第25話 シャイラとその家族3
その夜、俺とロリヤーク一家が家に帰りついたのは夜中であった。難問が解決した喜びから、義父がもう一杯やろうと言い出した。再度残った料理が出され、テーブルのある居間で会食が始まった。義父がいい笑顔で、大吟醸のビンを掲げて、俺の前の陶器のコップを指して言う。
「ケンジ君有難う。お陰で悩みが解決できた。君が持ってきた酒だが、まあ一杯飲んでくれ」
この辺りは余り日本と変わらないなと思いながら、俺はコップを持って注いでもらう。義母がそれを横で見ていたが、義父にコップを渡して「あなた、良かったわね。それに、自分で活躍も出来て」と注ぐ。
「「乾杯」」
とりあえず2人で、コップの酒を半ば飲み干して、今度は義父がシャイラと義母に酒を注ぐと、家政婦がカミール、ミランダにソフトドリンクを注ぐ。そして、皆で再度高らかに乾杯を行った。
「しかし、お義父さんの剣技は見事なものですね。この領の兵力がどの位が知りませんが、今晩の50人位の盗賊であれば、跳ねのけられるのではないですか?」
この俺の質問に義父が答えた。
「うーん、それがそうはいかんのだよ。我が家の家臣が3名、領兵を10名何とか揃えているし、鍛えているから個々には盗賊には負けんだろう。しかし、盗賊は好きに戦場選べるのと、我々は領民を守る必要があるので、どうしても受け身になる。
また、さっきの賊は、あまり強者とは言えんだろうと思う。この地方では有名なマクレガ騎士爵が、盗賊の頭に打ち取られたということだ。マクレガ殿の剣の腕は私と同等だったから、今日の相手は圧倒出来たところを見ると大分落ちるな。
こういう場合には、本来であればこの地方の有力領主が音頭をとって、周辺の領主と領兵を集めて退治すべきだ。私の親の時代には実際にそういうことはよくあったが、最近はなあ………」
義父の話もそうだが、どうもこの地方のみならず国全体でおかしくなっているようだ。シーダルイ領でも、王国政府への不満はちょくちょく聞いている。
「この周辺のまとめ役というと、寄り親のマルガイ伯爵家になるのですか?」
「うむ、そうなんだが、実際には寄り親らしきことをして貰ったことは殆ど覚えがないような。いや、まあ前の干ばつの時金は借りたが、金利は金貸しとあまり差はなかったし、食料を仕入れる時も随分高値だった」
このように、少し話が暗くなってきたので、俺は話題を変えた。
「ところで、カロンは大都市ですが、御領主はどなたですか?」
「カロンは、カリューム侯爵家が領している。カロンは王国一の繊維業の盛んな都市であり、周辺は水源に恵まれて農業も盛んでカリューム領は有数の豊かな領だ。だが、侯爵家は名門ではあるが、いささか王国政府とは遠い存在だ。
そう言えば、令嬢が娘の住むシーダルイ辺境伯家の嫡男と婚約している。最近は、辺境伯家とは織物で協力関係が出来つつあると聞いたな」
「へえー、ジャラシン君の婚約者がカロンの御領主の令嬢ですか。アデリーナという名だったな。ジャラシンが20歳だけど、彼女は16歳と聞いたな。まあお互いの領が比較的近くていいですね」
「ほお―、ジェラシン殿と親しいのか?」
「ええ、まあ友達と言っていいかと思います。シーダルイ辺境伯家も、王家というか王国政府とは、あまり関係が良くないようですね。そういう意味では、そのカリューム侯爵家と同じ反主流派という訳ですね。ハハハ」
俺が笑って言うと、義父も薄く笑って応じる。
「ああ、しかし、少し前まではシーダルイ辺境伯と言えば、武辺派の領民思いで尊敬はされていたが、貧乏で有名だった。しかし、娘にも聞いたが、最近はシーダルイ領の景気がいいらしいな。
いい事なのだが、王都周辺ではそのことがあまりいいように受け取られていないらしい。その、景気の良いというのもケンジ君の数々の協力があった結果とか………」
