第26話 貴族の諍い

 俺は今回予定を早めてこの世界に来て、シーダルイ辺境伯家のジャラシンに会って、ロリヤーク家の問題を説明していた。

「そんな風で、マルガイ伯爵家の次男パトラスクを追い返したんだ。だが、どうも判っていないようで、伯爵家では兵を揃えているようだ。兵力は500位のようだから、俺が行けば全滅させるのは簡単だが、殺さないように蹴散らすのは面倒だ」


「お前位だよ。500人もの、曲りなりにも伯爵家の領兵団を全滅させるのが簡単などという奴は。どうせ、あの飛翔艇から何か落とすのだろう」

 ジャラシンが言うが、俺も彼には飛翔艇は見せている。あれを見せていないと話が進まんからな。


「ああ、上から爆弾の雨を降らせば、騎馬や徒歩の兵などたちまち戦闘不能になるよ。だけど、そうすると相手の半分以上は死ぬだろうな。パトラスクとか伯爵自身とか、馬鹿が死ぬのはいいけど、命令で戦う領兵は盗賊とはわけが違うからな。

 だから、カロンを領するカリューム侯爵家を口説いて欲しいんだ。君の婚約者のアデリーナ嬢の父上だよな」


「要するに、マルガイ伯爵家の頼子から抜けて、カリューム侯爵家に鞍替えするという訳だな。カリューム侯爵家は王国第2の都市のカロンを領して、豊かさでは王国の貴族でも3本指に入る。だから、確かにカリューム侯爵家とロリヤーク家が、その件を合意してマルガイ伯爵家に通達すれば認めるしかないだろう。

 うーん、ケンには返しきれない恩があるからな、努力はするよ。しかし、貴族間の話はなにか頼む場合見返りがいるぞ。全面的に子分になるというのなら、ロリヤーク騎士爵相手だったら受けるだろうけど」


「それはあるさ。俺が全面的に後押しして、ロリヤーク領を豊かにするのだから、その同じ仲間のカリューム領さらにその頼子団も大いに潤うよ。それは、ジャラシンが一番判っているだろう?」


「うん、まあ、そうだな。現にわが領もカロンと協力しているから、すでにカリューム領は潤っているよ。うん判った。侯爵を口説くよ、たぶん了解するはずだ。ちなみに、ロリヤーク騎士爵には了解は得ているのだな?」


「もちろん話をしたよ。義父はそうできれば有難いと言っていたよ。どうせカリューム侯爵の予定は判らんのだろう?この足で行こうぜ、家にいなきゃ王都にはいるだろうから、王都に行こう」


「うーん、気楽に言うなあ。そう言えば、カロンまで1刻って言っていたから、王都はその2倍か。確かにたいした時間はかからんな」


「ああ、そうだ。ところでジャラシンの父上は、王都で療養していると言っていたな?もう1年以上経つと聞いたが、えらく長いな。いい医者にかかっていると言うが、ついでに行って俺が診た方がいいんじゃないか?」


「ええ!お前は医療もできるのか?」

「俺の世界に魔法はないが、医療技術はこの国よりずっと進んでいるぞ。薬だっていろいろある。何か血を吐いたと言っていたな。たぶん、結核という病気だと思う、もしそうだったら、特効薬があるぞ」


「おお、それは是非頼みたい。王都で王国一という医者にかかっているが、どうも良くないんだ」

「うん、判った。じゃあ、今回はいずれにせよ、王都まで足を延ばそう。どのみち一度は行ってみたかったからな」

 それから俺は口調を改めて、意地悪い顔を作って聞く。


「ところで、ジャラシンは、何でアデリーナ嬢と婚約できたんだ?シーダルイ家は辺境伯家だからカリューム侯爵家と同格だろうけど、貧乏なシーダルイ家に豊かなカリューム家では釣り合いが取れんだろう?」


「失礼な奴だな、お前は。いや、まあ、実際に普通は釣り合ってないけどな。親父が、カーマル侯爵と親友なんだ。王都の学園の同窓で、一緒に馬鹿をやった仲らしい。それで、家がまあ比較的近いのもあって、ちょくちょく行き来があってな。本人ともよく一緒に遊んでいたんだよな。結局は、俺の男の魅力というやつさ」


