第19話 尖閣紛争その3

 10機のハヤブサは、準備が完了次第早々に出発して現地で作業に入っている。当初はパイロットを除いて70人で作業を行う予定であったが、現地までの800kmを2時間以下で行けるということになると、もう1回飛ぼうということになった。


 つまり、70人の隊員を追加で島に派遣して10人のパイロットも一緒に作業に当たらせ、時期が来たら連れて帰れば良いのだ。マジックバッグについては、最初の1回の運搬で十分とも考えられていた。

 だが、もう70人追加ということで、バックホーを2台、クレーン車を4台、大量の砂利とセメントにコンクリート用の水を追加している。


俺 はその間に、工場からハヤブサを呼んで一旦会社に帰って仕事を片付けていた。工事については後で聞いた話と、映像で見た内容だが、着陸したのは最大の魚釣島である。魚釣島は東西に長い中央で曲がったサツマイモみたいな島であり、東西に3.5km、曲がった中央部の幅で1.2km、面積3.8㎢である。


 東西に高さ300mほどもある山地が通っており、北岸では100mほどの幅の砂利浜から急峻な斜面になって、南岸は海から急峻な斜面になっている。唯一なだらかな地形は西端の突き出した部分の高さ20m〜30mの台地であり、面積は5haも取れるかというところだ。


 降雨量は年間1500㎜程度で少なくはないが、島がこの程度の大きさで、細長い島の中央の線にそって高く、両側に険しく落ち込んでいるので、川になるような流域がなく岩盤の島には地下水もない。従って、どのようにしても、島の中で淡水を得るのは困難である。


 自衛隊は、中国側から来航する場合には、西側から来る可能性が高い事も考慮して、基地の設営を迎え打てる西端の台地に行った。ハヤブサ10機は北西岸の波打ち際に着陸して、74式戦車の排土板で南に向けて登り、高さ20〜30m幅150m長さ500mほどの用地を整地する。


 4台の排土板付きの戦車は大型ブル並みの力を発揮し、5haを2日で均したらしい。ただ、表土が1m足らずと薄く、その下は軟岩であり排土板ではあまり削れないので、中は3段から4段の段のついた用地になってしまった。次に作るのは宿舎と事務所棟であり、その基礎のコンクリート盤は海水でセメントを練って作っている。


 コンクリートは塩分を嫌うが、それは鉄筋を入れる場合であり、鉄筋を使わない無筋コンクリートであればさほど問題はない。長崎県の端島(軍艦島)は海水でコンクリートを練ったらしいが、今でも建物は立派に立っているので、鉄筋を使っていないのだろう。


 その後は、人海戦術でプレハブの宿舎及び事務所棟の組み立てである。これは、宿舎は簡便であることからかまぼこ型で、各棟にはエアコン、シャワー・トイレは付いている。

 事務所棟は、気候も厳しい条件であり、恒久構造物なので、プレハブではある。だが、現場ハウスに使うようなちゃちなものではなく、最高品質のプレハブ棟3K×5kが2棟が建設された。


 これらの建設ではマジックバッグは威力を発揮している。建設現場においては、資機材を使う位置まで運ぶ小運搬に大きな手間がかかるが、マジックバッグの場合は設置場所の直近に出すことができる。


 しかし、これらプレハブの建物については、組み立ての時間短縮のために、各部材が大きく重くなっており、クレーン車の使用が前提である。この点では少し前までは、柱・梁・桁・壁材などが1本1本人手で持ち上げられて組み立てられていたのだ。


 このように、ハヤブサ機の使用のお陰で人員を増やすことが可能であり、かつマジックバッグのお陰で重機が十分に使えたために1週間で基地の形が出来た。基地の名前は魚釣駐在所という名称になって、将来海上保安庁の所管に移して、駐在員が常駐することを考慮している。


 しかし、自衛隊員は正式には駐在所だが、自分たちでは基地と呼んでいる。

なお、各建物の前面には高さ2.5m、厚さ1mの防護壁を設けており、それが、ここが軍事基地であることを示している。


 また、水道については近くの高台に5㎥のタンクを設置して場内に給水している。水源は基本的には基地の海岸よりに海水淡水化装置が設置されており、1日最大2㎥の淡水の給水が可能である。


