第14話 異世界ハウリンガでの商売2

 俺は今日はシーダルイ城に来ていて、ジャラシン以下のシーダルイ領の文官と話をしている。俺は、この世界の生産性を上げることで内政の効果を見ようと思っているのだ。それで、まずは農業改革を仕掛けているが、何しろ農業については結果が出るまで時間がかかる。


 この世界でも、作物の生育に腐植土などが有効であることは承知しているが、どの程度というのが判っていないし、作物ごとの効果が判っていない。だから、当然において十分な量を施肥できていないので、結局実りは非常に悪い。 


 1年休耕の2年毎の栽培にもかかわらず、小麦については1ドノ(1000㎡)で100kg程度である。地球では連作をしても化学を含めた肥料を適切に施せば、普通で300〜400kg/ドノであるから、相当に生産性は低い。


 この世界では当然化学肥料の調達は無理なので、小麦については三圃農業を行うことを推奨した。これは、1年は小麦・大麦を栽培、2年目は大豆やクローバーなどマメ科の根に窒素を固定化できる作物を栽培し、3年目は休耕として開放して家畜を飼うようにする方法である。


 この方法は、特別な肥料無しに欧州の中世において大幅に収量を増加させた方法である。これは大豆等の収穫を得られる他に、面積当たりの収量を3倍程度に増加が可能なので、全体として大幅に農業生産高を高めることができる。


 小麦と大豆については、この世界でもすでにそれなりの優良な種が確立されているので、そのまま耕作のローテーションを変えればよい。また家畜については、馬や牛、さらに鶏に近い種が飼われてはいる。このうち、馬は軍事行動に使われているので、領主が率先して育てている。


 一方で牛は耕作に使われているが細々としたもので、さらに鶏も同様だったので、大いに肥育・飼育を広げるように推奨した。結局このように、家畜の食肉としての活用について関心が低かったのは、冒険者による大森林からの肉の供給が大々的に行われていたからである。


 それに加えて、俺は日本からジャガイモ、サツマイモを持ち込んだ。これらの種は、数世紀に及ぶ品種改良の結果のものであり、収量も味も極めて優れたものである。当面、種芋を作るためにということで、10ドノの面積で栽培しているから、その味と収量を認識させ、次の年には100倍以上の面積で栽培しようとしている。


「まあ、農業についてはこのようなことで、この領では少なくとも飢えることはないし、大きな余剰が出るようになるので、今のように他の領から食料を買う必要はないぞ。とは言え、結果が出るのはイモについては1年半、小麦などについては3年以上かかるな」

 俺が言うと、文官のトップのクルマ・ドノンが応じる。


「そのようになれば有難い。わが領においては、結局わが領でも足りない鉄を売って、他の領から穀物を買っているが、他の領も余っているわけでない。だから、その場合には小麦は高騰しているので、結局は買うのは雑穀にならざるを得なかったが、それでも大いにわが領の財政を圧迫していた」


 それに対して、若手のカイム・ドナリ―が明るい顔でいう。

「ただ、鉄については、ケン殿のお陰で建設した新型の炉によって、毎日1万カム(1万kg=10トン)もの鉄が作られています。以前の10倍から20倍です。しかも、以前は20人もの鉄工によって叩いて精錬しなくちゃならなった。ところが、今の炉から出てくる鉄は精錬せずに、そのまま使える。


 それに、いくらでもある石炭を蒸し焼きにしてそれを燃料に使っているので、木を切ってくる必要がなくなった。だから、その石炭の蒸し焼きも入れて、人は全く増やさないで、それだけの鉄を作っています。


 だから、鉄を作るための費用は前の1/10〜1/20になっているのです。それに、これもケン殿のお陰で、鍛鉄の技術を教わったので、剣や槍の品質が大いに上がっております。今までは剣などもすぐに曲がったり折れたりしていたので、これらを全面的に作りかえていますし、さらに兵たちの鎧に鉄を使えるようになっています。


