第24話 シャイラとその家族2
ハヤブサで、ロリヤーク領に帰った時にはすでに午後も遅くなっていた。だから、義父はすでに家に帰っているはずということで、直接家に向かった。そこで出迎えたのは、義父のゼンダ・デラ・ロリヤーク騎士爵であった。
彼は俺より5cmほども長身であり、下腹は少し出ているが肩幅も広い引き締まった体をしている。引き締まった顔立ちと鋭い目は有能そうであり、髪は息子と同じ金髪だが、シャイラの緑の目は父親から来たもののようだ。
彼は、俺に手を差し出してぐっと力強く握って、俺の顔をしっかり見つめて言う。
「ふむ、シャイラがお世話になったそうだな」
「いや、私もシャイラ嬢には、魔法を教えてもらいました。今日はお嬢さんを私の妻に頂きたく参りました」
俺もしっかり目を合わせて言った。義父はその言葉にシャイラを振り返ると、彼女は大きく頷く。
「まあ、話は分かった。粗末な家だが、中に入ってくれ」
彼は握った手を解いて、俺の肩に手をかけて玄関に導く。
案内されて入ったのは一応応接室の体裁の部屋であった。そこに備えられていた、素朴な大テーブルの周囲の素朴な椅子に一家と俺が腰かける。家政婦が持ってきた黒いお茶(タンポポ)を勧められ、義父が口を開く。
「実のところ、儂が不甲斐ないばかりにシャイラには苦労ばかり掛けた。折角の学校も中退させてしまったが、それにもかかわらずずっと大きな援助をしてくれたし、最近は返せる当てのなかった借金の返済もしてくれた。だから、シャイラが自分でいいと思うのだったら、儂らは何も言う気はない。
私も妻のナタリアも、カミール、メランダもシャイラが幸せになるのを望むばかりだ。シャイラを幸せにする点はミシマ君には是非お願いしたい」
そのように頭を下げる義父に俺は答えたよ。
「はい、私も少々複雑な事情がありますが、シャイラを妻として愛することは誓います。私は、先ほどお見せしたような飛翔艇を持っていますので、時間をかけずにこちらに来られますから、ちょくちょくは寄らせてもらいます」
シャイラの家族がまっとうな人たちで良かったと思うよ。その夕刻は、まずシャイラがシーダルで買ってきた弟と妹さらに父母へのお土産が披露された。王都の学園に行く弟には、自分のマジックバッグの失敗作、と言っても容量が100㎥のものであり、妹には下着を混えて上等な服が3着である。
父には彼女の標準作のマジックバッグに、鉄製の農機具の数百揃いを収めて贈った。母に贈ったのはやはり下着を含めた3着の服である。これらのうち服については、シーダルイ領で確立した繊維産業の結果、最近ではその服飾技術はカロンや王都を凌ぐほどになっているからである。
また鉄材が豊富かつ安価に提供されるようになった結果、鍛冶師が多く集まり様々な鉄製品が生み出され、殊に農機具は優れたものが安く売られている。
俺は、服を選ぶセンスはないので、2人の子供にはスニーカーと靴下を一山、義父には日本刀、義母には真珠のネックレスにした。スニーカーはサイズが判らないので、彼らの友人に贈ることも考えてその程度だろうというものを10足、靴下は色とりどりのものを同じくらいの数を日本で買ってきている。
日本刀は、新刀ではあるが200万円位したものを俺が魔法で強化したもの、真珠のネックレスは同じくらいの値段のものであったが、多分自然真珠しかないこの世界では相当なものだろう。カミールとメランダは初めて見るスニーカーに戸惑っていたようだが、履いてみてすっかり気に入ったようだ。
義父は、こちらでは珍しいタイプの刀に少し戸惑っていたようだが、刀を抜いてその刃紋を眺めその美しさにすっかり気に入ったようだ。義母はネックレスをケースから出して、少し焦ったようにシャイラを呼んでなにやら話している。
やがて、シャイラが寄ってきて言う。
