第4話 仮称㈱RGエンジニアリング設立

 翌日、午後13時半からM大学物理学部12講義室にて、俺のプレゼンテーションが行われた。この教室は120人定員であり、学外から来た招待者である企業や政府、官庁からの35人は中央前部で席をとり、他は教員、院生を優先として学内に解放することになった。


 そして、その後に体育館で反重力プラットフォームの試乗会を行うことにしている。ちなみに、昨日の学内の騒ぎが漏れない訳はなく、その日の午後にはテレビと新聞の記者が浅井の研究室に現れたらしい。なにしろ、携帯、SNSですぐに繋がる現在は情報が出回るのは異常に早い。


 昨日はグラウンドのパフォーマンスの後に、すぐに浅井、鹿島教授、横田学長と俺で協議を持った。

「うーん、ちょっと、あのパフォーマンスを見せたのはまずかったかな」


 今更ながら、大柄で色白ポッチャリの育ちが良さそうな横田学長が言うと、鹿島女史がそれを見て淡々と言う。

「ええ、私もそう思います。私の考えでは、あれは300年の時を跳んだ世紀の発明です。日本中どころか世界中が大騒ぎになりますよ。なにより、軍事的な利用も考えられますから、政府が秘密にしろ、って言いますよ」


「うん、今の複雑でメンテが大変なジェットエンジン・ロケットエンジンの代わりに使えるよなあ。その上に、多分うんと安くなるんじゃないかな。防衛大臣が来るって?」


 浅井が横田学長を見て言うと、彼は少しうつむいて答える。

「ああ、経産大臣の田川さんに話したんだけど、5分後に防衛大臣の久島さんから来たいって」


 それに対して、俺が言った。

「これでいいんだよ。国なんかにハンドリングを任せると碌なことはない。今年中に会社を作って、プロトタイプを作るぞ。特許は取らない。作るところでブラックボックスに出来るところがあるので、それを絶対に守ることで外に漏れないようにする。 

 エンジンは国内でのみ作る。それと電池もな。

 その供給先は、1〜3年は日本のみにして、次からアメリカとEU位だな。軍事に使いたければ使えばいいさ」


「うーん。そう割り切った方がいいかな。大体において、委託されていたわけでないものを大学で発明すれば世に広めるのも自由だ。まして、権利者の三嶋さんがそういうことであれば、我々がとやかく言うことではないよ」


 岩田学長の言葉を聞いて俺が思ったのは、大学としても政府にとやかく言われずにイニシアチブを取れるのは悪い事ではない。そして、政府にはできる範囲で協力をして、その代わりに規制の緩和、立法などの面で協力させればよいのだ。


「それで、どうですか。この大学に反重力エンジン実用化の研究所を作ったら。それと会社を設立したいですね。反重力の実用化と応用はそのくらいの値打ちは十分あると思いますが。ついでに、大容量電池も含みますからね」

 俺がこう言うと横田さんは怪訝そうに言う。


「しかし、そういう組織にしちゃうと、運営費もかかりますから大学は一定の技術料を貰うことになりますが、三嶋さんはいいのですか?」


「ええ、私としてはいまさら大金を儲けることは考えていません。それほど贅沢をしようとは思っていないので、喰うに困らなければいいのです。それよりは、ダイナミックに進むプロジェクトにそこそこの立場で関わって、一方であまり忙しくはない、と言ったところですね。楽しく生きがいを持って生きるという奴です」


「そうですか。うん、それならいい人がいる。これはメカトロニクスの知識があって、プロジェクトをまとめる力のある人間が必要だ。どうかね、浅井さん、鹿島教授。工学部、応用工学研究所の佐藤教授は?

 彼は企業で開発プロジェクトをいくつかまとめているから、適任だと思うが」

 浅井と鹿島教授は顔を見合わせて頷き、浅井が言う。


「ええ、適任でしょう。ちなみに声をかけられた、M重工、K重工とT自動車それにH自動車の感触は?」


「ああ、半信半疑というところで、私の顔を立てて出席しますというということだったな。しかし、今日の試運転の話はどうせ夕方には広まるだろう。明日はたぶん役員位は飛んでくるさ」


