第17話 尖閣紛争1

 加山義之2佐は、急に会議に引っ張り出されて少しお冠むりだった。“そら”型宙航機による、亜宇宙間ステーション化とアメリカ軍への輸出でてんてこ舞いだったのだ。それは、“まもる1号”と“2号”によるKT国のミサイル発射阻止以来、“そら”型が大いに注目されて、自衛隊には多数の国からその引き合いがあっているのだ。


 引き合いはエンジンの供給する㈱RGエンジニアリング、機体を製造したK重工にも来ていたが、彼らは武装した機材の交渉は防衛省にと言うことで断っていた。こうした場合の窓口は防衛省の装備庁であるが、“そら”型は実際には、制服組とRGエンジニアリングにK重工と開発局が実質的に開発していた。


 そして、その開発と諸外国との交渉に防衛省の新井次官が噛みこもうとしたが、首相官邸主導で動くことが早々に決められた。それもあって、俺達とのトラブルもあって新井を警戒している水島防衛大臣から、関与をしないようにきつく言われて諦めている。


 現状のところ、アメリカには第1次供給分として1年以内に10機を輸出することになっており、他にはイギリスに5機、フランスに5機、ドイツに5機、オーストラリアには5機、インド5機の供給が決定されている。レーダーまでは日本で装備するが、武装は各国でするこという条件で価格は1機60億円である。


 原価の3倍以上で吹っ掛け過ぎのようである。しかし、宇宙まで行動範囲があるという、戦略思想を変えてしまうほどの兵器であるにもかかわらず、戦闘機の半分の価格だから値打ちからすれば安すぎる。


 だから、本音を言えば、どの国も欲しい機材であることは確かである。歴然とした潜在敵国になっているC国、ロシアからですらダメ元で引き合いがあったことからそれが判る。


 これらの機体は、すでにK重工の造船所で量産にかかっており、横須賀、呉、佐世保など3つの工場で生産が行われている。これは主要部が25mmの鋼板製であることから、造船所が製造に適しているので、潜水艦などを作るドックで、一度に12機が製造されている。


 これは、月産12機が完成する工程が組まれており、すでに最初のロットは完成して試験運転に入っている。これらの量産機はプロトタイプの“まもる1号”等と違って、専用のプレス機による外装版の加工で、空洞試験で決められた最適の形状に加工されている。

 だから、自衛隊が所有することになっている“まもる3号”以下と輸出する“そら”型はよりスマートな形状になった。


 一方で、ロシアとC国からは、この輸出の決定に対して不公平だと強い抗議がなされた。それはそうだ。従来だったら高価なロケットブースターなどを使って、ようやく亜宇宙に昇れる機体が、電力のみの消費で簡単にそこに到達できるのだ。費用だけ言ってもイニシャル・ランニングともに比べものにならない。


 そして、反重力機のみに可能な戦法である、亜宇宙で滞空して迎え撃つという方法を取られては、いかなるミサイルも簡単に撃ち落される。彼らが営々として築いてきた大陸間弾道弾などのミサイルシステムや宇宙戦力が、殆ど有名無実化しようとしているのだ。


 彼らの考えでは、重力エンジンの秘密はいずれ現物を買ってばらして調べれば、複製できるだろうが、それには数年は要するだろう。彼らは、そう思っていたが、単に物質的に真似たのでは重力エンジンを複製できない事はまだ知らない。


 なお、“そら”型宙航機は、もともと亜宇宙での利用を考えて設計されたものであるが、重力エンジンの有用性を“そら”型によって認識した自衛隊と米軍は、当然戦闘機や攻撃機、さらには輸送機への活用を考えた。

 “そら”型を戦闘機として使うことはできるが、やや図体が大きすぎて的としても大きすぎるし、重量が大きすぎて加速がやや鈍い。


 一方で重力エンジンを用いる限りにおいては、それほど機体の形状は関係ないので、大気圏内の利用を原則とする戦闘機他の共通機として設計された。これは攻撃機に使えるものとして、出来るだけ汎用性が高いものを目指すものであった。


