第29話

 幸生たちはダンジョンハンター5級試験が開催されるまでの間、連日ダンジョンへ潜り続けた。


 もちろん収入を得るために、というのもあるが、目黒ダンジョンでの救出劇から中深層の凶悪な生物が、浅層で目撃される事例が急激に増加していたのだ。


 幸い今のところ犠牲者は出ていなかった。それに、あの渋谷ダンジョンに現れた化け物の目撃例は今のところ無い。


 幸生たちは、中深層の生物が浅層に現れる、この現象が渋谷の一件に関連性があるものと考えていたが、何の痕跡もなく、もはや事件の真相に近づいているのかわからなくなっていた。

 何の手がかりも掴めないまま、ただ時間だけが過ぎていった。

 

 荒川も独自に情報をかき集めているらしいが思わしくないらしい。

 いつか突然、またあの化け物がやってきて、犠牲者が出るかもしれない。

 

 そんな不安が、心の片隅で少しずつ大きくなるのを感じていた


 そんなある日のこと、ダンジョンハンター試験を二日後に控えた日。


 「幸生、明日新宿にあるダン研にいくぞ。ハンタースの猪村から連絡があった。お前に見てほしいものがあるらしい」

 荒川が突然、末端のダンジョンハンターではおそらく会えること自体そうそう無いであろう人物の名を出して言った。


 それに呼ばれたのがハンター連盟ではなく、ダン研、つまり国立ダンジョン研究所というのが、幸生には引っかかった。


 「え……そんな人が俺に、それにどうしてダン研なんです?」


 「俺も詳細は聞かされてない。ま、行ってみりゃわかる。ちなみにお前に拒否権はない」

 

 「そりゃまぁ、行かないとは言いませんが」

 幸生は釈然としない気持ちであったが、おそらく、いや確実にあの渋谷ダンジョンの事件のことだろう。

 調査が行き詰まっている今、幸生に行かないという選択肢はなかった。


 「雫、お前はどうする?」


 「え……あ、も、もちろん、私も行きます!」


 幸生は、どこか心配げに聞いた荒川と少し言い淀んだ雫に、何かあるのかと感じていたが、詮索はしなかった。

 

 

 ◇


 

 国立ダンジョン研究所、新宿区戸山にあるこの施設は、日本で唯一の国主導のダンジョン研究機関であり、日本最大の規模を誇る。


 全面ガラス張りのいくつかの棟が連なった外観をしており、新宿副都心の景観にも馴染んでいる。


 ここは、ダンジョン由来の物質、生物の生態系や環境など、日本のダンジョンに関わる様々な事象を研究し、解析、そしてその起源を探ることを目的とした施設である。


 しかし、ダンジョン資源の研究、いわゆる金になる研究に多くの人員がさかれ、ダンジョンの環境やその起源を探る研究についてはあまり進んでいないのが実情であった。


 幸生たちは大きなスクリーンのある会議室に通された。

 部屋は清潔だが、あまりにも無機質すぎて逆に居心地が悪いような気がした。


 しばらくすると、白衣を着た研究者を先頭に3人の男女が入ってきた。


 白衣を着たその男は痩せすぎな体型に仏頂面をした――

 「や、山根さん!?」


 白衣の男は、幸生のあの念動力ブレードの試作の時に会った、あの山根だった。


 「どうも、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。中澤も心配していましたよ」


 山根と握手しながら、幸生の頭にあのいかにも営業マンといった風貌の中澤の顔が浮かんだ。


 「君が窪田君だね? はじめまして、ハンタース代表の猪村だ」

 

 「あ……はい」

 その鍛え抜かれた体と、厳しい表情に幸生はやや気圧されていた。


 「渋谷の件、それに、前田から病院でのことを聞いたよ。今更ではあるが、謝罪させてくれ。本当にすまなかった」

 何とその猪村が頭を下げてきたのだ。


 「ちょ、ちょっと待ってください! そんな……」

 幸生は予想外な猪村の行動に動揺を隠せなかった。

 それに……謝るのなら自分の方こそ、


 「それに、今日は来てくれてありがとう。助かるよ」


 「今日は、彼がいないと困りますからね」

 最後に入ってきた、眼鏡をかけた長い黒髪の女が言った。


 「……そよぎ、お前もいるのかよ」

 舌打ちしながら荒川はその女に向かって言った。


 「梵の事務所と連携して調査していると言ったろう。それに今日は元研究員だった彼女の伝手で協力してもらっているんだ」呆れたように猪村が言った。


 「あら、荒川さん、お久しぶりですね。てっきりどこかのダンジョンで野垂れ死んでいるかと」

 梵は少しからかうような調子で言った。


 梵 卯月そよぎ うつき、ハンタース同様に日本を代表するダンジョンハンター事務所、リベラシオンの代表だ。

 見た目は化粧っ気はなく、地味な顔立ちだが、どこか妖艶な色気を感じさせる。その目を見ていると、知らぬ間に吸い込まれてしまいそうな、そんな印象を受けた。


 「うるせぇ、余計なお世話だ」

 荒川は苦虫を噛み潰したような顔で返した。


 「はじめまして、窪田さん。よろしくね」

 梵はその微笑を浮かべた顔を幸生に向け、手を差し出してきた。


 「あ、はい」

 幸生はその微笑に飲み込まれそうになりながら、呆けるように手を差し出そうとした。


 「おい、やめろ!」

 すると、突然、荒川が怒鳴るように言った。


 「な、なんですか急に」

 急な怒鳴り声に幸生は肩をびくっとさせた。


 「こいつの能力は、接触した生物を操る催眠ヒュプノシスだ」


 「ええっ!?」

 幸生は顔を引き攣らせながら梵から離れた。

 

 「こんな所で使いませんし、そんな大それた能力ではありません。私の能力は数秒間、触れた対象の運動を操ることができるだけです。それにダンジョン外での効力はほとんどないですから」


 幸生は少しほっとしたように息をついた。

 が、だとしても恐るべき能力ちからだ。


 「あら、こちらの可愛いお嬢さんは?」


 「あ、音地 雫おとじ しずくといいます」


 「音地……?」

 梵が何かを思い出すかのように黙り込んだ。


 「あの、ご歓談のところ申し訳ないですが、話を進めても?」

 山根が不機嫌そうな顔で口を開いた。


 「ああ、すまん。そうだったな。始めてくれ」

 猪村が軽く謝った。



 「では……」

 山根がタブレットを操作し始めた。


 「早速本題に入らせていただきますが……こちらを見てください」

 と言って山根がタブレットの画面をプロジェクターに映像を投影した。


 そこに映し出されたのは、


 「これは……」

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