 それ以上に、今までなかなか出来なかった、民のための鍋や包丁、さらに農機具にも鉄を回せるようになっています。その意味で、ケン殿のお陰で、わが領において重要な材料である鉄についての事情が大いに改善され、いろんなところに良い結果が出ています。

 それを見ても、農業に関する改善も大いに期待できると思います。その改善の途中で仮に食料が不足することがあっても、他の領に売る鉄は十分確保できます」

 その言葉にジャラシンが応じる。


「うむ、鉄については私も驚いている。あの鉄の炉と石炭の蒸し焼き炉、コークス炉と言ったかな、の効果があれほどとは思わなかった。その上に、ケンの言うように農業について結果が出れば、わが領は食料を他に売れるようになるだろう。


 それに、大森林の浅いところに多量にある綿毛の木の綿を集めて糸にする試みもうまくいった。その糸で作った布は、お前らも触ってみただろうが、今までの布と比べ物にならないほど柔らかい。


 あれも大産業になるだろうし、綿を集めるのに多くの人が必要だから、多くの人を雇える。実際にはすでに綿を集める作業と綿の木の苗木を育てるのに、貧民街から100人の者、収集の護衛に冒険者を30人雇っている」


 この世界でも、人の衣服とりわけ下着は、全て毛皮という訳にはいかず、麻のような植物の茎から長い繊維をとって布にしている。だから、少し固く、特に下着としてはあまりいい物ではない。

 俺は、大森林の浅いところに綿のような実をつける木が大量にあるのを見つけた。綿になるのではないかということで、集めて日本に持って帰って試験してみると少し繊維が短いが十分糸を紡げることが判った。


 だから、現在紡績とその紡織を行うことを決めてその準備をしている。まずは、森林にある綿を集めるのに並行してその木の調査をして、その木々から採取できる綿の量を調べているところだ。


 森には結構な数の木があって、それに年間2回は大量に綿が実るので現状の推定では年間に100トン程度は取れると考えている。シーダル領の人口は10万程度と推定されているので、領民に割り当てるとすると一人当たりの量は1.0kgになる。

 この程度では領民に割り当てる程度が精々であり、王国民500万人の需要を満たすために売り込むには少なくとも10倍以上にしなくてはならない。


 だから、現在綿を森から得られた種を植えて苗木を育てているところだ。苗木は森林の隣接地に植え付けて大幅に綿花の採取量を増やそうと考えている。

 ちなみに地球でのイギリスの例に見られるように、繊維産業の機械化が産業革命の第1歩であったが、俺もこの世界でそれを進めようと考えている。そのために半自動紡績機、紡織機を作るべく日本で設計を依頼した。


 当然、そのような遅れたものをなぜと依頼した織機専門の技術者が怪訝な顔をした。しかし俺が、『趣味で』ということで押し通したのと、彼が要求する設計費を払ったのでそれ以上追及されることはなかった。


 この設計には、部品それぞれの製作図を要求したので、設計費は馬鹿にならなかった。さらに、俺は各々の部品について、町工場に製作を依頼した。見本があれば、魔法で同じものを作るのは難しくはないのだ。


 実際こちらの職人の技には魔法が絡んでおり、大工仕事など素材をそのまま加工する場合はそうでもないが、鉄の加工などを行う場合には明らかに物理的におかしい加工を行っている。


 例えば、こちらの鉄の製造は、野焼きに近い形で木炭を使って鉄を溶融させて取り出している。品質としてはばらつきが多く最低なそれを、製鉄職人が加熱して少々叩くだけで、ほぼ使える軟鉄を作ってしまう。


 彼らはその際には必ず見本として棒鋼などを脇に据えてそれを睨みながら作業することで、それと質・形ともにそっくりなものが出来る。実際に見ていると、材料が勝手に形を変えており、さらに材質も炭素を吸収または排出してサンプルに近づけている。


