第6話 俺氏、冒険者ギルドへ行く

 冒険者ギルドは、街の港から最も遠い端に近いところにある2階建ての建物で、剣と槍が交差した看板が掲げられていた。場所はマミラに聞いて、案内するというのを断ってきたのだ。港から真っすぐの大通り沿いなので、迷うことはない。


 建物は通りから5mほど入ったところにあり、玄関まで石畳みが敷かれていて、その両側には大きな木が植わっている。建物の裏には樹木に囲まれた運動場のような広場があるから、多分訓練に使われているのだろう。

 その横にはギルドの建物と同じくらいの、大きさ高さもそれに近いやはり矩形の建物があるので、多分体育館のようなものだろう。


 ギルドの建物は、単純な矩形の木造の重厚な作りで、階高も高く2階には幅2mほどのベランダが巡っており、1階にも同じ幅で回廊がある。その回廊の1階の床は石張りであった。いずれも丸太の手すりがあって、逞しい男や少数の女がそれに凭れて外を眺めたり、背を向けて中を向いたりしている。


 外に見えるだけで15人ほどがいるが、外を向いている者達が、近づく俺を見ている。ちなみに、これらの人々の内、男の身長は少し日本人より高い感じであるが、男女の差は5cmくらいであまりない感じだ。


 人族の獣人が半々程度で、人族の男はがっちりしてごつい感じで、女はそれに比べると細いが逞しく見える者が多い。獣人は犬、猫、ウサギが多く全般に人族に比べると細めだが、後で聞くと筋力は却って高いという。


 玄関をくぐると建物の幅いっぱいの広間があってカウンターが並んでいる。

『おお、ギルドのカウンターだ。テンプレだなあ、後は美人の獣人のお姉ちゃん!』 

 そう思ってうきうきして10個ほどの並んでいるカウンターを覗くと、中の受付は男女が混じっているようだ。


 若い女性の受付のカウンターに行こうとすると、肩を叩かれるので、振り返ると厳ついスキンヘッドのおっさんが言う。別に絡むように様子はない。

「おい、お前。お前新人の受付だろう?こっちだ」


「あ、ああ、どうもありがと」

 反論の余地なく俺は礼を言って、そのカウンターに行くと残念ながら人族のおばちゃんだ。聊かがっかりはしたが、それでも優し気なおばちゃんだからいいかと自分を慰める。


 手続はテンプレ通りであり、名前と住所得意な戦闘スキル、それに関する大会の入賞など何らかの記録、さらに魔法を使えるか否か、そして使える場合にどのような魔法が使えるかを書くようになっている。そして、魔法の特筆欄に空間収納魔法が使えるか否かをマークする欄がある。


「えーと、エリナさん。この空間収納を特に書くのはどういう訳ですか」

 おばちゃんは受付時に名乗ったので、その名を呼んで俺は聞いた。


「あのね、空間魔法を使える魔法使いは滅多にいないのよ。だけど、考えたらわかるけど、使えると獲物を持って帰るのに凄く有利なのよ。だから、使える者はF、E、D、C、B、A、SとあるランクのうちCから始められるのよ。

 普通はFから始めるのだけど、その場合には4つもスキップ出来るほど有利なのよ。そして、使えたらバーティのお誘いが殺到するわよ。ひょっとして、ケン、君使える?」


 そう言うエリナさんの目つきが変わっている。

 俺は一瞬考えたけど、冒険者そのものがよく解らない自分としては、どこかのパーティに入れてもらえるなら、ラッキーだ。それにできれば魔法を教えてもらいたい。


「ええと、俺は空間収納を使えるよ。ただ、俺は初心者なので、出来れば魔法使いがいて魔法を教えてくれたり、いろいろ教えてくれる良いパーティに暫く入れて欲しい。だけど、今回は今日を入れて3日しか活動できないし、いつも一緒に動けると思われると困る」


「うん、うん、それでも収納が使えれば絶対誘いがあるわ。ちょっと待ってね」

 エリナが後ろを向いて誰かを呼んでいる。その声に、マッチョな初老の男がやってきて、エリナと何やら早口でしゃべっている。それは、要は俺が収納魔法使えることを説明している。


 そして、男も大いにそれに関心を持っており、どうやらそれを使えるものはこのギルドに所属する冒険者にはいないらしい。


 俺はそのような早口だと聞き取りはまだ無理だが、念話として聞き取れるので言っていることはわかるのだ。やがて、鷲鼻のそのマッチョ爺さんがカウンターから出てきて、俺の体をざっと見て言う。


