第10話 宙航機、宙(そら)が駆ける

 ハヤブサについては、政府に働きかけて重力エンジンを航空機の浮遊・推進機構としての認定を急いでいる。しかし、とりあえずは仮認定ということで、国交省から試験飛行の許可をもらっている。ただ、人家の上を飛ばないなど多くの条件がついており、ルートを選ぶも容易ではない。


 しかも、飛行ごとに国交省の監視役をつけるなど、なかなか日本で何かを変えようとするのは容易ではないと、俺はため息をつきたい思いだった。

「ええ!査察官が休暇だから試験飛行は禁止だって?」


 俺がさらに頭にくるような知らせが飛びこんできた。試験飛行担当の武藤も興奮している。そもそもが国交省から送り込んできた査察官の品川は、最初から意地悪く細かいところに散々ケチをつけて、天候が少しでも不順であると飛行をやめさせようとするようなところがあった。


 そうなる一つの要因として、経産省が前のめりであることに対して、国交省では重力エンジン機は交通網の混乱の要因になると懸念している勢力があるたまだ。品川の態度のひどさに、彼にはその勢力の意向が働いているのではということが社内で言われていた。


「どういうことですか、あなたがいない間は飛行禁止とは?」

 俺は怒鳴りつけたいのを我慢して帰ろうとする品川を捕まえて聞いたが、品川はその細面の口をゆがめて皮肉げに言った。


「だって、本件の査察官は私だけだからしょうがないでしょう。三嶋さん、あなたね。焦っているようだけど、こういう形式認定はそう簡単なものではありませんよ。数年はかかるものです。まあゆっくりやりましょう」


「数年?ゆっくりやる?それは、日本政府としての考えですか?」

 俺が怒りを抑えて聞くと、尚も彼は同じ調子で言う。


「日本の航空行政としてです。大臣がどう考えているかは知りませんよ。しかし、航空行政にはそれなりのルールと流れがあるのです。それは、変えられません」


「なるほど、解った。ではハヤブサの試験飛行はアメリカでやるよ。ちょうど話があったところだ。どうせ日本では時間がかかるから、俺のところに来いと言われたところだ。アメリカで認定を取って最初の売り出しはアメリカだな。

 まあ、形式にこだわった小役人が、反重力エンジン機をアメリカに持っていかせたというのは、なかなか良い新聞ネタだね。ねえ、佐藤さん、そうしましょう。ジョン・ホプキンスから先日話があったでしょう?」


 横で同様に怒っている佐藤教授に俺が言うと、彼は虚を突かれたような顔をしていたが、なるほどと頷いた。

「うん、そうだね。引っ越しに少し時間がかかるけど、ずるずるケチをつけられて、時間を引き延ばされるよりはずっと増しだ。数年かかるのでは話にならん。

 いずれにせよ、世界最大の市場であるアメリカでは形式認定は取らなくちゃならんからね。日本は、重力エンジン機を認めたくはないということだな。日本では使えないのは残念だけど仕方がないな」


「じゃあ、ホプキンスに電話して、記者会見を開きましょう。日本では重力エンジン機の認定に数年かかるので、アメリカで認定を取るとね」

 俺と佐藤教授の話に、品川の顔色がどんどん悪くなっていった。


「ちょ、ちょっと待って下さい。わ、私はそんなつもりは……」

 あわてて、言い始めるが佐藤教授が厳しく言い返す。


「いいえ、確かに聞きました。数年かかるから、のんびりやりましょう、ってね。それだったらわかるよね。今まで細かい事に徹底的にケチをつけて、引き延ばそう引き延ばそうとしてきましたよね」

 そこに、浅井が横から冷静に口を出す。

 

「もう少し早く言うべきだったけど、横田学長から経産大臣の田川さんに話してもらおうよ。首相まで上げないとだめだね。俺は阿山首相がすごくこれに期待していると聞いているよ。

 国交大臣は公正党だから、少し難しい面があるかもしれないが、マスコミに国交省が妨害勢力と流せば、航空局長位の首くらいは飛ばして、この人を挿げ替える位の事はやるだろう」


「ああ、ま、待ってください。そ、そんなことをされたら……」


「あなたも見当が付くでしょう。マスコミにこの話が流れたら、どれだけ政権、国交省にバッシングが来るかということは。政治家は、当然役人に責任をおっかぶせて逃げますよね。それで、実際のところどのくらいの期間かかるのかな?1年以上かかるのだったらアメリカに持っていくよ」


 品川に冷静になった佐藤が聞く。真っ青になった品川が考えながら言う。

「え、ええ。うーん、例えば、大臣が厳命すれば、あっちこっち飛ばして、暫定承認に3ヶ月、……しかし、正式には海外との協議がありますから1年はかかります。

 ええーと、これは今まで飛んだ限りでは、大きな不都合がなかったからですがね。これが大きな問題が出れば、そうはいきません。でも、暫定認定が下りれば、販売は出来ませんが、試験飛行はほぼ自由に飛べます」


