第5話 俺氏、異世界ハウリンガへ行く
犬人族マミラは、売り物の花かごを持って道行く人に声をかけていた。ここは、シーダルイ辺境伯領州都のシーダルで、城塞都市であるため人口密度が高いので人通りは絶えないが、マミラに眼を向ける者はまれであり、足を止め買ってくれる人は悲しいほど少ない。
それでも、彼女が稼いで帰るお金で買う食材が母と2人の命の綱なので、めげる訳にはいかない。
「おじさん、花を、この花を買ってください」
声をかける幼いマミラに、でっぷり太ったその男はちらりと目を向けるが、視線を逸らして行ってしまう。
「お兄さん、どうですか、この花は、綺麗でしょう?」
一生懸命に笑顔を作って、次に来た若い男に声をかけると、その男はマミラをみてニコリと笑う。
「いくらかな?」
なにか凄く変ななまりだけど、意味はよく解る。
今日初めて止まってもらってたことが嬉しくて、マミラの笑顔は心からのものになったが、言ってから拒否される場合が多い値段は恐々言う。
「えっと、20ミルです……」
20ミルあれば、パンだと2つしか買えないが、野菜くずを買えば母とマミラが3日は食べられるのだ。
「うん、じゃこれ」
その人は1000ミルの銀貨を差し出すので、マミラは困ってしまった。
「ごめんなさい、私はお釣りを持っていません」
そう言うと、彼はにこりとして、手で辺りをぐるりと指して言う。
「うん、それは取ってね。代わりに、街の案内を頼む」
やっぱり変ななまりだけど意味は解った。本当はそのお金は欲しい。今はマミラも母も全くお金を持っていないのだ。母に少しは栄養のあるものを食べさせたい。
「ええ!いいの?街を案内すればいいの?」
マミラは嬉しくて跳びあがって言う。俺は、その少女が嬉しそうの跳び上がったのをほっこりしながら見ていた。俺は、日本では重力エンジンの実用化の関係で忙しくはしていたが、バトラを使って異世界を調べることもしていた。理論的には、無限にあるという異次元に行けるなんて最高じゃないか。
日本で、貰った技術を使った変革を起こすものもいいが、異世界で冒険もしたい。俺は年甲斐もなくラノベのファンで、特にガンが見つかって実家に籠ってからはそればかりだったのだ。そのラノベの定番の異世界に行けるのであれば行くしかない。
いくつかバトラが上げた候補について検討して、ハウリンガという世界を選んだ。この世界は、魔素というべき意力で操れる物質外の要素の濃度が高く、意力でそれを扱うことを魔法と呼んでいる。そして、魔素が地中から吹きだして非常に濃い部分があって、そこに生物様の魔獣が湧いている。
さらに、人そのものである人族に、犬人・猫人・猿人などの獣人やドワーフなどが存在しており、人族以外の数は人族と同じくらいということだ。技術レベルは中世ヨーロッパ程度であり、火薬と銃は発明されていないが紙と出版術については発明されて、本は普通に売られている。
政治体制は貴族制があり、王様がいて、奴隷もあるという絶対王政の国もあれば、貴族による多頭政治の場合もあるが、共和制の国はないようだ。人権は、それ何?という感じで命は甚だ軽い。老衰で死ぬのはまれで、魔獣による犠牲も多いが、人間・獣人同士、国同士で大いに争ってその犠牲者の方が何倍も多いという。
地学的にはこの惑星は地球であり、大きさ重力も同じくらいで、衛星も月に相似なもの一つである。海洋と陸の面積比は地球と同様に1対3程度であるが、陸の形は当然だが相当に異なる。
俺は、ハウリンガのことを調べるにつれて内心のわくわく感がたぎって来るのを感じた。なにしろ、魔法があって獣人がいるのですよ。物騒ではあるが、だからこそ体の機能を上げてもらったのだ。
どうも、体が若返ったのに合わせて、気持ちも若返ってというか、幼稚になっているらしい。自分が主導している日本での急速な物事の進展も面白いが、個人的にはハウリンガに早く行きたい。
しかし、異世界でも時の流れは一緒なので、日本から長期間抜け出せる状態にはなかなかならなかった。それでも、必死に頑張ってM大学の説明会から3か月後に、ようやく俺の異世界行きスケジュールをもぎ取った。
当面は1週間に3日抜け出すというもので、それをもぎ取るまでは休日なしに頑張ってきたのだ。ハウリンガの住み心地が良ければ、1週間に5日位にしてやりたいと思っている。しかし、まずはハウリンガでの拠点を作り、仲間を作るという地固めが必要だ。
最初の日、俺はイミーデル国という人口が500万で面積が100万㎢ほどの国の、シーダルイ辺境伯領州都のシーダルに訪れることにした。イミーデル国は王政であるが貴族の力が強く、王政府は貴族に気を遣いながら治政を行っているという国で、大陸イミライの東の端に位置する中くらいの国である。