「その意味では、よく田川通産大臣が来ると言いましたね。また、防衛大臣にまで声をかけて」

「ああ。田川さんには私は信用があるのだよ。実際に嘘じゃないしね」 


 そう言ったところに、スマホを弄っていた鹿島教授が声を出す。

「ああ、もうネットに上っていますよ。画像まで。これは新聞や、テレビの記者が来るのは時間の問題です」


 そう言って、自分のスマホの画面を皆に見せるが、それを見て横田学長が俺の顔を見て言った。

「うん、だったら、三嶋さんは明日までマスコミには姿を見せない方がいいでしょう。明日の準備もあるでしょうから、別に学内におられるのは構いません」


 それから、鹿島教授を向いて言う。

「三嶋さんの作業する場所は、鹿島教授のところで準備できますよね?」


 鹿島教授が頷くのを確認して今度は浅井と鹿島教授の2人を交互に見て言う。

「マスコミが来るのは、多分浅井さんまたは鹿島教授のところだから、今のところ何も発表はできないと言いましょう。明日の学内での発表はマスコミを入れないでやって、その後出席した企業と国との協議の上で、夕刻記者会見を開きましょう。

 そういうことで、浅井さん、鹿島教授は来たマスコミは帰して下さい。まあ学生に取材するのはしようがないですな」


 このように横田学長はてきぱきと仕切った。

 俺は、1ヵ月留守にしている助教授の部屋を与えられて、明日の説明会の資料の取りまとめを行った。俺も3年ほど前までは、主として海外の業務に関して、技術者として様々なレポートは書いていたので、この種のプレゼン資料を作るのは苦ではなかった。


 それに、バトラからは念話のみならず、文章の形でのファイルを受け取れるので、俺 はそれをまとめればいいので、骨子は殆ど纏まっていた。いずれにせよ、最も聴衆の興味を引くのは、完成した装置の姿とスペックであり、それに製造が可能か否かである。


 今回の会社を作る場合の受け持ち範囲は、基本的にはエンジンに加えて動力装置としての電池である。想定される使用方法は元々飛行する各種飛行機、宇宙船などのエンジンの他に、現在では地上または海上を移動するバイク、乗用車、トラック、それに船舶を飛行させるエンジンに用いることになる。


 消費する動力は電力であるので、電池か又はエンジンで電気を起こして飛行することになる。反重力エンジンは反重力場を作りだして浮き、重力場を操作して推進する。反重力場はいわば重力を中和するような形で浮くために、重力に打ち勝って浮き、推進するヘリコプターや飛行機に比べ大幅に動力消費は少ない。


 消費動力換算で言えば、反重力エンジンはプロペラやジェット推進の飛行機に比べると、動力消費量は1/10程度であり、地上走行車に比べると同等、20ノットで走行する船に比べると時速500kmの飛行速度で3倍程度になる。


 しかも、反重力エンジンのコストは、同等の大きさの車両を駆動する内燃機関のエンジンと同等程度であると試算されている。だから、当然その製造コストは航空機エンジンに比べ1/3〜1/5であり大幅に低くなる。

 加えて、極めて複雑で高熱を発するために寿命が短いジェットエンジンに比べ大幅に寿命が長くなる。


 また、維持管理費を考慮しても、頻繁なメンテナンスを要する航空機エンジンに比べて、点検、部品交換の頻度等は自動車のエンジン程度であって、桁違いに下がる。

 俺は、昨日の夕刻、学長、浅井に鹿島教授に加えて、学長の言っていた応用工学研究所の佐藤教授、さらに工学部長の長屋教授を聴衆にプレゼンの予行演習を行った。


 そこで、エンジン本体の具体的な構造を説明して、製造に根本的な問題がない事を説明した。ただ、このエンジンは物理現象のみの存在ではなく、製造と運転に意力を用いる必要があるので、そこの操作の部分をブラックボックス化することで製造を秘密にできる。しかし、この点はこの日は説明していない。


 そして、製造が可能であり、かつその成果によって、コスト的には全ての輸送機械を飛行式にすることが可能であることが納得いくと、出席者は改めてその将来の市場の大きさに驚嘆した。


 そして、そのことから今後の大学側の研究機関の責任者を佐藤教授にすること、その研究所をカモフラージュの意味もあって、名称は応用工学研究所のままとすることが決まった。


 さらに、大学側の意向として、重力エンジン製造・販売の新会社の設立を企業側に働きかけることになった。この点は、夕刻マスコミで騒がれ始めて、実態が伝わった結果、企業側から改めて学長に連絡が入った感触から言えば問題はないだろうということだ。

 問題は、この地球の科学のレベルを大きく越えているこのシステムの発明者をどうするかであるが、俺は断ったよ。


 そして、浅井を始めとする学者も、自分がこの発明に係わったとは絶対に言えないとのことだ。だから、正直に言おうということになった。つまり、俺が宇宙人を助けた結果貰ったということだ。誰も信じないだろうが、誰も嘘であるとは証明できない。だって真実だからね。