「ハハハ、それはいいな。それで、ジャラシンの魅力はいいが、君自身はアデリーナ嬢の魅力をどう思っているんだ?相思相愛という奴だろう?」


「うん、そうとも言うな」

 ジャラシンはすこしにやけた顔でそう言った。それからにわかに顔を引き締めて、話を続ける。


「だけど、実際のところはカリューム家と、わがシーダルイ家は王国を牛耳っている連中、この頭目はミザラス公爵だが、彼等とは反目している。マルガイ伯爵家は、ミザラス公爵家寄りだから反対派だな。

 今この国では、王国政府への各領からの上納金が2割で非常に重い。だから、王家にはそれなりの直轄領もあるので、相当に余剰が出ているはずだ。しかし、毎年足りないと言ってさらに上乗せを狙っている。


 具体的には、現在上納金の対象がほぼ農産物のみだが、これを全品目、さらに人頭税まで課そうとしている。そうなると、わが領は今までは農業以外の産業はたいしたことが無かったが、今後はずっと重くなる。

 とくに、カロンを抱えるカリューム家では負担が5割くらい増えることになる。そして、毎年の王国政府からの決算報告は非常に簡単なもので、正しいかどうかは検証しようがない」


「だけど、王様はどうなの。どうせ、この国では制度上は王様が何もかも決めるんだろう?とは言え、貴族たち、それから平民の富裕層のことも気にしなきゃならんよね。だから、負担増で、その根拠も怪しいということになれば、不満を持つ味方もそれなりにいるんだろう?」


「ああ、我が国では、王は病弱で王太子が仕切っていて、王太子の妃がミザラス公爵の娘だ。もちろん、不満を持つ者はいるよ。というより、殆どの領主は不満を持っている。ただ、それだけ金を集めているので、王国軍の規模が大きいのだよ。

 もっとも、動かしているのはミザラス公爵を中心とした中央貴族と言われる連中だ。だから、結局皆中央貴族には武力でも逆らえない。実際に過去逆らって、軍を派遣されて潰され領を召し上げられた領主がいるからな」


「王国軍というのはそのくらいの兵力なんだ?」

「10万だな。すべての貴族の領兵、私兵を合わせればそれより多いが、練度が違う」


「ふーん。だけど周りの国に対してはどうなの?例えばジャーラル帝国の戦力は?」

「80万と言われている。だけど、数以上に強いと言われているな。もともと国の広さは8倍くらい、人口が10倍あって、資源も豊かで国の基礎力が違う。戦えば相手にならんよ。要するに我が王国に侵略する魅力が無いだけだ」


「ふーん、なるほどな。帝国からすれば吹けば飛ぶような、ということだな。それで、国内に限れば、そう簡単には反抗できないわけだ。それは解ったよ。だけど、それだけ、王国がおかしいなら、面倒だから帝国に鞍替えしたらどうだ。

 商人から聞いたけど、帝国は直轄領が多いせいかも知れんが、領主から税を取ることもないそうだぞ。大体、このシーダルイ領は数年したら多分帝国に狙われるぞ。

今までは国全体と一緒で、貧しいから放っておかれたんだ。


 俺が力を貸せば、守る事は出来るだろうが、王国から守る方がうんと楽だぞ。商人から聞くと、帝国の皇帝は出来物のようだし、政治はなかなかいいようだぞ。王国のそんな怪しげな王太子が王になる国よりずっとましだと思うな。

 大体、このイミーデル王国の人口が500万か?その程度で国なんて意味ないじゃないか。帝国が人口5千万で、この島か大陸か知らんがその半分を占めているというから、全部帝国で一緒になればいいんだ」


 流石に、俺の言うことにジャラシンも呆れたような顔をして苦笑している。

「おい、おい、ケン。いくら何でも、貴族として国を売ることはできんよ」

 だから、俺はこの世界の事を教えてやったよ。


「この世界、ハウリンガは一つの惑星で、恒星であるガ―ミルの周りを周回している。イミーデル王国のあるこのアミア亜大陸は概ね2000×1600ケラド(km)の大きさだが、その半分をジャーラル帝国が占めているわけだ。

 その人口は帝国が5000万、君らのイミーデル王国が500万で、残り5か国で3100万人だから、合計8600万人だな。


アミア亜大陸と言っている意味は、ハウリンガの陸地の面積の合計はアミア亜大陸の40倍あって、最も大きい大陸は10倍ある。その、最も大きい大陸にある最大のアジラン帝国は、その大陸の面積の1/3を占めており、どんどん広げていて人口は1億人を超えている。

