第11話 まもる1号の活躍

 近年、地球温暖化の影響と言われる天候不順が続いているが、とりわけ暴風・豪雨による被害が毎年のように起きている。東京から、M島に向かおうとする豪華プレジャーボートは、著名な財界人の所有であった。

 出航に当たっては、不安定な天候を予報されていたが、ようやくの休みの予定を変えたくなくて出航を強行した。


 男女10人が乗ったそのボートは、突然の豪雨を伴う暴風にさらされ、危険を感じたものの逃げ込める港が近くになく、当初の予定の航路を続行するしかなかった。


 そのなかで、風はますます強まり完全に危険な風速になったので、船長は艫を風向きに立てるように操船した だが、不運にも風が突然90度回ったことでやや重心が高いボートは猛烈な横風に転覆してしまった。


 烈風丸というそのボートは幸い転覆しても気密性がよく、当面沈没の恐れはなかったが、引っくり返って密閉した空間では、乗っている10人の人間のために酸素が持つのは精々3時間から4時間とみられた。幸い、引っくり返った船内で、電池は機能していたので非常用照明は使えたためにパニックにはならなかった。


 また同様に、衛星通信のできる通信機は非常用電源で使えたので、直ちに海上保安庁に救助を要請したが、すでに500kmも陸から遠ざかっており、船での時間内救助は不可能であった。さらに、断続的に10m〜40mの風速の風が吹き荒れているようではヘリも出動は無理である。


 幸い昼間だったので、香川常務から青くなって俺に連絡があったときに、直ちに“まもる1号”を出すように自衛隊で親しくなった担当の加山2佐に要請した。

「なんでよ。そっちのハヤブサを出せばいいでしょう?」


「それがだめなんだって。いいか、底を上に浮いているわけよ。救助するために穴をあけたら、ぶくぶくと沈没だよ。だから、“まもる1号”が潜って片側に頭をつけて上昇すれば、ボートは起きるよ」


「ええ!海に潜るの?そんな……、いや出来るよね。水深もないし。上昇の力は大丈夫かな?」

「風ごときで引っくり返った70トンの船だ。50トンの機体を時速300kmで上昇出来るんだぜ」


「う、うーん。俺の一存では無理ですし、駐屯地司令もO.Kは出せんだろう」

「よし、俺が大臣に頼んでやるから、すぐ出発しろ。大体、M重工の〇村会長が乗ってるんだぞ。時間がない。首になったら拾ってやるよ」

「本当?うーん、確かに唯一の道だな。10人か、よし行くよ」


 それから、加山は駐屯地の司令をだまくらかして、部下の空曹長を乗せて出発したらしい。木更津から約500㎞の距離だから40分で現場に到着して作業にかかった。一方で、俺は香川常務からM重工の社長を通して防衛大臣に連絡を取らせた。


 10人の命がかかっており、それを救う唯一の策が“まもる1号”ということで、水島防衛大臣に否やはなかった。そして、大臣からの許可が出ることを見越して、すでに担当が現地に向かったということを聞いて、大臣は却って喜んだと言う。


 加山たちの作業はこういう風であったらしい。

 彼等は、無線の電波発信源の座標を追ってドンピシャで引っくり返った船の底を見つけたそうだ。風速は平均25m程度でうねりは10m余と大きいが、船そのものの振幅は3m位だったという。


 “まもる”は大きさの割に重いので、それほど揺れず安定していたらしい。“まもる”の天板は端は半径30㎝ほどの丸みをつけているが、その他は平らだから、新幹線の胴体のような感じだ。


 なお機体を吊り上げられる頑丈なフックが6個天板に付いているので、よいひっかかりになるだろう。ボート舷側にはステンレスの手すりがあるが、これは下から押し上げる時につぶれるだろうが、その圧力程度はまもるの25mm厚の天板は耐えるはずだ。


 まず“まもる”は海中に潜る必要があるが、その比重は1より小さいので、重力操作で下向きに力をかけて潜る必要がある。水中からの位置決めはそういうことを想定した窓がないので、なかなか厄介だったようだ。


