第15話 俺の魔法修行

 俺はシャイラから魔法を習うということで、魔の大森林の浅い位置にある池のほとりに来ている。

 ハウリンガで使われている魔法について言えば、単純な原理として無から有は生じないということがある。つまり、ファイアボールという魔法があるが、燃えるものがないと燃えないし、ウオーターボールでは乾燥した場所では発動しない。


 ファイアボールもよく見ていると、いくつか種類がある。熱つまり、マナの働きで空気を熱したことで高温は生じているが、その周辺でマナの活動が活発化して薄い炎のような色になっている。


 つまりファイアボールというのは、意力でマナを使って空気の塊を熱し、それを飛ばすという魔法だ。この時、森林の中など周辺に燃えるものがあれば、実際にその有機分を引き寄せで実際に燃やすこともできる。


 俺はシャイラに頼んでファイアボールを撃ってもらった。それを自分でも探知の意力を使って観察し、バトラにも観察するように頼んだ。その結果、先に述べたようなことが判ったのだ。


 つまり、シャイラの火魔法は森林の中ではボールにした空気を高温にするのみならず炎が燃え上がり威力が大きい。一方で、石作りの室内などでは、ファイアボールは見栄えのしない魔法になるものの、人間相手であれば十分な威力がある。


 俺が観察の結果を彼女に述べると彼女はそれに応じた。

「そうね、よく解ったわね。確かに森の中ではファイアボールは炎が上がって威力が強いわ。室内では使ったことはないけど、周辺に名にもない水辺などだと炎がでないわね」


 俺は、何度か彼女に撃ってもらって、自分でもやってみた。ちなみに、彼女はその発動に当たっては「火よ!我はなんじを求む。集まれ赤い日よ。すべてを焼き尽くす火よ。我は求む、火よ!」などと叫んでいた。


 俺は体内の意力をバトラに増幅してもらって、まず彼女の意力(魔力)の流れを頭の中でなぞる。それから、彼女を真似て意力を振り絞ってマナを集める。

 そのマナで、自分の手前で空気を圧縮してボールを作りそれを細かく揺らす形でその振動数を高める。それに、並行してマナが周辺の木々に入り込んで有機分を気体の形で吸い出して集める。


 球形の空気が熱されて温度が高まり、やがて集まってきた有機分にボン!と火が付く。径が50cmほどの赤いファイアボールの完成である。しかし、俺は意力を強めてもっと振動数を高める。火の玉はどんどん白っぽくなっていき熱さが自分にも伝わってくる。


『もういいか』そう思った俺は全力で正面にある池に向かって投げつける。火事を避けるために大森林の中にある、差し渡し500mほどの大きな池の傍でその練習を行っていたのだ。彼女のファイアボールはその池に向かって放ったが大体200m位の距離で消えている。


 俺のファイアボールはやばい感じがしたので、斜め下に向かって放った。それはブオーンという音を立ててすっとび、池にドンという音を派手な蒸気を発して水に潜り込んだ。一瞬後、ドオーンと大音響が鳴り響いて水柱が20m以上巻き上がり、水が滝のように飛び散る。


 俺も驚いたが、シャイラの顔を振り返ると唖然とした顔をしている。

「なによ、あなたのあれは!あれはファイアボールなんてもんじゃないわ。私のファイアボールは水に当たるとジュンとなって消えるだけよ」


 彼女はそう言って、腰に手を当てて俺の顔を睨んで続ける。

「だけど、ケン。あなたは本当にでたらめね。私がこれを覚えるのにどれほど苦労したか。それに、あなたのあれは私のものとは威力が違うわ。本当にあなた火魔法を知らなかったの?」


「ああ、この魔法を初めてやったのは事実だ。俺は探知の魔法が使えるから、シャイラの魔力の使い方を真似たんだ。それから俺はどうやって火が燃えるのかを良く知っている。だから、すこし『改良』してみたんだ」


