第22話 魔法使いシャイラ
シャイラが家に訪ねてきた。2週間ぶりに帰って来た家に伝言があったので、念話で連絡をしたら早速やってきたのだ。服装は、いつもの黒いパンツに黒いジャケットだが何か嬉しそうだ。
「ケン、久しぶりね。今日はお礼に来たのよ。ねえ食事に行きましょう。私がおごるから」
「あ、ああ、シャイラ、お礼とは?何か嬉しそうだな。いい事があったか?」
「ええ、あったの。食べながら話すわ、行きましょう」
2人で出かけたのは、シーダルの街の一番のレストランであるミーマルである。この店はこの街では老舗であるが、腕の良い料理人が揃っていることを評価して、料理がうまい店が欲しかった俺がだいぶテコ入れをしたのだ。それは、地球のレシピを翻訳して与え、様々な調味料を供給するようにしたものだ。
ただ、それはミーマルのみでなく、めぼしい料理屋には多かれ少なかれ似たようなテコ入れをしたので、シーダルのレストランは、軒並み味がぐっと良くなったと評判をとるようになっている。
これは、最近になってシーダルで作られるようになった様々な商品を買い付けるための商人が、王国のみならず帝国からも訪れるようになっており、彼らから両国ともに広く知られるようになってきた。
確かに、砂糖にコショウなどの香辛料を豊富に使え、その上に醤油や味噌まで使える料理に、地球産の酒類が味わえるのは、今は両国ではシーダル市しかないことは確かである。
ちなみに、砂糖に香辛料、醤油・味噌は今のところは地球から持ち込んでいるが、地球の統計に表れるほどの量の持ち込みはしないつもりだ。また値段も、最初は地球に比べ極端に高い現地価格で売っていたが、徐々に下げており、特にシーダルイ領で営業するレストランは地球での1.5倍ほどで卸している。
これらはいずれ現地産にするつもりなので、比較的寒冷地であるシーダルイ領でテンサイの栽培を始めているし、味噌・醤油も試験室レベルではすでに作っていて、現在醸造工場を建設しているところである。
さらに、アルコールについてはワインをシーダルイ領で細々と作っていたので、焼酎、ビールも試験製作で作れることは確認できているので、近く工場を建設する予定になっている。
俺達が入ったのは、今では2つの支店があるミーマルの本店であり、市内では最も高級な店であり、2人で金貨1枚(5万円)位はかかるといわれる店である。
「おい、シャイラいいのか?」
俺はそこに入ろうとするシャイラに声をかけた。彼女は同じクランであるが、生活ぶりはごく慎ましく、服なんかも余り買っているのを見たことがない。ただ、彼女が今着ている服は、いつも同じものではあるが高級なものではあり、このようなレストランでも見劣りはしない。
「今日はいいのよ。恥をかかせないで。今まで節約をしていた理由がなくなったお祝いなのよ」
彼女は俺をその神秘的な緑の目で見つめて、笑って言う。
シャイラの身長は155cm位で大柄な女性が多いこの国では小柄であるが、引き締まった腰と大きく張り出した臀部に、巨乳と言って良いバストと、細いとは言えないがその女性的なスタイルは極めて魅力的である。
日に焼けてはいるが、顔立ちは整っていて、とりわけ美しい大きな緑の目が人目を引く。平常の表情は静かだが、笑うと暖かさと可愛さがこぼれる。年は聞いていないが、肌の張りを見ると多分20歳台の前半だろう。そして、動作はゆったりとして、所々に優雅なしぐさが目につくので育ちは良いのかもしれない。
はっきり言えば、俺の好みからすればどストライクなので、魔法を教えてもらおうとしたのもそれが原因でもある。だから、今日誘われたのは正直に嬉しい。予約してあった席について、注文したビールをウェイターが注いで、彼女が口を開くのを待つ。
「わがロリヤーク騎士爵家の借金返済完了を祝して、乾杯!」
そう言った彼女の言葉に、説明を求めるのは後にして唱和する。
「乾杯!おめでとう!」
ジョッキのビールをぐっと飲んでそれをテーブルに置いて聞く。