「おお、お前がケンか。なかなか鍛えているな。ところで空間収納を使えるというのは本当か?こういう話で嘘を言うとタダではすまんぞ」


「ああ、使えるよ。うーんとあの棚位だったら、10個位は楽勝だね」

 俺は傍にあった幅2mで高さ2mに奥行き60cm位の棚を指して言った。


「なに、あれが10個!ふーむ、ちょっと来てくれ。収納するところを見たい。ついでにお前の腕も見ておこう。俺はサブマスのガルグイだ、よろしくな」

 俺に、手を振って挨拶らしいことをしてから、20人ほどがいる広間に向かって声を張り上げる。


「おおい、皆。この若造はケンと言うが、空間収納が使えるらしい。どの程度使えるか見るので、外に行くぞ。こいつに興味のあるやつはついて来い」


 俺は『おいおい、ちょっと派手すぎじゃないかな』と思ったがもはや仕方がない。

 ギルドの裏の広場に出ると、周囲の大きな樹木が仕切りになっており、その辺りに大きな岩がごろごろしている。


 サブマスのガルグイが先導して、俺が続き、そのあとに広間にいた者と外にいた奴ら30人位のほぼ全員と、カウンターの裏からもゾロゾロ出てくるかられはギルドの職員だろう。


「ほら、やってみろ。好きなものを収納してくれ」

 ガルグイが岩を指して言うのに俺もしょうがないとあきらめてその声に応じる。


 俺は、手近にある高さと径が1.5mほどの岩を収納する。バトラによると4.8トンあるらしい。1mほどの距離に寄ったほうがやり易いのだ。さらに同じような大きさの岩に近寄り次々に収納していく。5つほど済ませたあと振り返って言った。


「どうだ、こんなもんだな。この程度できればよかろう?」

 見渡すと、ガルグイも周りで見ている連中も唖然としている。後で聞くと収納魔法を使えるものは国中でも10人もおらず、その大きさは精々俺が最初に収納した岩を一つ程度の能力で、岩など重いものは無理らしい。


 ガルグイは俺が振り返ったのを見て、驚いて緩んだ表情を引き締めて言う。

「お、おう、お前が収納魔法を使えるのは確認した。それで……」

 そこに割り込んでくるものがあった。


「おお、お前なかなかやるじゃないか。喜べ、若造。俺たちの『黒の暴風』に入れてやろう」

 そう言って前に出てきたのは、身長はひときわ高くガチムチの30歳台と見える人族の男で、背には長大な剣を背負って黒の皮鎧をまとっている。


「だまれ、ドルゴ、俺はこいつのランクを決めなきゃならんのだ。話はそれからだ」 

 それに対してガルグイも何やら言い返すが、そのドルゴを向いて俺も言ったよ。


「お断りだ。いきなり『入れてやる』なんてことを言うパーティには入らないよ」

「なにお!ど新人の若造が生意気な」


 ドルゴは激しく言うが、どこか面白そうな表情である。


「若造は生意気くらいじゃなくちゃね」

 俺が言い返すと、ドルゴが呆れて返した。

「かー、本人がそう言うか」


 そして、今度はガルグイに向かって言う。

「それなりに腕に自信があるようだから俺が見てやろう。いいな、ガルグイ?」


「まあよかろう、しかし殺すなよ。有望新人だ。ところで、ケンだったな。お前は収納したままでいいのか?」


「ああ、関係ない。しかし、真剣はまずかろう?」

「もちろんだ。おい、持ってこい」

 ガルグイが職員らしき男に指示すると、多分使う木剣か何かを取りに走っていったが、ガルグイが俺に向かって言ってくる。


「ドルゴは馬鹿でこんななりだが、このシーダルのギルドでは有数の腕でAに近いB級だ。お前は収納を使えるのでC級以上は確定だが、ドルゴと同等か勝てばB級にしてやろう」


「そのクラスが上がる場合の得なことは何だよ?」

「うーん、何と言ってもクラスが高くないと受けられない依頼が多いし、低ランクの依頼は安い。だから、Bランク位になるとそれなりに裕福に暮らせるが、D以下ではかつかつだな」


「なるほど……、ところで魔法を使えるものはいるのか?」

「ああ、半分くらいのパーティには一人くらいは魔法使いがいるな」


「俺は、魔法を習いたい。それを教えるのに適した者がいるパーティに加わりたい。ただ、精々10日に2日か3日位しか一緒に行動できない。もっとも別に収入の道がるので、食うには困らないので、俺の取り分は安くてもいい」


「ふーん、なかなか面白い条件だの。しかし、受け入れるパーティはあると思うぞ。何と言っても、お前がいれば何倍もの獲物を持って帰れるからな」

 ガルグイが言うのに、ドルゴが口を挟む。


「我が『黒の暴風』にも魔法使いはいるぞ。入ればもちろん魔法は教えてやるが、なんでお前はあんな馬鹿容量の収納を使えて普通の魔法が使えんのだ?」

「俺は“普通の魔法”というのが判らんのだ。魔法のない世界から来たからな」


「魔法のない世界?なんだそれは」

「まあ、そういう世界から俺は来たんだ。剣はちゃんと学んで来たぞ」


 俺はそうやり取りしながら、ドルゴの腕を測っていた。暑苦しいほどの筋力は感じるが、その動作の端々を見れば、“達人”として動作の滑らかさはない。その意味では、彼の戦い方は単純な力によるごり押しであろうと思うが、実戦に鍛えられた強者であるとは思う。