「探知でやり方を知って真似た?そんなことが……。それにしても、あなたは詠唱をしていなかったわね」


 俺はシャイラの『詠唱』を聞いていて、あんな恥ずかしいことが言えるかと思って真似をしなかったが、そうは言えずごまかした。

「い、いや。忘れていた。まあ、それでも発動したからいいだろう」


「忘れていた?詠唱無しでは発動しないか、威力が落ちるかと言われているのよ。……ところで、ケン、あなた改良したと言っていたわね。ということは私もあなたの『改良』した魔法を使えるということ?」


「あ、そうだな。すこし、物の性質をお勉強してもらえれば、出来るだろう」


「じゃあ、多分ファイアボールだけじゃないわね。でも、なにかこれって、私が教えてもらう方が多いような。お礼が大変だわ」


「まあ、実際に俺はシャイラの使う魔法のやり方を知らないからな。それを見させてもらえれば、やり方は多分分かるよ。そして、さっきも言ったように俺は物の性質を知っているから、その改良ができる可能性がある。まあ、おあいこでいいんじゃないか」


「でも、私程度の魔法使いはこの国には結構いるわ。だからあなたは他の魔法使いから発動の仕方を習うことができる。だけど、ケンの使ったような魔法を使えるものはいないと思う。この取引は私が圧倒的に得だと思う。それも、ケンが“黒の暴風”に入ったお陰ね。本当にケンが私たちのクランに入ってくれてよかったわ」


「うん、まあ同じ仲間だからな」

 そのような話で、その後もシャイラが魔法を使って俺がそれを観察することを繰り返した。


 ウオーターボールについてシャイラは余り得意ではなかった。これファイアボールと似たようなもので、水がいくらでもある水面の近くなどでは大規模なボールを形成できる。そうでない場合には地下水または空気中の水分がその種になるのだから、しょぼいものしかできない。


 だから、船乗りで水魔法が出来れば強力な攻撃ができると言う理屈である。しかし、空気中からでも水を得ることができるという意味では貴重な能力であり、特に旅をする隊商などでは水を持って移動しなくて良いので貴重な才能と考えられている。


 この池のほとりでは自在に水魔法を使えるが、得意でないシャイラができるのは野球のボール程度のもので、あった。しかしそれを勢いよく飛ばす技術はあるので、普通の人間位だったら気絶させる位の事は出来るだろう。


 俺の場合は、別に不得意ではないらしく、50㎝位のボールを飛ばせたので、人位は吹き飛ばせる。だが、水では面白くないと、それを凍らせて飛ばせたので太さが30cm位の木はへし折れた。分子の振動数を高めて高温を作れるのだから、低温は逆に振動数を低くすればよいのだ。


 やはり、シャイラはそれを仰天して見て言った。

「何と言ったらいいのか、呆れたわ。ウオーターボールを凍らせたのは初めて見た。確かに冷凍の魔法を使う者はいて、水にぬれた地面を凍らせることなんかはできる。でも、火と水は相反するもので、どちらも出来る者は聞いたことがないわ」


「熱するのと冷やすのは同じ操作だよ。真逆と思っているから両方が出来ないんだ。その原理を知ればできるさ。見ての通り、同じ投げつけるのだったら水だけより個体の氷の方がうんと威力は大きい。まあ、これもちゃんと教えるよ。なにしろ、夏には便利がいいぞ」


「便利とはどういうこと?」

「俺が持っていった冷蔵庫があるだろう?あれが無くても夏にエールを冷やせるぜ」


「ああ、なるほど。たしかに便利ね。でも魔法のそういう使い方は考えなかったわ」

「しかし、お前らの家の風呂を沸かすことがあるだろう?」


「ええ、そう言えばそうか。でも、あれも魔法の使い方としては邪道だと思うわ。でも、解った。たしかにそういう使い方もあるわね。まあ、いずれにせよ後で教えてよ」


 水魔法に比べれば、シャイラが得意な一つの風魔法は場所を選ばない魔法である。だから。風の刃や風の拳は攻撃手段としては柔軟性があるが、冒険者として見ると残念ながら一定以上の魔獣には威力が不足している。


