第18話 尖閣紛争その2
俺も、相浦駐屯地に乗り込んだよ。こんな面白そうなことを、後で聞くだけなんて話はないよね。一つは、加山2佐が、まもる1号と2号で尖閣を何往復かすると言ったから、俺が提案したんだ。
「ハヤブサの強化型を貸してやるよ。というより防衛省で買えよ。便利だぜ。航続距離2000km、ドライバーを入れて乗員8人、積載量1.5トンだ。速度は時速600kmにしているからちょっと物足りないけどね。だけど自衛隊仕様で1000km位迄だったらできるよ。まあ、今回は10機位だったら出せるぞ」
電話での俺の声に加山が慌てた。
「え、ああ、そうか、ハヤブサがあったな。戦闘機の雷光のことばかり考えていたよ。うーん、たしかにそれはありだな。ちょっと待ってくれ。上と話してみるわ」
加山は尖閣案件の全体指揮を取っている幕僚本部の溝内海将補に連絡を取ったらしい。溝内さんは、現在海兵隊の設立に動いているらしい人だ。
30分ほどして加山からまた着信があった。
「加山です。了解が取れた。10機とりあえず貸してくれ。購入も予算化すると言っていた。受け取りはどうするかな?」
「ああ、その相浦駐屯地に着けるよ。自衛隊には当面ハヤブサの操縦をやった人材がいないよな。俺の会社から操縦士をつけて、隊員に指導するよ。だけど費用は後で請求するぞ。操縦は難しくはないけど、運動が3次元だからな。
操縦士はヘリのパイロットが望ましい。すぐにいつ受入が可能か連絡をくれ、フライトプランを出さんといかん」
「おお、それは助かる。受け入れについてはすぐに連絡をするよ。俺もそれに合わせて“まもる1号”で行くことになる」
加山が言って通話が切れた。
ハヤブサの強化型はすでに量産体制に入っていて、現在では日当り30台が完成している。だから10台位を自衛隊に回すのに訳はないのだ。操縦資格を持った試運転要員も30名が工場内にいて、数日間10人位が抜けることも問題はない。
一般型のハヤブサは、逆にまだ量産に入っておらず、山梨県に日産千台の大規模工場を作っているが、これの完成はまだ半年後である。これは、強化型の救難用については一般人が操縦するのではないこと、さらに国際的な認定を受けていない状態でも、国内は無論、輸入国が承知すれば売れることから優先しているものである。
この強化型ハヤブサは、ヘリに対しての明らかな優位性から、当面輸出をしないC国、K国さらに経産省から指定された数か国の注文を除いても3千台を超えて、まだ日ごとに増えている状態だ。
営業部の予測では、年間の注文は1万台を超える程度ということなので、現在のラインも日産60台と現在の2倍にするように増設中である。
ちなみに、ハヤブサの操縦資格については、全く新しい概念の機体なのでどのようなものにするか大きな問題になった。この基本的な操縦方法は殆ど自動車の運転と変わらないが、違う点は3次元の運動をすること、さらに圧倒的に早い事と空中で容易に停止できること等である。
そして、操縦資格試験の在り方を決めるためには、空中を飛べる重力エンジン機の交通ルールを決める必要があった。この点で、過密な日本の都市において、様々な利害が絡む関係者の意見・要求を調整することは容易なことではなかった。
しかし、空中を飛べる重力エンジン機の運用は、都市及びその周辺での交通渋滞を完全に解消できる手段でもあった。つまり、例えば交通路を道路及びその上空に限るとしても、地上の交互通行、上空の上下で両側の片側交通とすれば、交通容量は大幅に増えることになる。
また、この場合のメリットは交叉点で高度を変えることで交叉できることである。
基本的な考えとして、重力エンジン機は道路の上空を飛ぶことを原則とすることでまとまっている。
ただ、河、山地、湖、湾や海峡を越える場合など定点を選んで横断を可能にしている。そして、それ以外のルートの高空を飛ぶ場合は、飛行機と同じようにフライトスケジュールの提出が必要になる。
しかし、一方で交通管制は極めて複雑になるが、幸いGPSシステムで機体の3次元の位置を精密に常時把握できる。そのことから、現在国がGPSの信号を利用して都市ごとに3次元交通網を形成しつつある。
