第23話 シャイラとその家族1
俺とシャイラは、飛翔艇強化型ハヤブサに乗ってシャイラの実家に向けて飛ぶ。距離は約400kmだから、全速で飛べば1時間で着くが、下の景色をある程度見ることができるように、高度1000mを時速200kmで飛ぶ。
「うん、ケン。何かやってる。どうも、馬車が襲われているよ」
辺りをのんびり見回していたシャイラが、突然シートから身を起こして斜め下を見て言う。
「うん、なるほど、ちょっと待てよ。減速して下降しよう」
確かに森林の中の道で止まっている3台の馬車に、騎馬と人が群がって争っている。俺は急減速して下降する。馬車に乗った人と5騎ほどの騎馬の者が、10騎ほどの騎馬の者と槍と刀を持った大勢の連中を払いのけようとしている。
守る方が懸命に抵抗しているが、赤く染まって地面に横たわっているものも相当見える。また、徒歩で攻める方は50人を超えており、周囲には弓の者もいて馬車側は風前の灯のように見える。
「シャイラ、旅の者が強盗に襲われているということでいいな?」
「その通りでいいわよ。やっちゃいましょう」
俺はシャイラの返事に、さらに高度を落とす。さらに、速度を時速40kmほどにして、少し後ろで指揮をとっているらしい騎馬の2騎に突っ込む。馬がいななき、怒号が飛び交う中では、ハヤブサのエンジン音は聞き難かろうと思ったがその通りであり、気がつかれないまま騎馬の連中の胴体に機体を突っ込む。
秒速10mで固いボディが、騎馬に跨った人体に突っ込んだ結果、ドン、ドンという音を立てて、2つの体が引っこ抜かれて20mほどすっ飛ぶ。その2体は馬車に向かっている連中の中に突っ込む。足はあらぬ方向に曲がっているので、人間の脚部はその馬体に跨った状態からの引っこ抜きに堪えられなかったようだ。
ハヤブサにも大きなショックはあったが、あれごときではリブで補強されたボディの1.6mm厚の鋼板は歪まないだろう。「ヒャー、乱暴ねえ」と嬉しそうに叫ぶシャイラを横目に、更に高度を下げて地面すれすれで、馬車を攻めている連中の方を狙って、馬車に当たらないように急旋回する。
その機動で、さらに7人を跳ね飛ばし、大きく旋回して上昇して馬車の上空20mほどに滞空する。流石に、大きな機体が人を跳ね飛ばして回った結果には、皆気が付いて唖然として見上げている。
「やあ、忙しいところをすまんね。どう見ても旅の者が強盗に襲われている様子なので、馬車側に手助けしたいと思うが、構わんかね?」
俺はスピーカーのスイッチを入れ、マイクを持って言う。
当然拡声された声は皆に聞こえ、馬車の連中は笑顔になって何やら叫び、攻めている連中は得物を振り上げて罵っている。さらに、胴体や強化型の横長楕円の窓がカチン、カチンと鳴っているから放たれた矢が当たっているようだ。
一方で、ハヤブサは武装していないし、収納・マジックバッグに武器は持ってもいない。だから反撃手段は魔法によることになるが、森の中の道なので火魔法は使いにくい。しかし、こういう場合に備えて、俺は収納、シャイラはマジックバッグに安価で攻撃できるいわば触媒をもっている。
「じゃあ、シャイラ始めてくれ。シャイラは右側な、俺は左側だ。それじゃ始めるぞ!」
馬車に向かって左右に分けて、シャイラがマジックバッグ中の砂を巻き込んで風の刃を形成して、右側の騎馬を優先してそれを旋回させながら飛ばす。黄色っぽいその渦巻は、シャイラのしなやかな指の動きに従って、滑らかかつ自由に飛び回る。
抵抗が少ない部分ということで、頸部を重点的に狙っているが、それがそこを通過した後は血をまき散らして頭が落ち、胴体を通過した場合は血液のみでなく腸がはみ出るなど、なかなかグロい。砂を巻き込んだ風の刃は、強力ではあるが切断面は綺麗なものではないのだ。
冒険者として魔物を狩るのみでなく、強盗団の退治も経験しているシャイラは、相手が盗賊である場合には、人間相手の殺戮もためらわない。彼女は、強盗に襲われた被害者の例を数多く知っており、生かして帰すことは禁物であることをよく理解しているのだ。
しばらく彼女の鮮やかな魔法を見ていたが、俺も自分の分担の作業を始める。俺が用意したのは、空間収納の中の割栗石だ。直径が15cm〜20cmの採石場で割られた石の塊を、10個程度ずつ機体の外に出して、撓めた空気の塊でブンと盗賊団に投げつける。
頭に当たれば頭蓋骨が陥没して体はすっ飛ばされ即座に昏倒するが、胴体に当たっても体が飛ぶことは一緒でも肋骨程度は粉砕し、内臓は破裂する。この魔法攻撃で多分5分くらいの内に、強盗団は立っている者はいなくなった。