 風の刃は大きな樹木を切り飛ばすほどの力はなく、風の拳も精々が人を突き飛ばす程度のものである。シャイラの風の魔法の試技を見て俺はそういう判断を下して言ってみた。


「うーん、言ったら悪いが、風というか空気を固体化はできないから、疑似的に刃を作っても切れ味は出せても所詮カミソリ程度か。拳を作っても水程の威力はでないな。魔物相手にはちょっと使いづらいな」


「ええ、魔物だと、ゴブリンに傷を負わせる程度ね。ただ、対人戦闘では、それだけで相手に致命傷を与えるほどの力はないけど、剣や槍を持った戦いでは相手の気を逸らす、または体勢を崩すといった形で重宝されているのよ。

 とは言っても冒険者の私には風魔法はあまり使い勝ってはよくないわね」


「うーん、風の刃は結局風というか空気を薄く高速で回転させて、刃の形にしているわけだ。拳はもっと大きい塊にして回転させて殴りつけているんだよね」

「ええ、まあそうね。そういうことよ」


「だったら、砂を巻き込んだらどうだ。水でも同じことができるぞ。水を高速で吹き付ける中に砂を混ぜると鉄でも簡単に切れるぞ。土魔法でできるからやらんが。多分切れ味が増すぞ。やって見ろ」


「え、ええ!本当?やってみよう」

 彼女は早速幅が1mほどもある風の刃を発し、湖岸に堆積していた砂場をかすめた。そうするとその風の刃は、透明のもやもやしたものからが砂の色が混じった渦に変わった。

 シャイラはそれを詠唱と共に太さが30㎝ほどもある木の幹にたたきつけた。前にはするりと多少幹を傷つけて通過していた刃は、1秒か2秒の抵抗の後に幹を通過したが、それはそれを切断したのちであった。


「わあ、すごい!」

 メキメキ、バリバリと倒れる樹木を見ながら彼女は手を打って跳び上がった。そして、俺を振り返り聞く。


「なんで、なんで、ケンはこうなることが判っていたの?」

「これも物の性質だよ。解っていればシャイラにもできたはずだよ。まあ土魔法を組み合わせればもっと面白いことができるはずだ。次は土魔法だな」


 土魔法であるが、これは土や個体の物質に働きかけて、形とその性質を自由に変えることができる。ただ、土などの強固でないものはそのままの状態で変化を自由にできるが、岩石は難しく、単体または合金になった金属隗については基本的には熱を加えないと変形・質の変化などを操作することはできない。


 岩石については、軟岩程度は砕いて土と同様に変形させることができる。しかし、中硬岩以上の堅いものは魔法で熱をかけて、熱による劣化・膨張によって破壊することができる。また、金銀鉱などについては、探査でそれらを探り出し、熱をかけて溶かし出すことも可能である。


 シャイラのできる土魔法は、まず魔の大森林の中でラガラの内臓を埋め込んだように、物を土中に埋め込む魔法がある。そして、埋め終わった後の地面はしっかりしていて、そこを弄ったような形跡はなかった。いろんな国でパイプの土中への埋設の工事を設計・監督したことのある俺はこの魔法はすごく便利だと思った。


 この魔法を地球に持ち込んで、パイプ埋設に使えれば、大変なセンセーションが起きるだろう。とは言え、俺は、マナが薄い地球でなくこのハウリンガでは是非これを実用化しようと決心した。


 彼女の使える別の魔法は、土壁の生成である。これは1時間程度の時間で高さ2m×厚さ30cm×長さ10m位の、乾いて丈夫になった程度の土壁を作れる。ただ、本人も言いたくなさそうだったが、それで魔力が尽きるらしく何の役に立つかは微妙な魔法ということだ。