「香川2佐、大体機体の幅の半分くらいを懸けましょう。船のできるだけ中心に、もう少し後ろ、もうすこし、前後はよし。後は幅ですね。もう少し中に、いや行き過ぎ、少し帰して、よし軽く持ち上げて。よし固定した。そのまま持ち上げましょうか。それ!」

 などと、ハッチから見ながら指示する安田空曹長の誘導に従って加山がデリケートな操縦をしたらしい。


 それは、もろに船内でも無線機で聞こえており、船の天井に毛布を敷いて座っていた船内のものは、ハラハラドキドキで聞いていたらしい。そして、船の片側を持ち上げを初めた時、手すりが瞑れてガタンとその高さだけ船体が落ちた時ははっきり分かったらしい。


 船内では、“まもる”の押上げで船体が回転を始めたところで、船長の指示で回転により人体が転ぶことを想定していろんな措置をしたらしい。なかなか優れた船長だね。ちなみに転覆した時は、船長がそれを避けられなくなったときは警告したらしいが、殆ど全員が負傷したが、2人は重傷で腕を骨折している。


 骨折はとりあえず固定しているが、窒息の危機が迫る中ではそれほど重要視されていない。操縦している加山は、船体を真っすぐ持ち上げればよいわけでなく、回転に合わせて船の中心に向けて斜めに上昇力をかけている。


 そして、ようやく船体が90度に起きると、勢いよく船は回って復元したという。その時“まもる1号”急に荷重が外れたので、斜めに飛びだしたが、すぐにコントロールを回復したというから加山はやはり優秀だ。


 丁度その頃風は治まってきていたが、うねりは大きいので、大きく浮き沈みする船体からどうやってまもるに移るかということが問題だった。しかし、そこはレンジャー資格を持つ安田空曹長である。

 彼は加山に指示して、“まもる”の横腹の幅0.8m×高さ1.5mのハッチの下端が、最大に浮いた時のボートのデッキの高さになるように停止させた。


“まもる”は風の影響を受けない訳ではないが、風速が8m余で一定になっていたので、ほとんど位置を固定することに成功していたという。そこで、安田がハッチを開けて船に乗り込んだ。さらに、船長と船員の助けを借りて、まず骨折した1人を舷側に立たせた。船が頂点になった時に合わせて、すんなり機体のハッチをくぐらせる。


“まもる”の中の椅子は操縦席を除いて3つだが、空間は1.5m×2m位の最低限の乗員の運動のためのスペースを取っており、10人程度を詰め込むことは可能である。その要領で作業を繰り返して、10分ほどで10人を“まもる”に収容することができた。


 その連絡で、わが社で無線を聞いていた俺たちも、海上保安庁の管制室も快さいが湧いたものだ。特にM重工の出身の香川常務は、〇村会長には世話になったということでとりわけ喜んでいた。その彼が俺に言った。


「三嶋さん、今回のように転覆した船を下から突き上げて復元するというのは世界でも初めてのことでしょう。それで考えたのですが、潜水艦にも重力エンジンを使えるのではないでしょうか。いや、と言うより宇宙から海底まで行動できる万能機とするべきか。海に潜れば見つけにくいですからね」


 彼のアイデアの万能機は自衛隊とアメリカ、それにイギリスが飛びつき、共同開発になって2年後には実用化された。

烈風丸の救助は、無線で連絡が行われたために傍受されて、ほぼリアルタイムでマスコミに追跡された。なお、烈風丸は一旦放棄されたが、後に回収されて復元したけど、大した費用は掛からなかったらしい。


 加山とは翌日電話で話をしたよ。

「ご苦労さんでしたね。しかし、偉い騒ぎになったなあ。でも大臣は喜んでいたらしいぜ。駐屯地の司令にはO.Kをもらったんだろうが、よくすんなりO.Kを出したな?」


「ああ、やや強引だったけどね。危険性は無いような話で了解をもらったからな、海に潜って事故でも起こしたら大変だったな。帰ってから後で嫌みを言われたよ。まあ、それでも俺は空自所属だから、陸の駐屯地は正式な命令ルートではないからな。だから、空自の方からも嫌味を言われたよ。」