 今日のプレゼンとパフォーマンスは当然マスコミには漏れている。だから、マスコミからはこれらに出席を強硬に求めてきている。その中には大物OBなど、断りにくい相手もいたために、体育館のパフォーマンスは昨日と同様にグラウンドで行うことにして、マスコミの取材を許した。


 1時間強のプレゼンは、中央前列の招待者と教職員と学生の出席によって行われるはずであったが、『反重力という世紀の発明』が題材であったために、殆どの席が教員で占められ、学生は殆ど出席できなかったために、後日改めて行うことになった。これについて、マスコミは締め出された。


 プレゼンでは、国関係の出席者より企業人達の目の色が変わった。それと、3人出席していた自衛隊の制服組が『なんで、こんなことを公開しているんだよ』と睨んでいたのが印象的であった。


 その後広大なグランウンドで、浅井の操縦技術が高いことが判っていたので、彼の操縦で反重力プラットフォームに乗って飛んで見せた。さらに、10人を選んで一人づつ浅井と一緒に飛んで試乗会としている。


 このパフォーマンスの観衆は、マスコミも含めて1万人を超えていたと言われる。

その後すぐに、招待者による会議を行い、記者会見での発表内容の確認が行おうとしたが、防衛大臣から強硬なクレームがあった。


「皆さんもご存知のように、我が国を取り巻く安全保障環境は極めて危うくなっております。相手は主として北朝鮮と中国でありますが、その挑発の度合いがますます増しており、対応に苦慮しているところであります。

 一方で我が国が防衛の多くを託している同盟国のアメリカでありますが、我が国がイージス・アショアの計画を放棄したことと、中国の空母キラーと呼ばれる弾道ミサイルが極めて高性能であることが判ったこと、などから我が国の防衛へのコミットを避ける傾向にあります」


 これは、アメリカからイージス・アショアの計画停止により、日本の防衛へのモチベーションが失われたという抗議があったのだ。それは計画中止の理由が、ミサイルの発射後のケーシングによる民家破損の恐れ、ということで事の重大性をはき違えているということで、そんな連中を何で守る必要があるかということだ。


 さらに、中国の空母キラーの性能が漏れてきて、中国沖に空母艦隊を配備できないという戦略的な問題が生じたのだ。そこで、日本としては何らかの積極的な防衛策を示す必要があるということで、重力エンジンに実用化という話を聞いて喜んだら、その存在を公開されてしまった、というお怒りであった。


 皆黙ってしまったので、俺は言ったよ。

「言われることは解ります。だけど、あのイージス・アショアの話はひどかったですよね。あれは言ってみれば、襲ってくる奴がいて、それに発砲しようとしたら、薬きょうが俺に当たるかもしれないので撃つなという話ですよ。そりゃあアメリカ軍だって嫌になりますよ。自衛隊はもっとだろうけどね。


 空母キラーの話は別の話で、アメリカはそっちが本音で、イージス・アショアの話を利用しているのです。だけど、この重力エンジンは地球の輸送体系をがらりと変える代物です。そして、軍の運用の在り方をも同様にがらりと変えます。

 コストは少なくとも大きく下がります。そして、それを握っているのはわれわれ日本なんですよ。 その日本にアメリカが意地悪が出来る訳がないでしょう。


 そして、この技術はいずれにせよ世界に普及すべきものです。このエンジンのコピーは許しませんよ。中国がまだ日本に対して挑発するなら、中国へはコピーのできないこのエンジン供給しません、と言えばいいのです」


「いやそう言っても中国が……」

 尚もいう大臣に俺は言ったよ。この前までくたばりかけだった俺は怖い者なしだからね。


「我が国にたとえば核攻撃をして、中国が今後生き延びていけますか?それも地球全体が大発展するきっかけになりつつある我が国を。それじゃなくてもコロナ後に爪はじきにされているのに」


 その話はそれで終わって、民間企業の熱狂的な賛成で仮称㈱RGエンジニアリング設立が決まった。

 記者会見では、プレゼンの内容の概要と、M大学学内で佐藤教授の指揮の下に、応用工学研究所が重力エンジンの実用化の支援を行うことが決まったこと、さらにM重工、K重工、T自動車それにH自動車が出資して仮称㈱RGエンジニアリングが設立されることが決まったことが発表された。


 そして、1年以内に実用機の完成を目指し、それは自衛隊機にも使われること、さらに政府は法規制等の面でそれに全面的に協力することも併せて発表された。


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