第12話 重力エンジン機を取り巻く商談
“まもる”の活躍は、重力エンジン機の商談を大いに活発化させた。
まず、話があったのは消防庁であり、海上保安庁であった。烈風丸の例を見るまでもなく、近年の日本における災害の頻発化は著しいものがあるが、そうした災害に当たってこれらの官庁は人命救助に当たる必要がある。
その点で速く、狭いところでも行動できるというのはヘリコプターしかなかったのだ。しかし、これは悪天候に弱く、そのローターが大きいために必ずしも狭いところでは運用できず、しかも費用が大きいという欠点があった。
費用については様々な付属品を付ければ調達に4000万円に近く、年間の維持費は500万円に達する。
烈風丸の件の後に、会社に乗り込んできた岬消防庁長官と瀬崎海上保安庁長官に対応した皆川社長が言った。
「うーん。まだ、価格は決めていないのですよ。無論コストは出していますけどね。そうですね、うちのハヤブサの量産機は、救難に使うような強化型で、販売価格は2000万円位でしょう。維持費? 維持費は年間100万もかかりませんよ」
この会議には俺の他に吉川専務、香川常務も出席している。
その言葉に、消防庁の総務課長と予算執行管理室長が顔色を変えた。お互いに顔を見合って格上の海上保安庁の関野という室長が口を開く。
「それは、我々としては早急に是非導入したい。既に現場からは是非という声がでているのですよ。あの強風で平気で飛べる安定性と頑丈さに、空中に停止できる機動性ですね。さらにはヘリコプターの騒音と巻き起こる強風は評判が悪いのですよ」
「ええ、安定性は確かにあります。ただ、自衛隊の“まもる”ほどの安定性と強靭性はありませんよ。相手はなにしろ、25mmの高張力鋼ですからね。全装備重量で50トンと重量もあって安定性があります。
ハヤブサの強化型は乗用車なんかよりは頑丈ですが、1.6㎜鋼板ですからね。機体も2.5トン足らずです。ただ、殆ど騒音はありませんし、風も生じませんね。また、少々ボディをぶつけるくらいでは問題ありませんから、ヘリのローターのような脆弱性はないです。
うーんと、その強化型はプロトタイプについては2日後に完成します。暫定の形式認定は取れていますので、試験飛行は出来ますよ。量産はそうですね。いま用意しているラインを通常型から強化型に差し替えれば8ヵ月後には100機程度はできるでしょう」
これは、香川常務が答えた。
「おお、8ヵ月後!それで値段はさきほどのもので?」
破顔した消防庁の近藤という総務課長が言う。
「ええ、値段については、災害救助ということで、さっき言った価格以下で提供します」
皆川社長が厳言明すると、4人の客はニコニコ顔である。彼等にしてみれば、はるかに優れた性能の救難機を、半分の価格と1/5の維持費で調達・維持が可能になるのだ。
「ただ、その時点ではまだ正式なエンジンの形式認定はでていないと思いますよ」吉川専務が念押しで言うが、瀬崎海上保安庁長官が応じる。
「大丈夫です。国土交通大臣ともこの件については話しています。国内限定の使用ですからということで調達は問題ありません。ここには岬長官と一緒に来ることになっていましたので、消防庁の場合も同様にするということで了承して頂いています」
そして、救難救助艇の注文は日本国内に留まらなかった。烈風丸の事故から、2ヶ月以内に世界35か国から5000機以上の注文が殺到したのだ。
実際に活躍した『宙(そら)』型を運用し、機体に関しては権利を持っている防衛庁にも救難艇といての話はあったらしいが、彼等はわが社が救難艇を製作しようとしているということで紹介している。
ただ、とかく日本ともめているC国から1000機、隣国ながら仲の悪いK国から100機という注文があったので、これについては防衛省に相談した。なお、海外向けには1機2500万円ということで話に応じているが、C国の場合には費用が合計250億円である。
防衛省からは、事務次官から呼ばれた。その言い方が気に入らなかったので、「この件は俺が行きます」と皆川社長に言って防衛省に出かけた。そもそも、防衛大臣は少し付き合いがあって、割に腰が軽いのが判っているが、事務次官はこちらとは距離を置いているようで少し警戒感があった。
皆川社長は俺の勢いに少し困った顔をしていたが、香川常務をつけてきた。防衛省に行く途中で温厚な香川氏が苦笑しながら言う。
「新井次官は一癖ある人ですから……、前の烈風丸の件で話を通さなかったのが面白くないのかもしれませんが、まあお手柔らかにお願いします」
「うーん、穏やかに行きたいのはやまやまだけど、相手が喧嘩を売って来るなら買うよ。どうもまだ役人には解っていない奴がいるなあ。今回の話はこっちが良かれと思ってのことなんだけどね」