 また、この場合にはジェット機やプロペラ機のように翼は必要ないために、ミサイルや機銃の搭載を考えると従来のように円筒形の機体では不利であると考えられた。 そのため、操縦席と火器管制官の乗る機体の両側にミサイル等を収納するケースを取り付けたものとした。


 このことから、胴体の最大高さが2.2mで端では0.8m、幅は3.5mの扁平な構造になった。また、長さは6mであるために、ずんぐりした形になっている。当然、速度を決める要素になるために空気抵抗は重要なので、空洞試験の結果によって、滑らかな形状になっている。


 外装板は高張力鋼を用いて厚は12mmであるが、重要部である重力エンジン、AC電池ユニットの周囲、乗員区画の横と後部は25mmの鋼板で守られている。機体重量は20トンであり、ミサイル等を満載すると総重量は30トン弱に達する。


 この戦闘機版の名称は、自衛隊機としては珍しく漢字で“雷光”と名付けられた。その機体は、操縦席がキャノピー状になって、ポリカーボーネイトの窓がついているが、乗員用のハッチは上部であるので、乗り込みは腹部からタラップを登って天井から入り込むことになっている。


 この機の特徴は身長180cm以下の者なら中で立てることで、前後の2つのシートの横を通り抜けることができてトイレもついているので、狭いが旅客機並みの居住性である。


 重力エンジンはそら型と同様に2型を2台積んで、最大速度は1800km/時(マッハ1.47)の飛行を3時間続けられ、最大加速は2Gである。巡航速度1000km/時での航続距離は5000kmであり、重力エンジンの特徴として加速時のGはキャンセルされ、基本的に機内は1Gが保たれるが、低める方は調整が可能である。


 つまり、雷光は反重力機の特徴を生かして、特定の位置に居座ることもあると考えているのだ。これまで飛行機というものは、ビューンと飛んで行ってすぐに帰ってくるというものであったが、雷光は最大1日くらい特定の位置に留まれる。そのため、戦術・戦略上の活用の幅が大きく広がることになる。


 雷光型の設計はすでに終了し、自衛隊と米軍により共同でレビューが行われた。その結果、自衛隊が500機、米軍2000機を今後3年で調達することになった。

 また、2年間における運用以降、不具合を是正してイギリス、フランス、ドイツ、オーストラリア、カナダ、イタリア、インド、マレーシア、台湾、フィリピン等に売却するようになっている。恐らく、今後10年間に世界で1万機程度が売られることになるとみられている。


 それで、大きな影響を受けるのはアメリカのF35戦闘機である。この戦闘機は、多大な費用をかけて開発され、アメリカで2000機以上の調達、日本も100機以上の調達を約束していた。


 だが、価格、維持費、性能等とどのように評価しても雷光には敵わない。その開発費にすでに40兆円程度使ったと言われており、主幹事のロッキード・マーティン社の危機である。


 日本は、すでに16機を調達しているが、阿山首相がすでにアメリカ大統領にその後の調達キャンセルを飲ませている。これは、アメリカ軍に重力エンジンを供給する代わりとしたもので、さらに重力エンジンのアメリカ工場を作ることも約束に含まれている。


 つまり、アメリカ軍の戦闘機等の機体はロッキードが作ることになっており、F35の購入を契約しているイギリス、イタリア、ノルウェー、イスラエルなどの国々は雷光をアメリカから買うことになっている。

 雷光戦闘機は現在機体をF重工で作っており、そのプロトタイプ10機が2ヶ月ほど先には出来てくる。しかし、量産にはまだ1年ほどを要する見込みとなっている。


   ―*-*-*-*-*-*-*-*-*- 


 ちなみに、加山2佐が出席したのは陸・海・空自衛隊の合同会議であり、場所は海上自衛隊の佐世保基地である。佐世保基地の情報管理室の武藤2佐が会議の主旨の説明を始める。


「本日の会議は、C国が民間の漁船を使って、尖閣諸島をいよいよ占領しようという動きがある件でありまして、それをどう阻止するかが議題であります」


 その件はすでにマスコミでも噂として報じられているが、C国温州市等の港で多数の漁船が尖閣を占拠しようと騒いているというのだ。日本は尖閣列島が日本のものであり、その点については争う余地はないと議論すらしないが、C国は例によって自国固有の領土であると主張している。