そう言って義父は、期待した顔で俺の顔を見る。俺も元々、領の開発には協力sる気だったから言ったよ。
「ええ、そうですよ。このロリヤーク領についても、広さは十分あるようだし、まだ折角の森林資源を生かしていないですね。だから、まだまだ豊かになれる要素はありますよ。まずは、大規模な井戸を掘って水源を確保しましょう。
それから、農業のやり方を変えて収量を2倍以上にする。
さらに、肥料を得るためにも家畜を大量に飼って食肉、鶏卵等を取れるようにしましょう。後は、森林の木材によって、製材と製紙はどうですか?あまり手を広げるのは問題がありますから、この程度であれば導入について協力しますよ。資金も任せてください」
俺の言葉に義父は破顔した。
「それは、是非お願いしたいな」
その後は、夜も更けたこともあって、間もなく寝てしまった。だが、残念ながらシャイラは妹に取られてしまって、おれと一緒でないため一人寂しく寝た。
翌朝、何やら騒がしい音に眼が覚めた。俺が寝た部屋は、2階の客間で質素なベッドに小さな机とクローゼットを置いた簡素な客間であった。外の明かりは、まだガラスが普及していないこの世界の窓枠の隙間から差し込んでいるから、もう日は高いのだろう。
おれは、ベッドから降りて、窓に歩み寄り両開きの木製の窓枠を開いて、まぶしい朝の光に眼をしばたいた。外を見ると、10騎ほどの馬が手すりに繋がれており、それに乗って来たらしき男達が、何やらわめいている。そのわめき声に馬がいなないて、賑やかなことこの上ない。義父が相手をしているようだ。
俺は手早くズボンとシャツを着て、少し迷ったが木剣を持って階下に降りた。玄関には、義母とシャイラ、それにカミール、ミランダが外を覗いている。俺が降りていくとシャイラが迎えてきて、話しかけてくる。
「マルガイ伯爵家の2男のパトラスクが来ているのよ。あの男は婚約者がいるのに、私にご執心で、前から言い寄って来ていたの」
「ほお、つまりお前に、愛人になれと?」
「ええ、そういうことよ。だけど、領民の誰かが飛翔艇で昨日私が帰った事を知らせたのね。今は飛翔艇を寄こせってわめいているわ」苦り切った顔でシャイラが答えるのに、俺は笑っていたらしいが目が怖かったと後で彼女が言った。
「ほお!それは、すがすがしいほどの馬鹿だな。どれ、お前の夫として、すこし身の程を教えてやらないとな。殺さなきゃいいんだよな?」
「まあ、どうせ、文句は言って来るでしょうけど。借りていた金貸し並みの金利の借金は返したし、今後は大丈夫!あなたの力も当てにしているわ!」
彼女は俺の顔を見て嫣然と笑う。
俺は、義母とシャイラの弟妹に笑いかけて、外に出て行った。そこでは、腕を組んで立っている義父に向かって、10人ほどの兵隊らしき逞しい男たちを背後に従えて、若い男が義父に向かってわめいている。
「だから、このようなものを無断で持つのは許さん!我が家から王家に献上するのでよこせ!」
その男の身長は義父よりさらに5cmほど高く、体重が120㎏はありそうなほど横幅はあるが、ぜい肉ではなく筋肉のようだ。四角の顔には頭髪と同じ濃い茶色の眉の下に三白眼が光っている。彼は、金糸銀糸を使った軍服らしき服を着て、これまたきらびやかな鞘に入った長大な剣を背に負っている。
俺は義父の前に進み出て、そいつを睨みつけて言ったよ。
「断る!お前はマルガイ伯爵家2男のパトラスクという名の馬鹿息子らしいな。前から、俺の嫁になるシャイラに言い寄っていたらしいじゃないか。俺の名はケンジ・ミシマ、別の世界の貴族で、この飛翔艇の持ち主だ」
「な、なに!馬鹿息子!シャイラが嫁、無礼な、許さん!」