「うーん、まあなにも防衛省に買ってもらわなくても、うちはまあ、それほど困りませんよね。まあ、それでも新井さん位は〇村会長の線からどうにでもなるでしょう」
業界で生き抜いてきた香川氏は怖い事をつぶやいている。
次官室の前室で、秘書を訪問してその案内で部屋に入ると、半白髪の如何にもエリート然とした大柄で太めの男が大きな机の後ろに座っている。男はむっつりして睨みつけるような目だ。
机の前の横には制服の偉そうな禿げたおっさんと反対には3人の役人らしき連中が座っている。どうも、俺たちは机の前に立たされることになるようだ。香川常務がまず頭を下げて口を開く。
「RGエンジニアリングの香川です。どうもご無沙汰をしております。前にお会いしたのはM重工の時代でしたね。ええと、こちらはわが社の企画担当取締役の三嶋健司です」
そう言って香川は俺を見るが、俺は頭を下げずに言った。
見かけは俺が一番年上だ。
「なんですか、あなたは。我々は今日は怒られに呼ばれたのでしょうか? 何か謝れというの?」
一瞬、部屋の中の連中は、唖然とした顔で顔を見合わすが、制服のおっさんは皮肉げな顔で苦笑している。
「な、なんだ君は!次官に向かって無礼な!」
そこに座っていた役人どもは、こっちを向いて立ち上がったが一人が興奮して顔を赤くして言う。それに俺も言い返す。
「そっちの方が無礼だろうが!何の話かも言わないで呼びつけて。こっちは呼びつけられる覚えはない」
「覚えがないって、C国とK国への輸出の件だよ。君らの会社が聞いてきたんだろうが」
もう一人の役人が言うが、俺が再度言い返す。
「あのな、それは防衛政策上のことがあるから、こっちは親切のつもりで伝えたんだ。それをこんな何かミスをした会社を呼びつけるように。君らがわが社に本来くるべき話だろう。俺は大変不愉快だ」
「君はたかが平取締役の分際で我々に逆らうのか。君らの契約はいつ切ってやってもいいんだぞ」
黙っていた新井次官が言ったが、それに対して制服のおっさんが反論した。
「新井次官、それは違います。重力エンジンに関してはRGエンジニアリングにすべての権利があります。まだ、支払いもしていませんし、契約も固まっていません。今の状態で『宙(そら)』型の“まもる”のエンジンが使えなくなったら、どうなるか判っていますよね」
おっさんは流石の軍人らしい迫力で役人どもを睨みつける。
「はっきり申しますが、新井次官。あなたの首やプライドより重力エンジンの方がずっと重いのです。その点は大臣も首相も同意してくれますよ」
そこに香川常務が割り込む。
「ええと、私から言わせてもらうと、三嶋取締役は重力エンジンに関するすべての権利を持っています。彼が同意しないと誰もそれを作れないのです」
「ということで、あなたには当事者能力がないことが判りました。時間の無駄なので、あなた……、ええと」
禿げたおっさんを見て俺が言うのに、香川常務が苦笑して教えてくれる。
「寒川航空幕僚長閣下です」
「じゃあ、寒川さんとお話ししましょう。場所を変えた方はいいでしょうな」
「ええ、C 国とK国の件については戦略上こちらからお話ししたいこともあります。できれば部下もいた方がいいので、申し訳ないが市ヶ谷においで頂くと有難い」
「では、本件は先ほどもお話ししたように制服案件ですので、市谷で話をさせて頂きます」
寒川幕僚長部屋の中の連中に向けて見事な敬礼をして背を向ける。そして、ドアを開けて頭を下げて送る秘書の横を抜けて、開いたままのドアを通って外にでる。
「寒川閣下、あれは困ったものですね」
香川が言うと寒川が頷く。
「私は止めたんだけどな。最初に脅しあげておけば、後がやりやすいとか馬鹿なことを言ってなあ」
それから香川の方と俺の方を見て言う。
「調達で変なことをするようだったら言って下さい。何とかします。なにしろ、我々にはあのエンジンが必要です。アメリカにこの技術の件で恩を売って、F35の後継機をキャンセルする。協力してもらいたい」
ふむ、なかなか物が見えているなと思ったが、香川が応じる。
「ええ、彼ならやりかねませんね。私もさんざん役人を見てきましたが、呆れましたな、M重工の線から動いてみます。あのエンジンはどこも欲しがりますからね。私も業界に長いですが、次官がこれほどの物のインパクトが読めないとはね」
「F35が全部入れると1機が200億円くらいか?“まもる”がミサイルとか入れて50億かかってないだろう。戦闘機は30億位で出来るんじゃないかな。しかも、空気取り入れが要らんから亜宇宙でも自由自在だし、海中もいけるだろう。
深くは無理だろうけど」
幕僚長車に同乗してのなかの話で、俺が水を向けてみると、幕僚長が言った。
「そう、速度がちょっと落ちるが、小回りは確実に上だね。それに何より、Gに耐える必要がないし、エンジンの操作が単純だからパイロットの養成が遥かに楽だ。F35の費用で1000機位は調達できるし、それだけあれば、空の守りは鉄壁だ。
さらには、船舶の上に載せて護衛もできるからシーレーンの防御もできる。いや良い事しかないぞ。それをあのバカ次官が」
彼もだいぶあの次官には悩まされてきたようだ。
市ヶ谷の会議には、空自のみでなく陸自と海自も参加した。皆重力エンジンには可能性を感じているのだ。
「それでは、C国とK国には救難艇は売れないということですね?」
「ええ、我々の一致した意見では、まずその両国はばらしてコピーを作ろうとしますよ。さらに、大部分は救難艇を改造して武装します。ミサイルと機銃ですね。そうなると、スピードは遅いですが、どこにでも着陸できる点で陸軍の強力な支援機器になります。
離島などに使うのにぴったりですから、尖閣なんかは日本が売った救難艇の改造機で占領されることになりかねません。そして、K国はまもなくアメリカが引き上げます。そうなると、C国の下につきますから、我が国とは敵国になります。近いだけに、小回りが利いて、武装な可能な救難艇を活用されると厄介なのです」
航空幕僚本部の企画官という上野砂霧という名の女性自衛官が言ったので、俺が応じた。
「まあ、その点は私も懸念していたのです。判りました、日本政府の指導により断るということにします。その理由は防衛省と政府で考えてください。それと、ロシアは当然同じ扱いになると思いますが、他の国についてはそっちから政府の意向を出してください。基本的には軍事的な観点からの理由になるでしょうから」
「ええ、私は陸上自衛隊の装備部の若末と申しますが、輸送ヘリ、戦闘ヘリの代替は重力エンジン機にしようと思っていますので、その開発の協力をお願いします。さらに、戦車にも使いたいのでどうでしょうか」
若手の細身の自衛官が立ち上がり言うのに、俺が答えた。
「ヘリの代替は当然と思いますので、問題はないと思います。戦車の動力ですか。当然飛ばすことは考えているのですね?
「ええ、“まもる”機が50トンあると聞きまして。10式が50トン位なのです」
「速度はそれほど要らないでしょうから、2型のエンジンを2機も搭載すればいけます。ただ、今のような戦車より戦闘ヘリの重装甲タイプを作れば済むと思いますよ。
反動のある砲を積む場合には、空中から撃つのは無理でしょうから、無反動砲かミサイルですね。その辺りは陸さんの方で運用を考えて決めてくれればいいと思います」
陸との話はそれで一応は終わったが、今度会社に訪問したいということだった。
「次は海上自衛隊ですが、私は戦略班の山内と申します。ええと、我々も重力エンジンには大変関心がありまして、緊急的には戦闘機等の空母搭載です。これは、大臣の命令で空自と共同で行いますが、早急に戦力化をします。
つぎには護衛すべき船舶への戦闘機の搭載、これも先ほどの空母化と同じ機体で行けると思っています。さらに、もうアイデア自体はでているようですが、空と海中を起動できる艦艇というか機体です。3次元的な動きをする点では一緒なのですよ。
そして、海中の運動はそれなりのノウハウが必要ですから、海中の運動も考慮に入れるなら我々の出番だと思っています。それから、これはアイデア段階ではありますが、重力エンジンの能力次第では、海に浮かぶのはいいとしても空中も動けた方が、有利なのではということです。
これは、艦艇というのは動く基地なのですよね。だから限られた戦力をあちこちに動かせるから、戦闘艦が運用されてきたのです。
ただ、欠点は遅いということで、その意味では航空機に全く敵いません。だから、少々小さくはなっても、飛ぶ戦闘艦を作れば戦力がより有効に使えます。もっともこういうことを言うと『お前は海自を否定するのか』と言われますけどね」
こう言った山内2佐の話を俺は面白いと思ったのでこう答えた。
「重力エンジン機は機動が自由自在ということで、普通の貨物船に積んで運用もできます。だから言われたことは可能ですよ。海中の運動は可能なことは間違いありませんが、水圧への対処など極める点が多くあります。
これは海上自衛隊さんの範疇ですね。あと、現在開発済みのエンジンだと、魚雷艇程度は運用できますから、その点をどうするかも考えて頂ければいいと思います。いずれにせよ、我々の工場にも来てください」
この話をきっかけに会社は自衛隊の装備開発に深くかかわることになった。
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