強盗団の中には、シャイラの風の刃と俺の岩つぶてを避けるために馬車に駆け寄るものもいたが、彼らは馬車の護衛の槍に貫かれた。
さらに、シャイラの風の刃の場合は確実に瀕死になるが、俺の岩つぶての場合は怪我で住む場合もあったが、馬車から飛び降りた護衛にとどめを刺されている。
強盗は奴隷落ちのための捕虜にできないなら、生かしてはならないという原則が徹底されている。この場合は、相手が多すぎて、こちらも捕虜にする余裕がないのだ。
上から見ると、馬車の者達は、仲間の負傷者の介抱にかかる者、仲間の死体を集めている者、馬車の前に転がされている丸太を片付ける者と手分けして作業にかかっている。だが、数人の商人らしき者達はハヤブサを見上げている。
「シャイラ、これは降りずに去った方が良さそうだな。相手は商人のようだし、面倒しかなさそうだ」
「ええ、そうね。このハヤブサは多分奪い取ってでも欲しいものでしょうから。うーんと、折角だからうちの家名を言っておきましょうか。商人が領に来てくれるのはメリットがあるから」
俺は自分の問いかけに応じる彼女の言葉に納得して、再度スピーカーのスイッチを入れて言った。
「犠牲も出たようだが、助けられてよかった。悪いが、時間がないので、このまま去らせてもらう。我々はマルガイ伯爵領の隣のロリヤーク騎士爵家の者だ。さらばだ」
そう言って、あっさり飛び去る。
やがて遠目に、日本ほどではないが、この世界で中では大きな町が見えて、そこから緩やかな傾斜の農耕地帯と森林が広がる山側にコースを変える。いくつかの田舎街を越えて飛ぶと、やがて、300軒ほどの家と教会がある集落に差し掛かる。
集落の周囲には畑が広がって、小麦が実っているようだ。地形は緩やかだが谷地形なのに、川が流れていない。山側は森林になっているが、巨木はないので開発をしようと思えばさほど苦労はしないだろう。
「あそこが我がロリヤーク領の本村よ。あと左右に2つ、南村と北村があります。我が家は案内するのが少し恥かしいのだけど、あの建物です」
彼女の言うように、左手と右手に下の集落より小さそうな集落が見える。そして、ほぼ正面の森を背景に少し大きめの家が見える。
「うーん、ロリヤーク領は充分肥沃に見えるがなあ。この地形だと水だって井戸を掘れば十分出るはずだよ」
「ええ、そのはずなのよ。水は地下を流れているはずなのだけど、固い岩があって掘れないの。下流に大きな湧き水があって川になっているわ。だから、水源は表面を流れる小さな沢だけなので、すぐに枯れてしまうの」
「ふーん。折角だから領を廻ろう、境界はどこかな?」
「ええ、北の方はあの岩が見えるあそこで、南は森の中に岩がそびえているところです。低い方の西側はあの大きな木とあっちの岩を結んだ線で、東の森はあの尾根までですから随分広いですが、開発する余裕がありませんので手つかずです」
シャイラの言うことを総合すると、開けた土地が10㎢程度、森は15㎞×5㎞位はあるから騎士爵領としては十分広いように思う。
「住民はどの位かな?」
「ええ、本村が1300人位、北村が500人、南村が400人と言ったところよ」
「ふーん。農業を産業にするとしても面積は十分以上あるな。森林を開発すれば、発展の余地は大きい」
「食べるに一生懸命で、開発の余裕がないのよ。でも、今後は私が援助できるし、ケンがシーダルイ領でやっているような耕作方法を取れば、小麦なんかも増産が可能だと思うわ。父の相談に乗ってやってね」
「ああ、シーダルイ領は辺境伯領で規模が大きいから、あれもこれも盛りだくさんの手法が適用可能だけど、この程度の規模だと、農業と森林を生かした産業だな。少し話をしてみるよ」
領を一巡りしたのち、ハヤブサは領主館と言うにはみすぼらしい館の前庭に着陸する。すると、窓からそれを見た少年と少女が玄関から飛び出してくる。
「カミール、メランダ!」
シャイラ彼らを見て、叫んでドアを開けて飛び出す。
「「シャイラ姉さま!」」
2人の子供は叫び返して、シャイラに飛びつく。
13歳のシャイラの弟のカミールは、草色のズボンとシャツでまだ細いが、身長は155cmのシャイラ程度あり、薄青のワンピースを着た妹のメランダはもっと細く身長は130cm程度である。
カミールは濃い茶髪であり、メランダは金髪でどちらもまだ幼いものの整った顔立ちである。
その騒ぎを聞いて、中年の女性と2人の使用人らしき人達が出てくる。出て来た女性はシャイラの母のナタリアであり、老年に近い家政婦と下働きの老年の男性である。ナタリアの背はシャイラより少し大きめ、茶髪でまだ十分に美しく、ベージュの良い生地ではあるが少し草臥れたワンピースを着ている。
