第20話 尖閣事変4

 俺の乗った“まもる1号”のレーダーには、だいぶ前から数百の光点が見えているが、とうとう漁船が視認出来るようになってきたと基地から連絡があった。多数の点に加えて、漁船から出る排気ガスで、空が霞んでいるのだそうだ。そもそも最初に見えたのがその排気ガスらしい。


 まだ、C国機の発進はないが、飛行場では慌ただした動きがあるようだから、もうすぐだろう。多分、漁船群の最接近に合わせて到着する予定だろうから、10分から20分以内には発進するはずだ。折よく上空にいるアメリカの衛星の画像によると、発進準備が出来ているのは120機程度のようだ。


 また、艦船としては旅洋Ⅱ型駆逐艦2隻が迫ってきており、そのミサイルの射程距離には十分入っている。さらに空母山東が、護衛の駆逐艦4隻を従えて北西300kmの距離に迫っている。


 日本側も沖縄の基地から、F35が 8機とF15の32機、F2の12機が発進するところだから、両者の魚釣島までの距離はほぼ同じなので、すこし早めに着くだろう。これらの機は、“まもる1号”と“2号”の活動の迷彩の意味合いが強い。ただ、攻撃機であるF2は艦船に対する備えになる。


ちなみに、“まもる1号”、“2号”はステルスを意識した形状であり、電波吸収塗料を塗っているので、F35ほどではないが、相当なステルス機能がある。基本的には俺達の2機は高度100kmの高空に占位して、相手が発信したら攻撃のために下降することになっている。


 レーダーは水平視距離を重視するので、指向性が高いので高さ方向は弱く、距離に比べ高い位置のターゲットの探知はまずできない。“そら”型宙航機のステルス性能であれば30㎞昇っておけば探知は無理だろうと判断されている。


 C国機は2つの飛行場から離陸し始めた。数は120機である。自衛隊機52機の発進を衛星でキャッチして十分と見たのだろう。“まもる1号”、“2号”の現在の機位は、九州よりの位置で国境から100㎞の位置で高度100kmにある。これから、C国の編隊が国境を超える位置を目指して、高度を下げつつ飛ぶのだ。


そして、国境当りから編隊の高度約1万mよりさらに3万m上空で、速度を合わせて飛ぶことになる。彼らの離陸に先立って、牧官房長官より日本政府としての声明が出された。


「C国政府に警告します。C国政府が、漁民を扇動して尖閣諸島を占領しようとしていることに対して、我が国は武力をもって排除します。島から12カイリ以内は領海であり、その範囲に無許可で入った船は撃沈します。その際に、武器を持って抵抗するものは、こちらも武器を持って撃破します。


 さらに、日本領土である尖閣諸島魚釣島には、すでに日本国自衛隊が基地を設営しております。従って、そちらの方向に向かうC国軍の軍用機、軍艦はすべて自衛隊への攻撃を目的としていると見做します。従って、自衛権を行使してこれらを攻撃します。


 わが自衛隊は、これらを撃破する能力を持っており、攻撃に向かうことはいたずらに将兵の生命を損ずることになることを申し上げておきます。再度、C国政府に対して警告します。あなた方は我が国固有の領土である、尖閣諸島の領有権を主張して、両国間の緊張をあおってきました。日本政府はそのようなあなた方の横暴な行為に断固として武力をもって対抗します」


 この、牧長官の声明は公開されているので、日本では仕事どころじゃなくなったらしい。

「おい、おい。牧長官、偉く強気だな。しかし、ネットだと福建省の基地にC国は200機近くの戦闘機を集めて尖閣に押し寄せるつもりだぞ。自衛隊は50機とか60機だろう。それに、C国は軍艦も出しているようだし、相手にならんぞ。けちょんけちょんに負けたらどうするんだ!」


「うーん、自衛隊は護衛艦を出していないようだし、アメリカも手を出すつもりはないようだし、そもそも、あんな基地の設営なんかを始めたのが間違いだよ。70人か、自衛隊員は?今のままだと島を爆撃されて自衛隊が全滅して、漁船か軍の連中か知らんがあいつらが占領して終わりだ」