 しかしC国のこの主張は、その周辺に石油資源があるという研究結果が出てからのことである。しかし、なにしろ、C国に古来から朝貢してきたということで、沖縄も自分の領土というくらいだから、彼らの言うことに理のない事は解っている。


 そして、近年はC国の海警船がしばしばその近海に押し寄せ、日本の漁船を追い回すなど傍若無人な態度は目に余る。そして、日本の海上保安船が退去を命じても、自国の領土と主張してはばからない。C国の漁船も、EEZに入っているこの近海で大ぴらに操業しており、海上保安船が警告しても相手にしない。


 また、彼らは自分たちの領海及びEEZ内の漁場より、尖閣近海の方が好漁場であることを知っているのでやって来るのだ。そして、自国政府がその尖閣諸島、C国名の魚釣島が自領と主張するなら、弱気の政府は置いといて自分らで占領してやろうと言っているというのだ。


 無論強圧的な政府に縛られている漁民が、そんなことを自分で思う訳がない。政府の手先に扇動されているのだが、何があっても日本から殺されることはないと舐め切っている。なにしろ、C国海軍の将兵への親からの忠告は、日本の軍艦と戦争になったら、飛び込んで日本の船に向けて逃げろと言うくらいだ。


「それで、肝心の話として我々自衛隊が出張ってもいいのですか?」

 那覇航空自衛隊の3尉が聞くのに、海上自衛隊佐世保地方隊の今泉海将補が答える。


「ああ、海幕の命令だ。官邸が腹をくくったらしい。今回C国政府は本気らしい。今は漁民に騒がせておいて、民間からの自発的な行動に見せて、そのまま押しかけるという算段だ。海保がどうやっても、撃てなければ何隻かは潜り抜けて上陸する者が出てくる。


 上陸したら、彼らが自領であることを宣言するわけだ。それをもって国民保護のために、海軍で制海権を、戦闘機で制空権を確保してパラ部隊とヘリを下す算段のようだ。どうも漁船は500隻以上、乗り組んでいるのは2000人以上だと言うな。


 我々はこれを防ぐわけだが、まともに目立つようには出ない予定だ。陸の部隊を密かに上陸させて拠点を構えて威嚇射撃、催涙弾で追い返すが、乗員を殺さないようになら漁船を撃沈することも可だ。その場合に、海に落ちて島に上陸した者は捕虜にする」


「今泉閣下、その際には海上部隊で運んでいただけるのでしょうが、現地には揚陸設備もなく碌な荷は運べないと思います。我々としては、少なくとも人員は50人位は欲しいのですが、その人員とそれに相応する装備は運べるのでしょうか?」


 ネームプレートを見ると、佐世保の相浦駐屯地の黒田2佐である。それに対して今泉司令官が応じる。


「50人か、それいささか厳しいな。この基地から2000トンの“みうら”型を出すつもりだが、なにしろ船なので、ちょっと時間が心配だ。それで、わざわざ木更津から来てもらったが、空自の加山2佐に聞きたい。“そら”型は使えんかね?」


「ええ、“まもる1号”と“2号”を出せますよ。佐世保から尖閣までは、ちょっと距離がありますから、即応性に欠けますからね。それに現地の写真を見ると、船で揚陸も容易ではないでしょう。

 “まもる”の場合は、短時間なので各々人員は詰め込めば10名は行けますから、1回に20人運べますし。片道40分あれば十分です。相浦駐屯地に乗せに行きますので、何往復するか決めてください」

 加山が答えると、黒田が解ってないなという感じで返す。


「しかし、我々の装備は小銃だけという訳ではありませんよ。切りつめても乗れる人員は半分以下になるでしょう」

 それに対して加山2佐はにやりと笑って答えたらしい。


「ええ、それは解っています。秘密にしておいて欲しいのですが、実は我々はある装備を手に入れました。それを使えば、“まもる1号”だけで戦車でも4両位は運べますよ。持ってきたので、お見せしましょう。外に出て頂けますか?」


