第7話 俺氏、魔獣の森に入る

 その日、俺はBランクを刻んだギルドカードを受け取り、まずは黒の暴風のメンバーに紹介された、黒の暴風はBランクのパーティであり、槍使いのカガリン、剣のドルゴ、魔法のシャイラに弓のカーラというバランスの良いチームである。


 リーダーのカガリンは長身で色が浅黒い人族の男で自分の身長を超える槍を自由自在に操るA級の槍使いである。後でわかったが、槍の技能が一流のみならず、戦術眼に優れており人を適切に動かせる指揮官向きの男で、やんちゃなドルゴや、わがままなところがあるA級のシャイラを使うのに神経をすり減らしている苦労人だ。


 カーラは、猫族のB級の弓使いで50m以内の人の頭程度の的には百発百中だが、寡黙で存在自体が希薄な女だ。俺の加入をドラゴが決めた格好になったのは、このパーティは相当に優秀であり、いつも早めに獲物を持って帰れる限度になって狩りを止めていたので、収納使いを常々欲しがっていたからだ。


 だから、俺は大歓迎してもらった。その時点では、すでに午後になった時間であったものの、一緒に狩りに行くことを希望した。何しろ、俺は早く冒険者の仕事を始めたくてしょうがなく、さらに滞在期間も短いのだ。


「わかった。ケンがそう言うのなら、今からでも討伐依頼を受けて暗くなるまで魔獣の森に行くか」

 カガリンが沈着に言うのに俺は一応謝った。


「済まないね。折角の休みを」


「構わないさ、どうせ、折角の休みにギルドに集まるような連中だからね。俺らも収納使いと一緒に仕事をしたことはないから、楽しみだ」

 カガリンはあっさり言って、掲示板を見るが肩をすくめて言う。


「碌な依頼はないな。まあ、常設依頼でよかろう。いくぞ」


 冒険者ギルドの依頼は、大きく分けて討伐、採取、護衛、雑務に分かれる。討伐依頼は大抵魔獣の森から危険な魔獣や野獣を間引くもので、領主が依頼人になる。採取には、薬草や有用な成分をもつ魔獣または野獣を討伐して持ち帰るというものだ。これは商店や、魔道具展、魔術士ギルド等が依頼者だ。


 護衛は、街から街を移動する馬車の護衛であり、危険が生じる相手は魔獣・野獣や盗賊である。さらに雑務はそれこそ雑務で清掃や配達、力仕事などがそれにあたる。黒の暴風は討伐と採取を主な仕事にしているが、これは割のいい仕事である場合が多い。


 それは、討伐の対象が肉や角、骨などの有用な採取の対象になる場合が多い。さらに採取の場合も対象が例えばある魔獣の角の場合には、その皮や肉がギルドで売れる場合も多く、さらにある依頼の途中で他の有用な採取の対象に当たる場合も多い。


 ただ、それにはどんな相手でも討伐できるほどの実力がないと、命がいくらあっても足りないことになる。逆にはそれが出来る実力のある黒の暴風の稼ぎはよく、かれらは共同で大きな一軒家を借りて暮らしている。俺はパーティに入ったので、彼等の家に間借りできることになっている。


 狩りや採取の場所は、街の城壁から出て2㎞ほど先にある魔獣の森という大森林であり、その範囲は中央にそびえるダガン山を囲む、概ね半径30㎞の稠密な森林である。この森の奥には、魔素の吹き出し口があって、多くの危険な魔獣が住みついている。


 俺を入れて黒の暴風の5人は、シーダル町の港とは反対側の門から出て、足早に魔獣の森に向かって歩く。

 出発に先立って、俺は自分の防具と武器を見せた。武器は刃渡り80cmの日本刀であるが、刀工が作ったものでなく最高品質の鍛鋼による製品だ。強度切れ味は、名刀に勝るが、刃紋の美しさはない。防具は、機動隊が装備している樹脂製のものでとにかく軽く、素人が使う槍位は通らない優れものだ