シーダルイ辺境伯領は、半島国家であるイミーデル国の大陸との根本に位置しており、隣国ジャーラル帝国と境を接している。ジャーラル帝国はそれほど侵略的な性向ではないが、うまそうな餌には食いつく方で、過去には5つの国を征服して今の図体になっている。
この帝国は、イミーデル国に対しては、国境が険しい山で隔てられており、貧しいこともあって、苦労して征服する値打ちは無いと見做している。だから、友好的な関係ではないが、一応の国交はある。
ただ、イミーデル国には誰も気づいていないが、ある資源が眠っている、だから、俺が、この国を選んだのはそのことも理由になっている。
言葉は、念話を使いながら最初は片言で行けるだろうし、暫くいろんなところで会話をしていけば、バトラが記録して指導してくれる。問題は金銭であるが、金銀が貴金属であることと、銀が金に比べ1/10程度に安いのは解っている。だから、銀の拾ったような塊を持っていけば、貨幣に替えられるだろう。
シーダルは港町である。その港は50mほども桟橋が10本程度突き出して、長さ10mから30mほどの船が全部15槽ほど舫われている。港の地区は、高さ5mほどの丸太の塀に囲まれ、100mほど先に高さ7mほどの木製の城壁がある。
つまり、港の陸側は塀で囲まれてはいるが、市内のより高い城壁の中にくっついているものの、その中には含まれていないということになる。
桟橋には荷揚げしている船が居て、その周りを船員が歩き回っている。だから港から市内に入るのは支障がないと見て、俺は港に面した門に向かった。現れたのは、城壁の傍の物陰である。
門が丸太を組み合わせたごついもので、2人の槍を持った兵士が居て、別の1人が入って来るものを検査している。そこでは、身分証のようなものを見せているが、それほどじっくりは見ていない。
俺は、門に平静に近づき手で遮る若い兵士に、持っていた名刺に認識障害をかけてかざす。それは彼が予想していたものであるはずなので、彼は軽く頷いて通るように身振りで示す。門の中は思ったより広く、真っすぐ伸びた幅が5mほどの石畳みの道路の両側に5mずつ土の道路があり、あちこちに草が生えている。
100mほどの広場の先から街並みが始まり、1階または2階建ての家屋が列を作っていて、その半分くらいが商店であるようだ。しかし、その連続した街並みの延長は 500m位で、それから2㎞ほど先の塀までは緑に囲まれた屋敷や家屋がある。
俺は、並んでいる商店の内でひと際大きく立派な一軒に入り、接客に出てきた若い定員にバトラを通じて相手の考えから言葉を読んで銀の塊を示して「売りたい」と言った。店員から聞いた主人が出てきて、貨幣と替えてくれたが300グラムほどの銀が金貨1枚と銀貨2枚になったので、銀貨12枚にしてもらった。
なお、石、小銅、銅、小銀、銀、小金、金、金版といった貨幣があり、それぞれ1、10、100、500、1千、5千、1万、5万ミルとなっている。10ミルで黒パンが1個程度であるので、50円というところだろう。
つまり、日本で300グラムの銀の価格である1万5千円の銀が概ね6万円の1万2千ミルになったのだ。後で確かめても、このシーダルで一番であるカムライ商会の買い取りは正直なものであった。だから、そのことを確かめた俺は、このカムライ商店とは後に様々な取引を行うことになった。
片言の言葉で、大体の貨幣価値を知ることができた俺は、手に入れた貨幣で3日位過ごすことは問題ないことを知って、街をのんびり歩き始めた。ちなみに認識障害はつかっていないので人にはそのままの姿で見えている。
つまり、20歳前後の年齢で、身長175cm、体重は70kgのがっちりした体格であり、ジーンズにデニムのボタン止めシャツの上にジャケットに丈夫な半長靴である。
黒髪と黒い眼は茶色と赤の多い髪、そして様々な色の目の人々の中ではそれほど目立たないし、獣人も多く歩いている中ではごく平凡な人族ということだろう。
武器はすべて収納に入っているので、丸腰に見えるだろうが、街を歩いている者達は大抵刃渡り30㎝程度に見える短い刀を腰に下げており、中には2mほどの槍をもっているものがいるが穂先にはカバーをしている。さらに、弓を肩から下げている者もおり、長い刀を背に負っている者もいる。
また、武器を持った彼等の服装は男も女も下はズボンに、上は前をひもで括ったシャツで、頭には野球帽のような帽子を被っている。そうした武器を持っているのはやはり男が多く、女はワンピースで腰をベルトで止めている。この世界では染色が未熟なようで、彼等の服の色どりは草色かベージュめいた色で極めて地味である。