俺がゆっくり出て行って、シャイラから紹介を受けて彼らとあいさつにしている間に、子供たちは夢中でハヤブサの周りをぐるぐる回って中を覗き込んでいる。
「あ、あの、ケンジさん。あれは何ですか?」
義母のナタリアも大いに気になるらしく聞く。
「ええ、これは私の世界の乗り物で、『ハヤブサ』と言います。空を飛んで移動します。乗ってみます?」
「え、ええ。よろしいの?」
「もちろんです。一回りこの辺りを飛んで、御父上が行っているという北村まで行きましょうか」
俺は精一杯愛想よく言って、子供たちにも声をかけた。
「カミール君、メリンダ君、俺の名前はケンジ・ミシマだよ。姉さんの夫になる予定だ。これは『ハヤブサ』と言うのだよ。さあ乗って、飛んで見せるよ」
彼らは、笑ってそう言う俺を警戒した目で見る。
「さあ、乗りなさい。これは凄いよ。姉さんたちはシーダルから今朝出発してきたのよ」
シャイラも子供たちに声をかけて3人で後部に乗り込み、母のナタリアは助手席に乗る。
俺は垂直に分速100mで上昇しながら言う。
「まず、垂直に1000ラド(m)の高さまで上昇します。ゆっくり辺りを眺めてください」
「うわー、早い!高い、高い」
「ほら、家があんなに小さく!」
「うわー、遠くまで見えるね」
「ほら、あれがカロンよ。あちらには海が見えるよ」
助手席のナタリアが無言ではあるが、夢中で外を眺めているのに対し、後ろの座席では賑やかである。
「はい、ここが高度1000ラド(m)です。じゃあ、この高さでまず海まで行こうかな。距離は約100ケラド(km)、それからカロンの上を通って帰ってきます。海までは半刻かけてゆっくり行きます。では出発!」
「空から見るとこんな風なのね。広い大地の中では、私たちの領もちっぽけですわね。………ケンジさんの国ではこんな乗り物が普通に使われているのですか?」
後部座席の賑やかなのは相変わらずであるが、ナタリアが声をかけてくる。
「いや、空を飛ぶ乗り物は沢山ありますが、このハヤブサのように、手軽に庭先に降りて飛べるようなものはごく最近のものです。だけどだんだん普通になっていくでしょうね」
「このハヤブサは売りだされるおつもりですか?」
「いえ、これは余りにこの世界では、突出し過ぎです。魔法があると言っても国の力のバランスを崩してしまいます。ただ、自分が使うのは便利なので持ってきました。だから、僕が自分のため使うのを限定です」
「ハハハ、なるほど、自分のため限定ですか。では世界にこれ一つなのですね?」
「まあ、そういうことです」
「あと、娘のシャイラが領の大きな借金を返してくれました。無理をしたのではないかと、心配していたのですが。あなたのような人とお付き合いしてのことだと安心しました」
「ええ、ご存知だと思いますが、シャイラはマジックバッグを作ることができます。これは大きな収入になるのです。それと、シーダルイ領では、今いろんな改革をして領の収入を大いに増やしています。お宅のロリヤーク領でも適用できる方法もありますから、後でご主人も交えて説明しますよ」
暫く飛んでいると、キラキラ輝く海が見えて来た。
「キャー、海、海よ、広いねえ」後部座席からけたたましい声が聞こえる。
「お義母さんは、海にはいかれたことがありますか?」
「ええ、私の叔母が海辺の領に住んでいるので、少女の頃行きました。海は広いですね」
「あ、あそこの島は無人島のようですね、降りてみましょう。子供たちが喜ぶと思います。おーい、君等あの島に降りるぞ」
そう言って、岸から2㎞ほども沖合の、直径500m程度の、緑の樹木の色が混じった岩の丘に白浜が広がる島に向かって降下していく。それを夢中になって見下ろしながら2人の子供が喜ぶ。
「うわー、降りられるのだって。嬉しい!」
着陸点は幅が50mほどもある砂浜であるが、明らかに建物は全くなく無人島である。ザス、ザスという音を立ててタイヤが砂に乗り上げ、ハヤブサが揺れる。
砂までの30cm余を子供は飛び降り、俺は急いで降りて義母の手を取って助け下したよ。シャイラもニコニコして降りてきている。快晴の青い空の下に、前方に広がるもっと濃い青の海は美しかったよ。
子供2人は夢中になって水辺で遊んでいたし、帰りはご機嫌だったから、弟妹の心は掴んだと思うな。
ただ、帰りに最寄りの大きい都市であるカロンの上空を通って帰ったために、翌日連れて行くことを約束させられた。まあ、翌日は日本に帰る日であるが、午前中に行ってやれば大丈夫だろう。
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