「ああ、こんなことなら、尖閣を漁船で押し寄せられて占領されて、得意の“遺憾砲”を撃って終わりにした方が良かったよな」


「でもさ、あの“そら”型、“まもる1号”と“2号”というのがあるじゃん。あれで何とかするんじゃないか?」


「何ともならんよ。20〜30機あれば何とかなったかもしれん。成層圏から攻撃できる機は強いからな。しかし、まだ稼働しているのは2機だけだ。100機以上の相手にどうにもならんよ。精々10機位だな、相手取れるのは。しかし、“そら”型はともかく、重力エンジン戦闘機の雷光は相当安くできるらしいな。


 だから、雷光を1000機位揃えて、成層圏の守りを“そら”型で固めれば、日本列島の守りは完璧だろう。政府も今回は我慢して、それが揃ってから取り返せばよかったんだよ。だけど、今回の話はC国もその前に何とかということだろうな」


「ああ、確かに重力エンジン機の技術は、C国に当分は渡らんだろうから、近い将来はでかい顔はできなくなるな。それにしても今回の、自衛隊の基地設営は早まったな」

 街中にはそのような議論があったらしいが、世論は日本側不利の見方一色であったようだ。


 ちなみに、自衛隊・政府にとっては今回の尖閣諸島をめぐるトラブルは難しい局面であった。この場合、制服組と意を通じている防衛大臣は無論意思決定に絡んではいるが、あの事務次官がトップの防衛省はつんぼ桟敷である。今回は、人々の議論の通り、明らかにこちらは圧倒的に数的に不利である。


“まもる1号”と“2号”の作戦は前例のないものであり、しかも、マジックバッグという魔法の存在を前提にしたものであった。マジックバッグについては、制服組は実際に魚釣島で使用しているので、実用性は理解している。しかし、何しろ俺という個人が操作することでようやく成り立つという作戦である。


 制服組は、“まもる1号”と“2号”による上方からの敵攻撃機、戦闘機の迎撃は可能であり、敵に防ぐ手段はないと判断している。しかし、本当にマジックバッグからのランチャーへの装填が出来るかどうかに懸念を持っている。


 しかし、実際にそれが成功して、敵の敵攻撃機、戦闘機がばたばた撃墜された時には、敵は魚釣島に対して、違う攻撃をしてくると考えている。それは多分空母キラーと呼ばれるDF-21であろう。


 しかし、ロフテッド軌道をとるこのミサイルについては、“まもる1号”と“2号”で対処可能であるが、どのタイミングで発射してくるかだ。制服組としては、“まもる1号”と“2号”で相当程度の対処ができるとして考えたが、魚釣島にはある程度のミサイルが降って来ると覚悟している。


 だから、島に残る70人に防空壕を作るように命じたのだ。幸い重機も十分持ち込めたことと、島が岩盤で出来ていることから、人のいない島であるためダイナマイトも使い放題で工事ができた。


 また彼らは、漁船群については、それほど脅威ではないと考えている。中に兵士も混じってはいるだろうが、重火器は持ち込んではいないはずだから、島にいる隊員で対処は可能であるはずだ。


 政府は、元々危険がある作戦を自衛隊に押し付けた形になった以上、自衛隊の判断に従うしかないということで官房長官の発表になったものだ。結局、今回の起こるはずの戦闘の行方が、俺の働きにかかっているということになってしまった。これが、マスコミにばれたら大変だ。


 俺の乗った“まもる1号”は、直列の3つの椅子があって、俺の席は最後尾である。機体は前部を下にして直立した姿勢にして、中国の編隊の速度に合わせて時速800kmで尖閣諸島に向かって飛んでいる。上空約4万mでは殆ど空気抵抗はないので、横向きに前進していても問題はない。


 しかし、重力の強さは可変だが、方向は可変でなく床方向にしか向けられないので、椅子に座っている我々はうつぶせの姿勢である。だから、機内重力は0.1Gにして、不自然な姿勢による違和感を無くしている。また、俺の席は臨時のものなので、操縦席、管制官席のような表示部と操縦器はない。


 しかし、俺はバトラの助けを借りて、意力を用いた探査魔法によって、マジックバッグの中身と“まもる1号”と“2号”のミサイルランチャーの間を完全に掌握しているので全く問題ない。


 2機編隊の編隊長の加山2佐がカウントダウンをしている。ゼロになったら、C国機の先頭の機が海上のC国国境線から50㎞の離れた点に達する。その点でミサイルを発射するのだ。


