第9話 プロトタイプ飛翔艇“ハヤブサ”
ここは、東京のはずれのN市郊外の㈱RGエンジニアリングの12haの広い敷地であり、前の工場の管理棟のみが建物として残っている。その、管理棟からは100mほども離れた中心部に近い広場に、プロトタイプ飛翔艇“ハヤブサ”が置かれて、試運転前の最後のチェックが行われている。
その周囲には50人ほどの人が集まっているが、30人程は㈱RGエンジの社員で、後は出資者の会社の役員を含む社員、経産省、国交省、防衛省などの役人、さらに自衛隊の制服組である。今日のところ、マスコミはシャットアウトしている。
ちなみに、あのM大学におけるプレゼン以来、㈱RGエンジニアリングの設立は急ピッチで行われた。社長は最大の出資者であるT自動車から、49歳の取締役だった皆川修二が就き、M重工、K重工からも役員を出している。当面の資本金は50億円として、工場建設等の必要性に応じて順次増資することになっている。
また、M大学としては、応用工学研究所の佐藤教授が開発担当取締役、名誉教授の浅井が技術顧問についており必要に応じて学内から技術的な支援はすることになっている。一方で基本的な技術情報を提供する立場の俺は、企画担当取締役というあいまいな立場になっている。
この会社について問題は、売るべきものの形が決まらないと生産設備も決まらない点であり、それがまさに開発の方向性である。例のプレゼンから10日後に行われた会議では俺も大いに口を出した。ちなみに俺は、この時点では老年の自分に偽装している。
「重力エンジンについては、日本で製作が可能なレベルで、細部まで設計は出来ています。これです」
俺は、佐藤教授、友人でもある浅井、皆川社長(予定者、T自動車出身技術畑)、吉川美奈専務(予定者、M重工出身、経理畑)、香山亮常務(予定者、K重工出身、技術畑)などのメンバーの他に、10人ほどの技術者の前で、プロジェクターでその図を示した。
役員以外の10人ほどのメンバーは各社から派遣される、開発を担当する社員予定者である。見ていた者達のうちエンジニアは「「「「おおー!」」」」とどよめいて、身を乗り出して図に見入る。
5分ほどは技術者たちが無言で図を睨んでいたが、徐々に同僚とお互いにがやがやしゃべり始める。門外漢の吉川女史は、その真剣極まる迫力に圧倒されて声も出せない様子であるが、やがて開発のリーダーになると目されている、40歳台始めの柳川圭太が口を開く。この柳川はエンジンが専門と聞いている。
「これがどういう原理かつコンセプトで設計されているか、残念ながら私には解りません。しかし、このそれぞれのパーツについて、その材質についても成分・仕様が明らかであるなら、これを作ることはできます」
「ああ、パーツについてはそれぞれ番号をふっているよね。それぞれについての、材質とその処理についてが、こっちだ」
俺は答えて、今度はバトラの作った材質表を示すと、再度技術者たちがそれを睨みつける。
「ふう!」と息を吐いた柳川は再度口を開く。
「3つほどどうやって作るか判らないものがあります、それ以外は作れます。しかし、いずれにせよ、既存品の流用はできませんので、全て一から製作ですので、時間はそうですね。金に糸目をつけずに4ヵ月と言う所でしょう。そして、三嶋さん、これ、これ、それにこれについては大丈夫ですね」
柳川が画面を指して聞く。
「ああ、10や20のセットであれば、1ヶ月もあればできるよ」
俺が答えるのを見て、吉川女史が聞く。
「柳川さん。それで、このエンジンをそうね、5つ組むのにどのくらい費用がかかるのかしら?」
「うーん、そうですね。今はIC旋盤がありますから楽ではありますが。一から起こすものもあり、1億から高くて2億と言ったところでしょう」
柳川の答えに今度は皆川が確認する。
「柳川君、私はこれを量産すれば、一台2百万円はかからんと思うが、どうだろう」
「ええ、売り値は知りませんが、1万台位だとそんなものですね。10万台なら百万円以下でしょう」
今度は皆川が俺に向いて聞いたよ。流石だね。良く本質を分かっている。
「さて、三嶋さん。このエンジンの能力はどのようなものですか」
俺はニヤリと笑って答えた。
「そうね。5トンの機体を時速500kmであれば楽に飛ばせますよ」
「機体重量・大きさを大きくする場合は、エンジンを大きくするのかまたはエンジンの台数を増やすのか、どちらですか?」
「ええ、その5倍と20倍のペイロードまでは設計が出来ていますが、その中間は台数を増やせばいいのですよ。運転を同期させるのは簡単ですからね」
この答えにK重工出身の香山常務が聞く。
「自衛隊が使うとなると、50トン位の機体になると思いますし、マッハ程度以上の速度を要求すると思いますが、その点はどうでしょうかね」
「うん、50トンで時速1200kmですか。できますけど、電池が結構な重量になるし、割高になりますよ」
「ええ!できるんですか?重量って、電池が何トンにもなるんですか。また、その電池でどのくらい飛べるのですか?」
おれはバトラに聞きながら答えたよ。
「まあ、電池は0.5トン位かな。その場合に、マッハだと2時間は飛べるかなと言う所です」
「たった、0.5トンですか?戦闘機の燃料は3トン以上積みますよ。それにマッハで跳ぶのは精々10分とか20分です。平均時速800㎞だとどのくらい電池は持ちます?」
「800kmで、500kg位の電池を積むと5時間くらいは持ちますね」
「4000km飛ぶのですか、十分ですね」
香山が満足したところで、電池メーカーU社から加わっている、30歳台半ばの川辺が聞く。
「さっきから電池の話が出ていますが、聞いたところでは、レンガ位で200とか300kW時の容量があるとか。それが本当であるとすれば、これはとんでもないことですよ!
