第13話 異世界ハウリンガでの商売1

 俺が、無理やり取った休暇でハウリンガ世界に現れたのはまだ朝のうちであった。その場所は、シーダルイ辺境伯領州都のシーダル城壁内に買った自宅の庭である。

 今回でハウリンガ世界に訪れるのは10回目であり、2回目でこの家を見て購入を決めて、3回目で購入して住み始めたものである。


 この家は、城壁に近い大きめの敷地と、5つの寝室がある大きな2階建てで、敷地の境にある石のブロック塀の広さは計ったら30m×50mもあった。敷地内には井戸もあって、排水は近くの大きな排水路に流れるようになっている。


 俺がどうやってこんな屋敷を買えたかであるが、シーダルに入って最初に接触したカムライ商会に、日本から持ち込んだものを売ってそれで手に入れたのだ。俺は、異世界に来て冒険をするのは良いが、地球に比べて技術的に大幅に遅れたこのハウリンガの不自由な生活をするのは嫌だった。


 だから、住処はそれなりのものにしたかったので、そのために家を買う必要があったのだ。冒険者で稼ぐことは出来るだろうが、時間がかかりるうえに暫く稼ぐのに専念する必要がある。


 だから、カムライ商会に行って、サンプルで持ち込んだ様々なものを見せたのだ。ただ、例えば腕時計のような余りにテクノロジー的に隔絶したものを派手に売るのは避けたかった。だから、食品に絞って、砂糖、塩、コショウを見せてみた。


 カムライ商店の主人のケソン氏はサンプルを見て目を丸くした。

「こ、これは、砂糖ですか、何という白さだ」


 俺が1kg入りのビニル袋を破って、彼が用意した小さな皿に盛ってやると、その匂いを嗅ぎ、少し取り出して舐めてみる。

「うむ、全く雑味がない。素晴らしいものだ」

 それから、横にいた店員に何やら指図をすると、彼が陶器の壷を持ってくる。ケソンがそれを開けて俺に差し出す。その中には、その甘みのある臭いから茶色かかった砂糖が入っており、多分容量はちょうど1kg袋の砂糖程度だろう。


「これで、金貨1枚1万ミル(5万円位)です。大変な高級品で、高級レストランが5日から7日で1壷買う程度です。その品質の違いで、その砂糖だったら2割増しでも売れるでしょう」


「うん、じゃあ。半分で売るよ。つまり2袋で金貨1枚だな。ところで、それなりの屋敷はどの位するかな?」

 そう言うやり取りで、俺が買った家が諸経費込みで金貨5百枚(2500万円)程度ということだったので、とりあえず1000kgの砂糖を持ち込むことで家を手に入れてもらうことにした。


 なお、精製した食塩はやはり品質に驚かれたが、値段は日本と大差はなく、品質の差を入れても2倍程度の値段ということで、持ち込むのは断念した。海辺だから塩作りは難しくはないのだ。


 しかし、コショウは思った通り非常に高く、200g程度で金貨1枚という値段だったが、あまりの高価さでシーダルでは多くは捌けないという。だから、量があまり多くなると値崩れする可能性もあるらしい。


 ただ、砂糖もコショウも王都に持ち込めば売れるが、大量になった場合にどの程度で売れるか判らないということだったので、当面、砂糖を2000kg、コショウを500kg持ち込んでカムライ商会に預けた。


 カムライ商会は、あまり俺が持ちこんだ砂糖とコショウで利幅は取らなかったようだが、何しろ決して出回ったことのない高級品であったために、商会としての立場を強化するのに役立てたらしい。


 ところで、俺は水の浄化や衛生関係の専門家でもあったので、ハウリンガ世界の水に係わる衛生事情に興味があった。それで、まず買った屋敷の事情を調べてみた。井戸の水は日本に持ち帰って試験を行った結果、十分清澄で安全なものであった。