「ケン、ちょっとあれは高価すぎるのではないの?母が言うには真珠は凄く高価なのだって。しかも、こんなに完全に丸く大きさが揃ったものはないそうよ。国宝級だって言ってるわ」
「ああ、あれは俺の世界でも最高級の方だけど、義父さんの刀程度の値段だからそう気にすることはないよ。養殖で大きさが揃った綺麗な球のものが作られるんだ」
俺は義母にも聞こえるように言うと、彼女は少し安心したようにニッコリ笑って返す。
「なかなか、これを付けて人前には出ることはできないでしょうね。大騒ぎになるわ。だけど、お気持ちは嬉しい。有難く頂いて、当分は家の中のみでつけることにするわ」
その後の晩餐は、シャイラが持ってきた材料を料理したものに、俺が日本から持ってきた、和洋中華の調理済みの数々の料理に加えて、冷えたビール、大吟醸の日本酒で大いに盛り上がった。
「父上、今日は北村には何の用事で行かれたのですか?」食べるのがひと段落して、ゆっくり大吟醸を飲み始めたところで、シャイラが聞いた。すると、うまい酒に楽しげだった義父の顔が曇る。
「うむ、最近北の方から、盗賊団の話が聞こえて来てな。5日ほど前に、3つ北方のロガーラ領がやられた。ここにも来るのではないかと心配でな。偵察に来てないか確認してきたのだ」
俺はつい口を挟んでしまった。
「強盗団が多いですね。私らも今日70人のほどの規模のものを退治したばかりなのに」
「今日?70人の強盗団?ケンジ君とシャーラで?」
義母の咎めるような口調にすこし慌ててシャーラが答える。
「だ、大丈夫よ。今日乗ってきたハヤブサは、弓なんかは跳ね返すのよ。あれで相手の1/3位は跳ね飛ばして、後は私とケンの魔法でやっつけたわ。1/4刻(15分)もかからなかったのよ」
「ええ!70人の強盗団を2人で1/4刻でやっつけたって、本当?」
カミールが興奮して立ち上がって叫ぶ。
「本当だ。姉さんは一流の魔術師だから、まともに鍛えていない強盗など敵ではないよ。ハヤブサに乗っているからね。ほら、弓も通さないから安全だしね。しかし義父上、その強盗団というのはどういう連中ですか?」
俺もシャイラに協力して話を逸らそうと聞いたよ。
「あ、ああ。どうも50人位はいるらしく、移動しながら村々を略奪して回っている。頭の何人かは騎士団出身らしく相当に腕が立つという。マクレガ騎士爵というこの地方で名の知れた強者が打ち取られている。はっきり言って、この領に攻め込まれたら、儂らは逃げられるかもしれんが領民はまず守り切れん」
「父上、寄親のマルガイ伯爵家からは、救援は頼めないのですか?」
義父の答えに、シャイラが聞いたのに、彼は苦い顔をして答える。
「はっきり言って、今のカール閣下は頼りにならん。寄親の割に借りていた金の金利も高かったしな。余り頼子の面倒を見るという意識は持たれていないようだ。自領を守るので精いっぱいなんだろう」
「シャイラ、それはいかんな。片付けてしまおう。そういう連中がうろついているなら、お前も安心できんだろう。俺はここには明日一杯しか居れないから、今から出発して見つけて、出来たら片付けよう」
俺が言うと、シャイラが応じる。
「え、今晩?お酒を飲んだけど大丈夫?」
「ああ、この位だったら問題はない。こっちは酒酔い運転の減点と罰金はないからな」
「酒酔い運転?減点と罰金?」
「ああ、今度連れて行くけど、俺の故郷だったら酒を飲んでハヤブサなんかの運転をすると罰せられる」
そこに、ずれた議論をしている俺たちに呆れて義父が尋ねる。
「このように暗いのに今から行く?何も見えんだろう?」
「父上、大丈夫よ。私達は探知・暗視の魔法を使えるから暗くても余り関係ないわ。それに、彼らが野営をしていれば、焚火をしているはずだから、見つけやすくもあります。父上も一緒に行きましょう」