そして、俺はその子を見たのだ。犬耳のある頭は真っ白な毛色で、クリっとした目で一生懸命に道行く人に声をかけている。繕いだらけのワンピースを着ているが、その顔や髪のようにちゃんと洗っている。声をかけられた人々の何人かは痛ましそうな顔はするが、無視を装って通り過ぎている。裸足の足が痛々しい。
俺はしばらく見ていたが意を決して、太ったおっさんの後に続いて彼女に近づいた。そして、彼女の売っている花を「いくら?」と声をかけ銀貨を渡すと、多いと言うので、街を案内して欲しいと頼んだのだ。
彼女はお金を握りしめて、はしゃいでいたがいざ案内を始めるとなると、怖気づいて俺の顔を覗う。俺は、ニコリと笑って、「俺の名前はケンジ、ケンだ。お嬢ちゃんの名前は?」と問う。
彼女はおずおずと俺の手を握ってきて、「マミラ、マミラよ。よろしく、ケ、ケン」と笑って歯を見せる。その歯は良く手入れされていて白い。
「じゃあ、マミラ、行こう」
俺は握った手を振って街の奥の方に踏み出した。ところが、その時、キューという可愛い音が聞こえた。思わず、その方向を見ると、マミラが空腹の余りの音に真っ赤になってうつむいている。
「あ、あれは何かな」
俺はさっき見ていた串焼きの屋台を目指した。美味しそうな匂いが漂ってきる中を歩き屋台まで行って、焼いている親父に向かって串焼きを指さす。
「毎度あり、何本かな?」
親父が景気の良い声で応じる。それほど大きな串ではないので、俺は指で5を示す
「はい、少し待ってな」
親父は火を起こし、串を火にかざす。それを、マミラは夢中になって見ているので、やがて出来てきた串を彼女に渡そうとした。しかし、彼女は俺の顔を見て頭を振ってしり込みするが、またその眼は串に引きつけられる。そのように躾けられているのだろう。
「マミラちゃんが食べないと俺は困っちゃうな。こんなに食べられないもの」
そう言って、彼女の目を見ると、おずおずと串に手を伸ばしてきたので、渡すとそれを受取って夢中になって食べ始める。
俺は親父に銀貨を出して料金の50ミルを払い、お釣りを受けとり自分でも食べるが、素朴な塩味だがなかなか美味い。結局彼女に3本食べさせて、近くにあった屋台でジュースを飲ませ、街をぶらぶらと歩くなかで打ち解けてきた彼女といろいろなおしゃべりをする。
その中で、彼女の心の大きな鬱屈が母親の病気であることが判った。そして聞いてみると、マミラも栄養状態が相当に悪いが、母親は碌なものを食っていない。多分栄養失調だなと見当をつけた俺は、とりあえず彼等の家を訪問することにした。
おせっかいなようだが、異世界で美幼女に会ってその子の母が病気なら、助けるしかないでしょう。マミラは母のことを本当に心配していたのだろう。俺がそのために家に行くというのには全く逆らわなかった。
そこは、スラムを形成しているぼろ屋群の端にあるみすぼらしい家であったが、入った中は何もないものの、床など低い位置の掃除はキチンとやってあった。マミラがやったのだろうが、本当に躾のいい子だ。
粗末なベッドにまだ若い女性が横たわっていた。やせて頬骨が飛び出しているが、整った顔の健康であればさぞ美しいだろうと思う容貌であった。「お母さん!」マミラの声に女性がうっすらと目を開ける。
横にいた俺に驚いて、慌てて起きようともがくがその体力もなさそうだ。
「始めまして、ケンと言います。マミラと仲良くなってお母さんの病気のことを聞きました。私は医療の心得がありますから、少し見させてください」
それを断ろうとする彼女に、俺は尚も叱るように言う。
「これは、マミラのためです。あなたがどうかなったら、マミラはどうなるのですか?」
おとなしくなった彼女の手を握り、その脈を見ながら、バトラの判定を待つ。
『栄養失調ですね。完全に栄養が足りていません。まず、栄養のあるスープを飲ませることから始めましょう。回復して不自由なく動けるまで10日はかかります』
必要な食料は収納に入っている。俺は2週間後までの、母へ与える食料を並べて、調理の仕方をマミラに教えた。食べるもの調理の仕方は、基本的には湯に解くもの、煮るもの、焼くものがほとんどだが、マミラは8歳ながら十分自分で出来ることが判った。
もちろん、その間の彼女の食事も置いておいたのと、費用として銀貨を5枚渡しておいた。素直に受け取ったので、大分打ち解けた証拠だな。彼女は食事をちゃんと与えたら母が完治すると聞いて、すっかりその世話に集中している。
俺?俺はもちろん、この街にある冒険者ギルドに行ったよ。残り2日は冒険者だよ。
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