 森まで2㎞、さらに7㎞ほど離れたところまで入り込むらしいが、メンバーの足は早く多分時速は7〜8kmくらいだろうから、軽いジョッキングに近い。幸い俺の強化された体にとっては特に苦痛ではないが、強化の前だったら1㎞もいかない内にダウンしていただろう。


 森の樹木は根元で径が30㎝〜50cmで高さは15m〜20m、大体2m〜5mの間隔で生えており、その枝と葉で上空は覆われている。だから、うす暗い森の中の下生えは短い草と高さ1m足らずの貧弱な灌木だ。その間を縫って、土がむき出しの幅2mほどの道が通っている。


 土は砂利混じりだから雨でもそれほどぬかるまないだろうが、自然の不規則に樹木が生えている森林を抜けているので、曲がりくねっており、馬車などで抜けるのは無理だろう。

 道には端のほうに車輪の跡らしい、くぼみがあるので「これは荷車の跡か」と聞くと、「ああ、俺たちも普通は持ってきている。担ぐのとは持てる量が違うからな」バトラがそう答える。


 中はざわめきに満ちている。風に木々の葉や枝が触れ合う音、さらには鳥の声や遠くから何かが鳴く声がする。入って少し行くと、人の声が聞こえてやがて人影が見え始める。それは、3人の男のチームで小さな荷車を引いているが、1人の若い冒険者は足に布を巻いてそれが血に染まっており、枝を杖にして足を引きずっている。


 荷車には、小さめの牛位のずんぐりした毛に包まれた獣が積まれているが、それは喉のあたりがぱっくりと割れて血が垂れている。

「おお、カラインだったかな。足をやられたか」

 カガリンがいうと、男は顔をゆがめて言葉を返す。


「カラムです。しくじりました。一応手当はしましたが、ギルドの医療所に行きます」それに続いてリーダーらしき少し年上のマッチョな男が俺を見て言う。


「カガリンさん、今日は遅いですね。新しいメンバーですか?」

 仲間のけがはあまり気にせず、俺の方が気になるようだ。


「ああ、前途有望な新人だ。今日登録してB級だぞ」

「「「今日登録してB級!」」」

 彼等の声が見事に揃ったが、俺のケースはよほど稀なのだろう。


「じゃあ。カラムはお大事にな。俺らはこのケンの初体験に付き合いだ」


 彼等とすれ違い、見送っている彼らを置き去りに俺達は奥に進む。

「やっぱり、怪我は多いのか?」

 俺が前を歩いている、ドルゴに聞く。


「ああ、特に新人はそうだな。身体強化が甘いと、さっきのギラ(猪に似た獣)程度でも、角にひっかけられると、結構な傷になる。あいつら今日は赤字だな。あの位のギラに討伐依頼はないから、皮と肉に内臓の値段だ。それが、多分4千ミル位だ。対して治療費が2千ミルはかかるだろうから、手間賃としては僅かだよな」


「なるほど、その治療費というのはどういうものかな?」

「ああ、あいつは角で引っ掛けられたのだろうが、そういう場合の傷薬は、皆持っているから、当面血止めはできる。そして、治療はギルドの治療師の治療を受ければ、3日位で復帰できるだろうよ。骨が折れていれば7日位かな。ギルドは治療師による治療費はあまり高くならないようにしているから、まだ安い方だ」


「ほお、治療師は魔法で怪我とかの治りを早くするのか?」

「ああ、治療師の魔法がなければ、3倍くらいは治るのにかかる。しかし、俺たち黒の暴風の者は身体強化が達者だから、そもそもギラごときでそんな怪我はしない」


「彼等はまだ新人に近いのか?」

「ああ、比較的若いが、それでもカラムでも2年以上の経験はある。まだ多分E級でCに上れるのは5年以上かかるだろう。今は、安い宿に泊まって、碌なものも食えまいし、武器も碌なものを買えない。

