第8話 俺氏、辺境伯嫡子と面談する
その日の狩りは、結局ラガラを狩って解体することで終わった。
『黒の暴風』の戦いは流石に手馴れていた。まず、シャイラが「ファイアボール」と叫ぶ魔法で、火の玉をその恐竜もどきにぶつける。
ラガラがそれを避けようと集中する間に、カーラが弓で目を狙い、ガガリンが側面から胴体を上向きに突き刺し、ドルゴが太さ1mで長さが3mほどもあるしっぽを切断しようとする。
俺の役割りは足の切断であるが、これも太さは1mほどもあり、水平に刀を振る必要があるため、それほど易しくはない。カーラの弓矢は見事に目の中心を貫き、20㎝ほども顔に食い込んだが、距離が10mもないところから径が5cmほどもある目玉を外すわけがない。
ガガリンの槍は当然魔力を添わせているので、わき腹から斜め上に1mほども深く突き刺し心臓まで届いた。また、ドルゴの剣は、恐竜類の最も危険な武器であるしっぽの半ばを地面まで切り裂いた。切断するには刀身の長さが足りないのだが、半分を切断すればしっぽの筋肉の機能は失われるので十分である。
俺は、目の前の鱗に覆われた大きな足に向かって、バットを振るタイミングと要領で愛刀を必死に振りぬいた。無論、全体を切断するには刀身が足りないので、ドルゴと同様に半分程度の切断を目指しているが、残念ながら刀身への魔力の込め方が中途半端、かつ身体強化が不足で、刀身は20cmほど食い込んで止まった。
しかし、仲間の攻撃は、もともと囮のための魔法攻撃を除いてすべて十全の結果を得られたので、攻撃としては十分である。
「離れろ!」
ガガリンが叫び、彼自身とドルゴが飛び離れるが、ラガラは槍が抜けた穴としっぽの切り口から血をドバドバ吐き出しながら狂乱する。しかし、最強の武器であるしっぽが鈍くしか振れないので危険性はがた落ちである。
俺はラガラの動きを躱しながらも、反省しきりで頭の中で先ほどの動きの修正を行っていた。このままでは終われない。俺は再度振り上げた刀身に魔力を巡らせて、更に身体強化も巡らせてタイミングを待つ。
やがて、ラガラが足に比べるとずっと小さな腕を俺の目の前で低い位置で振り回した、それに合わせて、俺は上段から切り下ろす。今度は驚くほど抵抗なく、細いと言っても太さが50cmほどもある腕を切断できた。
その新たな痛みにさらに狂乱するラガラの動きを追って飛び込み、反対の腕を下から切り上げ切断した。そのため、ラガラはその重量のある体以外の攻撃手段を失い、動きも鈍くなってやがてズーンという地響きを立てて倒れた。
「ケン、やったな。要領は掴めたようじゃないか。これはなかなかの獲物だ」
ドルゴが言うのにカーラが応じる。
「ええ、そうね。この大きさのラガラだと、皮、牙、爪、角、肉で10万ミルは固いわね。また時間もあるし解体する?」
その言葉にシャイラが眉をしかめて応じる。
「やめようよ。折角ケンの収納の有難さを味わうための狩りなんだから。そのまま、持って帰ろうよ」
「いやあ、最初は失敗したよ。だけど、おかげで魔法を使った剣の使い方はだいたい分かったようだ。とこで、悪いが解体を見せてほしいな。俺も学びたい」
俺がここで口を挟むと、ガガリンがニコリと笑って言う。
「2回目以降の剣の使い方はよかったな。十分戦力に数えられる。これほどすぐに魔法剣を使えるものはなかなかいないが、流石だな。ところで、カーラの言う通り日はまだ高いので、解体しよう。ギルドで解体費を2万ミルを払うのも馬鹿らしい」
それから、彼等は各々持っている小刀で手早く鱗のある皮を切り裂き、皮を地面に敷いた上にサクサク切り刻んだ、角、爪、牙、骨と肉の塊などを積み上げていく。内臓についても、半分くらいは取り分けて、大腸など残り半分くらいは捨てるために皮の外に積む。その捨てるという内臓については。シャイラが睨んでいると思ったら、ズリズリと土中に沈んでいく。俺は感心して、シャイラの魔力の使い方をなぞりながら言った。
「ほお!すごいね。土魔法か?」
「ええ、そうよ、墓を作るのに便利でしょう?」
「ああ、そうだな。他にも色々使えそうだ。後で教えてほしいな」
「うん、わかったわよ。だけど、何度も言うけど空間収納と引き換えよ」
「ああ、承知している。だけど、流石にシャイラはA級だな。使える魔法が多い」
その後、俺が皮に乗った状態のままのラガラの解体後のパーツを異空間に収納して、黒の暴風はギルドまで引きあげた。もう夕方に近いので何組ものパーティに行き当たるが、半分ほどは獲物を乗せた荷車を引いており、残りは担いでいるが、重症ではないもののかなりの割合で怪我をしている者がいる。
それを見ても冒険者という職業が危険であることが判るが、本人達はさほど重大事と捉えていないようだ。むしろ、黒の暴風が何も獲物を持っていない風であることを気にする者が多いが、それに対してはガガリンが「いや訓練でな」と言葉を濁している。いちいち説明するのが面倒なようだ。
ギルドで、数百kgの解体済みのラガラを見て、買い取り担当のギルド員が仰天したのは当然の結果であったが、清算でゴブリンの魔石を入れて11万ミルになった。黒の暴風では2割をパーティが集めて、残りを個人で分配するというルールなので、俺もその通りにして貰った。つまり俺の取り分は17600ミルで9万円弱だ。
なかなか良い時給ではあるが、聞くと黒の暴風としては、ラガラ討伐位は普通らしい。しかし、内臓は全て、肉の半分くらいは捨てて帰るので稼ぎは7割くらいになるらしい。ちなみに、シャイラとは俺が空間収納を教えて、彼女が普通の魔法を教えるということで話がついている。
金を受け取った時には、すでに外はうす暗くなっている。
「じゃあ、とりあえず、空腹を満たして家に帰るぞ、エール位は飲んでいいが軽くな」
ガガリンの言葉にドルゴが怪訝な顔で「軽く?」と聞く。
「ああ、折角ケンが有難い話をしてくれるんだ。飲んだくれていたんでは頭に残らんだろう」
「おお、そういう話もあったな。ケン、お前本当にその、何だ。有難い話ができるのか?」
「ほ、ほう。ガガリンはちゃんと覚えていたんだな。解ったよ。少し真面目な話をしようか」
俺も応じて、少々真面目な話しをすることに同意する。帰りに寄った食堂は、彼等の行きつけのようだが、出て来た料理は魔獣の肉を使った野菜炒めのような皿ものに、スープとパンという質素なものであった。
まずくはないが、単純に塩にハープとトウガラシを使ったような味付けで、だしをとるという発想がないようで、味に深みがない。塩は十分あるようだが、コショウを使えばだいぶ違うように思った。500㏄位の木のジョッキで飲むエールは常温でもあり、アルコールは薄くまずかった。
ギルドから10分ほど歩いて、暗くなったなかに浮かんだその家は、レンガの高さ2m程の塀に囲まれた大きな2階屋であった。50m四方程度の塀の中に数本の大きな樹が植わっており、黒々と大きな姿を見せている。
「これが、わが黒の暴風の本部であり家だ。一月(30日)で2万ミル、寝室が6つあって家政婦を一人雇っている。ただ、彼女は夜のこの時間は帰っているし、朝は8刻(8時)に朝食を用意するために来る」
ガガリンが俺を振りむいて、家に向かって手を挙げて言う。なかなかリーダーは苦労人だ。木製の門扉の鍵を開け、玄関までの5mほどの石畳みを歩いて玄関の鍵を開けて中に入る。
「まあ、ようこそ我が家へ。そこに座ってちょうだい」
カーラが椅子の一つを指す。それは、玄関から脇の部屋が居間になっており、中心に大きなテーブル、それを囲んで10脚位の木製で武骨な椅子があった。
ちなみに、明かりは魔法具であり、玄関に一つ、15畳くらいの居間には2つあって、カーラが「ライト」と言うと点いた。だから、ある意味電気よりスイッチが不要な点で便利だが、その明るさは20Wの電球位で部屋は薄暗い。
皆が席に落ち着き、カーラがナッツや乾燥果物とワインを出してきて、乾きものをいくつか皿に盛って配り、さらに皆に陶器のコップを配ってワインを注ぐ。慣れているらしくなかなか手際が良い。俺がしゃべり始めようとすると、玄関だろうノックの音がして、ガガリンが「来たか」とつぶやいて出ていく。
すぐに連れて来たのは、身長は俺より10cmほども高い、長身で細身だがしっかり筋肉がついている若者である。細面で爽やかな顔立ちのイケメンだが、他のメンバーは顔見知りのようで、「よ!」と片手をあげて挨拶し、俺には「始めまして、だな。俺はジャラシンという名だ」と声をかけてくる。
「やあ。俺の名はケン。ちょっとばかし遠くから来ている」
俺が応じているうちに、ジャラシンは勝手においてあったコップにワインを注いで、俺の向かいに座る。
「ああ、ケン。俺がジャラシンを呼んだんだ。どうせなら、お前のいい考えを生かせる奴が聞いた方がいいと思ってな。かまわんだろう?」
ガガリンが言うのに俺はニヤリとして応じる。
「むろん、構わん。歓迎だよ」
そう言って、注がれた赤ワインを一口飲むが雑味が多く美味いものではない。
「では、始めるか。確か知識があれば、違う道があるということだったな?」
俺の問いにガガリンが応じる。
「ああ、そういう話だったな。その前が、農家の2男、3男は食う術がないということもあったな」
「うん、そう言うことだった。じゃあ、まずは農業からいくか。農業というのは、種を撒いてそれを育ててというか、草を抜いて、乾いたら水などをやって待っていると、やがて実をつけるのでそれを収穫するということだな。無論収穫後は耕して次の種まきに備えなきゃならんがな。そうだろう?」