 つまり、一人一日300㍑の水使用とすると6人程度の駐在が可能ということだ。電気はディーゼルジェネレーターがあるが、AC電池も備えている。ソーラーパネルも検討されたが、攻撃に対し脆弱ということで断念されている。


 基地の形が整ったころ、温州市から漁船団が出発した。ちなみに、魚釣島での基地建設は初めて5日後にマスコミにばれた。相浦駐屯地へのハヤブサ10機の飛来は隠しようがないわけで、かつそこで派手に訓練して、その後また西の空に消えていき、さらに帰って来てまた消えていけば、普通はピンとくるよね。


 最初は地元のマスコミ、その内東京からも記者が来て駐屯地の周りをうろうろするようになる。その日、M新聞の朝刊に『自衛隊、尖閣諸島に基地建設中!』と一面トップで出た。どうも、隊員からばれたわけではないようで、基地で改修工事をやっていた業者の者が、隊員の会話を聞いて家で言ったものが、伝わったようだ。


 マスコミは当然、防衛省に押し寄せる。その対応をした栗田報道官は、その事実を知らなかったので、制服組に対処を求める。その対応には、戦略室長鍋島陸将補が防衛省に出向いて当たった。そのインタビューは俺もスマホで見たよ。


「尖閣諸島、その最大の島の魚釣島で、自衛隊が基地の建設に当たっているというのは事実ですか?」

 A新聞の記者が噛みつくように問う。スクープを抜かれて頭に来ているのだ。


「基地というほどのものではありませんが、隊員を送り込んで彼等が滞在できるように整えているのは事実です」

 答える鍋島は、制服の制帽を取った姿で、禿げた頭を晒し平静な表情のままで応える。


「それは、政府の承認の下でにですよね」

「はい、大臣から『尖閣諸島を守れ』と命じられましたから、そのためには必要ということで、隊員を送り込むことを認めて頂きました」


「そ、それは中国との協定に反するのではないでしょうか?」

「協定?何の協定でしょうか。尖閣諸島は疑いもなく我が国固有の領土です。その領土を自分のものと主張するような相手と何の協定を結ぶのでしょうか?」


 民主党時代の政府が、尖閣に関していくつかの協定を中国と結んだという話がある。それに対して、違う記者が口を開く。

「M新聞の崎田です。今中国において、漁民が船団を仕立てて尖閣に押し寄せるという騒ぎが起きています。今回の措置はそれに対してのものでしょうか?」


「そうですね。その通りです。あれらの船団が尖閣に押し寄せた場合において、海上保安庁では手に余ると申し出があったということです。そして、わが自衛隊が尖閣諸島を守るための必要な措置が今回の行動という訳です」


「しかし、そんなことをすれば、戦争になりますよ。あなたはそうなってもいいのですか?」

 再度A新聞の記者が半ば叫ぶように言うが、鍋島が冷静に答える。


「戦争を起こす権限は我々にはありませんし、そのつもりもありません。我々は命令を果たすのみです」

「S新聞の早島です。10機のハヤブサ、重力エンジン機で隊員を送り込まれたようですが、今回魚釣島には何人送り込んだのですか?」


「70名です。追加で70名を入れましたが、間もなく引き上げさせます」

「70名、あのような小さな機で運べる装備では碌なものがないと思いますが、もし軍に攻められた場合でも大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫です。大丈夫なように計画して実施しています」

 そうやって、防衛省で騒いている頃には沖縄の米軍でも魚釣島の衛星写真の映像が問題になっていたらしい。


「おい、おい。これはなんだ。船は着いてないよな?どうやって、こんな機材や資材を持ち込んだんだ?」

 A海軍大佐が言うのに、B海兵隊中佐が応じる。


「そうだ、ありえん。そのハヤブサ10機が2回着いただけだよな」

 そうやって皆が首を傾げる中で、司令官のジョン・マーカドソンが言う。


「その件は、いずれにせよ聞かなくちゃならん。こっちからでは答えないようであれば、本国から言わせよう。ところで、このレベルの映像はチャイナも撮っているよな。彼らのリアクションは激しいものになると思うが、どうかな。ベーカー君?」