これは、AIによって管理される3次元の通路網が形成されて、全ての地上車両、重力エンジン機はその通路網を通行する必要がある。ただ、地上は実際の道路を通行する必要があるが、空中の通路は私有地の上空は避けてはいるが、極力小さいカーブとならないように決められている。
このシステムは、半分くらいの都道府県については1年後程度に完成するといわれているので、その時点で一般型のハヤブサが売りだされることになる。
RG免許と言われる重力エンジン機の免許証は1類と2類に分かれ、1類は先述の交通網のみの運転が許可され、2類はそれを外れて運転できるものである。1類の免許は普通自動車の免許証を持った者で、各日3時間5日の教習と1日の講習で取得が可能である。
2類については1類を取ったうえで、各日3時間6日の教習と2日の講習で取得が可能である。普通タイプのハヤブサ型は2タイプあって、気密性などについて殆ど乗用車と変わらない1型は、5人乗りで価格は大体3百万から4百万円で売り出される予定である。
1類の高度の限度は地上100m、速度は150km/時としており、走行タイヤが付いており、地上走行も可能である。2型は気密構造であるため高度5千mまで上昇が可能であり、速度も500km/時までは出る。
またタイヤはついてはいるが簡易なものであり、長時間タイヤで地上走行することは考慮していない。しかし、タイヤが地上に着かない高さで高速で滑走することは可能である。価格は1千万円程度で売られる予定で、乗員は1型と同じ5人である。
ちなみに強化型は、高度は1万m、速度は600km/時で風速60mでも安定した航行と空中停止が可能である。さらに、機体は頑強であり、10㎝程度の樹木があっても分け入ることができる程度の強度があり、乗員は荷物室の椅子を引き出せば8人まで収容が可能になる。
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俺が率いて、編隊を組み相浦駐屯地に着いた10機のハヤブサ強化型は、2haの広さのヘリコプターの駐機場に降りた。10mの間隔で前後20m空けて10台がぴったり揃って降りてやった。
ワンボックスタイプで、ベージュに塗られた長さ6mで幅2.5mの機体が綺麗に並んで高さ500mの高度から秒速5mでスーと音もなく降りてくるのは、それなりに見栄えがしたと思うよ。多分陸もこの機体を欲しがると思う。俺はそう言って社内を説得したんだ。
駐機場にはまもる1号、2号も降りているから、加山2佐もすでに来ているわけだ。俺が機体から降りると、加山と一緒に将官が2人出迎えていた。片方は多分この駐屯地の司令官で、もう一人は、溝内海将補だろう。この大詰めになれば責任者が出張って来るのも当然だろう。
俺は降りてきた操縦士が集まるのを待って、待っている3人とその後ろに控える20人ほどの方へ歩いていく。
「RGエンジニアリングの三嶋です。こちらの9人が、ハヤブサ強化型の機体を運んできた操縦士です。そちらの隊員の皆さんの操縦の教習に当たらせていただきます」
「「「「よろしくお願いします」」」」
俺は待っている人々に自己紹介をして、一緒に来た皆と挨拶して一礼をする。ちなみに、俺は自衛隊相手の時は認識障害を解いている。姿が年よりのままだと、気を遣わせるためだ。幸いというか、俺は老け顔なので20歳台後半に見えるらしいので、35歳で通している。
また自衛隊相手だと身分証明書が必要であるが、これは正式な年である69歳のままであるが、写真は今の物を使っている。咎められたら、『若く見えるんですよ』で押し通している。
俺達の挨拶に対して、迎える皆は一斉に敬礼をして、陸の将官が口を開く。
「相浦駐屯地、鷺山司令官です。この度は、わざわざ重力エンジン機を運んできていただいて感謝します。また、あのマジックバッグも三嶋さんが提供頂いたとか。お陰で作戦の自由度が大きく増しました」
「幕僚本部の溝内です。鷺山さんの言われる通りで、おかげで取れるオプションが大きく広がりました」