私に言わせれば、反重力なんかよりずっと世の中に与えるインパクトは大きいです。実際はどうなんですか。具体的に教えてください!」
最後は絶叫調になった彼に引きながら俺は答えた。その眼が怖いもんな。
「ええと、反重力エンジンの動力は電力です。だから、電池かジェネレーターが必要です。給電は200Vでいいですが、さっきお見せしたエンジンを使って時速500kmで飛んで平均50㎾/時くらいの消費です。だから、この電池、まさにレンガくらいの大きさと重量ですが、250㎾時の容量ですので、5時間持つわけですね」
俺がプロジェクターでスケールを当てた電池の映像を見せると、川辺が目を血走らせて激高した。
「何で、そんなちっぽけなもので250㎾時も充電できるんですか!おかしいでしょう?原理的にあり得ない!」
怖いよ、この人。
「た、確かに、化学(バケガク)的な電池だったらそうですよ。だけど、これは内部の原子を調整していわば電子過多にしているからね……」
「原子を……、なるほど。では原子的に調整しているのであれば充電とかはできないでしょう?」
致命的な欠点を見つけて、半ば勝ち誇ったようにいう川辺に俺は恐る恐る言う。
「ええと、充電というとはちょっと違いますが、原子的な調整をするコンバーターに入れて変換すれば、初期状態、充電状態ですね、これに戻せます。
このコンバーターは割に大きくて設備費がかかりますから、まあ電池についてはガソリンスタンドのようにして電池を持っていって、充電したら持って帰るということになります」
俺の言うことを聞いて、川辺が頭を抱え、皆川が身を乗り出して言う。
「これで、250㎾時、本当に?どのくらいのコストで出来るのかな?それと、充電ステーションはどの位のコストで?」
考えたら世はすでに電気自動車への舵を切っており、その最大のネックになっている超高性能電池は自動車屋としては見逃せないのだ。
「うーんと、この電池、まあ1型と呼びますか、これで10万円位?そんなもんでしょう。ステーションね、うーんと、結構ごついですよ。うーんと、建屋とか給電設備とかは除いて本体だけで20億とか30億位でしょうね」
俺の答えを聞いて皆川が厳しい顔で言う。
「ちょっと、その電池は世の中を変えるよ。三嶋さんにはその電池の作り方の説明をしてもらいます。だけど、そのために少し人を集めるのでとりあえず、その反重力エンジンの話をしましょう」
その言葉で動力は電池ということで棚上げにして、再度エンジンの話に戻った。
まず佐藤教授が活用の方法の議論を始める。
「ところで、エンジンはイメージを掴めましたが、それを搭載して使う機体はどういうイメージですかね。私は、最も近いのはヘリコプターの代替だと思いますよ。空で停止も出来、セスナ以上の高速度で飛べて滑走路が要らない万能機というところですよね。
自動車の代替も可能ですし、この場合はメリットも沢山ありますが、なかなか道路交通法と航空法の壁を突破するのに時間を要するでしょう。だから、こっちは少し時間を置いて、ヘリコプターの代替、離島への輸送などに的を絞ったらどうでしょうか?」
それに対して、どうも防衛関係に詳しそうな香山常務が言う。
「万能機、それはいいですな。自衛隊では、攻撃ヘリにさっき言われた万能機の需要は大きいですよ。いや、そんなことより、我が国の現在の安全保障環境は厳しいものがあります。とりわけ、ミサイル防衛と離島の防衛という面ですな。
離島の防衛には、滑走路の要らない反重力機は絶好の機体ですし、ミサイル防衛は反重力機が亜宇宙に上がりそれをステーションにしてミサイルで迎撃するという手が取れます。なにしろ、反重力機は空気が必要ないのでしょう?」
「ええ、そうですな。動力が電池ですから」
これには佐藤教授が答えると香川は続ける。
「例えば、KT国にミサイル発射の兆候がある時に、高度1000km位のそれを見張れる位置に、迎撃ミサイルを装備した重力エンジン機で上がるわけです。反重力機ですから、定位置で待つことができる訳ですね。そこにそうしたミサイルの発射があれば、近づいてくるミサイルを迎撃することはいまの技術だったら簡単です。
迎撃ミサイルを地上または海上から打ち上げるから大型化するし、難しいのですよ。先ほど聞いた話だと、電池と乗員の酸素さえ積んでおけば数日は居座ることができるでしょう?」
