第3話 重力操作

 俺は、ユキと別れて、新宿から40分ほどの名門M大学構内についた。ちなみに、流石に女性と親密な関係になる時には認識障害は解けるらしい。というのが、1Kの彼女の部屋に行って、その気になって抱き合ってキスをした時に自分のイメージがあいまいになってしまって、若い自分に戻ってしまったということだ。


「え!何なのよ、あなた、顔が変わったわよね」唇を放して、俺の顔を見あげた彼女が驚いて離れる。それはそうだろうな、いきなり相手の顔が変わったらね。


「いや、変装していたんだ。今日のことで、本当の顔はまずいだろう?」


「変装って、そんな変装あるの?」

 そう言って、彼女はさらに俺の顔をしげしげ見て続ける。


「でも、この顔の方が私の好みだわ。それがケンの本当の顔よね?」

 そう言われて、そこから見えた洗面台の鏡に自分の顔を写して俺は言った。


「ああ、こっちが本当の顔だ」

 とは言え、自分ではイメージを固める感じで、認識障害はかからないのだけど、心理的認識障害というやつかな。


幸いに彼女は余り物にこだわらない性格らしく、情熱的な一夜を過ごすことができた。

「またね」という言葉と、スマホの番号を交わしたからまたお願いできるかな。


 案内板を見て理学部に行き、物理学教室の辺りで、浅井の研究室を聞いた。あいつもなかなか知名度はあるようですぐに部屋は分かった。


『応用物理研究室』の名前の部屋の横にある『浅井研究室』のドアをノックする。無論、この時は69歳の自分に認識障害をかけている。

「おお、いるぞ、入ってくれ」


 応ずる声にドアを開けて入ると、書類を積み上げた大きなデスクに2/3白髪の浅井が座っている。またその向かいの椅子に、1/4白髪の小太りの女性が座っていて書類を読んでいる。


「おお、三嶋か、待ってたぞ」

 その声に女性が振り返って、睨みつけるような目で俺を見る。


「ああ、三嶋、彼女が我が物理学教室の鹿島主任教授だ。今朝早くダイジェスト版を送って、さっき本編を渡したところだ。まあ、そこに座れよ」

 近づく俺に、浅井が女性を紹介してその横の椅子を指す。


「この人が、三嶋さん。よろしく」

 彼女が顔を緩めて立ち上がり、差し出す手を、「三嶋です。始めまして」と言い握って座る。後で聞くと門外漢がそんな論文を書いて、と少しお冠だったらしい。


「なあ、三嶋。俺が見た限りで、理解できる範囲ではこの論文は正しい。誰に貰ったよ、これを?」

 浅井の真面目な顔の問いに俺はニヤリと笑って答えた。


「まあ、俺が書いたというのは通じんよな。土木工学科の劣等生の俺だったからな」 

 それから俺は真面目な顔に戻って正直に言ったよ。

「正直に言うよ。これは宇宙人だろうと思うが、宇宙船に乗ってきた奴からもらった」


 そう言ってさらにゲゲラムとの実際のところを打ち明けた。

「そう言うことでな、お前が見ている俺は偽りで、実際はこうだ」

 俺が言って認識障害を解いて立つと、浅井は立ち上がってデスクをまわって俺の横に来て、顔と手をじっくり見て触り、それから胸のあたりを触る。


「本物だ。どう見ても、触っても若い。一方でその雰囲気から見て本物の三嶋だ。大体あの論文をお前が書いたというより、宇宙人からもらったと言う方が信じられるよ」


「そう、この論文が地球上の学会からいきなり出てきたと言ってもはどう考えても信じられない。ここには、少なくとも3つの大きなブレークスルーがあって、どれも数十年、いや百年に1回のものです。多分、地球でこれが生まれるのは300年後以降でしょう」

 鹿島教授が平坦な声で解説するのに続けて浅井が言った。


「そうだ。これはとんでもなさ過ぎて学会に発表できない。仮にうちの大学から出しても、学会の誰も本当に俺たちが考えたとは信じないだろうな。それで、お前が俺にこれを渡した意図は何だ。なにか、実証できる装置があるとか言っていたよな?」


「ああ、俺の意図は金だよ。俺の今持っている知識を使えば、重力エンジンが出来る、それに、他にもいくつかタマがある。重力エンジンが実用化できれば、輸送システムの大変革が起きるので産業界はがらりと変わるぞ。これを握れば、金のみならず大きな力を握ることになる。