そいつは、たちまち顔を真っ赤にして怒鳴ったたが、目に見えて癇癪を押さえつけ、飛翔艇を指して言う。
「これは、空を飛ぶらしいの。マルガイ伯爵家の名において命ずる。これを王家に差し出せ!」
言っていることは無茶苦茶だが、こいつはまんざら馬鹿ではないらしい。
「断る。お前が俺に対して俺の物を差し出せと命じる権限はない。それとも俺の国に戦争を吹っ掛けようというのか?このようなものを作れる国に対して」
「う、うるさい。ここにいる以上、この地を統べる王国、そして王国からここを治める権限を委譲されているわが伯爵家の命に従え。従わずば、力において従わせる。おい!」
結局本性を出して、部下に命じる。
パトラスクが下がり、彼の声に応じた兵たちが向かってくる
「「「「「おう!」」」」」
それに対して、義父が剣の柄に手をかけたのでにやりと笑って声をかけた。
「義父さんは手を出さないでください!この程度の連中はどうということはありません」
そして、向かってくる兵達に向かって木刀を正眼に構える。兵たちは、全部で10人、槍を持った者が5人、剣を持った者が5人であり、槍の兵が駆け寄ってくる。全員が真槍と真剣なので、俺を殺すつもりなのだろう。
俺は、収納からヘルメットもついたポリカーボネートの鎧を装着する。「ヘンシン!」と言いたいが我慢する。とは言え、透明の鎧だから、見た者はどう思ったか。鎧の厚みは2㎜でそのままでは大した防御性能はないが、魔力を添わせて強化すると、剣の斬撃、槍位では跳ね返す。
関節は自由に曲がるし、重さは5㎏だから鉄の鎧のように動きに制約は殆どない。
これは、ズルである。しかし、刃物を持った相手と乱戦になると、中途半端な闘い方をすると自分が大怪我をする可能性が高いので、手加減が出来なくなる。だから、こっちは木刀なのでこれはズルではないのだ。
俺は、走り寄ってくる槍の男達に向かってすたすた歩いていく。そして、「ウオー」と突いてくる最初の兵の槍をするりと横に交わし、突いて来た槍の兵の横の兵の横面を木刀でひっぱたく。
さらに、その勢いで剣を反転して、突いてきた槍の兵の両腕を撃ち据えてそれをへし折る。身体強化のお陰で動きが早く、力は強い。横面を打った兵は一瞬で気絶して崩れ落ち、両腕をへし折られた男は不幸なことに気絶できず絶叫する。
俺はそちらは無視して、別の突いてきた男に向かって、横に跳んで槍を躱し、『めーん』と口の中で叫んで、面を撃つ。むろん、頭蓋骨陥没にならないように慎重にね。無論、相手はばったり倒れたよ。
残りの槍の兵は2人だが、俺に向かって構えている。さらに、剣を抜いて振り上げた5人がその背後に迫っている。こういう場合には動きを止めちゃダメなのよね。だから、俺は相手の面を打った剣を、振り上げながら槍の兵の脇に身を移してその兵の横面を打ち、気絶したその兵の陰から残りの槍の兵の横面を打つ。
とにかく、槍の正面に身を置かないようにするんだ。また、槍はその長さの内側に潜り込んだら無力だ。さらに、固まって駆けてくる刀の男たちの真ん中に突っ込んで、横面、面、のどへの突き、胴、面と連続して5人を片づけた。
だけど、2回剣で殴られたものの鎧のお陰で無事だったから、鎧なしにはこのような作戦はとれない。多分、10人片付けるのに要した時間は2から3分だろうが、手加減しながらも全力で動いたので息が切れる。
深呼吸をして呼吸を鎮め、俺から3mほどのところに立って俺を凝視しているマッチョ男に俺は言った。
「さて、最後はパトラスク君だね。やるかい」
とは言え、俺の戦いぶりを見ていたにもかかわらず、彼におじけづいた様子はなく、むしろ嬉しそうだ。馬鹿だと思っていたが、いや、やっぱり馬鹿だけど武人としては、かなりのものかもしれないな。
「なかなかだな。だけど、お前のその鎧はずるいぞ」