 死なないであと5年生きられれば幸運というものだ。しかし、あいつはどうせ百姓の2男か3男だ。

 だから、それ以外に生きる道はないんだよな。それに対して、お前なんかは身体強化しなくてもギラ位は問題なく倒せる。防具はよく解らんが、お前の剣は凄いものだ。また、身体強化もすぐ覚えるだろう。才能の差というものはごくごく不公平だし、才能のないものは無理をすればすぐに死ぬ」


 こうやって話してみると、なかなかドルゴは賢く世の中をよく見ている。

「だけど、それを変える方法はあるよ。俺は好きで冒険者になろうとしているし、多分そっちの才能もある。けれど、それに向いてない奴が冒険者になって、碌に稼げず命を危険にさらすというのは、変えなきゃならんな。それが、王や貴族そして領主の役割りだ」


 俺がそう言うと、今度はカガリンが口を挟んでくる。

「俺も、才能のない奴が冒険者になって死ぬのを見るのはつらい。だけど、人が多すぎるんだ。だから、食えなくなって、冒険者にしか道がない奴が出てくる。大人の男はまだいいさ。だけど、子供や女は基本的には難しいよ。そして彼等が真っ先に死ぬ。まあ我がパーティの女2人は高い能力をもっているけどね」


「なかなか考えているんだな。だけど、知識があれば違う道はあるよ。まあ、それは後でゆっくり話すよ。とりあえず狩りをしようよ。俺は楽しみにしてきたんだ」


 俺はこうした冒険者が、現状の問題を把握していることに驚いた。いわば社会の底辺の冒険者がこうであれば、より深く解決策を模索している者もいるだろう。今晩少し話してみて、場合によってはこの世界で一肌脱ぐ気持ちになってきた。


 ただ、魔獣の森に入ってきた今は、とりあえずそんなことは忘れて、狩りをしたいから話をぶった切ったのだ。

俺たち5人は森の奥に入っていくが、道は様々に枝分かれしていて、それぞれの分岐部の樹木に何やら印がつけられている。よほど慣れがないと迷うだろう。


 やがて、シャイラが言う。

「いるわよ。50ラド(m)先に5匹のゴブリン、400ラド先にラガラ(亜竜)よ」


 彼女の探知魔法だ。後に教えてもらったが、魔素の流れを魔力で辿って、魔力の在りかを探知するものでいわばレーダーのようなものだ。欠点は魔獣の探知は容易だが、魔力の乏しい野獣や人は難しい。強力な大魔獣だと1km先でも探知可能だ。


 ラガラは身長3mで体重1トン程度の、小型の恐竜もどき脅威度Cの魔獣で、魔獣の例も漏れず極めて戦闘的で、Cランク以上のパーティで討伐可能と言われる。森の浅いこの位置では珍しいらしい。


 先に定番のゴブリン5匹に遭遇する。緑がった身長130cmほどと小柄だが、がっちりしていて素早く力は強い。それぞれに、石の穂先がついた木の槍、石斧に1匹はさびたショートソードを持っていて、腰布で局部を隠している。

 石器時代レベルの文明段階であるそうだが、鉄製品は魔獣に殺された冒険者のものを拾って使っているらしい。


「ほれ、最初としては丁度いい。やって見ろよ。ただ、生命力が強いからな。傷つけたくらいじゃ怯まんぞ」


 ドルゴが俺にけしかけるが、B級だとゴブリン5匹位は一人で相手どれるらしい。

そう言われて、俺は先行して、腰に差した剣に手をかけて5匹の前に進んだ。ショートソードを持ったゴブリンがリーダーらしく、彼がぎゃぎゃと指示して俺を囲もうとする。


 だが、俺はそれを待たず、後ろに回ろうとする1匹に居合で踏み込み、首に打ち込む。その首が落ちるのを見ることなく、その刀を振った勢いで反対に回ろうとしていた1匹に跳び寄り、肩を切り下ろす。