 排水事情は、便所の汚水は基本的に汲み取りで、排水路に排出することは許されていないが、その他の台所などの水は垂れ流しで排水路に流れている。ただ、汲み取り便所というのはその臭い、お釣りがくるなど使う側にも苦痛なものであるため、10年ほど前にスライムを使った浄化槽が発明されたらしい。


 そして、それを使って浄化すれば放流が可能になったのだが、その設置は非常に高額なので買った家は汲み取りだったし、数日泊まった“黒の暴風”のクランハウスも同じだった。


 専門家として、俺はその浄化槽に非常に興味があったので、金持ちで使っているカムライ商会のケソン会長の家の浄化槽を調べた。その結果それはまさに浄化槽であって、地球世界で汚物を分解する微生物を使うところをスライムがその役を担っていた。また、その機能は高いもので、出てくる水は極めて清澄であった。


 俺は、自分の家にもそれを設置しようと決心して、その専門業者に頼んだら、なんと金貨20枚(百万円)というとんでもない額であった。しかし、価格が高すぎて需要もたいしてないだろうから高いのも仕方がないと、諦めて作らせ、地下に埋め込むその構造を把握した。


 そして、トイレはウオシュレット式の本格的な水洗にし、トイレのみならず台所・風呂などの汚水排水も浄化槽に繋いだ。いわゆる合併処理にしたわけだが、設置した浄化槽は十分それを飲みこんで清澄な水に処理している。


 また、快適な生活を営むために、この世界のローソクのような明かり、風呂無しで常温のシャワーのみ、薪や木炭を使って冷蔵庫もない台所、窓は板戸で昼間のみ開くなど、改善点が多々あった。


 明かり、冷蔵庫、エアコン、ポンプなどは電気さえあれば日本の電気機器を持って来ればよいので、電源として200㎡の太陽光パネルと大容量蓄電池を持ち込んだ。

 AC電池も考えたが、励起工場がないと蓄電はできないし、俺が常時交換するのもうっとうしいと思ったのだ。


 いずれは内燃機関式の発電機を導入しようと考えている。あと、電気工事のための、配電盤・電線・照明器具類、水回りのためのポンプ、ビニルパイプ、タンク、網戸付きの窓のアルミサッシなどなどを日本から持ち込んだ。


 この世界には魔法があるが、例えば極めて複雑な工程である大工仕事を魔法で部分的な補助はできるが、全体をやることはできない。だから、この世界の初めての電気工事、水道工事アルミサッシの取り付け工事などをやらすために、カムライ商会の紹介でドラミスという工務店の親父を雇った。


 彼は、ドワーフという奴で職人気質に満ちた腕のよい大工であったが、始めての電線工事、水道工事、建具取り付けもやり方を教えたら、息子や弟子を使ってうまくやった。


 とは言え、水道パイプは下手でも漏れるくらいで済むが、電気工事は火事になったら大変である。だから、接続部は後で探知魔法も使ってチェックをしたが、誤接続が数カ所見つかったが、接続そのものはしっかりしていた。


 俺の家に来た連中は、その新規性とその快適さに驚いた。だから、ジャラシンと黒の暴風の連中さらにはケソン氏に限って、材料を日本から持ち込んで、同様な工事を辺境伯の城を含めたそれぞれの家でも行った。

 それに、同じような工事はこちらで製作したものを使ってやろうと思っているので、親方は苦労はしたが、今後の商売のために大いに参考になっただろう。


 このように、ドラミスを使ってやった内容は、水回りは井戸に家庭用のポンプをつけて、2階の屋根に置いたプラスチックの高置水槽に揚水して、そこから風呂と台所、2ヶ所の水洗化したトイレに給水している。


 風呂は、俺が覚えたての土魔法で3人程度が入れるものを作った。場所は屋敷のシャワーのあった部屋のところだ。沸かすのは薪ボイラーでも出来るが、俺がいる時は魔法であっという間に沸かすことができる。