 折角、今言ったように、ゲゲラムという宇宙人から若さと改良された頭脳に加えて知識を貰ったのだから、それを生かすには、まずは重力エンジンということだ」


 俺の言葉に浅井は的確な言葉を返す。

「つまり、それを大学人の俺に持ち込んだということは、大学の持つ人脈が欲しいということだな」


「その通り、だけど俺は、この論文の基礎の論理を紹介できる。重力エンジンの理論が時代を超越していると言っても、それを構築した基礎を知ることは学者にとって意味はあるのじゃないか?」


「ええ、そうです。もちろんです。当分はそれの理解を深めるのに専念することになるでしょう。でも、それは私達の修めている物理学の深さを改めて知ることになり、それの世の中への貢献をより深め広げることに繋がります。


 科学については、いろんなネガティブなことを言う人がいますが、私は総合的には人を幸福にしてきたと信じています。

 だから、ここで物理学のある部分で300年のリープ(跳躍)があったということは、その正の部分をそれだけ進めることができると思います。ぜひ、その基礎と言う部分を頂きたいです」

 鹿島女史が色白の頬を赤らめ、目を輝かせて言う。


 それに対して、再度デスクに座った浅井が続けた。

「まあ、彼女の言う通りだよ。それに、本学の工学部も大いに活気づくだろう。まあ、大学の首脳部に持っていけば、喜んで全面的に押すだろうよ。いずれにせよ、産業界に声を掛けないと話は進まないがね」


 それから、目を閉じて腕を組んで少し考えて続ける。

「うーん。だけど、少なくとも世間にお前の話をそのまま広める訳にはいかんだろう。今の国際情勢から言って、自分達にも権利があるから寄こせという連中が続々と出てくるような気がする。いずれにせよ、学長の横田さんには筋を通した方がいいだろうな」


 浅井が、そう言いながら鹿島教授に視線を向けると女史も頷く。

「とりあえず、その反重力の実験機という奴を見せてくれよ。そんなものがあれば話が早い。しかし、その小さなカバンにそんなものが入るのか?」


 俺が持っていたナップサックを指さして言う浅井だが、入るわけはない。まあ、彼には見せるつもりだったから、この鹿島女史もいいだろう。だから、俺は言ったよ。「いや、そんなに小さくはない。いま出すよ」


 そして、部屋の隅の1.5m四方位の空いたスペースに、バトラに頼んでそれを出した。ごとりという音を立てて、何もないところから押し出されるように出てきた。

それは、径が1m位の上に手すりがある厚み60cmほどのベージュに塗られている丸い台だ。

 浅井と鹿島女史はびっくりして立ち上がり、目を丸くして俺とそれを見くらべて浅井が叫んだ。


「三嶋!お前、これをどこから出した?」

「うーん、異次元空間からというべきだな。これは反重力プラットフォームだぞ、俺もまだ使ったことはないけどな」


「「異次元空間!」」2人は驚きの余りハモッた。


「そっちかい、俺が見せたいのはそっちじゃなくこっちだ」俺はプラットフォームを指さしたが、浅井は興奮して言う。


「お前……、反重力もそうだけど、異次元が存在することすら、未解明というより怪しいとみられていたんだ。それが、使えるなんてとんでもないことだぞ」


「だけど、こっちはちょっと表に出したくはないぞ。少しやばい。重力エンジンはまあそれほどやばくないけどな。これは秘密だ。俺はこれについては教えるつもりはない」


「何で、重力エンジンは良くて、異次元空間利用はやばいんだよ」

 浅井が顔をしかめて問う。


「だって、異次元空間をスペース利用の倉庫代わりだけだといいけど、やりようによっては空間移動にも使えるんだぜ。好きなところに行けるし、そこに物を運べるぞ。やばいと思わんか?」


「うーん、確かにやばいな。好きなところに核爆弾でも運べるわけだ。なあ。鹿島君、これはしょうがないね」


 浅井が鹿島女史に向いて言うと彼女も頷く。

「ということで、このプラットフォームだけど、いいかな」

 2人が頷くのを確認して、俺はそれの手すりの空いた部分から乗り込む。それにはマニュアルの操縦装置がついているので、バトラに聞きながらそれを操縦してまず50cmほど浮き上がる。それ以上浮くと天井に俺の頭が着きそうなのだ。