「ええ、それは可能ですね。ええと、話がそっちに行ったけど、エンジンはまあ先ほど言われたように4〜5ヵ月で出来るようですけど、その間に機体も準備しましょうよ。
それで、提案なのだが、出来るだけ既存のものを機体にしたいと思うのだけど。これは開発のスピードを勘案しての話です。エンジンは、残念ながら構造上全てオリジナルになるけど、機体は例えばさっき見せた最も小型のエンジンの場合は乗用車やボックスカーでいいと思う。
重力エンジンは十分に既存のエンジンボックスに入りますよ。ただ、特段このエンジンは熱を出さないのでベンチレーションは必要ないと思う。それから、自衛隊の機体の場合は、チタンとか特殊なステンレスとかは必要はないと思う。
重量が増える部分は、あまり反重力には関係ない。もちろん加速は緩くはなるけど、それほどでもないと思う。前から自衛隊の戦闘機なんかが途方もなく高価なのは不思議に思っていたんだ」
俺はこんな風にいったのだけど笑われてしまって、車体が専門の葛城章大からこう言われた。
「三嶋さん、そこは任せてください。我々にしてみれば、空いたところにエンジンを収めるなんてとんでもない話です。今は、CADでのベースがありますから、空力まで考慮した機体の設計などはあっという間ですよ。プロトタイプの機体は4ヵ月後に十分できます」
ただ、自衛隊機については香川常務がこう言った。
「自衛隊機については、極めて高価というのは同意しますよ。一つにはアメリカへの技術料が入りますからね。今回はそれがないし、おっしゃる通りで高張力鋼を使用するのもありかなと思っています。うまくすれば、戦闘機でも1機30億くらいでできるかもですね」
こうした議論からすれば、どうもエンジンの技術さえ供給すれば、機体は任せたほうが良いようだと思ったけど、実際にそうだった。
その後、電池関係の協議が始まった。これには、M大学からは材料、化学、電気・電子関係の学科から10人ほど、T自動車、M重工、K重工、U電池からは合計30人程やって来て、さらにそれまでの出席者も当然残った。
この場合は、俺が後にAC(Atomic Conversion)電池と名付けられた電池の理論と技術の説明と製造方法について説明した。
その説明によって、AC電池の製造については出席者が理解して、如何に早急に工業化するかの話と、どういう用途に利用するかという話になったが、まずM大学主導で試作することになった。この試作には、各メーカーから人と金と資材が提供されて、超特急で仕事が進んだ。
そして、その間に電池の生産工場の設計が行われて、U電池の必死の交渉の結果、電池業界が音頭をとってAC電池エンジニアリング㈱が設立された。生産については、U電池の古くなったF市の工場内で最初の製造ラインが建設された。
さらには、全ての日本車メーカーでAC電池の使用を前提とした電気自動車の設計が行われて、すでに試作車が走っている。これらには経産省が音頭をとって各社が協調した。
さらには、AC電池の励起のための励起工場が全国で建設され始めたが、これは1万㎾の電力を引き込んで大体10万kw時を消費して250㎾時電池なら一日2万本の励起が可能である。この建設費が大体50億円位なのだが、これって50-10=40万㎾の発電所でしょう、という話になった。
40万㎾の火力発電所の建設費は、600億円位はかかるのでとんでもない安さである。一方で、10万㎾の入りで50万㎾の出力というのはおかしいという話が出た。しかし、この励起は化学的な反応を利用しているのではなく、その電力を用いて、電磁誘導の一種の力場を作って媒体の銅の中の電子の状態を変換する。
その結果として、原子のなかの電子を多く取り出せるようにしているということで説明されている。当然、後にはこの励起工場の原理を利用した発電所が建設された。
いずれにせよ、当面はその電池は自動車産業に活用でされるようになった。その利用の方法は、各ユーザーが2基を車に装着しており、1基が空になったら、電池スタンドでそれを渡して1基を交換料の支払いと引き換えに装着してもらうことになる。
乗用車の場合には、大体走行1000〜1500kmで交換になるが、交換の費用は5千円位になるからガソリン車より大分安い。