 機材の運搬は作戦の胆なので、皆当然ぞろぞろとついてきたそうだ。加山は先導しながら、俺からマジックバッグの話を聞いた時の話を思い出していたと言う。


    ―*-*-*-*-*-*-*-*-


「加山さん、元気かい?」俺が加山2佐の公用の携帯に電話すると彼はすぐに出て嫌みを言ったよ。

「ああ、三嶋さんか。いいなあ、あんたは定期的に休みが取れて」


「休みじゃないぞ、旅行に行ってたの。今日その旅行で、自衛隊にとって凄い機材を手に入れたので紹介してやろうと思って電話したのだけどね」

「ええー、そうかなあ。重力エンジンとか見ちゃうとね。それ以上のものってのはなあ」


「それは、マジックバッグと言いますが、それには10mの立方体の容量があります。戦車だって入るぜ」

「ええ、うそ!そんな馬鹿な。そんなもんがあるわけは……。でもあんたは重力エンジンを」


「どう、見てみる?そうだなあ、府中の基地が近いかな、どう明日の朝?」

「うん、解った。行くよ。黒木空将補を連れて行くけど冗談だったとか言わないよね?」


「大丈夫。あんたに恥をかかせることはしないよ。多分、みな泣いて喜ぶよ」

 翌日、府中基地には加山に黒木空将補、それから20人ほどが集まっていた。

「いやあ、皆さんご苦労様です。ええと、ここに居られる方は秘密に関しては大丈夫ですよね?」

 俺が集まっている人々に話しかけると、長身の将官の制服の人が応じた。


「はい、私は府中基地司令の、山県です。ここに居る者は保安規定の2以上ですから大丈夫です」

「解りました。これが今日お見せするマジックバッグというものです」


 俺はリュックから、ベルトを出してその中央に取り付けた魔石を見せる。俺の傍にいた加山2佐がそれを見て頭を傾げて突っ込む。

「バッグ?どこがバッグよ。ただの小汚いベルトに着いた宝石みたいなものじゃん。宝石はきれいだけど」


「これは、魔石というのです。この中に異次元空間が閉じ込められており、その容量は概ね10m×10m×10mで、その1000㎥に達するまで物を詰め込めます。そして、都合の良い事にこの中では時間経過がなく、重量もありません」


 俺の言葉に黒木空将補が応じた。彼は俺をそれなりに知っているので、ある程度信用できたらしいが、他の人はあからさまにがっかりしたような顔をしている。まあ、そんなヨタ話を簡単に信じるような奴は逆に信用ならんよね。


「う、うーん。とりあえず実証して見て頂けますか?」

「解りました。えーと、そのトラックを入れていいですか?それと、そこにあるブロック。えーと、それに加えて、あの74式戦車?」


 おれが近くの4トン積位の幌のかかったトラックに、古いブロックを3m四方で高さ2mくらいに積んでいるもの、それと展示している74式戦車を指さすと、山県司令が言う。


「ええ!あんなに?ま、まあ出来るならいですけど、あ、トラックは壊れたりしないですよね?」

「はい、大丈夫ですよ。じゃあ、始めますよ。近くに寄らないとダメなのですよね」


 俺がまず最も近かったブロックの山、次にトラック、最後にトラックに近づいて、ひょいひょいと消していくと、見ていた人々はこれ以上驚けないくらいに驚愕していた。最初に回復したのは、俺に最も慣れている加山だった。


「み、三嶋さん。こ、これは、魔法みたいだけど、これは一体何ですか?」

「マジックバッグというくらいだから、魔法だよ。ます魔法の石に異次元空間をつくる。次にそれを魔法で操る。魔法だよ。心配いらない。俺が、誰でもこれを操れる装置を作ってあるから」


「三嶋さん、これは本当に1000㎥の容量が入るのですね?」

 回復した黒木空将補が聞く。


「ええ、砂とかだったら……。ただ戦車やトラックは隙間ができますが、高さ方向にもちゃんと寸法が超えない限り入ります」


 さらに山県司令が続けて言う。

「これがあると、空挺部隊でも戦車や重火器をもって行けるな。戦術・戦略思想が全く変わるぞ」


 というようなことで、俺はマジックバッグが実際にあることを実証したが、加山2佐も佐世保基地で同じような実証実験をやってそれを納得させた。

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