 それは、加工している職人が自分の魔力によってマナを使って行っているわけだ。それが出来るのはドワーフ族であり、その種族であればほぼ全員がそのような魔力を持っている。

 しかし、彼らの鉄などの金属に係わる知識は経験的な口伝にすぎず系統的なものではない。それが故に代々教わる職人の系統によって大きな優劣がある。シーダル領については残念ながら優秀な系列ではないようである。


 このように、サンプルさえあれば、それと相似なものはこの世界の職人は作れるし、それほどの手間を要しない。その意味では、地球世界において、旋盤などで削り出すより材料も無駄にならないし、効率的かもしれない。


「もうすぐ、ケンの言う紡績機と紡織機が組み上がる。あれがあれば、今倉庫に積みあがっている綿が糸に出来るし、布にもできる訳だな?」

 ジャラシンが俺の顔を見ながら聞くので、俺も答える。


「ああ、大量の綿布が出来ることは間違いない。しかしそれを染色し、服にしなきゃならんが、そこをどうするかだな。この国第2の都市カロンには、そのような工場もあって職人も大勢いるらしいから、カロンに運ぶのも手ではある。また、その場合はカロンの港町なので船が使えるから、それほどの費用は要らないしな」


「その点では、最初のものはカロンに売りはらおうと思っております。最初のサンプルはすでに、カロンの服飾組合に持ちこんで、いい感触を得てはいます。とは言っても実用できる量でないと、評価はやりようがないと言われています。

 最初は100織(一織:幅1.2m×10m)を出して売って見ようと思っています」

 クルマ・ドノンが明るい声で俺の言葉に応じる。


「いずれにせよ、鉄の利益でこの織物の掛かりを賄っていますので、この綿の織物で利益は出るとわが領の経営は大いに楽になりますな。その上に、農産において、他の領からの買い入れも必要なくなるどころか売れるほどになれば、王国きっての豊かな領になることも夢ではありません」


「ハハハ、いつも金が足らんといっておったドノンがそのような楽観的な言葉を言おうとはなあ。しかし、豊かな土地になったわが領は、隣国のジャーラル帝国の良い獲物になってくるわけだ。

 今まで十分な軍備を備える余裕もなかったわが領だが今度は軍備に金をかけなきゃあならん。その点についても、ケンの協力を大いに期待しているぞ、頼むぞケン」


 ジャラシンが笑って言い、俺が応じる。

「ああ、幸い国境は極めて守りやすい地形だ。そんなに費用をかけずとも守ることは可能だ」


 俺は、そのように領の発展に協力しているが、同時に自分の商売にも精を出している。まず、考えられるのは、この世界に普及していないものを売ることで、手押しポンプや薪や石炭ストーブなどはその候補になったが、この世界の職人のコピー能力にかかれば、あっという間に真似をされる。


 ただ、その能力を持つのはドワーフ族に限られるので、彼らを中心に職人ギルドを形成しており、そのなかで特許制度があった。そこで、俺はカムライ商会を通じて、ギルドで、手押しポンプや薪・石炭ストーブ特許をとり、10年間を通じて、1台ごとに銀貨1枚、1000ミル(5千円)を得られることになった。


 大体売値はどちらも金貨1枚なので、概ね10%のロイヤルティである。こうしたものについてはロイヤルティを払わず闇で作るものがいるらしいが、その場合はドワーフが作っていないので、質が低いものになるらしい。


 それでも、その後5年以内に井戸ポンプの販売は5千台を超え、ボイラーは4千台を越えたので、この間に900枚の金貨の収入があることになる、無論この程度では商売というほどのことはないことは自覚している。


 なお、俺は商会の名前をシーダル・アース商会とした。皆アースには首をかしげたが、おれが「自分の故郷の名」ということで納得した。城での話の直後に商売の責任者であり、サーシャの夫でマミラの父親でもあるカイロンと、仲間であり商会の株主でもある“黒の暴風”の連中を集めて相談してみた。