とは言え、自動車へのAC電池の活用は、プロトタイプ飛翔艇“ハヤブサ”の試運転の段階では、未来の話であるが、AC電池を取り巻く熱気にあおられて俺はしばらく寝る間を惜しんで働くことになった。
ちなみに、俺は反重力エンジンとAC電池の技術の対価としては、RGエンジニアリング㈱とAC電池エンジニアリング㈱の30%を貰った。
さらに、1時金として2億円、加えて両社から合計年間3千万円ほどの報酬を受け取れることになっている。もっとも一時金の半分は税金で取られたけどね。だから、異世界ハウリンガでの活動にも金で困ることはないだろう。
さて試運転であるが、機体担当の葛城リーダーの設計のもとに、幅1.8m×長さ6m×高さ1.5mワンボックスタイプ乗員最大8人の流線形の機体となっている。名前については、いろいろ意見はあったが、飛翔機と呼び、このプロトタイプはハヤブサとした。
今のものはプロトタイプで手作りのため、曲面はできるだけ避けて角ばっているが、量産機はもっと曲面を多用する予定になっている。
また、この機は救難艇を想定しているので、窓は小さめで密閉性を重視しており、水面に浮かぶことも可能である。
試運転の操縦手は、パイロット免許をもつM重工の社員武藤である。
「では、ハヤブサの試運転開始!」
開発の指揮をとった佐藤教授が通信機にしているスマホに言い、武藤が喉元のマイクに「出発します!」と答える。
エンジンの静かな回転音がすこし高まり、艶のない灰色に塗られたハヤブサは、スーという感じでまったく揺れもなく、予定通り1分間3mの速さで浮き上がり上昇していく。計画では、武藤が単独で操縦して上空10mに上昇して、飛翔範囲を用地の中に限って10分ほど機動性能を試すことにしている。
「「「「おお!」」」」
初飛行にどよめきが起きる中で上昇する機体は、ジェット・プロペラ駆動のように空気を介して浮くものでないために、動きが異質の静けさだ。機体は予定通り上昇の頂点で1分ほど停止して、やがて動き始める。
それはらせん状に工場の用地上空を周回すると、少し乱暴に直進し急停止、急発進、急カーブでの旋回など同一高さで許される限りの様々な動きをする。
見ていた自衛隊空将補の黒木は、「動きは安定していて、思ったより俊敏だな」と隣に立っている部下の加山2佐に言う。
「ええ、動きが安定していていいですね。あれだと、操縦は随分やりやすいでしょう。空中に停止できる、さらに滑走路が要らないなどメリットも多い。その上に機体の調達費が1/3以下だとはね。話がうますぎるような気がしますよ」
「ああ、しかし大きなメリットはまだあるぞ。それは飛ぶのに空気が要らない。だから、それこそ宇宙空間まで行ける。ありうる問題は速度だけだな。君にあの戦力化は任せてある。頼むぞ、加山君」
その後、ハヤブサは舞い降りて、会場の皆は順次乗り込んで乗り心地を確かめた。初めて乗る俺も旅客機に付きもののエンジンの振動と音がないこと、空気の動きによる揺らぎが無い事に改めてその優位性を感じた。
黒木空将補を通じて、加山2佐が皆川社長に操縦をさせてほしい旨を頼んでいたが、それを聞いていた俺も口添えした。
「社長、いいじゃないですか。操縦は決して難しいものではありません。基本的には車を運転できる人だったら出来ます。ただ、3次元運動する点だけが問題ですが、操縦資格を持つ空自の加山2佐だったら問題はないですよ。それに自衛隊はお得意さんになると思いますから」
それで、加山2佐が操縦して、武藤操縦士が助手席で具体的な動かし方を説明し、黒木空将補が後部で見守るという形で最後の飛行をした。ただ、工場用地外に出る許可は取っていないので、動きは限られてはいた。
「どうでした。ハヤブサの操縦は?」
俺は加山2佐に聞いてみた。
「ええ、安定性と言い、操縦しやすさと言い、最高ですね。しかし、悲しいところがあるのは、私などは大変厳しい訓練を経てパイロット資格をとったのですが、このハヤブサのような航空機だと、ある意味簡単すぎて訓練を大幅に甘くする必要があります」
そう言う加山2佐は、笑ってはいたが、半分本音であることが判った。
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