「では、いずれにせよ、学長から田川経産大臣には話してもらいます。『普通の手続きでは、飛行承認に長期かかるから、超特急でやってもらわないと困る』とね。実際には、これはすでに言ったはずなんだけどね。

 だから、『うちの開発チームが頭にきてアメリカで承認を取る』という話が出ているということも付け加えます。そして、私どもはすで、国交省の担当部署には行っていますが、もっと上の意向を出すところに直接交渉に行きます。

 すでに、首相なり大臣なりから話が下りた上でね」

 浅井が言うと品川が必死に抵抗する。


「い、いやそれは……」

「でも、あなたが着任にしてから1ヶ月、非協力的なあなたのために、私達は半分の時間を無駄にしたと思っています。この重力エンジン機の開発というのは、人類史上でも例のないくらいの画期的なイベントです。

 それを、どういう動機か知りませんが、邪魔をしてやろうというのは日本に対してのみらならず、人類に対する裏切りです。国に奉仕する立場の国交省が、それが判らないのは私らには不思議でしようがない」

 佐藤教授が追い打ちで言う。


 そこらには、俺も出る幕はなく傍観していたが、浅井から横田学長へ電話が行き、横田学長は直ちに友人でもある田川経産大臣に電話したという。

 内容的には、品川の妨害行為と言える内容も含んだ話になって、上から話を下ろすようにという要請というか強要である。なにしろ、飲まなきゃあアメリカに持っていくという話なのだ。


 電話を受けた田川大臣にとっては、阿川総理からこの開発案件のことは何度も話あっており、この件を首相とは話すことは容易であった。しかし、頭ごしというのは嫌われる社会で、自分が首相に言って首相から国交大臣という流れは憚れる。

 だから、彼は同僚である岸田国交大臣にまず話をしてということだ。その話はこういう話だったらしい。


「岸田さんね。実は、M大学の横田君から例の重力エンジン機の承認の件で話があってね。うん、首相も閣議で何回か話しているよね。それで、お宅の航空局が担当だよね。うん、うん、協力するようにと言ったって?そうかなあ。どうも、航空局の査察官が何年もかかるようなことを言ったらしいよ。


 うん、うん、岸田さんがそんな指示を出していないのは判っているよ。だけどね、それで開発の連中がちんちんに怒っちゃって、アメリカに持っていくと息巻いているんだって。それも、記者会見を開いて、日本の承認が何年もかかるというので、そうすると発表するらしいよ。それで、横田君も弱っちゃってね。


 うん、うん、そうだよな。そんなことを言われたんじゃ立場がないよな。何年もはかからないよね。ええ!かかるの?そうだよな、やりようだよね。これは世紀の大発明なんだから、アメリカに行かれたんじゃ、国賊!って言われるよな。

 うん、うん、頼むよ、調整してみてよ。私の方から阿山さんに報告するけど、岸田さんがうまくやってくれるって言っとくよ」


 結果的に言えば、品川は外されて、3人の査察官がローテーションを組んで、こっちが要求する時はいつでも飛べるようになった。また、満たすべき事項のリストの内容は変わらないが、確認回数が大幅に減ってトラブルも殆どなかったので2ケ月で暫定承認が下りた。


 だから、その後は査察官の立会い無しに、地区の航空管制の承認で飛べるようになった。そして、本承認はやはり概ね1年間を要するが、日本の領空内であればハヤブサは飛ぶことに問題はなくなったし、他の形式の重力エンジン機も簡易な手続きで飛べることになった。

 

 ちなみに自衛隊については、K重工出身の香川常務の示唆で、重力エンジン機を成層圏で運用するというアイデアに飛びついた。これは、陸上イージス配備の中止によるミサイル防衛に対する脆弱化に対して、成層圏に迎撃ミサイルの発射ステーションを置くことが有効であることが理論上で立証されたのである。


 そのため、定格ペイロード5トンの1型エンジン5基に加えて、25トンの2型エンジン5基が平行して試作されたが、大型の2型は1カ月ほど完成が遅くなる。

 このための機体については、エンジンの製作に並行して1ヵ月で設計が行われ直ちに製作にかかった。

 

 これは、亜宇宙での利用ということで、密閉性が必要なので溶接が出来るということから工期短縮のためもあって高張力鋼製のボディになった。

 大きさは幅が3m×長さ8m×高さ2.3mで、片側づつ2発のミサイルポットを腕のような形で取り付けており、25mm鋼板のボディのみで25トン、ミサイル他装備を満載すると約50トンの重量になる。


 これには、速度性能を重視して最大500㎾/時の消費電力である2型の重力エンジンを4基積んでいる。

 それに対して、500㎾時のAC電池を20基積んでいるので、全力出力で5時間の運転が可能である。この場合の大気中の最大速度は、大気との摩擦抵抗からマッハを少し超える約時速1500kmと計算されている。


 一方で、亜宇宙でステーションとして待機する場合には、所定位置に着けばそこで留まるために反重力を保てばよいので、電力消費は50㎾以下である。さらに高さ100km以上の成層圏では空気抵抗は殆どないので、重力エンジン推進のための電力消費はこれまた少ない。