 胸までぱっくり開いた相手を横目に、更にその横で硬直している1匹を振り下ろした剣を跳ね上げて、顔を頭頂まで切り裂いて一瞬止まる。一呼吸の剣劇に、ようやくリーダーが刀を構えて突っ込んでこようとするところを、横に躱して首に刀身を滑りこませる。続いてくるりと体を回して残った一人の首に剣を振りぬく。


 2呼吸で3つの頭が転がり、1人は肩を切り下げられ、もう1人は顔を割られている。深呼吸をして、血ぶりをして腰の袋から布を出して刀身をぬぐいながら仲間を見ると、皆唖然とした様子だ。俺は刀身をさやに収めながら言ったよ。


「ゴブリンというのは、動きは少し遅いな。ただ、切るのには体は少し堅い」


「あ、ああ。ゴブリンはまだ魔力が弱いので、それほど堅くはないが、高位の魔獣は普通では刃を跳ね返す。しかし、お前の動きは見事だ。人が相手だと見たことのないレベルの強者だな。ただ、もっと強い魔獣はいまの剣の使い方では通用せんぞ」


「ああ、あれよりもっと堅い魔獣だと切れんだろう。それは、剣に魔力を添わせるのか?」

「その通りだ。知っているのか?」


「いや、そうだろうと思っただけだ。どうやるのか見せてくれないか」

「ああ、やって見せよう」


 ドルゴは背負っていた剣を抜きだす。刀身1mほどの、幅広の鍛鉄の直刀だ。刃紋が浮き出ているので、この世界にもそれなりの鉄を鍛える技術があるのだろう。


「俺の剣はこれだ。丈夫ではあるが、そこの木が切断できるとは思えんだろう?」

 彼はそう言ってそばの直径30㎝ほどの樹木の幹を指す。


「ああ、無理だ。刀はもつかも知れんが人はそれほどの力を出せん」

「そうだ。普通ならな。いいかよく見ておけ」


 ドルゴは、刀身を見つめて一瞬目を閉じ集中する。魔力が流れ出て刀身にまとわりつく。1分ほどだろうか、やがて刀身の魔力の流れが安定しているのが判るようになった。


「これが、魔剣化した刀だ、やるぞ!」

彼はその樹木に歩み寄り、力強く踏み込んで、その木の幹に「えい!」と気合と共に斜め45度に切り込む。その振りは力強かったが、速さはそれほどでもないように見えた。


 しかし、刀身は一瞬の抵抗と共に幹を通り過ぎて引き戻された。それを見守る俺たちの前で、樹木は切断面でズルリと滑り、次いで横方向に轟音を立てながら倒れていったが、少し離れた大木に大枝が引っ掛かり斜めになって安定した。


「おお、すごい!」

 俺が感嘆の声を発すると、ドルゴが俺を見てニッと笑って言った。

「この程度できんとBクラスの魔獣は倒せん」


 その後、暫く俺はドルゴの前で自分の剣に魔力を纏わせてみた。5回ほど繰り返すとドルゴが言った。

「よかろう。大体出来ている。後は練習だ。しかし、お前はやけに覚えが早いな。俺が魔剣化をマスターしたのは1年以上かかったぞ」


 俺達はシャイラが感知したラガラを求めて進んだが、俺はずっと魔力を剣にまとわせるやり方を頭の中でなぞっていた。ちなみにゴブリンは、売れるのは心臓にある魔結晶であるが、弓のカーラが手早く胸を切り裂いて取り出した。一個千ミルで売れるらしい。

 やがて、血なまぐさい臭いがしてきて、樹幹に茶色の大きなものが見えて来た。それの高さは3mほど、形はティラノサウルスに少し似ているが、顔と口はそれほど大きくはない。それが、何かの獣を食っているため、血の臭いがしたのだ。


「どうだ、ケン。ラガラだ、Cクラスの魔獣だぞ。動きはすこし遅いが固く危険な相手だ」


 高さ3mの鱗に覆われた筋骨の塊で、尖った歯が並んだ大きな口と凶悪な目は、ゴブリンなどとは危険のレベルが違うのはよく解る。

 俺はごくりと唾を飲みこんだ。

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