さらに、横にいた将官が口を開いた。将官の正体は予想通りだった。
彼等が言う通りで、自衛隊としては、今回の政府からの尖閣死守の命令は、かなりきわどい作戦になるとみていたらしい。上陸はしろ、だけど刺激しないように目立つな、というのはなかなかにつらい。
それと、こちらの進発が基本的に尖閣に迫ってくる船団を確認してからというタイミングの問題がある。基本的には、それなりの人員と装備を島に上げるためには、船で運んで上陸用の舟艇を使うことになるが、船を使う以上はどうしても時間がかかるので、適切な進発に時間を決めることが難しい。
もう一つは、自衛隊の部隊を上陸させた場合には、相手が航空部隊を出してくる可能性がある。しかも、敵の方の基地が近いだけに有利なのだ。
さらに、相手がその気になって空母キラ―のミサイルなどを打ち出した場合には、上陸した隊員を守る術がない。自衛隊としては、攻撃機の波状攻撃、ロフテッド軌道を取る弾道ミサイルのどちらからも、上陸した隊員を守る自信がないのだ。
その点で、“まもる1号”と“2号”を使い、さらにマジックバックを使えば、上陸部隊に十分な装備を用意できるし、比較的目立たないように部隊を上陸させられるという点もクリヤーできる。ただ、弱点は敵の航空部隊の攻撃や、ミサイル攻撃に対応性が弱い。
その点で、ハヤブサで人員を運べば、操縦士を除いて一度の70人の陸戦隊を運べるし、マジックバッグで装備はその要員で使えるあらゆるものが運べる。“まもる1号”と“2号”は、適当な高度で尖閣諸島の上空を哨戒すればよいし、それが長期に及んでもマジックバッグの資材で問題ない。
「そういうことで、貴方の協力のお陰で大いに助かっているよ。ところで、このマジックバッグだが、収納はいいのだが、出すときに位置を特定できないのかな?」
自衛隊側の2人の将官と、加山を含めた7人と会議室で机を囲んで話している席で、溝内海将補の言葉に俺は顎をつまんだ。
「うーん。たしかに。陸さんは外で出せばいいけど、“まもる1号”の中でミサイルを出してもしょうがないですな。要するにミサイルはミサイルランチャーに出したいんですね?」
「その通り、機銃弾は機内から弾を補給できるからいいんだけどね。空対空ミサイルは改造すれば出来るだろうが、重いし危ないし。何とかならんですかなあ?」
「うーん。僕は出来るんですけどね。その為には探査の魔法が使えて、念動の魔法も要るかな。今渡している意力の増幅器の出力を上げて、それから訓練がいるなあ。でも誰でもはできないかも」
俺の言葉に、自衛隊側の7人は食いついてくるが、すぐさま言葉を発したのは加山2佐であった。
「できるの?できたら、“そら”型の戦力は何倍にもなるな」
「うーん。俺が出来るのはほぼ確実だ。他の人に教えるのも出来るはずだよ。ただ少し研究する必要がある。まあ、出来るところを見せようか。
うーんと、俺の収納に入っている結構重いもので形の整ったもの、そうコピー機をこのテーブルの上に出すよ。角をこの紙の隅に合わせるね」
「コピー機?妙なものを持ってるなあ」
加山が言うが俺はフンと言う感じで返す。
「コピー機って、要る時にないことはままあるよ。まあ、いいや。では出しますよ、いや、待て。俺が見ていたんじゃいかんな。ランチャーは当然操縦室から見えないよね?」
一同は真剣な顔で頷く。
「じゃあ、俺は廊下から操作するよ。いいかな?」
一同が再度頷くのを確認して、俺は廊下に出て探知で机の上の紙と平行して、収納の中の60㎝角で高さ90㎝の白いコピー機をはっきり認識する。
「いくぞ!」
一声かけて、収納の扉を開けて置く場所の一点を目がけてコピー機を出す。
「「「「「おお!出た。」」」」」」
声が重なって聞こえる。室内に入っていくと、半数ほどが振り返るが、半数ほどは位置を確認している。
「どうです。精度は?」
俺の問いに加山が答える。
「ドンピシャだ。この精度だったら、ランチャーにバッチリ嵌まるよ。しかし、マジックバッグは2つだけ、だから、上陸部隊が一つともう一つは“まもる1号”だけど、その操作を三嶋さんしかできんのは困るなあ。今ひま?1週間くらい付き合わない?」