「ああ、そうだな。植えたら待つしかないよな」
ガガリンが答える。
「ここの作物は大体小麦と聞いているが、そうして何年かするとだんだん実りが悪くなるよね
「その通りだ。あまり悪くなると何年か休ませるけど、あまり良くはならない」
今度はジャラシンが答える。
「うん、そうだろう。作物が育つときは、土の中からあるもの、栄養分というけどそれを吸収して自分の体を作っているんだ。だから、だんだん育つのに必要なその栄養分が減ってきて、育ちが悪くなるんだよ」
ジャラシンは真剣な顔をして、身を乗り出し俺を見ながら俺の言葉に対して言う。
「うん、王都の王立学園の教授がそういうことを言っている。しかし、それをどうしたら良いかは答えられない。足りないものがあるということで、落ち葉なんかを集めて撒いたりしたが、効果は限定的だった」
「うん、足りなくなるのは『窒素』『リン』『カリウム』という物質であることは俺の国は突き止めている。そして、その簡単な対策は小麦を作ったら、次の年には大豆やクローバーなど豆類を栽培して、もう1年先には休耕にして牛や羊を放牧するような方法だね。豆類を植えるのはこれらは窒素を増やす効果があるからだ。
小麦に関して言えば3年に1回しか耕作できないので効率な余りよくない。だけど、この国は面積の割に人口が少ないので、そういう方法でも食料は足りるはずだよ。それでだめなら、イモ類だな。
これは面積当たり、麦の10倍くらいの量が採れるから飢饉の防止にはぴったりだぞ。それに、さっき言った栄養分を工業的に作れると土地を100%生かして使えるようになる。まあ、こういうことが知識ということだな」
「ううむ。そ、それは……。その資料を貰えんだろうか?」
そう言うジャラシンに俺は返した。
「それを、実行するためであれば渡すよ。しかし、他に転売するような目的だとやることはできない」
「それは大丈夫だ。この領で早速実行するぞ。俺はこの伯爵領の嫡子だからな」
「え、え、そうかい。言葉使いと態度はごめんな。俺はそういう身分のない国から来ているからな」
俺は少し慌てて言ったよ。だけど、ジャラシンは気にしてないようだった。
「もちろん、俺の方で教えを乞う方だからな、構わん」
「ふーん、だけど農業は時間がかかるよな。一巡りが3年だからね。俺もそんなにちんたら付き合えん。この領では、全体に食うものに困っているようだが、飢饉対策としてとりあえずイモはあるのかな?」
「イモ?あるにはあるがこの位の小さなもので、収量も少なくとても主食になるようなものではないぞ」
「ふーん。じゃあ、俺が持ってきてやろう。俺が知っているイモは様々な料理に使えるぞ。まあ、それはそれとして、工業を少し導入するかだな」
「工業、工業というのは何だ?」
「一つは繊維だな。毛皮を着ている奴が多いが、布は高いのだろう?」
「ええ、高いわよ。毛皮の方が安いけど、布も必要よ。だけど、綿にしても羊毛や麻にしても凄く手間がかかっているわ。だからある程度高いのはしょうがないのよ」
注意深く聞いていたシャイラが答える。
「そうだろう。繊維産業は労働集約型だからな。しかし、俺の持っている知識を使えば、例えば綿とか羊毛について布作りの手間を1/10以下にすることができる。その場合に服はうんと安くなるぞ。そうなれば普通の人が沢山買うから、凄く大きな産業になる。
それと、鉄だな。鉄も今は随分高いと思うが、これも最終的には値段を1/10以下にすることができる。そしたら、鉄は大量に使われるようになるから、これも巨大な産業になる。船だって全部鉄で作られるようになるぞ」
「おお、繊維、鉄か。それが出来たら凄いな。是非やりたい」
ジャラシンは興奮して立ち上がり、テーブルの手をついて俺の方に身を乗り出す。
「まあ、落ち着け。今度、次に来る時だな、さっき言った種イモとか資料とかいろいろ持ってきてやるよ。だけど、お前の領はもう少し、領民の福祉を考えてやれよ」
俺はマミラ親子のことを説明して苦情を言った。
「う、うーん。この領も余り余裕はないんだ。国境に近くて軍事費が重いんだ。しかし、孤児院はあるぞ。なにしろ、子供を残して死ぬ親が多いからな。で、喰うに困らんようにしているはずだ。すまんが俺自身は確認しておらんが。
まあ、孤児も育てば、立派な稼ぎ手になって領民になるからな。しかし、そのマミラか、その子のように親が曲りなりにもいれば、どうしようもない」
ジャラシンは頭をかきながら答える。
しかし、俺としては真剣になって答えようとするだけ増しだと思う。俺はジャラシンのためにひと肌脱ぐ気になった。彼は、この世界を引っ掻き回すにはなかなかいいカウンターパートだ。
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