 乗員は3名で、操縦士に航法士、さらに火器管制官から成り、武装は弾道ミサイルの迎撃のための特殊ミサイルが4基、自衛のため前後に合計4門の25mmガトリングガン、さらに外付けの空対空ミサイル4基を搭載している。


 この機は成層圏での活動を前提としていることもあって、形式名は『宙(そら)』型として、2機同時に作られて”まもる1”、”まもる2”という名になった。基本的には成層圏に最大3日留まる予定になって、それに必要な生命維持装置を装備することになっている。

 ”まもる1”と”まもる2”は、ハヤブサの試験飛行から1ケ月後に試験飛行されたが、その時点では飛行の操縦に必要な最小限の機器のみが装着されていた。またその時点では、本当に飛ぶというハヤブサの経験があったので、海に面した木更津駐屯地において、その50㎞圏内を様々な機動を試験している。


 試運転は極めて順調であり、ダミーロードを積んで最大重量50.5トンとして、反重力のみによる上昇速度約50km/時、重力牽引を加えて鉛直上昇200km/時、海面上1000mで最大速度1550km/時などが計測された。

 その際には、同盟国たるアメリカ軍もごり押しで加わり、本国から派遣された大物の専門家も試験飛行に同乗した。


 彼は、.ケニー・ブレアという名で、宇宙軍少将の階級であり、立ち会っていた俺に話しかけてきた。


「Mr.ミシマ、この機体は我が国もぜひ欲しい。亜宇宙に行くのに際して、ロケットでは毎回費用がかかりすぎるのだ。その点で、この“ソラ”は電池の交換のみというのは素晴らしい」


 確かにアメリカ軍も宇宙軍を創設したものの費用が掛かりすぎて、大した活動はしていないらしい。俺としても、商売上アメリカがエンジンを買ってくれるのなら悪くはない。


「ええ、我々も商売ですし、同盟国アメリカ相手なら、エンジンはもちろん売りますよ。ただ、機体については、M重工、K重工、自衛隊との共同開発になっているので、そのへんは調整をお願いすることになりますが。もっとも、貴国であれば、宇宙機の製作はお手のものでしょう」


 俺は英語で応えた。元々俺は海外の仕事が多かったのでしゃべりには問題ないが、年を取って耳が悪くなりヒアリングが怪しかった。ところが、やはり肉体の改造というか、改善のお陰で耳も良くなり、更に知能も上がったようだ。

 お陰で、うろ覚えの単語もクリヤーになって、前は殆どわからなかった映画の中での言葉のヒアリングもばっちりできるようになった。


「うん、いずれはオリジナルの機体は作るが、君らの機体の出来具合によっては当面何機かを調達したい。それと、これは空軍とも話したのだが、この重力エンジンについては技術供与をお願いしたい。

 おそらく、我が国の軍用航空機の多くが近い将来このエンジンを使うようになる」


「ああ、そこについては、当面は他国または他社に技術供与はしないということで、社内では意思統一をしている。だからそれはできないけど、アメリカに工場を作るということはありだな。多分、最も需要が多いだろうからね。スカイカーなんてのも、アメリカだったら実現は早いだろうし、その点では日本は難しいな」


「うーん、まあしかし、アメリカに工場があればまあいいだろう。ちなみに製品についてはいずれにせよ、輸出もするだろうけど、C国、K国なんかは気を付けた方がいいぞ。ばらして真似をするリバースエンジニアリングが大得意だからね」


「ああ、その点はこの重力エンジンについては大丈夫だ。その働きは必ずしも知られている物理法則には従わない。信じられないかもしれないが、このエンジンの製作と活性化にはある人の能力が要るんだよね。

 今のところその能力を持っているのは俺だけだ。まあ、今は作っている台数が知れているので、間に合っているけど、いずれはその能力者を増やすつもりだ。だから、全面的にばらしてもいくつかの機構は真似ができない」


「ほお!それは興味深いね。その物理法則という点では、我が国の科学者の内のトップの一人が、いま日本で実現しているような重力の操作は物理法則からすればあり得ないと言っている」

 このような話をしたが、その後工場建設の件は、アメリカ国防省と商務省からの要請として挙がってきている。


 なお、”まもる”1,2については機動試験後に、直ちに兵器・電子機器・生命維持装置などの艤装にかかったが、コンパクトな機体に様々な機器を詰め込むのはなかなか容易なことではなく結局2ヶ月を要した。


 この様々な機器の取り付けに当たっては、設計時の考慮が十分でなく機体のあちこちに穴があけられることになって、溶接が可能な高張力鋼を使用した選択が正しかったことが裏付けられた。


 『宙(そら)』型、亜宇宙機である、“まもる”1と2の完成は大々的に発表された。これは、陸上イージスの配備中止のために脆弱になったと言われる、日本のミサイル防衛が決してそうでないことを内外に明らかにするためである。

 とかく、片方が弱いとなると却って戦争を招くのは歴史の教えるところである。

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