「それにしても、マスコミは木更津まで押しかけて来たんだって?」

「ああ、来た、来た。しょうがないから、駐屯地の広報室で記者会見さ。烈風丸に乗っていた方は殆どが結構な怪我をしていたから、会見に出たのは船長だけな」


「骨折が2人で、捻挫、打ち身か。〇村会長は捻挫だったな」

「うん、割に軽かった。お年の割に鍛えていたんだな」


「安田空曹長と一緒に大臣賞をもらうらしいな?」

「うん、安田がいないとどうにもならなかったな、ベテランの下士官は偉大だよ」


     ―*-*-*-*-*-*-*-*-*-


“まもる1号”についてはマスコミで大いに讃えられたが、その活躍はそれでは終わらなかった。

それから間もなく、ついにKT国がミサイル発射の準備を始めた。幸い、“まもる1号”、2号ともに艤装も終わり、十分とは言えずとも最小限必要な訓練をする時間があった。


「KT国、弾道ミサイルの発射の兆候」

 との活字が躍ってからは、木更津駐屯地からの“まもる1号”,2号の発進が大きな話題になった。


「もちろん、必要な時には発進することは確かだけどさ、あれやっちゃダメ、これやっちゃダメと言われたんじゃ上がっても何もできんよ」

 加山に電話した時彼は言ったけど、確かにな。国境を越えなきゃ、あるいは自分が撃たれなきゃ反撃も出来んとか、EEZをこえなきゃとか言われたら何もできんよ。


 大体、亜宇宙からはミサイル探知も、迎撃もしやすいことは確かだけど、上空5千㎞以上に舞い上がって、降りてくるロフテッド軌道などを取られると迎撃の確率は下がる。しかし、それは最大速度になるまでポーと待っていた場合で、上昇段階で発射すればほぼ100%迎撃できるということだ。


 要はEEZ内でないと迎撃できないという枷を嵌められると、迎撃は怪しいということになる。しかし、流石に政府もそれは判っていた。敵基地攻撃が議論されていたからね。つまり事前攻撃ということだから、それに比べれば発射を探知してからの方がずっとハードルは低い。


 日本政府は声明を出したよ。

「日本に恫喝をするような国または地域あるいは団体が、日本の方向に向けて発射体を発進させた場合には、日本を狙ったと見做して迎撃する」

 まあ、明らかに“まもる”による迎撃を意識しての声明だね。


 弾道ミサイルなどで莫大な燃料を使う液体燃料ロケットは、燃料を発射直前に供給するので上空から監視しておけば発射の兆候は掴める。今回のミッションは“まもる1号”、“まもる2号”両機が出ることになっており、指揮は加山2佐がとることになっている。

加山もなかなか評価されているのだな。でも、安田空曹長も一緒だという。うんうん、ベテランの下士官の見張りがないとね。衛星で、燃料注入という発射の兆候が掴めたのは午前6時らしい。それから24時間以内に発射があることになる。


 皆が慌てるなか、加山はクルーに一喝したらしい。

「ゆっくり朝飯を食え、まだ最低3〜4時間はある。上にあがったら、ここで食うような飯は食えんぞ」


“まもる1号“と2号は、日本海上空の木更津から平面的には900km、高度2000kmのKT国よりの位置を占位するので、大体65度の角度で2200kmを上がっていくことになる。上昇に当たっては8割(約2G)の推進をかけるために、海面近くでは時速1000km、空気が無くなると、電池が続く限りいくらでも速度は上がることになる。


 もちろん、アインシュタインの言う相対性論的な限界があるけどね。ところで、65度の角度で床が傾けば感覚的には垂直のように思える。しかし、重力エンジンの便利なところは機内では、重力をコントロールできるんだ。ただ、方向を自由には制御できないので、この上昇時には椅子に固定されて重力を0.1G程度にするらしい。