にかりと笑ってパトラスクは言う。
「ああ、これが無いと集団相手には手加減できんからな。お前も部下が殺さるのは困るだろう?まあお前ひとり相手だったら、これが無くても殺さないように手加減してやるよ」
そう言って俺は、鎧を収納に仕舞う。
「この野郎、舐めやがって。俺は手加減をせんぞ。お前を殺して何もかも奪ってやる」
俺の言ったことが気に入らないらしく、彼は獰猛な目で俺を睨む。
「ああ、やれるならな。まあ、やりゃあ判るよ。さあ、来い!」
「おお!いくぞ!」
彼は吠えて、背負ってきた剣を引き抜いた。それは刃渡りが1.2mほど、幅広で少し反った片端の剣であり、先端が双刃になっている。重量は相当あると思うが、彼はそれを軽々とかかげて走り寄り、振り回して切り込んでくる。
動きからすれな、明らかに身体強化をしている。真剣を、木刀では受けることはできないので、俺は軽く跳び退ってその剣先を避ける。それに対して彼が反転して切りかかってくるが、その剣の横腹を、俺は木刀でたたきつける。
しかし、折るつもりの打ち込みに対して剣はバイーンと音を立てて揺れるが折れない。
「ほお、なかなかの剣だな」
俺は感心して言ったが、動きは止めず、今度は胴を打ち抜く、しかし、手ごたえは巨大なタイヤを叩いたような感触で、果たして相手は平気だ。特殊な身体強化なのだろうが、切りつけた刀勢は十分と思えたにも関わらず跳ね返したところを見ると、木剣では倒すことは難しいか。
苦痛は無いわけでなさそうだが「ふん、刀を跳ね返す俺の体に木剣が効くものか」ニヤリと笑って言い、言いながらも切り込んで来る。俺も自分の斬撃が決まったと思ったために、それは避けきれずとっさに木刀で勢いを逸らして一旦は距離を取る。
『なるほど、あの守りがパトラスクの自信か』
俺は思って、今度は木刀に魔力を添わせる。
その一瞬のすきに、相手が踏み込んで横なぎに切ってくるのを風魔法も使って跳んで避け、上段から切り下ろす。頭を叩くと致命傷になるので狙いは肩だ。ほぼ全力の俺の打ち込みは、パトラスクの身体強化も流石に耐えられず、木刀は鎖骨をへし折り肩甲骨に食い込む。
しかし、その身体強化が無ければ、木刀は心臓まで切り裂いていただろう。
パトラスクはしかし、まだ闘志を失っていなかった。砕いた左の肩に繋がる左腕は無力化されたが、右の片手に剣を持って切り込んでこようとする。だが、そんな鈍い振りが俺に届くわけもなく、その前に俺の木刀が右腕をへし折った。
パトラスクは歯を食いしばって、ガランガランと落ちた自分の剣を見ながらも倒れることなく立ち尽くし、傷ついた両腕を垂らしてうつむく。倒れないだけ立派なものだが、と思いながら俺は言ったよ。
「わかったか、上には上がいるんだ。俺より、このロリヤーク騎士爵殿のほうが剣技は上だ。お前が彼と戦えば同じ結果だよ」
俺の言葉に、彼はちらりと義父を見るがまた目を伏せる。
「いいか、今回はお前を殺すことはしなかったが、言っておくぞ。次にこの家にちょっかいを出したら、お前だけじゃないぞ。お前の家も皆殺しにして潰してやる。解ったか?」
彼は聞こえているだろうが身動きしない。
「判ったのか?返事をしろ、返事がなけりゃ、引きずってお前の家にいくか?」
「わ、わかった。もう手を出さない。約束する」
かすれた声でパトラスクが言う。
俺は、骨の折れた3名に添え木を巻いてやり、俺が治療魔法をしてやったから、2週間もあれば完治するだろう。面を撃った連中は気付け薬で意識を取り戻し、連中はすごすごと帰って行ったよ。
気が付いてみると、廻りにはロリヤーク領の領民が100人以上も集まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます