第21話 尖閣事変5
レーダーの中の魚釣島の沖合の漁船群は動かないらしい。
「これは、明らかにC国が次の手を用意しているのだろうな」
俺には見えないそのスクリーンを見て加山2佐が言う。
「ええ、仙山基地が慌ただしいようですよ。多分、もうすぐ短距離弾道弾を発射すると思います」
アメリカ軍からの衛星の情報を受けている喜久田が応じる。
「ふん、DF-21かDF-26のどちらか知らんが。あれらには核を積めるんだけど、まさか核は乗せていないと思うぞ。聊か刺激が強すぎる」
再度加山が言い、それに喜久田が応じる。
「DF-21だと2段式の固体燃料ロケットですよね。ペイロードが600kgですから、TNTの弾頭としても大威力ですよ。問題は何機飛ばすかですね。こっちはSAM-5を16発しか持っていませんので……」
「仙山基地の発射機は8機だろう。こっちの迎撃用のSAMはたかだか全重量が600kgだが、あっちは17トン以上だ。コストが大違いだし、そうバンバンは打てんよ。最大で仙山基地の8機だが、果たして中国クオリティで全発射機から撃てるかな?」
そのように加山が言うが、相手の弾頭が核か通常弾かは政治的には重要だが、迎撃を担う俺たちにはさほど重要ではない。どっちにしても、全て撃墜するつもりだからな。
「全て撃墜したら面白いことになるよな。米軍も手に負えないんで、空母をC国沖に展開できないと言っているんだろう。今回撃墜出来たら、空母にこの“そら”型を2〜3機乗せておけば、対処できるということだからな。
C国もすでに100機以上配備しているだろう?せっせと投資して来たのが無駄になるわけだ」
「ああ、そうだな。その通りだ。こうやって亜宇宙で待ちかまえているというのが、これほど有利に働くとはなあ。大体、SAM-5だって元々は地対空ミサイルで、射程は80kmだ。だけど、それは地上から重力に打ち勝って飛ぶ必要があるからだ。
ここの高度500㎞だと、打ち下ろす格好になるから、射程は500kmに伸びるし、速度も最終的には秒速2㎞を超える。レーダー探知も視界はクリヤーで全く障害がないので、少々のステレスでは効果がない。
殆ど迎撃率100%と言われるのも無理はないよ。確かに陸上イージスなんかよりはるかに優れているな」
「あ、発射!発射しました。1機、2機……。2機です!」
喜久田が叫ぶ。
「2機か、ケチったな。まあ、効果を試す、または見せるには十分か……、さて何発で迎撃するか」
「国境で当たるようにするわけですよね?」
「ああ、そうだ。そう命じられている」
「だったら、その場合は高度220kmになりますので、この機と“まもる2号”からは、257kmの飛翔距離になります。SAM-5の命中迄の平均速度は1.23km/秒ですから、時間は200秒です。
失中が解って再度発射した時の距離は185kmでSAMの平均速度は1.01㎞/秒で、命中時の敵ミサイルの高度は450kmです。つまり、発射をやり直すことが可能です」
「よし、“まもる1号”のSAMの2機のみを発射する。時間が来たら発射せよ。“まもる2号”よろしいか?待機してくれ」
この会話は“まもる2号”にも繋がっているのだ。
「“まもる2号”了解、……残念です」
最後はボソっという。
「了解。SAM1号機発射まで、122秒。2号機は124秒です」
喜久田が元気よく答える。
今回の俺の出番はないようなので、当面は少し気を抜く。しかし、2機とも撃破された場合には再度発射の可能性がないことはない。更には核ミサイルの日本本土への発射を脅してくる恐れもある。まあ、アメリカからすぐに脅しにかかるだろうから、それはないと思うが。
「1号機、5,4,3,2,1,0,発射!………、0,2号機発射!」
空対空ミサイルより大きな反動による揺れを感じる。
「ミサイル軌道は正常、待機します」
しばらくの沈黙の後、喜久田の声が聞こえる。
「命中軌道です。3,2,1,0、1号機爆発、……2号機爆発!………、敵信号消えました。命中!命中です」
喜久田のはずんだ声に「ウオー」という“まもる2号”からの声も聞こえる。
「さて、敵さんどう出るかな?では、島と基地に報告するぞ」
との加山2佐の声に“まもる2号”の声も静まる。
「こちら、“まもる1号“、加山2佐です。ただいま、敵仙山基地から発射された短距弾道弾 と考えられるミサイル2機を撃破しました。我々2機は同じ位置で別命あるまで待機します」
圧縮通信でその連絡を受けた魚釣島の島津2佐は、声を挙げて皆に知らせる。
「おーい、皆。まもる1号が敵の短距離弾道ミサイルを撃破したぞ!漁船群がどう出るか判らんのでまだ待機な」
その声に、口々に隊員が言う。
「「「「おおー、やったか!」」」
「「凄いな、まもる1号」」
「漁船に知らせが行くのはすこし時間がかかるだろうな。どっちみち待機だ」
島津が言うのに、副隊長の黒田3尉が応じる。
「ええ、さあC国はどう出ますかな?沖の駆逐艦でこっちにミサイル攻撃も出来るが、……いや無理だろう」
ヒューンと頭上を通り過ぎていく、自衛隊のF15を見て言う。C国駆逐艦2隻と空母艦隊には、F35に座乗する編隊司令の楠田1佐から警告放送を行っている。
「こちら、日本国航空自衛隊、尖閣派遣編隊司令の楠田司令である。C国駆逐艦2隻と空母山東他の艦隊に警告する。わが国領土の尖閣諸島における戦闘行為には、わが編隊は断固として武力で対抗する。わが国の尖閣諸島における基地設営隊に対するいかなる攻撃も、わが編隊による反撃を受けると承知されたし」
50機を超える自衛隊の戦闘機・攻撃機に、戦闘機20機を搭載している空母山東に駆逐艦が数隻では鎧袖一触である。それは彼らも承知しており、編隊に対する返信で敵対する意思のないことを表明している。
「我々の行動は自国の漁船群の保護であって、決して対抗しようというものではない」
日本国政府は、防衛省を通じてC国戦闘機・攻撃機と撃破と、それに続く短距離弾道弾の撃破の事実を順次公表した。尖閣諸島の緊迫した状態は国民にも良く知られている。
C国側が、魚釣島周辺の漁船の集結、その後に続く2隻の駆逐艦と少し遠いが空母艦隊の存在、さらにC国軍機の発進準備されている。それに対抗して、沖縄の自衛隊側の編隊の発進準備も細かくニュースになっていた。
その公表の場所は防衛省であり、制服組の広報官が2日前から入れ替わりで詰めていた。
「ええ、発表します。さきほど、尖閣諸島周辺にいる“そら”型宙航機より連絡があり、本日11時35分、同宙航機2機が、尖閣諸島の我が基地設営部隊に攻撃に向かうC国軍機を117機撃墜しました。
攻撃開始時間は、11時17分であり、攻撃に当たったのは“まもる1号”、“まもる2号”であります」
発表のアナウンスをして集まってきた記者に対して、制服組の広報官がいつもの平坦な声で告げる。集まった20人ほどの記者は、最初は何を言われたのか解らない様子だったが、1分ほどして中身が頭にはいってきて爆発した。
「撃墜した?117機!」
「“まもる”2機で?」
「嘘、そんな馬鹿な!117機って本当に!」
「20分以下で117機を、嘘だあ!」
記者達が口々に叫ぶのを、広報官広瀬2尉は多少の快感を覚えながら見ていたが、彼自身も内心では信じがたいと思っていた。しかし、公式電であり、嘘とは思えなかったし、密かにそら型とマジックバッグについては噂を聞いていた。
「これは、防衛省としての公式の発表でありますので、嘘や冗談ではありえません。ご質問があればどうぞ」
記者達がようやく静まって来たのを見て広瀬は言った。
「週刊Sの香川と申します。お話の通りだとすれば、“そら”型1機で、60機余りの近代型戦闘機と攻撃機を撃墜したことになります。それはミサイルによる攻撃でしょうか?また、まもる1号と2号の撃墜スコアは?」
「はい、空対空ミサイルによる撃墜と報告されています。撃墜は“まもる1号”が65機、“まもる2号”が52機となっていますね」
「それはおかしい。“そら”型は中短距離弾道弾用のミサイルを4発。空対空ミサイル8発しか装填できないはずです。だから、最大で12機の敵しか攻撃できないのです。そのまもる1号が何で65機もの相手を撃墜できるのですか?」
この週刊Sの香川という記者は、軍事おたくのためにやけに詳しい。
「い、いや。私はそう言う報告を受けて発表しています。従って、私には知らされていませんが、そのようなシステムが実用化されたのだと思います。ええと、他の質問は?」
広瀬は納得していない香川を置き去りにして次の質問を促す。
「A新聞の早川です。そのC国軍機を撃墜した位置というのは、どの位置なのでしょうか?」
「はい、最初の撃墜位置は大体この辺りで、C国国境から50㎞ほど公海側ですね。国境内で撃墜することは避けたということのようです」
その答えに女記者は激高した。
「それはC国の排他的経済水域(EEZ)内ですよね。そもそも無警告で撃墜するなど憲法9条に違反していますし、さらには相手に権利のあるEEZ内で撃墜するなどもってのほかです。我々は強く抗議します」
しかし、そこで軍事おたくの香川が突っ込んだ。
「何を寝ぼけたことを言ってるんだ!C国は明確に我が国の領土を侵そうとしている。今回のそもそもの原因は、あいつらの政府が焚きつけた漁船群だ。だから自衛隊も仕方がなく魚釣島に基地を作ることになった。どうやって、あれだけの機材を持ち込んだかは知らないがね。
その隊員を殺害しようとしていたのが、あの軍用機群だ。だから、撃墜されて当然だよ。日本政府は明確に警告したじゃないか。なにが、憲法だよ。あの憲法をそのまま実行したら、今頃日本はC国の植民地だ。
お前らの言う通りにしたら、自衛隊は撃たれないと撃ち返すこともできないことになる。無視、無視、こんな奴は無視だ!」
「何を言ってんのよ。この軍事おたくが!」
「ああ、俺は軍事おたくだよ。お前らA新聞の連中は憲法9条おたくだ。アメリカが日本に何もさせないために作ったそのくそ憲法の条文の何が有難いんだよ!」
「まあ、まあお二人とも、ここは記者会見の場ですから、そこまでにしましょう」
内心ニヤニヤしているY新聞の長老記者が2人を分ける。
その後の短距離弾道弾の撃墜を含めて、まもる1号と2号の活躍は、国内では良い意味で予想が外れて大喜びされた。だから、憲法違反、EEZ内の撃墜という国際法違反的な行為と書きたてたA新聞は、その異常性によってドン引きされ、また部数を落とした。
さて、魚釣島沖の漁船群であるが、結局その指揮官は空での敗北を隠すことにしたようだ。
「ここまで来て、帰れるか!どうせ、日本の自衛隊は何もできん、つっこめ!」
との無線で1/3ほどの漁船が前進し始めた。
「うーん、捕虜を取るのも面倒くさいな。よし、1㎞と言ったが射撃の距離は1.5kmにしよう。撃沈しても周りの漁船が助けるだろう。射撃は重機関銃だけな。ちょっと遠いが、狙いは喫水線」
島津2佐が隊員に言う。
12.7mmの重機関銃の有効射程は2㎞を超えるが、1.5㎞の距離の射撃には技術を要するものの、3基の重機関銃の銃手には名人を付けている。測距器をもった2曹が距離を読み上げる。
「……1550m、あと50m、……今1500mを越えました」
「重機関銃撃て!各基ひとまず3隻撃沈のこと」
島津2佐が命じるとドドドドドドドドドと重低音が響き渡る。
隊員各員はうなる重機を横目に的になった船に注目する。断続的な火箭が漁船を目指し、狙い通り船の喫水部に命中して殆ど抵抗なく打ち抜いていく。大威力の弾は各々50から150mmの穴を穿っていくので、漁船はたちまちつんのめるように、船首を沈め始める。
各機関銃が3隻の船を、半沈没状態にするのはあっという間であった。各漁船はすでに機関を一杯に逆進にして、つんのめるように逆走か船首を翻そうとしている。沈みつつある船からは、すでに船員は海に飛び込んで仲間の船に助けを求めている。
しばらく、彼らは放置されていたが、自衛隊から、救助のための前進に対しては攻撃しないとの無線を受けて、仲間を拾い上げられていく。1時間後には、彼らの姿は豆粒のようになっていた。このありさまは、自衛隊側の3機のドローンによってつぶさに映像を撮られており、後にマスコミに公表された。
“まもる1号”と“2号”はその日の夜まで現地に留まったが、帰還命令を受けて木更津駐屯地に帰った。アメリカから非公式に脅しあげられたC国は矛を収めることを了承したらしい。帰りは高度500kmのままで、加速2Gで時速3000㎞まで速度を上げて1時間弱でヘリポートに着陸した。
「三嶋さん、“そら”型の最高速度は時速1500kmということになっているじゃないですか。何でですか?だって、今日いたところから木更津まで1800km位でしょう。それを1時間弱で帰れるなんて変ですよね」
俺を木更津にハヤブサで迎えに来た、直属の部下の松尾が聞くのに俺は答えたよ。
「ああ、空気抵抗がなければ、そら型は最大出力の加速の2Gを3000秒は続けられるから、19.6×3000秒で秒速59㎞位まで加速できる。ただ、止まる必要があるので電池の半分は減速に使うし、他の用途にも使うから精々20km/秒つまり時速72千㎞程度が限度だな。それも空気抵抗がない場合ね。
1時間で地球1周はやろうと思えばやれるよ。電池を予備で持って行けば月に行くくらいは楽勝だぞ」
「ほえー。ね、ねえ、三嶋さん。今度火星に連れて行って下さいよ」
「火星か。まあ行くことは行けるな。だけど火星じゃ面白くはないぞ。火星人なんか居ないしな。土星の方が面白いと思う。だけどちょっと遠いな」
「土星、いいですね。行きましょうよ。行きたいよ、宇宙!」
「ほお。松尾君は“宇宙おたく青年”か。夢があっていいな。少し考えてみるか」
東京の夜景を見ながら、ハヤブサで上空を飛んでいる俺と松尾の2人の会話であった。
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