 100kmも上昇すれば、事実上空気はないに等しいので、速度はどんどんあげられるけど、どこかの定点で停止するということは、その速度は消さなくちゃならない。まあ、そんなに急ぐ必要もないので、1時間半で目標の点につく程度に加速して、また反加速をかけたわけだ。


 KT国から言えば、発射基地から水平に300kmで、2000kmの高みから“まもる1号”と“まもる2号”に見下ろされているわけだ。KT国のレーダーによる監視体制はお粗末と言われているけど、流石に自分のミサイルを追跡はできるので、両機を探知したらしい。


 昼頃、例のおばさんが朝鮮放送で文句を言って脅しを並べたよ。俺も聞いたけど、というより字幕を見たけど、よく覚えていないが、こんな内容だったな。


「日本は、卑怯にもわが衛星の発射の邪魔をしようと、我が国の庭先に自衛隊機を飛ばしてきた。これは明確に我が国に対する戦争行為である。日本政府は我が国の報復におびえて暮らすがよい。わが鉄槌は間もなくだ」


 彼等は結局、燃料を注入したミサイルを発射しなかった。だって、“まもる1号“と2号の位置からは、ミサイルの発射は目視でも簡単に検知できるし、上昇している低速度のときに迎撃すれば撃墜は簡単だ。


 それで、撃墜されたという実績を作ってしまえば、彼等は営々と作ってきた核とミサイルのシステムが意味をなさなくなる。結果として、その火星13号とかいうミサイルはそのまま発射台で朽ちることになった。


 こうしたミサイルは猛毒の燃料を入れるものだから一旦注入したら、発射しないとそのミサイルは廃棄するしかないんだと。この過程は常時マスコミによってリアルタイムで公表された。政府も木更津からの“まもる1号“と2号の発進は隠しようがないから、ほぼ発進と同時に発表した。


 さらに、1時間半後に予定の位置についたこともその説明図と共に公表した。そのことで、素人でも今この瞬間、その位置に迎撃ミサイル・ステーションがあり、そこには日本国内から1時間半で行けるという意味合いを理解できた。


 加えて入れ替わり立ち代わりテレビに出演した自称・他称の専門家より、その位置にステーションがあれば確実にミサイル発射の探知はできること、そしてミサイルの迎撃は自衛隊の持つ、AMA63型、65型などのミサイルで、ほぼ100%の確率で容易に迎撃できることが説明された。


 恒常ステーションの設置の要望が出て来たのは当然であろう。つまり、今まで地球のある点の上空に無動力で常に占位する方法は静止衛星のみであったが、これは軌道速度が地球の自転と同じ速さである高度36000kmの高度になる。

 GPSや通信などのステーションとしては使えても、物資の輸送が必要なミサイルの基地などとしてはコストが高すぎて使えない。


 その点で、重力エンジンがその可能性の扉を開いたのだ。つまり、軌道上の自由な高度で反重力によって留まることができるし、そのためには電力を消費するが、それは大したことはなく往還機で電池を入れ替えればよい。


 そして、KT国周辺のステーションなら地上から1時間強で行けるのだ。 日本政府はKT国の放送に答える形で声明を出した。なお、日本はKTを国として認めていない。


「KTは、いままで何度も我が国をその攻撃の対象として名指してきた。しかも我が国の国民を連れ去り、それを返そうともしない。その意味では明確な敵性の存在である。

 その敵性KTがミサイルを発射しようとすれば、我が国対象であるないに係わらず、我が国の攻撃であると想定するのが安全保障上の常識である。従って、その防衛ために現在我が国のもつ最善の方法をとったのが、今回の措置であり、今後も同様な措置は続ける。


 なお、今回用いた“まもる1“、“まもる2”は日本内地から発進したが、今後は同様な機能を備えた恒久的な基地にすることも検討している」


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