「お、おい、加山2佐、一般人にそんなお願いはできんぞ」
溝内海将補が窘めるが、俺が応じる。
「ああ、いいぞ。ただ、収納に積むミサイルは持ってきたのか?物がないとどうにもならん」
「今、対弾道ミサイルは輸送機で運ばせている。対弾道ミサイルは16発だけだけど、空対空は汎用品だから、九州で200発くらいは揃う」
「解った。溝内さん、私の誓約書を書いときますよ。万が一のことがあっても自分の意思によるものとね」
真剣な顔で言う俺に、溝内海将補は一拍置いて頷く。
「解りました。私も部下が少しでも無事に帰れる方法を取りたい。お願いします」
とは言え、ちゃんと俺の誓約書は取ったけどね。エリートさんは流石に隙はない。
俺達の協議の間、連れて来た俺の会社の操縦士の連中は、自衛隊のヘリの操縦士に強化型ハヤブサの操縦の訓練をしていた。
いずれも、3時間ほどの訓練で十分なレベルになったと言う。ヘリより操縦は簡単だからね。その訓練を担当した操縦士の連中は、その晩は基地でご馳走になって、翌日大村空港から帰っていった。
俺は、上陸部隊がどんな装備を持っていくか興味津々だったが、なんと彼らは74式戦車の4両を、その弾各100発と共に持って行くということで、マジックバッグに詰め込んでいた。戦車には排土板を付けているので、整地をやるつもりだろう。
上陸する隊員は、操縦士を除いて1回で運べる70人で、小銃はもちろん小銃弾を5万発、グレネードランチャー弾500発、無反動砲10基と弾を500発などの兵器を持って行く。
さらに10㎥の水タンク2基、100KVAのジェネレーター2基、海水淡水化装置。燃料5㎥にブレハブ住宅18棟の材料に隊員各員の布団など居住のための設備を詰め込んでいる。居住環境は極めて重要である。
テントにおいて寝袋で寝るのと、仮設住宅でちゃんとした布団で寝るのでは疲労の度合いが全く違う。さらに、生活用水は同じく居住性に非常に重要である。
さらに彼らは重機である大型ユンボ、鋼材、セメント袋、木材、プレキャスト・コンクリート床版などの建設重機や資材も準備しているところを見ると、相当な工事を現地でやる予定らしい。
その詰め込むところを見ていた俺に、鷺山司令官が話しかけてきた。
「いやあ、三嶋さんのお持ちになったマジックバッグのお陰で、とんでもない量の資材を運べます。上陸する隊員の疲労は随分軽減されますし、戦力も大幅に底上げされますから、隊員の安全性もずっと高くなります。
なにより、“まもる1号”と“2号”に守られているというのは大きな安心材料です。陸の我々は、空からの攻撃にはほぼ無力ですからね」
「ええ、それはよかった。しかし、随分思い切っていろいろ持って行かれるのですね。たしかに、あの量を持って行って上陸するのは難しいでしょうね。ところで、重機やら建設資材をもっていくようですが、ある程度本格的な基地にするのですか?」
「ええ、マジックバッグのことを知った溝内さんの提言で、大臣が納得して政府にも了解を取りました。いつまでも、相手に領有権を主張させるようなことをさせてはいかんということです。
今回は重機も持って行けますから、それなりの事務所と生活できる設備を整えます。そして、我々にはハヤブサとマジックバッグがありますから、補給も簡単です。
それにしても、ハヤブサはいいですなあ。早いし、小回りが利いて、どんな所でも降りられる。
今のままでも、機銃と小型ミサイル、無反動砲位は設置できる。今私は各駐屯地に今回の話を回していますから、各駐屯地から100機位の要望が上がって来ると思いますよ」
「RGエンジニアリングの経営に携わるものとして、それは有難いですね。それにしても、日本政府もようやく尖閣に駐在員を置く決断をしましたか。しかし、それだと、ほぼ確実に中国軍の攻撃がありますね」
俺は、今回のまもる1号への同乗が、なかなかスリルに富んだものになる予感を感じながら言った。
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