 それに対して、情報部のミゼル・ベーカー少佐が答える。


「そうですね。軍事攻撃で応じる可能性が高いと思います。漁船団は出発させて、そのあとから海軍の艦艇が追う。さらに、航空攻撃ですね。福建省の基地から100機位はすぐ出せます。その攻撃を受けたら、自衛隊の連中の作っている基地など跡形も残らないでしょう。

 自衛隊は沖縄から出せますが、今のところそれに備えている様子はないですね」


「ふーむ。どうかね、あの“そら”型は?」

 司令官の言葉に空軍のC中佐が応じる。


「あれは、普通のジェット機に対して、上から見下ろす位置取りで圧倒的にアドバンテージがあります。また日本が改良したレーダー管制を使えば弾道ミサイルでもほぼ撃ち落せますね。地上イージスより、ずっと能力が上です。

 ただ、如何せん弾数がない。対空ミサイルで8発、対弾道ミサイルで4発、今のところ供用している2機を使ってもその倍です。自らが被弾はしないでしょうが。数に押し切られて味方は守れませんね」


「うーん、そうかな。私は今回のミッションの責任者のミゾウチを知っているが、部下を死地に送り込むようなそんな間抜けなことはしないとおもうがな。しかし、わが軍も本件について何らかの声明を出す必要があるだろうが、内容と発表のしかたは本国と調整が必要だな」


 アメリカの反応の前に中国外務省報道官が日本非難を行った。

「日本は我が国の領土である魚釣島に基地建設を行っている。これは我が国との信頼関係を裏切るものであり、我が国は断固として抗議する。そして、日本が軍を出してきた以上我が国も人民解放軍が矢面に立つことになる。今後いかなる事態があっても、それは日本の責任である」

 お得意の『お前の責任』宣言である。


 アメリカの国務省からの声明があったが、悪化している米中関係を象徴して、はっきり日本側に立った内容であった。


「日本領尖閣諸島において、自衛隊が基地を建設しているが、これは独立国が行う自らの領土における当然の行為である。また、これは中国が漁民を扇動して、当該列島に押し寄せてその騒ぎに紛れて実効支配しようとしていることに対抗してのものであると理解している。


 わが国は、中国政府が先述のように漁民を扇動して、その中に自らの工作員を紛れさせているという証拠を握っている。我々は中国政府に対して警告する。米日安保条約に基づき、我が国の軍は日本の領土を侵そうとする試みを許さない」


 しかし、自衛隊が基地を建設しているのを承知しても、300隻に及ぶ漁船は温州の港を出発した。とは言え、最初に予定された500隻から相当に減ってはいる。

「なあに、どうせ日本のジエイタイは何もできんよ。あいつらは人を殺せんからな」


 ある船長がうそぶいていたのが、典型的な漁民の態度であった。しかし、彼らは政府から、減税と現金供与の大きな利益を約束されて出発したのが後に判明している。

 俺が、魚釣島に降りた時に、36歳、迷彩模様の戦闘服姿の島津直道2佐が出迎えた。暑い、島津も汗にまみれている。


 俺は、自衛隊から同じ戦闘服を借りてきているが、島津2佐と違って無論階級章はつけていない。僅か70名の隊員による部隊を率いるには、彼は階級が高すぎるが、非正規戦のエキスパートである彼の判断力を期待してのことである。


「いや、すみません。民間人の私を迎えて頂いて」

 俺が敬礼する彼に対して恐縮すると、敬礼の後に手を差し出してきて握手を求めてくる。


「いえいえ、三嶋さんのおかげで快適な基地が一挙にできました。しかも航空攻撃からも守って頂けるとのことで、出迎えるのは当然のことですよ」


 そういう彼の立っているのは、目の前に東シナ海の海原が広がる100m×100の駐機場であり、コンクリートの打ち放しの床板の上である。背後には、たった今切られた赤茶けた低い斜面とその上の緑の山麓があり、左右には4段に分かれた基地の用地が広がって、道路部のみがコンクリートで舗装されている。