 ちなみに薪ボイラーは、手押し井戸ポンプと同様に商売の種の一つであり、カムライ商会を通じて後に売り出した。照明は、各部屋は蛍光灯、居間にはちょっとしたシャンデリア、風呂やトイレ、玄関、門にもLEDを使った電灯を設置した。これらを全て点けるとものすごく目立つらしい。


 台所には大型冷蔵庫に冷凍庫、ステンレスのシステムキッチンを備え、通常は土間であるところを板張りにしている。煮炊きは石油コンロであり、燃料の灯油は当面は日本から持ち込んでいるが、近く現地で調達する予定である。

 薪が木炭では火力が弱くその調整が出来ないので不適である。また、当然洗濯機も持ち込んでいるので、洗剤も持ってきている。


 さらに、寝具であるが、こちらのものは基本的に板張りのベッドに藁を入れた布団を敷いて、毛皮と布を被って寝るが、それすらできるのは比較的豊かな層である。だから、当然マットレスや布団類枕は日本から大量に持ち込んでいる。


 後は飲み食いであるが、コメ、小麦粉、油、調味料、さらに、酒、ビール、焼酎、ワイン、ウィスキーさらインスタント食品など大量の食料を持ち込んいる。


 かくして、住むに当たって物質的には概ね満足できる体制を整えたのは、大体2ヶ月後であったが、家を買ってすぐに犬人族マミラとその母サーシャを家政婦として雇う形で引き取った。


 サーシャは最初に会ったころは、もはや長くないかと思うほどに弱っていたが、結局は栄養不足であり俺が与えた食料で急速に回復した。いずれにせよ、家には家政婦は必要なのだ。マミラたちの家は場所柄から治安が悪くそこにおいて置きたくなかったのだ。


 また、母子2人だけで、家に置くわけにいかなかったので、街の警備隊のO.Bの警備員を雇った。50歳を過ぎた爺さんの割に月に金貨2枚と割高(らしい)が、警備隊に顔が効くので安心なのだ。


 サーシャは差別されている犬人族の、開拓村で商売をしていた小商人の娘で、その村の村長の息子と惚れあって結婚した。しかし、その村が魔獣に襲われ多くの村人が犠牲になってしまい、さらに開拓した農場は荒廃してしまった。それで、もはやそこでは暮らせないと、幼いマミラを連れてこのシーダルに流れて来たのだ。


 シーダルではしかし働き口はなく、それでも彼女の夫のカイロンは手間仕事で何とか食っていた。しかし、このままではどうにもならないシーダルに見切りをつけた。そこで、10日ほど行ったところにある王国第2の都市カロンに働き口を見付けるために行くと出て、その後半年ほど音沙汰がないのだ。


 命の軽いこの世界では、どんなこともありうるが、彼女はそれでも何とか帰ってほしいと、待ちながら懸命に娘と2人で頑張っていた。しかし、僅かな収入の中で体も弱って心も折れかけて、不甲斐なくも幼い娘に養われていたということだ。