 高度差は30㎞であり、空対空ミサイルのAM-5の射程距離35kmの圏内である。また、真下に打つ場合には重力が味方するので速度もマッハ3の2倍程度になって、射程は2倍程度に伸びる。


 「……3,2,1、0!撃て!」加山の合図で管制官が、8機の敵機をレーダーにロックオンして、発射ボタンを押す。8発のミサイルは1秒ごとに発射される。“まもる1号”と“2号”のランチャーが空になった後に俺は直ちにマジックバッグのミサイルを装填する。


 重力に押されてどんどんミサイルは加速して、半分の4発はマッハ8で敵機に当たりその衝撃で相手の機をへし折りながら爆発し、残り4発は最接近点で爆発して、敵機を分解する。

 この場合には操縦士は到底脱出の余裕などはない。わずか1分以内に8発のミサイルは爆発したので、1分半後には、次の装填済みのミサイルが発射される。


 その状況を、加山が淡々と報告している。

「第1撃、“まもる1号”、8機撃破、“まもる2号”7機撃破、発射後撃破までの時間最大1分35秒」

 彼の報告は録音されて変換され、1分おきに2秒に短縮されて発進される。その報告が8回繰り返され、最後の報告がされる。


「第9撃、“まもる1号”延べ65機撃墜、“まもる2号”52機撃墜、以上にて敵機全機撃墜完了、現在午前11時35分、攻撃開始より18分30秒」

 その報告を受け取った那覇基地の管制室は戦慄したらしい。僅か20分で約120機の現役の攻撃機と戦闘機が全滅したのだ。それも2機の“そら”型のために。


「なぜだ、なぜ、“そら”型宙航機は60発以上もミサイルを撃てるのだ!なぜだ?それにウオツリ・アイランドではなぜそのように大量の資材を運べたのだ?」

 一緒に見ていたアメリカ軍の空軍大佐が叫んだらしい。


 基地司令官が、今は言えないがいずれ教えるということで、説得したと言う。

「ご苦労、喜久田2尉、よくやった。正確な射撃見事だった。三嶋さんありがとう、おかげで任務を遂行できたよ」

 加山2佐が、ベルトを外して身を乗り出して振り返って言った。しかし、喜びの言葉にもかかわらず、彼の顔には笑顔はなくこわばっている。


「え、ええ、よかったです」返す喜久田の声は震えている。

「ああ、まあ。しょうがないよな。これは、戦争だからな。味方が死ぬよりいい。仕掛けて来たのは奴らだ」

 俺は、年寄りの責任であえて気楽に言ったよ。


「では、高度を500kmに上げる。敵のDF-21に備えるぞ」

 加山は再度席についてマイクで言った。


 魚釣島では、漁船群は2㎞ほど沖に遊弋している。

「あいつら、航空攻撃を待っているのだな」

 島津2佐は防空壕で、漁船が映っている監視盤を睨みながら横に立っている副官の亀田2尉に話しかける。


 他の隊員は、黒田3尉が指揮をとって海を睨んで待機しているが、連絡があり次第、30秒以内に防空壕に逃げ込めるようになっている。

 この防空壕は、基地の背後の最も険しい岩山を30m掘り込んで作っており、上に厚さ10mの岩が被さっているので、1トン爆弾の直撃を受けても大丈夫だ。


「ええ、そうでしょうね。航空攻撃で混乱した所を狙っているのでしょう。ちなみに、我が方の編隊は残り200kmほどの距離に近づいています」

 亀田が応じる。


「うん、加山2佐殿がうまくやってくれればいいですが。数十機の敵機が来ると、ここに逃げ込むしかないですよ。逆にこっちの目論見通り敵機が全滅したら、漁船は逃げ散るかもしれませんね」


「さて、C国軍がその場合、漁船にそんな親切な報告をするかな。却って……」

 そこに亀田が割り込む。

「島津2佐、圧縮通信が入っています!」


「うん、第1撃で8機と7機撃破か!予定よりいいな。よし、多分大丈夫だ。敵の戦闘機は加山さんたちが片付けてくれるだろう。少し待とう。マジックバッグからミサイルランチャーへの装填がうまくいくかどうかだ」