 どうも、その帝国はこの亜大陸のジャーラル帝国と違って、なかなか厳しい主人になりそうだな。征服した地区の住民からの搾取がひどく、反乱には皆殺しとか厳しい態度で応じている。ただ、その帝国の首都迄の距離は無論海を越えて直線で1万2千ケラド(km)ある。


 だから、アジラン帝国は非常に遠いようだが、近年海軍の建設を始めていて、徐々に海沿いに勢力を伸ばしつつある。俺達の世界でも、そうした進んだ地域が航海術を会得すると、1万ケラド程度の距離は簡単に越える。まあ、50年だな。50年以内にはアジラン帝国はこのアミア亜大陸に達する。

 今現在で言えば、ジャーラル帝国と言えど、魔法と火薬を使ったアジラン帝国の戦力に全く敵わんだろうな。ただ、地の利はあるから相当に抵抗できるだろうとは思う。イミーデル王国の場合は鎧袖一触だな」


 言う俺に、ジャラシンは目を見張ったが怪訝そうに言う。

「何で、ケンはそんなことを知っているのだ?」


「ああ、俺は異世界人だからな。そういうことも知ることができるんだ。いずれにせよ、俺の言ったことは事実だぞ。だから、狭い王国だけのことを前提に考えずに、この世界全体を踏まえて考える必要があると言いたいわけだ。

 技術が先に発達した世界の者が、遅れた世界を征服し虐殺した俺の世界の歴史を教えてやるよ」


 俺は、バトラに地球の世界史の翻訳を頼もうと思った。それをジャラシンに与えるのだ。

「俺が言いたいのは、そうしたことも考慮に置いて欲しいということだ。まあ、いずれジャーラル帝国の首都、ジャーラにも行こうぜ。さて、ではいいかな。カリューム侯爵家とそれから、王都へ出発するが」


 しかし、流石に領を運営している嫡子が、直ぐ出発ということはできず、明日まで留守にするということで、その間の指示をしていた。また、秘書が一緒に行くことになった。


 彼、パライン・ディ・キーラスは25歳、頼子の男爵家の2男で、武芸も一通りはできるが文官である。身長は俺と同じくらいで、赤毛の細マッチョタイプだがのんびりした顔で動作もゆったりしている。

 着替えを入れたバッグを持った彼は、目をきょろきょろして飛翔艇を見まわしていたが、主人はすでに助手席に収まったのを見て、慌てて中部座席に座る。


 少し強まったエンジン音と共に、飛翔艇が揺れてスーと上昇すると彼は「うお!」と叫ぶ。今日は、時間を最短にするために鉛直に100m上昇して、1000mの高度まで速度を500km/時として斜めに上昇して、その後は水平飛行する。1時間あれば着くだろう。高度1000mだと地上を見るとこの速度でも十分早く感じる。


「おお、随分早いな。こんなに早いのか?カロンまでどの位時間がかかるんだ?」

 ジャラシンが問うのに俺は淡々と答える。

「ああ、半刻で500ケラド(km)速度だから、半刻あれば着くぞ」


「「なんと、半刻!」」

 俺の答えにジャラシンがとキーラスの声が見事に揃った。気を取り直したジェラシンが俺に聞いた。

「ところで、シャイラは実家に残しているんだよな?」


「ああ、彼女がいれば、少々のことはあっても大丈夫だからな。残してきた」

「なるほど、俺がカリューム侯爵にお願いしてうまくいけば、すぐ人をマルガイ伯爵家に送ってくれると思う。そうすれば、もう伯爵家はロリヤーク領に兵を送る根性はないだろう。喧嘩を売るに等しい行為だからな。

 ただ、万が一のことがあるからな。しかしそうなっても、最近魔法が急に達者になったシャイラがいれば大丈夫だろう。ケンはシャイラと念話で連絡ができるのだろう?」


「ああ、そうだ。領の様子もシャイラからの念話で知ったんだ」

 会話をしながら、飛翔艇が更に飛ぶと、いくつもの塔があるカロンが見えてきた。

「あのカロンの城壁にくっついた城がカリューム城だな?」


「ああ、そうだ。侯爵が国元にいるとすれば、あそこだな」

 俺の問いにジャラシンが答えるが、その城はサーダルイ城と比べ大きさは同じくらいであるが、多くの旗がなびいており、より手入れが行き届いている。


 飛翔艇は斜めに城に向かって突っ込み、上空200mで停止しそこから垂直に降下して正門前の広場に着陸した。流石に礼儀上、城の中に直接着陸はできない。予告無しの訪問は十分礼儀知らずだけどね。