 それは、屋敷に落ち着いたころのことであった。マミラは俺に懸命に言った。

「おとうしゃんは、生きているよ。悪い人につかまっている。助けをまっているんだ。おにいちゃん、助けられないかな?」

 涙が浮かんだその真剣な目で見つめられると、幼児の戯言とも思えず、その懸命さがたまらない。


「マミラ、ケンさんに無理を言っちゃだめよ」

 傍にいたサーシャも涙を浮かべて娘に言い聞かす。


 俺も何かをしてやりたかった。しかし、日本のスケジュールがパンパンなので、予定以上にこっちに居られない。

「よし、何とかしよう。やってみるよ。俺は時間がとれないから“黒の暴風”に頼もう」

「え、ええ!でも、お金が……」

 サーシャは言うが、目はやって欲しいと言っている。


「いや、問題ないよ、友達価格で頼むから」

 そこで、俺は黒の暴風を訪ねて頼んでみた。


「そうか、まあいけど。お前、何でそこまでやるのよ、サーシャは犬人族だけど別嬪さんだから、亭主が帰らない方がいいんじゃないか」

 ドルゴが彼らしいことを言った。


「まあ、マミラの喜ぶ顔を見たくてな。それで、誰かに捕まって生きていることなんかあるのか?」


「ああ、ある。盗賊団でも規模が大きくなると農園を持っている場合もある。前にそういうのが討伐されて、解放された奴らがいた」

 カガリンが言った。


「なるほど、それで、規模の大きい盗賊団なんて相手にして大丈夫か?」

 俺の言葉にドルゴが笑った。


「ははは!盗賊なんて中途半端な奴がやるのよ。俺達だったら100人でも問題ない」


「そうか、それだったら頼む。俺は明日また行かなくちゃならん。うまくいったら、とりあえず俺の家に住まわせてくれ。で、いくら要る?」


「まあ、仲間価格で金貨20枚だ。ただ、空振りの可能性の方が高いぞ」

 その言葉に、俺はカガリンに金を渡して言った。


「それはいいさ。もしかしたらということだからな。見つかったら金100枚払うよ」

「おお!気前がいいな。まあ、あの屋敷を買ったケンだからな」

 ドラゴが言ったが、俺は払うことになったらいいなと思っていた。


 しかし、次回俺が帰って来た時、屋敷に幸せそうなサーシャの横に痩せた若い男が立っており、彼にマミラが抱き着いている。

「お、おう。見つかったのか?」


「ええ、“黒の暴風”の皆さんのお陰で。2日前にここに帰って来ることができました。カイロンです。私のこともそうですが、サーシャとマミラも本当にお世話になりました」

 カイロンはそう言って丁寧に頭を下げるが、よく見ると彼は痩せているだけでなく傷跡だらけだ。


 「随分、苦労したようだな。まあしかし良かった。暫くここにいて体を休めろ。その前に少し、カイロンが捕まって解放されるまでの経緯を聞いておきたい」

 居間に連れて行って聞いてみる。


「それで、盗賊たちが気付いた時は、黒の暴風の皆さんが攻めこんでいて、主だったもの達は切られ、刺され、弓で撃たれ、魔法で焼かれてあっという間にやられました。下っ端の40人位は捕虜になりましたし、捕まっていた女の22人と私を含む男5人は解放されました。


 それで、カガリンさんがケンさんにということで言付かったのは、盗賊の金が金貨250枚、盗賊の懸賞金と奴隷に売った金が金貨200枚になったので、追加の金は要らないということでした。

 ええと、ケンさんがお金を出して私の解放を“黒の暴風”の皆さんに頼んでくれたらしいですね。そのお金はお返しします。今はまだありませんが必ず」 


 カイロンは経緯の説明の最後に、そのように言ったのに俺は応じた。

「うん、それはそうだけどゆっくりでいいよ。俺はここで商売を始めようと思っているのだが、サーシャも知っているようにあまり居れんのだ。それで、信用のできる番頭を探していたのだが、丁度いい。お前がやってくれ。読み書きと算術はできるか」


「読み書きと算術はできます。でも商売を始められると。そしてその番頭ですか?」

「ああ、この家の珍しいものは見ただろう?ああいうものが種になる」


「ええ、大変驚きました。ああいうものでしたら、凄い商売になりますが、私でいいのでしょうか?」

「ああ、信用できることが一番だ。マミラを見ていればそれが判る。給金はそうだな、とりあえず月に金貨10枚だ。手付金で黒の暴風の金はちゃらだ。商売が広がったらまた上げるよ。当分はカムライ商会と共同だから、ケソン会長にはいろいろ教わってくれ」


「は、はい、有難いです。宜しくお願い致します」

 カイロンは深く頭を下げて、マミラが戸惑っているように、サーシャは嬉しそうに彼を見ている。

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