると言いますね?」
「ああ、そうだぞ。まだ始まったばかりで、農業については成果が出始めたばかりだが、鉄製品と、織物はすでに出回っているからな。景気が良くなって、シーダルでは今は建築ブームで新しい建物の建設や増築がどんどん進んでいる。
だから、その為に人が外から大勢やってきている。しかし、今はまだ景気が良くなっている途中で大したことはないぞ。だが、そうだな3年後にはシーダルに領自体が、様変わりするだろうな」
「ええ、私には父母と弟と妹がいるのですが、領兵だった父の給料が上がりまして、働きに出ていた母が家におれるようになりました。また、弟は領内に働き口がなく、近くの領の商店働いていたのですが、領で設立された製鉄会社に雇われました。
妹も領にできた学校の先生になって子供を教えるようになりました。聞くと、シーダルでも随分いろんな店が増えて、カロンと変わらないくらいになっているようですね」
そう言うガストンは嬉しそうだ。
「いろんな開発の成果が出ているのは嬉しいね。俺も伯爵家で働く人の給料を上げるようには言ったけど、結局ジャラシンが聞いてくれたからだな。ガストンも給料を上げてもらっただろう?」
「なんと、いろんな開発が進んでいるのはミシマ様のお陰と聞いていますが、我々も給料も口添え頂いたのですか。そうです。私は特に給料だけでなく、王都手当が出るようになって、貰えるお金は2倍くらいになりました。前は無理でしたが、今だったら王都で食事や買い物で出来るし、結婚だってできます」
俺は、実感のこもったガストンの言葉が嬉しかった。結局、庶民に近い層がどう思うかが大事なのだ。少なくとも、貧しかったシーダルタ伯爵家の関係者には大きな経済効果があったということだ。
「そうか、そうか、よかったな。シーダルイ領は少し寒冷だけど、広いし資源も豊かだからね。さらには、海に面していていい港もある。だから、まだまだ豊かになるし、発展の余地は大きいよ。多分、豊かなシーダルイ領に人がどんどん集まってきて、人口は今の倍くらいにはなるだろうな」
話ながら歩いていくうちに、暗い道が明るくなってきて、明かりが目立つ建物が増えてくる。東京の繁華街には遥かに及ばないが、それなりに人通りがあるから、地方都市並みだろう。
しかし、どうも、道を塞ぐように広がって歩く集団が目立ち、彼らはユニフォームを着て、剣を持っているので、王国軍か貴族の私兵だろう。普通の服装の者は道の端をこそこそ歩いている感じである。
「なにか、ガラが悪い軍人みたいなのが多いな」
「ええ、私は最近になって、夜の街に行けるようになりましたがこんな感じですよ。けっこう王国軍にも、ガラが悪いものもいて、酔って暴れるものもいます。あの連中が王国軍の者です。
それと、あの軍服を着た貴族の私兵には王国軍も手を出さないのですよ。ミザラス公爵家一派だから話がついているのでしょう。だけど、反対派とか中立、特に反対派とみなされている我が領なんかが軍服でも着ていたら、必ず絡まれますよ」
「だけど、王国軍は数が多いんだろう。その場合やられっぱなしかい?」
「いや、喧嘩の場合は後での報復は恥とされていますから、要は勝てばいいのですよ」
「例えば、あそこで、女の子に絡んでいるのは、国軍かい?」
「ええ、国軍、第5師団第2連隊ですよ、一番質が悪いと言われている連中です。12人か。くそ!ちょっと多いな」
ガストンが悔しがるが、道の端でその国軍の連中が3人の女の子に絡んでいる。女性の服装を見ればショートソードも持っているから冒険者らしい。3人いるし、腕に覚えもあるのだろう。
しかし、囲んでいる6人ほどの鍛えられた国軍の連中にはどう見ても敵わんだろう。質の悪い事に、他の6人が外を向いて周りを睨んでいるから、手を出すなということだろう。
「要は、勝てばいいのだな?」
俺はむかむかしながらガストンに聞くと、「あ、ああ、そうだけど、あの人数では………、止めた方が」躊躇いながら答えるのをもう相手にせず、ガストンに「ついて来るなよ」そう言っておいて俺は大声で言いながら歩み寄る。
「おお、アリーナ。ここか。おい、お前ら、この女達はおれの妹とその友達だ、どけ!」
身構えて俺に向かってきた2人を、身体強化と風魔法を使って両側に跳ね飛ばして前に出る。
そして、固まっている連中に割り込んで、取り囲んでいた6人の軍服を着た人相の悪い連中に向かって穏やかに、しかしはっきり聞こえるように言う。
「人の妹に因縁をつけるのは止めてくれないか。なあ、アリーナ?」
割り込んで。横に来ることになった女性が驚いて見上げるのに、ウインクをして声をかける。彼女は戸惑っていたが、かろうじて返す。
「え、ええ。兄さん。助かったわ。この人達、一緒に来いって聞かないの」
「そういうことで、妹と友達は俺と約束があるので、引いてくれ」
俺が、きっぱり言うと横にいた長身の男が、いきなりナイフで俺を突いてくる。だが、こちらに油断があるわけもなく、あっさり手首を掴んで、最小限の動きで拳で顎を斜めに打ち抜く。