「シャイラ、土でこの位の太い槍はできるだろう?」

 俺は手で太さ15cm長さ50cm程度の尖った砲弾みたいなものを示した。


「出来るわよ。もちろん。作る?」

「うん、3つほど作ってくれ。出来るだけ丈夫にね」

 彼女は土を取り出して、くるくる回して形成していくが、見ていると水分を含ませてまた抜いたりしている。


「ほら、これでどうよ?」

 それは、重さが6〜7kg位の薄い茶色の細長い砲弾だ。触ってみるとすべすべしており、陶器ほどの強度はないが、十分丈夫そうだ。


「うん、いいね、いいよ。これを風の刃の要領で高速で回転させてくれ。そして、この尖った先端をあの木の幹にぶつけてみて、勢いよくね。全力で」


 100mほど離れた大きな木を見て、シャイラは不安そうに言う。

「だけど、風魔法でそれを?風魔法と土魔法は同時に使えない……、同時ではないか。よし、やってみる」


 彼女は、決然と立ってその砲弾に向かって手をあげて詠唱する。

「風よ、起きよ。旋回せよ。廻れ、廻れ、風よ、それを舞いあげよ」


 ぎゅんと猛烈な風の渦が巻き起こり、砲弾を包んで浮き上がる中で砲弾が回転を始める。砲弾にあった模様が全く見えなくなるほど回転が高まったとき、彼女が再度叫ぶ。

「飛べ、その勢いをもってあの木を打ち抜け。飛べ!」


 それはブオンと猛烈な加速で飛び出して、どんどん加速して真っすぐ的の木の幹を目指し、ガシュ!という音と共に幹に突き立つ。

 俺はシャイラと一緒にその幹のところに走って砲弾の状態を確認した。砲弾は折れていたが、先端は大体30㎝以上も突き立っていた。


「どうだい、シャイラ、ラガラ位だったら十分刺さるだろう」

 俺が言うと彼女は頷く。


「うん、うん、ファイアボールよりはずっと威力があるわ。それに、ファイアボールほど魔力は使わない。ありがとうケン、これは私の強力な武器になるわ」


 シャイラとの土魔法についてのやり取りはその程度であったが、実際のところ俺が最も評価しているのはこの魔法であり、戦闘のためより生産に当たって非常に使い勝手がよい。シャイラの使える程度の魔法は、砲弾や大口径の銃でもっと威力が出せるので代替が可能である。


 しかし、とりわけ金属や無機・有機物の素材の加工に当たって魔法は極めて使い勝手が良い。例えば、木材からパルプを取り出して紙にするのは熱と薬剤と複雑な操作が必要である。また、大気中の窒素の装置による固定などは、複雑で高圧を使うシステムが必要である。


 それらはほんの一例であり、地球の便利で効率的な文明を支えるためのものを製造するためには、広いすそ野の工業基盤が必要である。そして、このハウリンガでその工業基盤を作るためには、社会・教育システムの刷新から始めなければならず、時間として100年位はかかるであろう。


 しかし、ここハウリンガには濃いマナがあり魔法がある。魔法は、物質に精神が働きかけて物質の操作を行うことができるのだ。そして、その操作の中心をなすのは土魔法または錬金術である。


 俺はシャイラからの学びたいことは学んだので、金属加工に係わる錬金術者であるドワーフ、また魔法の達者が集まると聞く王宮魔術師に接触して産業に生かす魔法を研究したいと思っている。


 ところで、シャイラに教えると約束した空間魔法としての空間収納である。

この魔法は、移動・運搬手段が限られているこの世界では垂涎の的であり、多くの魔法使いが実現に励んでいる。ここでわずかに実用化されている方法は、特殊な鉱石としての魔石や強力な魔獣から得られる魔石に、異空間を作り込むというものである。


 それは、俺が使っている異次元への通路を作ってものを預けるものではない。

 これはマジックバッグと呼ばれている非常に高価なもので、部屋一つの容量があるものもあると言われる。この種の魔石は紫、赤、黄紅色の宝石の一種であり、素材そのものが高価であり、空間を作る出せる魔法使いが希少であるため、マジックバッグは極めて高価である。


 俺はシャイラに、最初は自分の知っている方法、すなわち異次元への通路を作る方法としての空間魔法を教えるつもりだった。しかし、マジックバッグの話を聞いても面白いと思ったので、その作成方法を探り出して教えるつもりだ。

 俺の知っている方法は、異次元転移、空間転移のノウハウも含んでいるので聊か重すぎるのだ。

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