第16話 マジックバッグの作製

 マジックバッグについては、まず見本を手に入れたいと思ったが、シャイラに聞くと作れる者は本当にまれであり、現在知られているのはジャーラル帝国の筆頭魔法師のみであるらしい。使えるものはそれなりに居て、イミーデル王国にも数人いて、国の秘蔵のマジックバッグを使っていると言う。


 イミーデル王国も、かつては作れる者がいたので数はそこそこあって、それを使える者が引き継いで活用しているという具合である。シャイラが、シーダルイ伯爵家がそれを持っているという噂を聞いたと言ったので、俺は城にジャラシンを訪ね聞いてみると、彼は苦い顔をして答えた。


「ああ、一つある。しかし、うちの魔術師は使えんのだ。だから単なる飾りだ」

「おお、そうか。じゃあ見せてくれよ。作れるようになるかも知れんぞ」


「ええ!マジックバッグが?しかし、あれを作るのは伝説の技で……」

 ジャラシンが言いかけたところにシャイラが割り込む。

「ジャラシン様、ケンだったら作れる可能性があります。そう言うのが今日………」 

 そして彼女は俺がやらかした魔法の改良の数々をばらした。


「なるほど。解った、見せるよ。しかし、俺の家の魔術師にシャイラに教えることと同じことを教えてくれ。それから、もしできたらマジックバッグの作り方も教えてくれよ。それこそ、わが領の大産業になる」

 真剣な顔で俺を睨みつける彼に負けて俺も答えた。


「わかった、わかった。やり方が解れば教えるよ。ちなみに、お前の家は何人魔術師を雇っているの?」

「12人だ。団長のミーゼルはシャイラより上かな」


「ええ、ミーゼル団長は憧れの人で、私なんかよりずっと達者です。それに、魔術師団の人たちは皆私なんかより上だと思いますよ」

 シャイラが彼らの魔術師としてのレベルを請け合う。しばらく待たせて、ジャラシンはそのマジックバックを持ってきたが、一緒に3人の魔術師を伴っていた。


「ミーゼル・モア・サールイです、シーダルイ領の魔術師団の団長を務めています。ケン様のお噂はかねがね。こちらは、副団長のアサイド、それから団員の1人ワーミャです。彼らが我が団でも最優秀者です」


 灰色のマントを羽織った、40歳台に見えるまだ美しさが残った細身の女性が綺麗な貴族としての挨拶をする。アサイドは長身、細身の色黒で目の鋭い男で、30歳台に見える。ワーシャはぽっちゃりしたおとなしそうな小柄な女性であり、20歳台であろう。彼ら2人はミーゼルと同様なマントを羽織っている。


 そのマジックバッグというのは、皮のベルトの正面に取り付けた卵大の紫色の宝石のようなもので、皮のカバーがついている。どう見てもバッグには見えない。机の上に置いてカバーを取ったそれを、俺はバトラと共に探査する。


『なるほど、中に異次元の空間ができていますね。大体10㎥位ありますが、中身は刀と槍に食料でしょう。この魔石だったら確かに異次元空間をつくることは易しい。ケン、探査で中を探れますか?』


『うーん、見えた。なるほど時間停止がかかっているのだな。取り出しは?っと。うん、異次元空間と同じだな。それ!』

 俺は、中に入っている刀30振を取り出し、さらに槍の50本、2㎥ほどの食料として小麦粉の袋を取り出す。一緒にいた皆は、空間から次々に出てくるように見える刀に槍それから袋に目を丸くしている。


「ええ!どうしても取り出せなかった宝剣も出て来た!」

 ジャラシンが叫び、一振りのひと際拵えの立派な剣を取って、彼を見ている皆に気が付いて説明する。


「この剣は、我が家に伝わる宝剣で、伝説の鍛冶ダラミス師匠の手になるものだ。このマジックバッグに入れて運んでいる途中で、これを使っていた魔術師が襲われ亡くなって取り出せなかったのだ」


 それから俺の顔を見て言う。

「ケン、と言うことはこれを使うのはできるのか?」


「ああ、使い方は解った。折角の物を使えんのは困るだろうから。彼らに使い方は教えておくよ」

「ええ!でも空間魔法を使えないと、これは使えないと………」

 驚いている魔法使いを代表してミーゼルが言う。


「いや、使えるはずですよ。大体シャイラには使い方を教える約束をしたからね。彼女は教われば使えると思っていますよ。一方で、あなた方は空間魔法というのを特別なものと思っているから、心理的なプロテクトがかかっているのですよ。ただ探査の魔法が使えないと難しいかも、使えます?」


 3人の伯爵家のお抱え魔術師は俺の質問に大きく頷く。

「では、俺がこの食料をしまい込みますから、探査でその魔力の使い方とそれによる荷物の動きを追って下さい」


 俺が言うのとミーゼルが恐る恐る言葉を返す。

「だけど、ケン様はまだ収納をやったことがないのでしょう?」


「ええ、そうですが、取り出しも初めてでしたよ」

「ケンだから。そんなものよ。ミーゼル様、諦めて彼のやることをちゃんと見ましょう」


 シャイラが言うとミーゼルは諦めたように、他の2人は素直に頷く。解せぬ。しかし、俺は自分の空間収納のやり方で、魔石の扉を開いてそこに現れた空間にさっき取り出したものを吸い取らせる。すると、そこにあった物の山はスッと消えてしまう。


「こんなやり方ですが、解りましたか?」

「うーん、解ったような気がする。お願いです、もう一度取り出しと収納をやってみてください」


「解った。だけど言葉では解らないので念話で要領を説明するよ。頭の中に言葉が響いても驚かないようにね」

 俺は言って、念話でやり方を伝え始める。実際にこの種の操作は言葉で説明しようとすると難しいのだ。


『まず、ここにはロックがかかっていますので、ここをこうやってロックを外します。今外れました、いいですか?次にこれで出入口を開ける状態になりましたので、マナを使ってこうやって開きます。

 いま開きましたね。次に中の物、まずはこの宝剣をマナで包んでまず出します。出ましたね。後の残りはまとめてマナで包んでぐっと引っ張って取り出します』


 4人の魔術師は収納空間から出て来たものを、目を輝かせて見ている。

「私は解ったと思う。やらせて?」


 シャイラは俺と少々付き合いが長いので、俺も魔力(意力)に慣れているのだろう、追うのも楽なのだ。

「ああ、いいよ、やってみて」


 俺はそう言って彼女の魔力を追う。彼女は、一つ一つは遅いが、着実にロック解除、扉を開け、さっき取り出されたものをマナで包んで空間に吸収の過程を踏んで操作を行っている。


 彼女は見事に成功し、残りの3人も何度も目の前で見せられることで成功するようになった。ちなみにこの練習に当たって、宝剣は何かがあってはいけないということで出入りの対象から外された。


 それから、俺はマジックバッグ作成を頑張ったよ。流石にシーダルイ伯爵家には魔鉱石も魔石も宝飾品としてたくさんあったので、ジャラシンに提供させた。手始めに使ったのは卵の大きさの黄色の魔鉱石であり、それを木の台の上に粘土をもってきて固定する。


 『まずその中に魔力で入り込む必要がある。だから、マナの塊であるこの魔鉱石に魔力(意力)をキリのように尖らせて穿孔する。もちろん物理的には穴は開けることにないぞ。意力は5倍に増強する。さあやって!』


 バトラのガイダンスに従って、増強されてあふれ出す意力を尖らせ回転させる。回転が限界に達したそれを魔鉱石に突き刺していくと殆ど抵抗なくそれは食い込み先端が中心に達する。


『今度は、その穴を通して意力をつぎ込み異次元の扉を開けよう、………よし開いた。部屋を増大させる。それ!意力の増強は10倍でそれで全力だ。続けて、続けて。今の容量は10㎥だ、もう100倍だ。頑張れ、100㎥になった。まだまだ、それ!』


 俺は全力で意力を注ぎこんでいく。やがて『よーし、1000㎥を越えた、よかろう』の声に意力の注入を中止する。しかし、バトラの叱咤はまだ続く。


『さて今度はロック機構だ。ここを扉として、ここに刻みを入れて、ケンの意力で結ぶ。よし、これでロック機構ができた。この構造を理解しないとロックは解けない。よしこれで完成だ』


「ふーう、出来た。これは一日一つが精々だな。このマジックバッグの大きさは10ラド(m)の立方体だ。けっこうでかいと思うぞ。お前の家のもののざっと100倍だ」 


 俺がぐったりと座っていた椅子の背もたれに背を預けて、天井を向いて言うと、「「10ラドの立方体!」」ジャラシンとミーゼルが叫ぶ。彼らはそれがどれほどのものか判っているのだ。