他の連中が襲おうと身構えるのを見ながら、その手首を放して、顎を砕かれて倒れる奴を見もせずに、収納から鉄の棒である『微塵』を手の平で掴むように出す。相手から見ると、突然俺が黒っぽい棒を握ったように見えるだろうが、これは俺が日本で作らせた乱闘用の鋼棒だ。
長さが全部で1.5mで、径20mm×長さ1.2mの『刀身』部分の鋼棒に、径25mmで長さ0.3mの柄の部分からなっている。刀身と言っても円形の鋼棒だが、機械構造鋼を焼き入れしているので表面は日本刀より硬い。この世界の刀では、この棒に傷さえつけられないだろう。
重さは3.5kgあるので、身体強化しないと少し重すぎるが、これを用意したのは、日本刀を乱闘で使うと手加減が難しいからである。半分冗談のつもりで、これには微塵という名をつけている。
俺が、微塵を構えると、連中はさっと引いて、塀に背をつけた女3人と俺を半円になって取り囲む形になった。そして、皆が刃渡り70cmほどの剣を構えるが、なるほど訓練はされているようで、息もあっているし、構えによどみがない。
俺の身体強化は少し変わっており、能力を素早さに極振りしている。そもそも身体強化は魔力で筋肉の働きを増大させるもので、最大で2倍程度に筋力を上げることができるが、動きを早くするものではない。
しかし、刀など武器を使って戦う場合には、力より早さを高める方が有効なことは明らかだ。そこで、俺はバトラの助けを借りて、思考の速さに加えて、神経からの信号の筋肉への伝達、さらに筋肉んの反応を早くすることに成功している。
俺の場合には、知力を増大するように肉体改造されているが、思考の速さも同時に大きく改善されているので、その効果は通常の倍以上となかなかに高い。もともと、人並外れて素早かった俺の反応速度が2倍以上であるので、ほぼ破壊不能の微塵という武器を構えた俺に不安はなかった。
実際のところ、素手でも勝てるが、女3人を庇ってだと、すこし心もとないから、微塵を出したのと、正直なところ折角作った微塵を使ってみたかったのだ。いきなりナイフで刺して来た乱暴者は、俺に顎を砕かれ、さらに脳震盪を起こし地面に横たわったままだ。
ちなみに、相手が槍を持ってきてないので助かっているが、飲みに行くのに普通は持ってこないよな。まあ、出来れば殺すのは避けたいので、持っているのがショートソード程度なので都合が良い。
取り囲んでいる連中は少し戸惑って、お互いにちらちら見合っているようだ。多分、街中で乱暴してもこのように逆らって来るものはいなかったのだろう。それを見ていると、そこで倒れている奴は特殊例なのだろうが、そもそも剣を持って、攻撃する意思を見せている点で見逃すつもりはない。
「お、お前、おかしいだろう。そんな鉄棒を持って、これだけの剣を持った俺達に向かうなんて!」
「はは、この国の国軍は、街中で徒党を組んで女性を脅し、それを止めようとすると殺しにかかる。立派なものだな。お前らは第5師団第2連隊か。さぞかし、お前らの師団長、連隊長は誇らしいだろうな!」
俺はすでに100人以上で取り巻いている群衆に大声で言ってやった。
「や、やめろー」
流石に、大手を振って出来ることではないらしく、叫んで3人が剣を振るって飛び込んでくる。
俺は横にするりと身を移し、下段から右端の兵の腕をかちあげてへし折る。さらに、その勢いで微塵を振り下ろして真ん中の兵の腕をへし折ると同時に、左端の兵の心臓に軽く突きを入れる。
それからも動きを止めず、肩に打ち込んで肩甲骨をへし折り、胴で肋骨をおり、腕を折り、足を折り、効率よく相手の兵達を戦闘不能にしてゆく。間もなく、そこには倒れた12人の兵が転がっている。半数程度は気絶しており、半数は患部を押さえて呻いている。
「死んだ者はいないようだな。お前ら運がよかったな」
俺が彼らを見て笑って言うと、群衆の中から、10数人を引き連れた男が出てくる。彼は俺を睨みながら歩み寄ってきたが、ゴロゴロ転がっている国軍のやられた連中に向かって叫ぶ。服装からして将校のようだ。
「貴様等、衆人の前で恥をさらして。国軍の面汚しどもめ!おい、連れていけ!」
部下だろう、追いて来た連中に顎をしゃくる。それから、俺に向き直って聞く。
「お主、なかなかやるな。名を聞こう」
「ああ、ケンジ・ミシマと言う。ニホンという国の者だ。貴殿の名前は?」
「ライガ―・ジル・トメライン伯爵嫡子、第1師団、第2連隊の者だ」
「では、絡まれていた女性は送っていくぞ」
俺はそう言って、2人の女性を連れて立ち去ったが、追ってはこなかったところを見ると国軍にも、多少は真面なものはいるようだ。
結局、その夜は外では飯にありつけず、辺境伯邸で簡単な食事を作ってもらった。女性3人は、何度も礼を言って帰って行ったが、冒険者と言うので大丈夫だろう。
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