 島津が再生された加山の声を聞いて言う。そして、2分ほどの後の圧縮連絡を聞いてきっばり言う。

「よし、2撃目は7機と7機の撃破だ。問題ない。この子機をもって外に出よう」


 監視盤の子機を持って2人は他の隊員のところに向かう。

「しかし、信じがたい話ですね。120機ものジェット軍用機が2機の“そら”型宙航機に撃破されるなどと。なにより、このマジックバッグがないとそれも成り立たないということですから」


 防空壕が出る道で、島田がベルトに下げている宝石を指して亀田が言う。

「ああ、魔法のバッグだからなあ。使っている本人が信じられない思いだよ」


 直径が3㎝ほどの紫の宝石のカバーを取って見ながら島津が言うが、亀田が聞く。

「これは防衛省で買ったのですか?」

「ああ、2個で10億円らしい。この宝石みたいなのは魔石というもので、地球では採れないらしい」


「地球で採れない。ではどこで?」

「いや。俺も知らん。異世界とか言っていたが、冗談だと思う」


 防空壕から出たそこに、高さ1.5mほどの岩を積んでコンクリートで固めた防壁があって、隊員がその裏に陣を作っている。防壁の海側は高さ15mほどの崖になっており、その根本から海が広がっている。


 隊員は、各々が小銃を持って、手榴弾を2発腰に吊っている他に、無反動砲が5基、重機関銃が3基、バズーガ砲が5基用意されている。4両の74式戦車は一段高い段に居座っており、その105mm砲は海を睨んでいるので、漁船群に大いに脅威を覚えさせているだろう。


「皆、ご苦労!“まもる1号”と“2号”の敵機撃破は、計画通り進んでいる。敵機がもう島にたどり着くことはないと考える」

 島津の声に歓声があがる。皆、航空機の大編隊に攻撃されるのは有難くはないのだ。歓声が静まるのを待って島津は話を続ける。


「後の航空機は敵空母山東の艦載機であるが、間もなく友軍の52機の編隊が到着するので、充分対処可能だ。

 あの空母キラーと呼ばれるDF-21であるが、もし発射されても 航空機と同様に“まもると敵1号”と“2号”が片付ける予定だ。今見える漁船であるが、戦闘の船が1㎞の距離に近づいたら、基本的に重機関銃で喫水を狙って撃沈する。

 海に飛び込んだ船員は、1㎞ではこっちには泳いでは来ないだろうが、もし来たら捕虜にする」


 出来るだけ死者は減らしたいので、戦車砲や無反動砲などの高威力の爆発を伴う武器は必要が生じた時しか用いない予定だ。

「黒田君、ご苦労さん。漁船は特に動きはないようだな?」

 島津の言葉に黒田3尉がほっとしたように答える。


「ええ、何隻かは苛立ったように走る廻るものもいますが、こっちには突っ込んではきませんね」


「まあ、戦車は目立つからな、戦車砲が睨んでいるところに突っ込む奴は馬鹿だよな。問題はDF-21だが、大丈夫だと思う。問題は、船団側にこちらに向かっていた航空編隊の撃破と、F-21の撃破を知るすべがあるかということだ。C国軍はどちらも撃破されてもあえて突っ込ませる可能性がある」


「そこまで、やりますかねえ、それと、DF-21というのは空母艦隊でも迎撃が難しいと言われていますよね。果たして、“まもる1号”と“2号”で撃ち落せますかね。まあ、敵機の120機でしたか、あれを簡単に迎撃出来るくらいですから、大丈夫でしょうが」


「ああ、あれはロフテッド軌道で上空から降ってくるときは、秒速5kmを超えるからな。確かに迎撃は難しいよ。だけど、“そら”型は亜宇宙で待ち構えるんだから、見張るのも確実だし、昇ってくるときに迎撃すれば難しくはないよ。ただ、多分C国の領海のすぐ位で迎撃するだろうから、政治的はもめるよな」


「ああ、野党の連中がまた文句を言うのですね」

「うん、C国なんかは日本の憲法に違反していると心配してくれるだろうぜ。まあ、明らかに攻撃している奴らが言えた筋ではないけど、国内はもめるだろうな」

「しかし、政府は腹を決めているんでしょう?」


「ああ、今回A新聞や野党の言う通りにしておけば、この島はすんなり取られていただろう。このまえのKT国のミサイル騒ぎで潮目が変わったな。国民の支持があるということで政府も強気だ。

 だけど、俺らがやられていれば、また別の潮目になってだろうな。その時は政府は総退陣しただろうよ」

 島津2佐は言った。


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