「王家の持っている最大の国宝級のもので、5ラドと言われている。10ラドとは!とても外では言えないな」

 ジャラシンが言うがシャイラが疑問を呈する。


「だけど10ラドの立方体と言っても、上の部分は使えないでしょう?立方体ではなくて、もう少し高さが低くて面積が大きい方が有利なんじゃあないの?」


「ああ、マジックバッグは床に置く倉庫のようなものではないんだ。これは作った時には、いずれにせよ立方体の形になるけど、中では上下関係はないから、その容量のあるだけは詰め込める。だから、容量で呼ぶべきなんだ。だから1000ラドル(㎥)のマジックバックというべきだな」


 俺が言うとジャラシンがコメントする。

「確かにマジックバッグは、個人のものとしては大変便利で値打ちのある物と言えるが、1つや2つでは数万の軍の補給は賄えない。だから、国としてみればそれほどの値打ちものとは言えない。ただ、ケンが今作ったようにこれが10個あれば話は別だ。

 軍の移動に当たっては、輜重が大きな制約になるけど、これがいくつかあればその柔軟性が大いに高まる。特に騎馬部隊の活用方法が大幅に広がるだろうな。ところでケン、これはミーゼル達が作れるようになるかな?」


「うん、これは一挙に作る必要があるから、その魔術師の持っている魔力の大きさに概ね比例する。シャイラは作れるけど、この大きさにはならない。多分1/2〜1/3だな。魔力の最も大きいワーニャさんは俺のと同じくらいかな。あとミーゼルさん、アサイドさんが多分1/2位かもう少し大きいと言ったところだと思う」


 俺がそう言うと、ミーゼルが熱を込めて応じる。

「そ、それは大変なことになります。ジャーラル帝国が軍事的に恐れられているのは、一つにはマジックバッグの所有量が多いことです。しかし、それが私どものような平凡な魔術師でも製作でき、使えるということになれば、我が領というより王国の力は全く変わってきます。

 しかも、ケン様の作ったものは、我が王国の国宝を上回るという容量が途方もないものです。これは、わが領のみで独占すべきものではないと思います」


「うむ、確かにそうだな。ただ、わが領が制作を独占しても良いのではないかな。お前たちにはその制作の苦労を掛けるが、それで国と貴族に売りつけてその部分は報酬を払うぞ。ただ売りつける際には、使い方の指導が必要であるがな。今ケンが作ったものだと、金1000枚でも売れるだろう。

 そうだな、作ったお前たち魔術師にはその1割程度は支払うぞ。ケンにも1割だな。もっとも作った魔術師は使い方の指導もしてもらうがな」


 ジャラシンがそう言うと、お抱え魔術師の3人は目を輝かせる。

「うわ!それは嬉しいです。そんなにもらえたら………」


 ワーニャが跳び上がって喜ぶのを見て、ジャラシンが首を傾げる。

「うーん。ちょっと問題かな。魔術師のみに年間に金貨数千枚の収入を与えるのはなあ。具体的にどう待遇するかは考えるが、充分な報酬は与えるよ。ただ、ケンにはいずれにせよ1割は払う」


 それに対してシャイラが不服そうに言う。

「ねえ、私は、私はどうなるの?」


 それには俺が答えた。

「ああ、いずれにせよ、約束だからシャイラには作り方を教えるよ。だから、お前は自分でマジックバッグを俺の商会に売ってくれ。それに対して、後で話をして決めた金額を“黒の暴風”に払うよ。お前個人で受け取る金としてはでかすぎる」


「ええ!うーん、まあそうか。ケンがいなきょなかった話だものね。解った」


「ああ、解ってもらえてよかったよ。ただ、言っておくが、人に教えるのは無しな」

「もちろんよ。私がマジックバッグを作っているのは秘密よ。ケンが作ったことにしておくわ」


「まあ、それでいいさ」

 俺は、そう応えたが、頭の中ではそれを地球に持ち込むことを考えていた。


 作るのは、マナの濃いこの世界でないとできないが、魔石に封じ込められたマジックバッグは地球でも使える。大量運搬手段のある地球では、商業的にはこれはそれほど意味はないが、一人の兵が1000㎥の荷を運べるのだから、軍事的に意義は極めて大きい。

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