「ロリヤーク騎士爵家って?」
「私の名前は正式にはシャイラ・デラ・ロリヤークなのよ。実家は吹けば飛ぶような最低の爵位の家」
「ほほー、でも貴族ではあるよね。なんでまた冒険者に?」
「実家の借金を返すためよ。それはね………」
彼女の言うことを要約すると、彼女はロリヤーク騎士爵家の長女であるが、王都の魔術師学校の2年の時に、領地が大干ばつで大借金を抱えてしまった。それで、彼女は4年制の学校を中退して、割に稼げるという評判のシーダルの冒険者になったということだ。
とは言え、それなりに稼げたのではあるが、領は貧しくて借金を返すどころでなく、かつかつであるため、彼女の稼ぎで金利だけは払ってきたということだ。それが、俺から習ったマジックバッグを5つ売って、1千万ミルを手に入れて借金を払い終わったということになる。
そう言えば、彼女の作ったマジックバッグは、シーダル・アース商会で買ったのだったな。ちょっと個人の収入としてはでかすぎるのでクランの収入にしろと言ったのだったが、彼女から頼まれて直接払ってやったのだ。
シャイラの作れるのは、容量が300㎥のもので、商会などに金貨500枚で売れる。だから彼女には魔石を与えて作らせ金貨200枚を払っていた。だから、金貨1000枚の1千万ミル(5千万円)か。
「それにね、私達のクラン、黒の暴風の稼ぎもマジックバッグと私の魔法の威力が上がったおかげで、以前の3倍くらいになっているのよ。だから、私の取り分も一月に金貨20枚になるわ。
それに私にはマジックバッグという稼ぐ方法もあるから、弟の王都学園の入学金と学費を払ってやれるわ」
嬉しそうに言ってビールを飲む彼女であるが、このビールは俺が日本から大量に持ち込んで自分が行く可能性のあるレストランのみに売っているのだ。むろん、黒の暴風のクランハウスと俺の家では飲み放題である。すべからく自分のためなのである。
「弟さんと妹さんがいると言ったね。ちなみに、シャイラは何歳かい、そして弟妹は?」
「言ってなかったかな、私は21歳よ。弟が13歳で妹が10歳。私の両親は、私が生まれてからずっと子供ができなかったのよ」
「そうか。弟さんと妹さんの教育はどうしているんだ?」
「初等学校は、私達の領でも村が3つあるので、各村で子供を集めて3日に1回ずつ読み書きと算術を教えています。だから私達領主の子供は、その教師から特別にもっと深くいろんなことを教わっていますし、母上が家で教えてくれます。
そして、9歳以降になると家から15ケラド(15㎞)ほどの寄親のマルガイ伯爵家の領都の中等学校で学びます。王都の高等学校は、13歳以降で4年間寄宿舎に入って学びますが、弟は魔法については余り適性がないようなので、政務科で学ぶことになるでしょう」
「ふーん。そうか、その借金が返せないと弟さんも……」
「いえ、弟は跡取りなので、無理でも行かせることになったでしょうが、また借金ですね。だから、ケンのお陰で借金が返せて本当に助かりました」
シャイラは椅子から立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。こちらの世界もお礼を言うときは頭を下げるのだ。
「い、いや。まあ、座って、座って。俺も魔法を教えてもらったし。なにより、俺に限らず男だったら、シャイラのような魅力的な女性のためにはひと肌もふた肌も脱ぐさ」
「ふふ、有難う。本当に助かったわ。一所懸命やっていても金利を払うくらいが精いっぱいだったものね。実は、引き換えに結構なお年の人との後添えの話があったのよ。まあ、私の年で、学校も中退だから、まともな婚姻の話はいずれにせよないものね。でも、おかげで今後は豊かには暮らせるわ」
彼女は柔らかく笑って言う。
「どうかな、シャイラ。俺はどうだろうか。相手として?」
「え、ええ!?」
彼女は驚いたような表情はしたが、半分は予期をしていたようだ。