 彼らは、俺の家にもしょっちゅう出入りしており、この世界のものとかけ離れたその家と日本から持ち込んだ食べ物他のものを良く知っており、それを踏まえてどういう商売がいいかということだ。


「この領では、知っての通り数年すれば食料は余るようになる。その一環でお前らも食べたイモ類は来年から沢山作られるようになるが、その使い道を考えなきゃならん。

 鉄については鉄鉱石と石炭の資源が豊富だから、鉄を作ろうと思えばもっと増やせるので、質の高い鉄を安く使えるという利点がある。ただ、鉄を加工するのはドワーフがいないとどうにもならんが、彼らはこの領にはそれほど多いわけではない。また、綿の木のお陰で近く綿の布が大量にできることになる。


 このように、近い将来この領は豊かになれる条件はあるが、現在は王国でも最も貧しい領のひとつであろう。そこで、以上言ったような点を生かして、出来るだけ人々の働き口を作るような商売を広げたいと思っている。

 特に食うに困っている子供については、雇い入れてその中で読み書き計算のような勉強をさせたいと思うので、そういう方向で意見を出してくれ」


「おお、それは何といっても酒、イモで作られた焼酎がいいぞ。イモがどんどん出来るのだったらぴったりだ」

 飲兵衛のドラドが言うのに俺が応じる。


「うん、産業としてはいいな。それはやろう。俺も焼酎は好きだ。発酵させて蒸留器を作って工場を作ろう。ただ、その産業はそれほど人を雇うことには貢献しないな」


「人を雇うなら、何といっても食べ物屋と食堂よ。ケンが出してくれたものに、沢山街角で売れるようなものがあったじゃないの。売り子には子供も使えるわよ」

 魔法使いのシャイラが言うが、俺が難色を示す。


「うーん、食い物商売は難しいんだよな。余りものが出ると大変だし、冬なんか外では可哀そうだし」


「どうでしょうか。綿の布が大量に出てくるのなら、やはり服飾工場を作るべきではないでしょうか。あの綿の下着は今まで出回っているものと全く着心地が違います。 だけど、この布をカロンに持ち込んだ場合には、それなりに高いものになって、収入の高い人々しか買えません。そこを、もう少し普通の人が買えるようにすれば大量に売れると思います」

 これはカイロンの意見だが、まあ合理的な意見ではある。


「うん、その方向で考えるのは当然で、服飾産業は人がたくさん必要な業種であることは事実だし、子供も働く時間を限れば使いやすい。ただ、その方面の知識と経験がある指導者が必要だ。早急に探してくれ。

 それに、できればファッションも考えた中高級路線も考えるべきだけど、いずれにせよ人次第だ。これも人探しだな」


「ええと、私はあの布団を売るべきだと思うよ。今までのものと全く違う。綿と布はそのまま使えるし、マットレスの中身は魔法で木から作れるでしょう」

 これは無口な弓のカーラ言うが、確かに彼女は俺があげた布団に狂喜していた。


「うん、布団はいいな。中に詰める綿はそのまま使えるしね。最初は高級路線でいって、だんだん安くして誰でも買えるようにしていこう」


 そのような話で、早速始めたのは布団作りで、とりあえず麻の布に綿を詰めたものを作って売りだした。なお、マットレスは、木材を魔法で粉砕して、それにコークス炉で出てくる、粘着性の樹脂で固めてスポンジ状にしたものだ。


 また、布団の中詰は、後に魔法で木材の繊維を絡ませてふわふわにすることで、布のバカ売れで不足してきた綿の使用量を下げることに成功している。

 さらには、その技術の延長で樹木の繊維と、石炭から作った樹脂で紙を作りだすことに成功し、和紙と同じ製法であった紙の値段を半分ほどに下げた。


シーダル・アース商会は、服飾と焼酎及び寝具の生産と販売で、1年後には500人を雇用するまでになった。


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