 気がついた門の警備兵が駆け寄ってくる他、門も前にいた10数人が好奇心から歩いてやってくる。俺達3人は飛翔艇から降り立ち、丁度やって来た警備兵にキーラスが前に出て説明する。


「こちらは、シーダルイ辺境伯爵家のジャラシン様です。何度もこちらには来られているので、存じているでしょう。私はジャラシン様の秘書であるパライン・ディ・キーラスです。さらに、こちらはジャラシン様のご友人のケンジ・ミシマ様です」

 そう言って、空間収納に飛翔艇を仕舞っている俺も紹介しさらに続ける。


「本日は緊急の用あり、ジャラシン様が侯爵閣下にお目にかかりたく参上しました。本来なれば、あらかじめ使者を出すべきところを誠に失礼ですが、どうかお取次ぎをお願いしたい」


「は、はは、確かにジャラシン様です。で、では閣下にご都合を伺ってきます」

 門兵の責任者だろう中年の兵が答えるのに、ジャラシンが問う。


「と、いうことは現在、城におられるということか?」

「は、はい。居られます。では使いを出すように致します」

 その中年の兵が若い兵に指図をして、その若い兵が小走りに門をくぐって去っていく。


「門の前で暫時お待ちください。ここでは、お待ち頂く場所もござらん。誰か迎えの者が来るはずです」

 やがて、文官が迎えに来て一行は応接間に通された。流石に富裕な侯爵家だけあって、派手ではないが、落ち着いて重厚な部屋であった。それほど待つこともなく、ノックの音がして、金髪の美しい少女が現れた。


 緑の目が印象的なその少女、アデリーナは、シャイラより少し大柄で優雅な動きの少女で、薄い緑の質素なドレスは彼女のほっそりしてはいるが魅力的なシルエットを浮き出させていた。


『うーん、美人だ、というより可愛い。ジャラシンの奴うまくやったな、正直羨ましい』部屋に入ってきて、ジャラシンを見つけニッコリと優雅にカーテシーを決めた彼女を見て、横のジャラシンが妬ましく思った俺だった。


 少し遅れて、カーマル・ミラ・カリューム侯爵が入ってきたが、なるほど令嬢の目の色は親父から受け継いだのと、美貌も同じく多くを受け継いでいる。また、侯爵はその美貌が男らしさより引き立てており、良く鍛えられて均整のとれたその体は、その積み重ねてきた鍛錬をよく表している。


 彼は、さらにシーダルイ領で進んでいる改革を良く調べており、その背後に俺がいることも掴んでいた。だから、俺が近くロリヤーク騎士爵家の娘と結婚することを告げ、この家が寄親のマルガイ伯爵家と揉めていることを説明すると、すぐにこちらの要望をくみ取った。


「つまり、ロリヤーク騎士爵家を我が侯爵家の頼子にして、マルガイ伯爵家に釘を指せばよろしいのですな?」


 侯爵の言葉に、直接彼と話していた俺は大いに頷いた。

「その通りです。そうお願いできれば、と思ってジャラシン殿を頼ってお邪魔しました次第です」


「ロリヤーク騎士爵の事は存じています。剣が達者で領の発展に務めておられるとのこと。その家が、寄親からそのような争いを仕掛けられるなどとは、あってはならないことです。

 そのお話は確かに我が家が引き受けます。して、もちろんケンジ殿は、妻の実家の発展の手助けをするのでしょうな?」


「もちろんです。全力を挙げてお助けしますよ。その際の資本は、私と妻になるシャイラで都合します。しかし、寄親と頼子仲間には、なにかとお世話になるかと思いますので、その課程で私の持っている知識や、様々な物をお分けすることも可能だと思います」


「おお、それは素晴らしい。今後はロリヤーク騎士爵家とはうまくやっていけそうですな」

 侯爵は、流石にカロンという大きな都市を運営しているだけあって取引は達者だ。その日、俺は話の流れの中で千㎥のマジックバッグを贈呈することになってしまった。明らかに彼は商売では俺より上だ。


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