 その用地には周囲を鋼柱に有刺鉄線のフェンスが巡らされ、かまぼこ型兵舎と倉庫が16棟、事務所棟が2棟建っている。岬の先端であるため見晴らしは極めて良く、5月で既に熱い亜熱帯に潮風が心地よい。現在は駐機場には2機のまもる1号と2号、さらに強化型ハヤブサ2機がある。


 300隻の漁船群は100kmの距離まで近づいており、乗り組んでいる漁民は各船に平均4人であるが、100人位は解放軍兵士が混じっているという報告がある。また背後100kmには中国海軍の旅洋Ⅱ型駆逐艦2隻が遊弋しており、さらに排水量7万トンの空母山東が近づいてきているという情報もある。


 また空軍の福州基地と水門基地に、戦闘爆撃機JH-7、多機能機のJ10やJ11など180機が集結して離陸準備をしているという情報が米軍から寄せられている。自衛隊もF35戦闘機8機、F15戦闘機32機、F2戦闘爆撃機16機などが集結しているが、もし中国側が全力攻撃に入ると明らかに劣勢である。


 戦力は他にも、“まもる1号”と“2号”があり、マジックバッグのお陰で200発の空対空ミサイルを持っている。しかし、まもる1号と2号のレーダーと連動したミサイルの管制機能は8発であり、連続で発射した8発までは相手機に殆ど確実に命中させることができる。つまり、いわば8発ずつのバッチ処理的な機能である。


 一方で俺は練習をして、まもる2号が1号の1㎞以内にある時は、そのランチャーへのミサイル装填ができるようになった。無論バトラの力を借りてである。だから、一度に16機までは敵機の撃墜が可能であるが、8発が命中して次のミサイル軍に管制が切り替えられるまでに時間が問題である。


 そこで、最も効率の良い方法として、相手の30kmほど上空に占位して相手と速度を同調させて打ち込む、この速度マッハ3のAM-5の場合、重力と空気の薄さが味方するので20秒程度で命中する。この場合には1バッチ2分で十分である。


 無論相手も反撃はするだろうが、こちらが重力の底に向かって撃つのに対して完全に重力に逆らうことになる。30㎞もの殆ど真上の相手にロックオンするのは、自衛隊の技術では無理だし、相手も同じだろうという、ミサイル技術者の意見である。


 そうなると、相手が時速800kmで飛んでくるとすると、公海上の距離300kmの距離で攻撃を始めた場合20バッチをこなせるので、320機を撃墜できる。しかし、不測の事態というのは生じるもので、地上に無防備で70人もの隊員がいるのは怖い。俺は、加山2佐を交えた協議で島津2佐にそう言った。


「ハハハ!我々とて戦闘というものは知っています。航空攻撃は食らう可能性は考えていましたので、防空壕は作りましたよ。この島は岩盤なので結構丈夫です。70人の隊員は十分安全に隠せます」

 島津は豪快に笑って言った。


「もっとも、せっかく作った宿舎や事務所など、壊されるのは余り嬉しくはないので、出来れば撃退してくれると嬉しいですがね」

 その言葉に俺は安心をしたが、別の面で少し憂鬱になって言った。


「まあ、相手は人間が乗った飛行機だからなあ。余り撃墜したくはないが攻めて来るなら仕方がない」


「うん、そうだなあ。100機以上の攻撃機か、半分は以上はタンデムだから、2人乗っているんだ」

 加山が言うのに俺が文句を言う。


「なんだ、加山、嫌みな奴だな。俺が苦しんでいるのに」

「い、いやそう言う訳では……」


 加山が慌てるが、皆で顔を見合わせて最後は俺が言う。

「いい加減なところで、引き返してくれればいいだけどね」

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