シャイラの言葉に「僕も、僕も行きたい!」カミールが叫ぶ。シャイラが困った顔で俺を見るので俺は言ったよ。
「うん、空に飛んで行動するから危険はないよ。だから、義母さんもメランダも一緒にどうかな?」
「ええー、私もいいの。行きたい、行きたいわ!」メランダが叫び、
「ええ、私もいいなら行きたいわね」
義母も控えめに言う。
「じゃあ、すこし準備をするので、半刻後に玄関に集まって待ってください」
俺はそう言って、そそくさと外に出て飛翔艇に乗り込み、『準備』のために暗い夜空に飛びあがった。
帰ってきたのは、約束通り半刻(30分)後であったが、シャイラの一家は玄関で待ち構えていた。その時点では、ハヤブサはヘッドライトと尾灯を点けていたので、さぞかし目立っただろうと思うよ。
「それじゃあ、行きましょうか」
俺は皆に声をかけて、シャイラは助手席、義父・義母は中間座席、子供たちは後部座席に座らせる。進発時に俺はヘッドライトと尾灯は消し、室内灯のみを点けた。
「義父上、とりあえず北の方に飛びますが、まずは高度を上げて焚火を探しましょう」
「うむ、任せるよ。儂にはどのように探して良いのかわからん」
その言葉に北の方向に高度を上げつつ進み、後部座席の義父に話しかける。
「それにしても、先ほども申しましたが、この国は盗賊団が多いですね。まあ、働き口が少ないと聞いていますが、結局は政治の問題だと思います」
「そ、それは……。ケンジ君は異国の人と聞いているので言うが、確かに平民に対して無関心というより、税のみを取り上げてその生活を顧みない領主が多すぎる。結局は、税が高すぎるのだ。
とはいえ、貴族、領主と言えどそれほど豊かに暮らしているわけではない。王族と中央貴族は贅沢に暮らしているようだがの。我ら領主は、収入の2割を王国政府に支払わなければならん。これは飢饉があっても借金してでも払わなくてはならないもので、なかなかに重い」
義父は淡々と言うが明るい調子ではない。
「2割は重いですね。ただ、それは農業収入でしょう?」
「う、うむ。そうだな。ただ、金・銀も出荷量の2割を王国政府に収めなければならん」
「なるほど、例えば、製材とか紙、また酒を作ったらどうですか」
「それらは、今のところ王国への税に含まれてはおらんな」
「ケン、あそこ、山の中の焚火だわ」
視力を強化して、見回していたシャイラが俺に呼びかける。そちらを見ると、なるほど森林の暗闇の中にぼんやりと赤い色が見える。
「判った、あれに向けて行くぞ」俺は方向を定めて、5000mまで昇っていた高度を落とす。近づくと3つの焚火がはっきり見え、その周囲にはテントのようなものが張られ、座っている者が大部分で少数は歩いている。
「男が42人、女が7人ね。それに、馬が12頭いるわ。捕虜らしき者はいないわ。持っている武器からすると盗賊団で間違いないでしょう」
探知魔法については、バトラの力を借りなければ俺より達者なシャイラが言う。
「義父上、聞いての通りですが、彼らを一掃していいですね?」
「も、もちろん構わんが、どうやるんだ?」
「押しつぶします!」
俺は、そう言って、バトラの力を借りながら、収納に入っている1000㎥の岩と砂利を吐き出す範囲が下の集団の広がりに合うように整える。
「押しつぶす!どうっやって?」
「こうやってです。皆、下を見ておいてね」
義父が問うのに、俺は下向きのライトのカバーを開きスイッチを入れて答えた。高度1000mの上空から、1個の下部ライトが盗賊の野営地を照らす。そこに黒々とした岩と砂利が突然現れ、落下を始める。
1000㎥の集塊は固まって落下する。風は弱いが、流されないように俺はコントロールして、突然の光に上を見上げている集団に落とすようにする。集塊の個々の岩や砂利の落下速度には本来差はないが、空気抵抗によって多少上下方向にばらつくものの岩と砂利は正確に49人の頭上に落下する。