 だから、真剣を使っての戦いでは侮ることはできないが、『殺さない』という前提では彼の力は出ないだろう。やがて持ってきた長さ1.5mほどの木刀によって、ガルグイの審判で立会いを始めたが思った通りであった。


 大上段に構えたドルゴはなかなかの迫力ではあったが、如何にも固く、スイとすり抜ける俺の動きについてはこれない。俺は何度か横の動きで翻弄して、鋭く踏み込んで胴を軽く抜いた。 


「ケン!」ガルグイが叫ぶのに、身いていた者達からどよめきが起きる。驚いていたようだから、ドルゴは相当に評価されているのだろう。と言うより、この世界または国の“術としての剣”は未熟なのだろうと思う。


「おい、ケン、何だお前の剣は?そんな早い動きは初めて見た。それにお前の動きはよほど鍛えられているな。どこで習った、その剣は?」

 あしらわれて憮然としているドルゴを横目で見ながらガルグイが聞く。


「ああ、俺は幼少のころからやって来たからな、俺は殺さないことを前提にしたこうした試合には慣れている。ただ、殺し合いならこうまで一方的ではないだろう」


「うーん、まあ、そうだな。しかし、お前の動きは対人間だよな、魔獣はまた違うぞ。その意味ではドルゴは魔獣への剣だからな」

 ガルグイが言う。これはドルゴへの取り繕いもあるだろうが本音ではあるだろう。


「うん、まさに俺の剣は人を如何に効率よく殺すかというものだからな。それで、ランクはBになるのかな?」


「ああ、そうだな。俺がやっても敵わんことは確かだし、多分辺境伯の騎士団にも敵する者はおらんだろう。戦いは剣のみではないが、最も有力な武器であることは確かだ。お前は今日からBランクだ」


「そうか、それは有難い」

 俺はそう応じて、ドルゴの方を向いて言った。


「まあ、折角お前から声がかかったのだから、その『黒の暴風』に世話になろうか。さっきの話は聞いていたと思うが、あまり一緒に行動できんがその点は勘弁してほしい。当面は魔法を習いたいので、よろしく頼む。魔法を教わっている間は、俺の報酬は、そうだな、人の半分以下で良い」


「あ、ああ。いいのか?俺たちはどんどん魔獣などの獲物を討伐はするが、あまり持って帰れんのだ。だから、お前の収納があれば、何倍かは獲物をとれるのでもっともっと稼げる。だからお前の都合に合わせるぞ。そういうことだから、お前の報酬は多めにするべきだが、まあ新人なので頭割りにしてほしい」


 ドルゴが応じるのに俺は言った。

「じゃあ、その魔法使いには俺から報酬を払うよ。もっとも頭割りでもらった範囲だけどな」


 そこに、それを見ていた小柄な女が出てくる。ドルゴと同じように黒い皮鎧だが、黒いマントを羽織り、身長ほどの杖を持っている。流石に日に焼けているが元々色白の方なんだろう。茶髪、緑の目の美人だ。


「私がドルゴの言ってた魔法使いのシャイラよ。だけど、ケンの魔力はあまり大きくはないわね。空間収納を使うときは莫大な魔力を使うと聞いていたわ。先ほどの収納の時には使ってはいたけど、聞いたほどではないわね。その維持にも随分魔力を使うと聞いているけど全くというほど感じない」


 それはそうで、収納はバトラ任せである。バトラはその時意力を使ってはいるが、その原理・原則を完全に理解しているので最小限の消費だ。

 俺の意力(体内魔力)は元々大きくはなく、念話の時などバトラに増幅してもらって使っている。意力は幼いころから使えば相当に成長するものらしいので、この世界の魔法使いはそうやってその力を大きくしているのだろう。


 魔法というのは、要するに意力によって、この世界で豊富な魔素を操って創出する現象ということになるが、俺はバトラに意力を増幅してもらうというインチキをしているので、この世界での最高の魔法使い程度のことはできるはずだ。しかし、その方法が判らないので教えてもらいたいわけだ。


 しかし、考えると俺のやっていることは皆バトラのお陰だな。そう思うと落ち込むので出来るだけそれは考えないようにしているが、情けない思いはある。


『やることを決めているのはケンジだ。私は能力を持っているが、自分では何かを能動的にやると言う機能はない。ケンジが落ち込むことはない』

 それに対してバトラはそう言って慰めてくれる。彼か彼女か判らんがバトラはやさしいね。


「うん、そうだよ。収納魔法の使い方はわかるし、効率がいいので魔力は余り使わないんだ。俺は普段の魔力は小さいけどその気になれば大きくできる。こんな風にね」 

 俺はシャイラの言葉に応えて、これもバトラに頼んで魔力(意力)を増幅した。


「ええ、うそ!私の3倍以上、すごい。でも、これだけあれば相当な魔法が使えるわね」彼女は驚いて言って、俺の目を覗き込んで話を続ける。


「私の知っている魔法は教えるわ。あなたはその空間収納を教えてくれない?」


 おれはバトラに確認して答えた。

「うーん、難しいができるはずだ。交換だ、教えるよ」

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