「うーん。そうねえ、悪くはないかな。でもあなたのことを教えて、謎の男ケンはどういう人なの?」
俺は、異世界から来たことは教え、異世界でどういうことをしているかも教えた。むろん独身であり、現在は付き合っている女性はいないことも強調した。
「どうかな?俺は………」
最後にそう言って、テーブルに置いた彼女の手を取って、彼女を見つめていると、彼女がしっかり頷くのを見ることができた。その夜、俺は彼女を連れて家に帰ったよ。無論、食事代は俺が払ってね。
翌朝、食堂にシャイラを連れて行って、驚いている賄いのチェリナという名前だけが可愛いおばちゃんに紹介した。
「チェリナ、彼女の名前はシャイラだ。俺の奥さんだよ。彼女の朝食も用意してくれ」
その奥さんという言葉にシャイラは顔を赤らめていたよ。可愛いね。
ちなみに、暫くこの家に住んでいた犬人族のカイロンとサーシャ夫婦は、娘のマミラと共に敷地内にある離れに住んでいる。
彼らは、別に家を借りようとしていたのだが、可愛い娘のマミラが見えなくなるのは寂しいとの俺の我儘で住んでもらっているのだ。
カイロンは、もはや52人の従業員を抱えるシーダル・アース商会の専務として、なかなか能力を発揮している。だから、給与として年間金貨150枚ほどを払っているので、この世界では高給取りである。
俺はシャイラの両親を訪問することにした。やはり、彼女の強い希望で結婚式は挙げようと思っているので、親の了解は必要だろう。実のところ、俺は前の世界で結婚したことはある。
小柄で優しいいい女だったが、俺が52歳の時に47歳でガンを罹って死んだ。あれは悲しかったな。バトラの助けを借りることのできる今だったら、助けられたのにと残念に思うよ。
シャイラの親の領は王国第2の街であるカロンの近場であり、馬車で5日ほどかけてカロンまで行って徒歩で半日と言う所らしい。俺はそんなにちんたら時間をかけて行くわけにはいかないから、シャイラに言った。
「向こうの世界に行くまでせいぜい後2日だ。だから、1刻(時間)位で着けるものを用意するよ」
「ええ!1刻?ああ、それもニホンと言う所の機械なの?」
「うん、まあ、俺の会社が作っているもので、最新型だけどね。カロンまで約400ケラド(km)と聞いているので、1刻で着くだろう。まあ、どっちにしてもとりあえず黒の暴風のクランハウスに行こう。皆はいるか?」
「うん、今日は休暇日だよ。だから多分昨夜は飲んだくれて、起きたくらいか、寝ているかだと思う」
クランハウスまでは歩いて20分足らずだ。
玄関から入ると、家政婦のオバさんがせっせと掃除をしているのに挨拶して、食堂に入るとガガリンとカーラが2人で、朝食の後にだべっている様子だ。
「おお、どうした、朝から2人で。さては朝まで2人だったとか」
ガガリンの声にシャイラが顔を赤らめるのを横目で見て、俺が応じる。
「うん、実はな。シャイラは俺の家に住むことにした」
「ええ!シャイラ、本当?」
カーラが驚いて尋ねる。
「うん、そんな感じになってしまってね。ああ、クランは今のところ抜ける気はないから」
「まあ、いいんじゃないか。シャイラも家の借金を終わらせたと言っていたからな」
ガガリンが言うと、カーラが続いて口を開く。
「じゃあ、荷物を出すのね。あと式はどうするの?」
「うん、荷物は持って出るわ。まあ、マジックバッグがあるから訳はないけど。式はやっぱり挙げるつもりよ。ケンが今から実家に挨拶に行ってくれるって」
「家に?しかし、シャイラの家はカロンの近くだろう?ケンはそんなに時間をかけられるのか?」
ガガリンが怪訝そうに聞く。
「むろん、徒歩や馬車で往復は無理だよ。だから、秘密兵器だ。君等には見せておこう。一緒に使うことがあるかも知れんからな。まず、シャイラ、荷物をマジックバッグに入れて来いよ」
ものの10分ほどで、自分の荷を収納に入れたシャイラが降りてくるのと前後して、ドルゴも起きてくる。俺は、ぞろぞろと玄関先に集まった皆に声をかける。