地上では派手な音がしたと思うが、1000mの上空ではかすかにドサドサ、ガラガラという音が聞こえるのみであり、中に叫びかけて潰された「ぎゃ!」という声も混じっている。
俺の念話での示唆もあって、状況を完全に理解したシャイラが説明し始める。
「1000ラドム(㎥)の岩と砂利を1000ラド(m)の高さから落としたのよ。ケンの収納から出したのだけど、こういう攻撃方法もあるのね。岩と砂利は、我が家の領から下ったところにある河原から取ってきたのよ。
あの高さから落ちてきた岩と砂利の下敷きになったら、ひとたまりもないでしょうね。でも、とっさに1人逃げ出したわ。あれは相当に出来るわね、強敵よ」
「うん、確かに1人逃げたな。あの短時間で、とっさに判断して逃げ出すとは確かに相当出来るな。逃がすと面倒だ、片付けよう」
俺がシャイラに応じると、義父が言う。
「儂にやらせてくれ、近所を荒らしまわった奴らだ。自分で片づけたい」
俺は判断に迷ってシャイラを見ると彼女は頷く。
「解りました。下ろしますので、戦ってください。ええと、武器は?」
「ああ、もちろん持っている」
ちらと振り向くと、剣を持ち上げてみせる。ロングソードだ。俺の贈った日本刀ではないが、これは当然のことで、使い慣れた剣を使うべきだ。俺は、ハヤブサを垂直に下す。
地上に降りると、新しくできた岩と砂利のゴロゴロした丘の端に長身の男が馬の近くにいる。岩のぶつかり合った臭いと血の臭い立ち込めている。さらに繋がれた3頭の馬が、ブオ!ブオ!と鳴いて暴れているが、男がその馬を鎮めようとしている。
男は、馬から手を放し、背に負った剣の柄に手をかけて、ヘッドライトを照らしながら降り立ったハヤブサに向かい合う。身長は義父よりも少し高めで、肩幅は広く、しなやかな筋肉の逞しい体であるが、顔は荒れた生活を物語るように荒んでおり、目は血走っている。
「あれは、お前らか!」
男は、降り立った義父と俺それにシャイラに向かって、新たにできた岩と砂利の丘を指して怒鳴る。それに対して、義父が静かに言う。
「ああ、そうだ。この地方で、子供女も含め多くの者を殺してきたお前らには相応しい最後だ。お前にはこのゼンダ・デラ・ロリヤーク騎士爵が引導を渡してやろう」
「ほお、たかが田舎騎士爵がこのドランゴ・ミルマンに挑むとは片腹いたい。きやがれ!」
ミルマンは冷静に返ってそう言い、背のロングソードを抜く。それは、なかなか業物であることが判る刃渡り1m余りの両刃の直刀であり、義父の僅かに湾曲している刃渡り80㎝の細身片刃の剣より長くごつい。
両者が向かい合った途端に、ミルマンが上段から切込み、それを横に避けて軽く躱されると、振り下ろした刀を斜めに振り上げるが、それも義父は軽く下がって躱す。盗賊の剣は鋭く早いが、義父には余裕がある。
俺は、義父のロリヤーク騎士爵が素晴らしい剣士であることが判った。剣技のみであれば、俺も勝てないだろう。
「こいつ!」
ミルマンは叫び、剣をぶんぶん振り回して迫るものの、義父は冷静にそれを見ていて避け、剣でいなす。
ミルマンは、息が切れ始めたところで剣を振りかぶって一息入れた瞬間、義父が飛び込み、剣を鋭く小さく振る。それは、まさに相手の呼吸を読んだもので、鋭く振った剣は振り上げた両肘を切り離した。
義父は、相手の腕を切断した剣を反転して、切られた腕の痛みに歯を食いしばった相手の首を切り裂いた。まさに、皮一枚を残して切断されたミルマンの首が転び、その勢いで立っていた体がどっと倒れた。
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