「どう、これ?」

 問う俺に、浅井と鹿島女史はそれの下を覗き込み、そこに手を差し込み、周囲を回ってじっくり見て言う。


「うん、確かに何らかの働きで浮いているな。底には何かの力を感じる。反重力というとそうなんだろうな。ところで横移動はできるのか?」


「出来るけど、これは反重力利用だけだから、方向を変えているだけなので遅いよ。推力が出せる重力エンジンだと、音速以上のスピードが出せる」

 俺の答えに「ええ!音速以上!」そう言って疲れたような顔をする浅井だった。


「ところで、反重力と重力エンジンはいいけど動力はどうすんだよ」 

 浅井が少し疲れた顔で聞くので、その点を考えるのをうっかりしていた俺はバトラに聞いて答えたが、浅井はまた疲れるだろうなと思った。


「ああ、電池だよ、化学(バケガク)的なものでなく、原子に干渉するタイプだから容量は半端ないぞ」


「ああ、原子に干渉するタイプの電池ね。それはさぞかし容量がでかいんだろうな?」

 浅井は果たして疲れた目で再度聞くので、俺も仕方なくバトラに聞いて答える。


「うん、このプラットフォームに入っているのは、単1乾電池くらいだけど、千kw時の容量位らしい。10時間くらいは連続運転できるらしいぞ」


「馬鹿野郎!乾電池で千kw時ってなんだよ。そんなものがあったら大騒ぎだ。それで、それは作れるのか?」


「ああ、えーと、できない理由はないな。出来るよ。コストも大したことはないと思う」

 俺はやけになってしまった浅井に気を遣いながら、優しく答えたよ。


 その後、浅井は学長の横田氏のところに行ったが、俺は浅井の部屋で鹿島女史と彼女が連れて来た3人に論文の説明をしていた。そこに、疲れた顔の浅井と鼻息の荒い学長の横田氏がやってきて、外に出て反重力プラットフォームの試運転をすることになった。俺もやってみたかったので少し嬉しい。


 しかし、異次元空間の利用を見せる訳にはいかないことになると、2階のその部屋からプラットフォームを操縦してグラウンドまで行かなくてはならない。そこで、浅井が操縦すると言い出した。


 確かに操縦は難しくはないが、ドアを抜けるような操作もあり、さらに廊下を通る必要があり、下に降ろさなくてはならない。まあ、ぶつけても浅井がどうかするだろうから、俺が操縦してぶつけるよりはましだ。


 俺は余りバトラのことは知られたくはなかったので、バトラに運転させるのは避けたかった。浅井にじっくり操縦法を教えて、ハラハラしながらやらしてみると意外に上手い。入口も両側のドアを開けた状態で、底は床にぎりぎりに下げて浅井はしゃがんで通り抜ける。


 後の廊下は悠々と通り、2階の非常口からデッキに出る。そこからは上に浮かび上がって手すりを越えて、今度は地面まで降りなくてはならない。


「浅井教授、エレベータで降りましょう」

 鹿島女史が一生懸命言うが、浅井は聞かないし、学長の島田もけしかける風で見ている。


「鹿島君、まあ見ていろ。この位はどうってことはないよ」 

 そう言って浅井はプラットフォームを2m程浮かべ、水平移動して手すりの越して止まり、そこからスーッと降りていく。確かに俺よりうまい。そう言えば、浅井は学生時代から車の運転はうまく、ドライブ部の部長だったな。


 見回すと、2階の廊下やプラットフォームが降りた構内道路の周辺など、黒山の人だかりだ。まあ、学生が数千人いる大学で、反重力プラットフォームなどが現れたら見に来ない奴は変人だ。


 こうして浅井は、自分で操縦して、グランウンド迄着いた。俺たちも階段を使ってそこまで行くと、横山学長が先に着いており、浅井に自分も乗せろと交渉している。俺は諦めて、浅井に言った。


「浅井、お前の方がうまいようだから。好きなように動かせ。横山学長も乗せてもいいぞ。ペイロードは300kg位らしいから、大丈夫だ。だけど、あまり高く昇るなよ。安全装置はあるが、何があるかわからん」


「ああ、精々5m位にするよ」

 喜々として乗ってくる横山学長を迎えて、手すりにしっかり掴まった状態でプラットフォームは鉛直に舞い上がり、水平移動し、斜めに下降し、上昇し、10分ほど様々なパフォーマンスを見せる。

 降りて来た浅井と学長の周りに学生が集まり、自分も乗せろと懇願するが、浅井と横山が断固として拒絶している。


「1週間後、1週間後に乗せてあげる。それまで我慢だ。今日は危険を冒しながらの試運転だからね」

 学生に言っているそれを聞いて俺は良く言うわと思ったね。要するに、自分たちは乗りたいから乗ったのにね。だけど、流石に慣れだな。俺だと拒否はできないよ。


 しかし、横田学長は流石に名門M大の学長になるだけの実力はあり、2日後には数社の大メーカー幹部と通産大臣と防衛大臣に役人を大学に集めてきて、俺の説明会とプラットフォームの試乗会を実施した。

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