「いいか、出すよ。これが強化型ハヤブサと呼んでいる、俺の世界でも最新の飛翔艇だ」
皆は、目の前に突然現れた飛翔邸を驚いて見ている。それは、ボディがベージュに塗られ、密閉性の高い窓とフロントガラスと共につやつやして、この世界ではお目にかかれない完成度である。
そして、彼らは透明の窓とフロントガラスから中を覗き込む。
「これが飛翔艇ということは、空を鳥のように飛べるのか?」
ガガリンが興奮を抑えた声で聞く。
「ああ、早いぞ、多分ドラゴンよりずっと早いと思う」
俺が答えるが、この世界にはドラゴンが居てものすごい速さ飛ぶという。多分魔法を使っているので、速度は見当がつかない。
「まあ、折角だから乗せてやるぞ。魔の森を越えてダガン山を廻ってやろう」
俺はそう言ってドアを開く。
前部には運転席の俺と助手席に一番大きいドルゴ、後部には女性のシャイラとカーラにガガリンでゆったり座っている。その後部にもうひと座席あって、3人が掛けられるようになっているので、定員は8人だ。
「おお、座りごこちがいいな。馬車とは大違いだ」
ドルゴが言い、後部の女性2人もはしゃいで言う。
「本当に。柔らかいし、しっかりしている」
「いくぞ!まず真っすぐに上昇する」
俺は言ってから、まずは高さ1000mまで垂直上昇をかけるが、殆ど振動も騒音も無しにどんどん上がっていく機体に中の皆は大興奮だ。
「うわー!」
「キャー」
「見て、どんどん上がっていく」
「おお、早い、早い」
上昇速度は1分間に300mだから、3分強で1000mの高みに昇る。女2人は余り恐怖心がないのか窓から下を見下ろして姦しい。
「見て、見て、シーダルの街がきれいに見えるわ。あれが、ギルドハウス、あれがシーダル城……」
「あっちが大森林で、あそこはダガン山よね。高いわね。今の高さはダガン山位かな」
「ああ、ダガン山の高さは1110ラド(m)だから、少しあっちが高いな」
俺がシャイラの言葉に応えさらに続ける。
「では行くぞ、あのダガン山に向けてしゅっぱーつ」
「ダガン山の山頂までの距離が33ケラド(km)だ。半刻ほどかけてゆっくり行こうな」
飛行を始めて少しして俺が言うと、
「33ケラドを半刻でゆっくり?」カーラが反問する。
「ああ、ゆっくりさ。これは全速だとカロンまで1刻はかからんぞ」
俺が答えるが、皆は下の風景に夢中だ。自分達が魔の森を行くのに、どれほど苦労しているかを思いながら見ているのだろう。とは言え、今は俺が移動時間短縮のために、クランの皆には50㏄のミニバイクを貸しているので、10㎞程度を1刻程度で走破している。
やがて、ダガン山の山麓の密林に差し掛かると、「あ!ワイバーン、1匹、2匹、……全部で8匹よ」目の良いカーラが叫ぶ。
たしかに、茶色の飛行体が舞っている。
「ケン!大丈夫か?あれはそれなりに手強いぞ」
ガガリンが冷静に言う。
「うん、大丈夫だ、こっちの方が遥かに早いし、多分あいつらは高空には昇って来れん」
俺は舞っているワイバーンに向かい、高度をどんどんあげる。速度は時速100kmだが30度の角度で上昇している。斜めに上昇しているワイバーンの速度は時速80㎞程度だから、下降すれば倍以上の速度だろう。
「1500ラド、………2000ラド、………2500ラド」
俺が高度を読み上げる中で、ワイバーンは頑張って上昇しているが、どんどん羽ばたきの効率が悪くなっているようで、やがて諦めたのか下降に入る。
そして、やはり下降に入ると、どんどん加速して時速200km近くまでスピードアップしているようだ。
「ガガリン、ワイバーンはよく出会うのか?」
「いや、偶に会うが魔の森の中だから木の陰に隠れるのは簡単だ。ただ、草原で出会うとやばいな、あいつらはブレスを吐くからな。いやそれにしても、この飛翔艇は凄いよ。売ってはもらえんよな?」
「うん、無理だ」
俺はあっさり答えた。
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